年々、市場競争が激しさを増す現代。企業が生き残り続けるには、従業員のスキルアップが欠かせません。
さまざまな能力の育成が重視されるなか、いま特に注目を浴びているのが「コンセプチュアルスキル」です。複雑な問題に直面したときや、組織にイノベーションが求められるときなどに重宝する能力です。
本記事では、コンセプチュアルスキルについて詳しく解説しています。言葉の意味やコンセプチュアルスキルが高い人の特徴、スキルを高め方など、具体例を交えて解説していますのでぜひお役立てください。
コンセプチュアルスキルとは、一体どのようなスキルなのでしょうか。まずは言葉の意味と由来について解説していきます。
また、コンセプチュアルスキルが注目されるきっかけとなった「カッツモデル」についても確認しておきましょう。
コンセプチュアルスキルとは「物事の本質や原理を見抜き、理論化する能力」のこと。複雑な状況や曖昧な物事を整理し、理解するスキルを指します。
由来となる英語の「conceptual」とは「概念の」という意味。『コンセプチュアル思考とスキル』という書籍にて、コンセプチュアルについて以下のように解説されています。
感覚器官を通して様々な情報や信号を受け取り、何かに意識を向ける瞬間には、過去の経験や知識を参照して、それが何であるかを理解しようとします。物事の奥に潜む本質や原理を探求し、物事に意味を付ける行為を繰り返すことで、私たちは自分の中に「観」(=ものの見方)を形成していきます。
引用:「森道夫(2024)『コンセプチュアル思考とスキルービジネスパーソンのためのコンセプチュアル思考とスキルー』」
上記のような「人間の認識行動」がコンセプチュアルです。そして、その認識行動を正確かつスピーディーに実行する能力を「コンセプチュアルスキル」といいます。
カッツ氏は、管理者には以下の3つのスキルが必要であると述べています。
さらにカッツモデルでは、管理者は3つの階層に分類され、トップの層ほどコンセプチュアルスキルの重要性が高いといわれています。トップマネジメントを担う人ほど、複雑な問題に直面するシーンが多く、冷静な判断力と革新的な決断が求められるからです。
なお、良好な人間関係を構築して業務を遂行する能力「ヒューマンスキル」はミドルマネジメントに、業務遂行に必要な知識や技術「テクニカルスキル」は、ローワーマネジメントに必要な能力であるとされています。
ドラッカーモデルでは、「コンセプチュアルスキルは、すべての階層で重要性が高いスキルである」とされています。トップ層ほど重要性が高いと説くカッツモデルとは異なり、階層を限定しないのが特徴です。
予測不可能なことが次々と起こる環境では、トップ層のみコンセプチュアルスキルに長けていても対応しきれない可能性が高いです。そのため、ドラッカーモデルの方が、より現代に適しているといえるでしょう。
コンセプチュアルスキルの注目度が上がっているのは、目まぐるしく変化する現代の環境が理由と考えられます。
VUCA時代と呼ばれている近年。企業を取り巻く環境が複雑かつ曖昧で、そのうえ驚くべきスピードで変化し続けています。数年前までの常識が、いまでは全く通用しない……なんてことも珍しくありません。
そのような環境下で、企業は自社と周囲の状況を冷静に分析し、変化の本質を見抜くことが求められています。「次に何をすべきか」を適切に見極める能力が必要なのです。よって、コンセプチュアルスキルの重要性が、いままで以上に高まっているといえます。
また予測不可能な時代では、過去にとらわれず、イノベーションを起こすことも大切。新しい価値を世に提供する「クリエイティブ性」が必要です。そのためにも、柔軟かつチャレンジングな思考を可能にするコンセプチュアルスキルの向上が求められています。
■参考記事はこちら
VUCAとは?言葉の意味や企業に求められていること、VUCA時代における人材育成についてわかりやすく解説
コンセプチュアルスキルには、さまざまな要素が含まれています。具体的な内容に関しては幅広い解釈がありますが、代表的な要素は以下の14点です。
ロジカルシンキング |
物事を論理的に考えること。複雑な状況を深く、正確に理解し、冷静かつスピーディーに結論を出す能力。 |
ラテラルシンキング |
固定概念にとらわれず、さまざまな視点で物事を考えること。思考の自由度が高く、新しいアイディアを生み出すことができる。 |
クリティカルシンキング |
物事に対し、あえて疑問を持ったり批判的な視点を持ったりすること。すべてを肯定するのではなく、客観的な視点で疑うべき点はないか考えること。 |
問題解決思考 |
問題を速やか、かつ適切に解決する能力。根本となる原因を見抜き、効率的な改善策を考案できる。 |
仮説思考 |
問題解決のため、仮説を立てて検証すること。現実的な仮説を立てることで、適切な解決方法を導き出す。 |
戦略的思考 |
状況を的確に分析し、戦略を練る能力。合理的な戦略で、問題解決へと導くことができる。 |
ビジョン構想力 |
新しい発想を持ってビジョンを描くこと。組織を導くための現実的かつ飛躍的な道筋を立てる能力。 |
多面的視野 |
さまざまな角度から物事を捉えること。問題に対し幅広いアプローチを考え、突破口を開くことができる。 |
受容性 |
他者の意見を受け入れられること。異なる価値観を受け入れ、客観的な視点で比較することができる。 |
柔軟性 |
変化を受け入れ、柔軟な思考で対応すること。過去のやり方や、特定の考え方にとらわれない。 |
知的好奇心 |
さまざまな物事に興味を持ち、深く追及すること。新しいことや知らないことを理解しようとする姿勢、行動ができる。 |
探求心 |
物事を深く考え、粘り強く掘り下げること。途中で投げ出さず、最後まで興味を持って考え抜くこと。 |
チャレンジ精神 |
リスクを恐れず、新しいことにチャレンジする姿勢。未知の領域、困難な事柄に物怖じせず、一歩踏み出すことができる。 |
俯瞰力 |
物事を俯瞰して視ること。主観視点と客観視点の両方をバランスよく持ち、本質を見抜くことができる。 |
これらの思考・視点・能力を持つことで、物事の本質を見抜いたり、新しいアイディアを生み出したりすることが可能になります。何かに特化するのではなく、幅広い考え方、幅広い能力をバランス良く身につけるのがポイントです。
そのため、社員のコンセプチュアルスキルを育成する際は、さまざまな角度からのアプローチが必要だと考えられるでしょう。
コンセプチュアルスキルが高い人は、仕事でどのような能力を発揮するのでしょうか。具体的な行動の例と併せて特徴を見ていきましょう。
コンセプチュアルスキルが高い人は、効率よく仕事をこなすことができます。業務の本質を見抜き、優先順位をつけて作業を進めることができるからです。いま何をすべきか、誰が行うべきかといった判断が早く、ムダなく仕事をこなせます。
また、職場の業務効率が悪いと気づいたときは、原因を突き止め、改善策を提案します。自分の担当業務だけでなく、職場全体の作業効率アップに貢献してくれるでしょう。
コンセプチュアルスキルが高い人は、コミュニケーションもスムーズです。伝えたい内容の要点をまとめて、わかりやすく伝える能力に長けています。
また、相手の会話を要約し、話の本質を理解することも可能です。話をまとめるのが苦手な人との会話もスムーズに進むでしょう。特に、複数人で行うミーティングでは「まとめ役」として能力が発揮されます。
トラブルが発生した際も、コンセプチュアルスキルが高い人は冷静に対処できます。原因を見抜くのが的確かつスピーディーで、効率よく対応できます。
また、コンセプチュアルスキルが高い人は、表面的に見るのではなく、原因の根本を追求しようとします。そして、分析をもとに適切な防止対策を提案し、組織全体のトラブル発生防止、業務改善に貢献してくれるでしょう。
コンセプチュアルスキルが高い人は、些細なことにとらわれず、俯瞰して物事を見ることができます。
企業で発生するトラブルの多くは、複雑な原因が絡んでいるもの。視野が狭いと、本当の原因を見抜くことができず、解決策が的外れになる可能性が高いです。完全に解決するまでに時間がかかってしまいます。
一方、コンセプチュアルスキルが高い人は、発生したトラブルの全体像を把握したうえで原因を考えます。目を向けるべき点を的確に見抜くため、最短で解決策へとたどり着けるのです。
また、改善案や対策案などのようなアイデアを検討する際も、俯瞰視点で考えます。自分や自分の部署のことだけを考えるのではなく、ほかへの影響も配慮したうえで、「組織」にとって最も良い方法を提案することができます。
予測不可能な時代を迎えた今、コンセプチュアルスキルは、企業のトップだけでなく全社員に必要だといわれています。
社員のコンセプチュアルスキルを高めると、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。以下の3点について詳しく見ていきましょう。
社員のコンセプチュアルスキルが高まると、業務効率が上がります。社員1人1人が取り組むべきことを的確に判断し、無駄なく業務を遂行することが可能になるためです。
さらに、社員同士のコミュニケーションがスムーズになることから、組織のチームワーク力向上も期待できます。互い協力し合い、業務の仕組み自体を変えるといった規模の大きい効率化も実現可能に。
結果、組織全体の生産性向上および利益向上へとつながるでしょう。
コンセプチュアルスキルの向上には「発想力」「チャレンジ精神」の習得が期待できることから、組織に新しいアイディアが生まれやすくなります。そのうえ、仮説思考や戦略的思考などを駆使することにより、アイディアの実現性も高まります
企業にイノベーションを起こす力が備われば、新しいサービス・製品の開発が可能になります。新サービス、新製品、新ビジネスモデルが次々と生まれる現代において、イノベーションを起こせることは企業にとっての大きな強みとなるでしょう。
目まぐるしく変化する現代は、従来のやり方を変えなければならない場面が多々あります。
そのようなとき、ラテラルシンキング・クリティカルシンキングが可能な社員がいると、変革を実現しやすくなります。社員の思考に柔軟性があることで、新しく構築したビジョンや方針が浸透しやすくなるのです。反対に、変化を恐れる社員が多いと、変革を実現するのが難しくなるといえます。
また、企業を取り巻く環境が変化したときは、「何がどのように変わったのか」「企業はどのように動けば良いのか」を的確に見極める必要があります。本質を見落とすと、施策が失敗する可能性が高いからです。
そのためにも、社員のコンセプチュアルスキルを高めるべきでしょう。
社員のコンセプチュアル向上は、企業にさまざまなメリットをもたらすことがわかりました。では、どのようにスキルアップすれば良いのでしょうか。
社員のコンセプチュアルを高める主な3つの方法について解説していきます。
抽象化する思考を持つには訓練が必要です。対象の課題を分析し、重要な事とそうでない事に分類する、というような練習を繰り返すことで、必要な情報を「見抜く力」が鍛えられます。
具体的には、研修でワークを行い、事例を使って訓練する方法があります。また、日常業務で「このなかで最も重要性が高い内容は?」「最も伝えるべき情報は?」などと上司が問いかけ、習慣化させるのも良いでしょう。
例えば、複雑な問題に直面したとき、状況や情報が曖昧なままでは行動に移せません。「どのような問題があるか」「どのような原因が考えられるか」と、複雑な物事を具体化することで、適切な対策を思案できるようになります。
また、物事を具体化するスキルは、学習の場面でも役に立ちます。一般的な手法やノウハウを、実際の業務に当てはめて考えることができれば、知識の実用性が高まります。つまり、学習を着実に活用できるようになるのです。
物事の具体化にも練習が必要です。
例えば、上記のような問いかけを指導者が行うことで、具体化する練習を積むことができます。特に、研修後のアフターフォローを練習の場として活用する方法は、効率的でおすすめです。
物事を概念化するには、本質と定義を明確にする必要があります。本質・定義が不明確だと、その先の思考も曖昧なものとなり、要点を掴むことができないからです。
例えば、専門用語の定義を理解していないと、知識をきちんと理解することができません。また、研修で学んだ内容の「本質」を理解できていなければ、業務に活用して結果を出すことはできないでしょう。
そのためには「わからないことをわからないままにしない」という習慣をつけることが大切です。社員にこのような習慣を身につけさせるには、例えば以下のような方法があります。
「自分で調べる・考える癖」を身につけてもらうため、普段から繰り返し問いかけを行うことが大切です。
社員のコンセプチュアルを高めるのは容易ではありません。効率よくスキルを伸ばすため、以下の3つのポイントを意識しましょう。
コンセプチュアルスキルの向上には、幅広い知識・能力・思考の習得が求められます。しかし、社員の階層によって、重点的に習得すべき内容は異なるものです。役割や業務内容に合わせて、必要なコンセプチュアルスキルの要素が変わります。
よって、研修は階層別に実施することが勧められます。階層ごとに必要なスキルのレベルと、重点的に学ぶべきことを予め決めておくのがコツです。
また、研修参加者同士でディスカッションやワークを行うためにも、具体例を共有しやすい階層ごとに実施するのが良いでしょう。
企業のトップや人事を担う人は、コンセプチュアルスキルの重要性を理解しています。ところが、社員は言葉の意味さえも知らない可能性があります。
理解しないままスキルを伸ばそうとしても、うまくいかないものです。そのため、まずはコンセプチュアルスキルの意味と重要性を教えることが大切です。
そして、スキルが高まるとどうなるか、社員にどのようなメリットがあるのか説明します。「業務効率が上がって残業が減る」「無駄な思考にとらわれて疲弊することが少なくなる」など、具体的なメリットを挙げるよう意識しましょう。
コンセプチュアルスキルを高めるには、多くのことを学ぶ必要があります。1つの手法では習得しきれない可能性が高いため、複数の研修手法を活用するのがおすすめです。
コンセプチュアルスキルは、「OFF-JT」「OJT」「eラーニング」にて育成することができます。それぞれのメリットと活用例は以下のとおりです。
メリット・活用例 |
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OFF-JT |
・ディスカッション、グループワークを活用して「考え方」の練習ができる ・コンセプチュアルスキルの概要やメリットなど、事前知識を身につけるのに有効 |
OJT |
・コンセプチュアルスキルがどのような場面で役立つのか、実践で学べる ・業務を行いながら思考の訓練を積める |
eラーニング |
・場所/時間に縛られることなく知識を習得できる ・教える内容のボリュームに制限がない ・受講者のペースで学べる ・理解できるまで繰り返し学習できる |
コンセプチュアルスキルは学習内容が多く、そのうえ実際に経験することで伸びるスキルなので、育成にはさまざまなアプローチが必要です。社員のスキルの状態や、職場の状況に合わせて研修手法を組み合わせてみましょう。
役職に関係なく「本質を見抜く力」「多様な考え方を受け入れられる思考」「新しい価値を生み出す能力」を持つ社員を増やすことは、組織の底上げへとつながります。また従業員本人も、自身の活躍の場が広がることで、モチベーションアップが期待できるでしょう。
思考の訓練には時間がかかりますが、事業全体にもたらすメリットを考えればコストをかける価値はあります。eラーニングなど効率的な学習手法も活用しながら、企業のコンセプチュアルスキルの向上を目指しましょう。