仕事中に、ミスをしそうになりヒヤッとしたことやハッとしたこと、危ないと感じたことはありませんか?
「取引先データが保存された会社のノートPCを電車に忘れそうになった」「顧客へ一斉送信するメールの宛先をBCCに入力すべきところ、誤ってCC に入力して送信しそうになった」
上記のようなケースは重大な事故には至らなかったけれど、万一情報漏洩を引き起こした場合は、顧客や世間からの信頼を失い、ひいては契約解除や廃業に追い込まれるなど深刻な事態に陥ってしまうかもしれません。
今回は、ヒヤリとした事象が大きな事故へとつながることを未然に防ぐためにも、ヒヤリハットとはなにか、ヒヤリハットを活用するメリットや手順について解説します。
厚生労働省「ヒヤリハット活動でリスクアセスメント」によると、ヒヤリハットとは、危ないことが起こったが、幸い災害には至らなかった事象のことを指しているとあります。
ヒヤリハットは建設業や製造業での事例が多く発表されていますが、他にも医療・福祉や介護職、保育などにおいても常に多くの事故発生リスクが潜んでいます。近年ではITの発達によって、これまでなかったヒヤリハットの事例も出てきています。
ヒヤリハットはいわゆる事故でなく、ヒヤっとしたこと事故に至らなかった「エラーの卵」のような事象を指します。事故に至っていないことから、ヒヤリハットと事故は同じ意味ではありません。
ヒヤリハットと事故の違いの例として、航空業界における両者の区分けを説明します。
航空事故が発生した場合 |
・法令(航空法及び同法施行規則 等)で国への報告が義務付けられている ⇒航空事業者や個人の操縦士等は法令等で規定されている事故・トラブルが発生した際は、国土交通大臣へ報告をしなければならない |
ヒヤリハットの場合 |
・国に対して発生の報告の義務はない ⇒航空関係の業務に携わる個人又は組織から自発的に VOICES へ報告が行われるとされ、ATEC が情報収集を行っている |
■参照:国土交通省「運輸安全委員会ダイジェスト№18」
ヒヤリハットには一体どのような背景があって発生するのかを表しているのがハインリッヒの法則です。
ハインリッヒの法則とは、1件の重大事故の背景には、およそ29件の軽微な事故があり、さらにその背景には300件の無傷であるがヒヤリハットが存在することを法則化したものです。その概要が以下の図になります。
ハインリッヒの法則は、アメリカの保険会社において安全技師であったハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが論文で発表したものです。ハインリッヒは5000件以上におよぶ事故事例を分析し、統計的にこの法則を導き出して、重大事故が発生する背景には多くのヒヤリハットが存在していることを数値化しました。
この法則において、ヒヤリハットと軽微な事故は区別されています。
ヒヤリハットと混同されがちな表現として「インシデント」や「アクシデント」があります。それぞれの言葉の意味や具体例を見ていきましょう。
「インシデント」とは、通常の業務工程から外れたことで予想できなかった事象や問題が発生した状況を指しますが、重大な被害や損失が生じなかった場合にも使用されることがあります。言い換えれば、起こった事象によってあと一歩で大事故、大惨事になるところだったという状況です。
芳賀繁氏の著書「うっかりミスはなぜ起きる」によると、インシデントとはアクシデントにならなかった事例、つまり準事故、潜在事故という意味だとしています。
ヒヤリハットとインシデントは、どちらも事故に発展する可能性があった事象を表すことから同義とみなされることもありますが、この2つは異なる概念です。
ヒヤリハットは、「ヒヤッと、ハッと」する感情を示していて、事故になっていたかもしれない事象を見つけた人間が抱く感情です。
インシデントは事故に発展する可能性のあった事象そのものを指していて、人間の感情を表していません。インシデントは事故に発展する危険性に気づいていない状態の事象も含んでいます。
インシデントはもともと警察、医療、航空、鉄道業界で使われていた用語ですが、近年ではその他の業種の企業でも、情報セキュリティやITサービス管理、介護、保育、トラブル対応など、さまざまな分野で使われるようになってきました。
同じ言葉でも意味合いやニュアンスが、業界や業種によって少し変わってくることがあります。
アクシデントは予期せぬ出来事や不幸な事件、事故、人々や物資に損害や危険をもたらす事態を指します。事故や災害といった、人命や財産に深刻な被害が発生した場合にも、アクシデントという表現が使われます。
「インシデント」は発生した問題やトラブル全般を指しますが、その影響の程度は大事故に至らなかった軽微な場合もあるのに対して、「アクシデント」は、深刻な被害が生じた事故や災害を指します。
ただし、両者の使い分けは曖昧な部分があるため、業界や状況、文脈によって異なる場合があります。
書籍によると、アクシデントとインシデントの用語の使い分けについて、結果の重大性による分け方ではなく、インシデントは事故の原因と結果の因果関係のの分かるものがインシデントで、分からないもの、偶発的に起きたものがアクシデントだとする意見もあるといいます。
ヒヤリハット、インシデント、アクシデントにはどのような事象が該当するのでしょうか。いくつかの業種におけるそれぞれの具体例を挙げました。
厚生労働省「職場安全サイト」労働災害事例では以下の具体例が紹介されています。
これらのヒヤリハットの事例は、いずれも大きな事故に至っていないものです。しかし、だから良かったということではありません。
ドライブ中にちょっとよそ見をして赤信号を通過してしまったとしましょう。横から車が来なければ「ヒヤリハット」の体験をした、となりますが、他の車と衝突していれば、大事故となりえるのです。
さまざまな業種に渡り企業で起こる代表的なインシデントとして、ITシステム・情報セキュリティーに関する事象が挙げられます。
たとえば、システムがウイルスに感染し、障害や情報漏洩を起こしてしまう、悪意ある攻撃者からのサイバー攻撃を受けるなどのトラブルが発生するなどが挙げられます。これらについてニュースで見聞きすることもあるのではないでしょうか。
企業で発生したインシデントの事例として、記憶に新しいものがあります。
・株式会社セブン・ペイ(株式会社セブン&アイ・ホールディングス傘下) バーコード決済サービス「セブン・ペイ」開始直後に一部のアカウントへの不正アクセスが発生して、不正利用や不正チャージの被害が複数確認されました。アカウントの2次認証など、対策が打たれていないことなど、認証設計のセキュリティーの脆弱性が原因とされて、このサービスは開始から3ヶ月未満でサービス廃止となっています。 |
金融機関におけるインシデントの事案としては、以下のようなことがありました。
・三菱電機株式会社 不正アクセスによる情報流出が発生しました。社内のクラウド監視システムが不正アクセスを感知、異常を調べたところ、データのアクセス権の設定不備により、クラウド上で管理する取引先企業の口座情報や子会社取引先の連絡先に関する個人情報の一部が外部に流出し、顧客情報等が第三者から閲覧されたことがわかりました。 |
飲食店におけるインシデントとして以下のような事象が挙げられます。
・客席から厨房に戻る途中、客席と厨房の間にある⾜拭きマットの裏がぬれており、マットの上を通った際、マットごと滑って転倒しそうになった ・厨房内にて、パスタボイラー清掃中、⾦属製の栓を横の電磁調理器の上に置いていた。電源が⼊っていたため、⼿で持ち上げたところ、⽕傷しそうになった |
医療機関におけるインシデント事例は多くの報告があり、たとえば以下のものがあります。
・入院時医事課においてネームバンドを手書きで記載しているが生年月日を間違って記載した ・家族のナースコールで訪室すると患者さんはベッドを背にしてしりもちをついた状態でいた。ポータブルトイレに一人で座ろうとしてベッドから滑り落ちた |
医療現場において、山形県鶴岡市の病院では医師がレントゲン写真を裏返しに見たため、左右逆の認識をしたまま正常な右の腎臓を摘出してしまい、患者は亡くなったというアクシデントがありました。
介護業界では以下の事例が発生し、裁判になりました。
介護施設の職員は、介護老人保健施設に入所していた利用者から「トイレに行きたい」との訴えがあったため、車いすで個室トイレに誘導した。その後、職員は、利用者が排せつを終える前に、他の利用者対応のためその場を離れた。職員がトイレを離れていた間に、利用者は施設のトイレ内で転倒し、左大腿骨頸部骨折のケガを負った。これについては裁判所は、職員が見守りを続けていれば起こらなかった事故とし、事業所・職員の責任を認めました。 |
飲食店におけるアクシデントの事例としては、以下のようなアクシデントがあります。
・厨房内にて、使⽤済みのまな板の上に包丁を載せ、両⼿でまな板を持って移動中、布⼱の洗浄⽤洗濯機の電気コードに⾜がひっかかり、体のバランスを崩して転倒し、⼤腿部を負傷した ・店舗キッチンにて、⿂を三枚におろす作業中に⼿元が狂ってしまい、持っていた包丁で中指を切った |
金融機関では以下のようなアクシデントがありました。
・みずほ証券株式会社 2005年にある会社の担当者が、61万円で1株売却の指示を出そうとしたのを入力欄を間違えて、1円で61万株売る指示を出してしまいました。わずか2分で株は売却が成立し、結果としてみずほ証券の損失は407億円に登りました。 |
いずれも気をつけることで防ぐことができたヒューマンエラーでヒヤリハットが事故につながったケースだといえます。
ヒヤリハットは発生したらそのまま放置しないで、その事象を蓄積することで部署や社内での事故発生の傾向が明らかになり、事故を未然に防ぐための対策を講じるのに役立ちます。ここではヒヤリハットを蓄積する3つのメリットについて説明します。
ヒヤリハットを蓄積し、部署内あるいは全社で共有するメリットとして、重大な事故の発生を防げる点があります。ヒヤリハットが発生しても、詳細が残されず共有されなければ対策を講じられず、そのまま忘れられてしまうでしょう。この状態では、同じ現象によって発生するヒヤリハットがまた起こってしまいかねません。
ヒヤリハットは事故に至らなかったケースを指しますが、なにかひとつ状況がかわっていれば、最悪の場合には重大な事故につながってしまう可能性もあるのです。
そこで、ヒヤリハットを社内で共有すれば「危険が潜む業務」を全従業員に周知されて、同じヒヤリハットの再発を未然に防ぐことができます。
ハインリッヒの法則にあるように、小さなミスやトラブルが発生を繰り返していれば、いずれは重大な事故・事件が発生します。
そのとき起きたヒヤリハットがどれほど些細なことであっても、そのまま放置、無視を続けていくことで、より大きな問題に発展しかねません。以前と同じことが原因で発生した事象によって、今度は従業員や顧客の負傷事故につながったり、ひいては命に係わる事故が起きたり、あるいは企業が倒産に追い込まれるまでに発展してしまう可能性も考えられます。
よって、ヒヤリハットの規模に関係なく報告を徹底することが大切なのです。そして、ヒヤリハットを放置するとどうなるのか、報告を怠るとどうなるのかを従業員に周知徹底させて、ヒヤリハットが発生したときに報告することを習慣づける必要があります。
全従業員がヒヤリハットが発生したら報告することを習慣としていれば、ヒヤリハット事例を集積していることがつねに意識にあるので、ヒヤリハットが発生した場合には事例に加えて他の従業員の参考にしてもらおうと考えます。
このように、常日頃から従業員の危険に対する感度が上がるというメリットも生まれます。
ヒヤリハットを運用するにはどのような方法があるのでしょうか。ここではヒヤリハットの具体的な運用手順について解説します。
ヒヤリハットを社内で共有して活用していくためには、ヒヤリハットを報告するためのフォーマットをつくり、全従業員がヒヤリハット事例を記録し、蓄積していく必要があります。
報告書は従業員が簡単に作成できるようなテンプレートにします。ヒヤリハット報告書に記載すべき項目には以下が挙げられます。
■参照:厚生労働省「ヒヤリハットで仲間を守ろう」
報告書を記載するときには、5W1Hで情報を整理してから取り掛かりましょう。報告書には感想や感情を省き、客観的な事実に基づいた情報のみを記載します。原因については自分なりに考察しましょう。また、ヒヤリハットの発生後には速やかに報告書を作成、提出しましょう。
業種によって、報告書に必要な項目は変わってきますので、事業や業務役割に応じて適切な項目を入れましょう。たとえば介護業界をとってみても施設の種類やサービスの違いによって、業務に付随するリスクが変わってくるため、講じる安全管理の方法も異なります。自社の事業内容や部署の実情にあわせて記載項目を見直し、報告の仕組みを整えましょう。
弊社でもテンプレートをご用意していますので、是非ご活用ください。
発生したヒヤリハットを収集して活用していくためには、ヒヤリハット報告を社内ルールとして定着させる必要があります。しかしヒヤリハット報告はなかなか社内に定着しない場合があります。その理由として、
などがあります。
ヒヤリハットの報告が習慣化されて、事例が蓄積されていくだけでは、ヒヤリハットの活用としては不十分です。報告書を集めて活かすには、共有して分析することが欠かせません。
過去の報告書から発生内容を集計し、どのようなヒヤリハットが起きやすい傾向があるのかを分析し、またそのヒヤリハットを防ぐための施策を講じ、従業員にフィードバックすることで、ヒヤリハットを活用することになります。
ヒヤリハットの分析の際には、ヒヤリハット報告書を紙の書類で運用していると事例の集計に手間がかかり、担当者の負担となってしまいます。システムやツールを利用することでヒヤリハット報告書がデータ化されていれば、過去の報告書のデータ集計や分析を効率的に行うことができます。
ヒヤリハットを活用するために報告書やフローを整備し、従業員が意識してヒヤリハットを報告するようになったら、これを閲覧しやすくし、ヒヤリハットを簡単に確認できるように運用を工夫しましょう。
ヒヤリハットを共有しても、どこに格納されているのか分かりにくかったり、取り出すのが面倒な場所にあれば、従業員はヒヤリハット報告を確認できません。情報が確認しにくいことですでに起こっていたヒヤリハットへの注意が薄れ、ヒヤリハットの再発や事故の発生につながりかねません。このため共有したヒヤリハット報告書は、いつでも確認できるような管理をする必要があります。
ヒヤリハットは検索しやすいように種類別に内容をまとめたり、フォルダで整理したりしましょう。検索機能のあるツールやシステムを導入すれば、探したい情報を絞り込みやすいでしょう。また、ツールの機能を使って閲覧権限を個別に設定するなど、機密を守りながら情報の社内共有がスムーズに行えます。
ヒヤリハット報告をスムーズに定着させるためにはいくつかのポイントがあります。
即効性の高い施策として、ヒヤリハット報告にインセンティブを設ける方法があります。たとえば、ヒヤリハット報告の回数に応じて人事評価においてプラス加点としたり、社内で表彰をしたり、報奨金を与えたりする制度を作ることなどがあります。
これらの施策によって、ヒヤリハットの報告は会社が推奨しているのだと理解でき、従業員のモチベーションアップが期待できます。ヒヤリハット報告が社内に定着するきっかけとなるでしょう。
ヒヤリハットを定着させる方法として、上司が率先してヒヤリハット報告を行うことも効果的です。上司が積極的にヒヤリハット報告を行うと、部下は「上司でもヒヤリハットの事象を経験している」ことを認識し、ヒヤリハットを引き起こした自分が責められてしまうといった報告に対する不安や心理的ハードルを下げることができます。
ヒヤリハットを報告する気持ちを持っていても、報告書のフォームが複雑なものであると報告その物に心理的に負荷がかかります。このため簡単に扱える報告書フォーマットを用意することが大切です。
フリー記述では文言を考えなければならないが、選択式回答を取り入れると記入の手間が軽減できます。また、報告書が適切な項目分類がされていれば、どこに何を記入するべきかをとらえやすくなるでしょう。
ヒヤリハットの報告や情報共有などの管理に役立つ、テンプレートを配布しています。無料でダウンロードいただけますので、ぜひご活用ください。
ヒヤリハットが発生したら、これを蓄積してまとめ、社内に共有して「重大事故の発生防止」につなげる必要があります。
そこで、社内全メンバーが確実に報告できるように、ヒヤリハット報告書の作成や共有、管理体制を整備することが不可欠です。社内での仕組みを整えて、従業員へ周知徹底させましょう。
ヒヤリハットを効率的に報告、共有できるようにするために、使いやすいITツールやシステムを導入することもひとつです。従業員がストレスなく運用を続けることができるようなしくみを整えましょう。