社員が危険な目に遭わないよう、事故防止に努めるのは企業の役目。その取り組みの一環として、目を向けるべきとされるのが「ヒヤリハット」です。
本記事では、そんなヒヤリハットについて詳しく解説しています。言葉の意味や、業種別の具体的な事例、報告フォーマットの書き方、運用のポイントなど幅広く解説していますので、ぜひ最後までご覧ください。
ヒヤリハットとは「運よく大きな事故に至らなかった危険な出来事」のこと。もしくは、大きな事故が発生しそうだったと「気づくこと」を意味します。
「ヒヤリとする」「ハッとする」という感覚を表す擬音語が語源です。辞書には以下のように記載されています。
危険な目に遭いそうになって、ひやりとしたり、はっとしたりすること。重大な事故に発展したかもしれない危険な出来事。
引用:「デジタル大辞泉」小学館
ビジネスでは、業務で発生した「事故の要因となり得る出来事」を指します。また、そのような出来事を報告し、災害防止につなげることを「ヒヤリハット活動」と言います。
インシデントと意味が似ていますが、ヒヤリハットは危なかったと気づくこと、「発見」を指します。一方インシデントは、重大な事故になる手前の出来事自体を意味する言葉で、ヒヤリとする、ハッとするといった”気づき”のニュアンスは含まれません。
また、ヒヤリハットは判断ミスや見落としなど、人的ミスが原因で起こるものと認識されることが多いです。対するインシデントは、人的ミスが原因で起こるものに限らず、さまざまな事故一歩手前の出来事を指します。
ただし、業界によってはインシデントとヒヤリハットをほぼ同意義と捉えることもあります。とはいえ、どちらも重大事故につながる要因として無視できないものであり、対策を講じることが重要です。
厚生労働省のサイトによると、内容は以下のとおりです。
「同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害(死亡や手足の切断等の大事故のみではない。)があったとすると、29回の軽傷(応急手当ですむかすり傷)、傷害のない事故(傷害や物損の可能性があるもの)を300回起こしている。」
引用:「職場のあんぜんサイト」厚生労働省
要約すると「1件の重大事故の背景には、29件の軽傷事故、300件の小さなトラブルが発生している」という意味です。
この法則が証明しているのは、1件の大きな事故を防ぐためには、329件のヒヤリハットを無視してはならないということ。小さなトラブルは大きな事故の予兆であるため、軽視せず、適切な対策を講じることが重要と言えます。
また、ハインリッヒの法則は「大きな事故が起きるまで気づくことができない」という恐ろしさも説いています。重大事故が起きて初めて気づいたが、実は過去に多くの小さなトラブルが起きていた……なんてことも珍しくないのです。
事故を防止するには、いかに早く異変に気づけるかが大切。つまり、ヒヤリハット報告の重要性を示す法則と言えるでしょう。
行われる業務に付随して、ヒヤリハットの系統も業種によって違います。ここで、5つの業種のヒヤリハット事例を見ていきましょう。
医療・介護業界で行われる業務には、多数のヒヤリハットが潜んでいます。医療業界に関しては、「日本医療機能評価機構」に報告された分だけでも、2022年度で月に1000件、多いときで3000件を超えています。
公益財団法人「日本医療機能評価機構」の資料を参考に弊社で図を作成
医療業では、多忙や疲労による点滴や注射、内服などの与薬ミス、医療用具の使用ミスといったヒヤリハットが多いです。介護業では、作業中の転倒、利用者の移動時の負傷など、従業員に危害が及ぶヒヤリハットが挙げられます。
飲食業では、厨房での作業中にヒヤリハットが発生することが多く、調理器具による怪我、火傷、火災につながる出来事が挙げられます。そのほか、清掃に使う薬品による体調不良や、一酸化中毒などのリスクもあります。
厨房の外では、配膳中や清掃中にヒヤリハットが起きやすいです。従業員だけでなく、お客さまにも危害が及ぶ恐れがあるため、厨房と同様、客席での業務の取り組み方にも注意を払うべきでしょう。
小売店では、商品や什器、備品の運搬が頻繁に行われます。その際、従業員のうっかりミス、環境の不整備などが引き金となってヒヤリハットが起こることがよくあります。
人の出入りが多い小売店は、床の状態が悪くなりやすいのも特徴。雨の日は床が滑りやすく、転倒して怪我をするリスクが高いです。
また店内清掃中も、薬品の誤った使い方などで事故が起きる恐れがあります。ヒヤリハットを防ぐには、店内環境の整備や、用具の取り扱いの注意喚起などといった対策が必要です。
製造業の業務の多くは、危険な機械を使って行われます。機械の不整備や、作業員の些細なミスが原因でヒヤリハットが起きることも珍しくありません。
また、重機を使用する作業では運転事故が起きることもあります。死亡事故につながる危険性があるため、ヒヤリハットの報告と改善の徹底が必要不可欠です。
怪我や体調不良とは無縁のように思える業種にも、ヒヤリハットは存在します。例えば金融業では、情報管理の不備が原因でトラブルに見舞われることがあります。
個人情報の漏洩や紛失は、顧客の信用を失ったり、損害賠償請求を受けたりといった重大なトラブルを招くものです。そのため、ヒヤリハットの報告と分析、そして対策を講じることが重要と言えます。
企業は、社内でヒヤリハットが起きた際、従業員に報告するよう促さなくてはなりません。その理由は以下の3つです。詳しく見ていきましょう。
ヒヤリハットは、重大な事故の予兆です。運よく誰も負傷せず、大きな損害を被ることにならなかったとしても、次に同じことが起きれば事故に発展するかもしれません。
そのため、原因を突き止めて対策する必要があります。そして、分析と対策に欠かせないのが「報告」です。情報を共有することで、組織全体・企業全体で対策を練ることが可能になり、最適解を見つけやすくなります。
また、報告によって情報が共有されれば、他の社員が同じヒヤリハットに遭うのを防止できます。実際に起きた危険な出来事と、その要因を知ることで、危険予測ができるようになるのです。
ヒヤリハットは、本人が「次は気を付けよう」と意識するだけでは防止できないもの。組織全体で取り組む必要があるため、報告が欠かせないのです。
ハインリッヒの法則にあるように、小さなミス・トラブルが多発すると、いずれは重大な事故・事件が発生します。
そのとき起きたヒヤリハットがどれほど小規模なものであっても、無視すると大きな問題に発展しかねません。従業員や顧客の負傷事故、命に係わる事故が起きたり、企業が倒産に追い込まれたりする可能性も考えられます。
よって、ヒヤリハットの規模に関係なく報告を徹底することが大切なのです。そして、ヒヤリハットを放置するとどうなるのか、報告を怠るとどうなるのかを社員に教育し、報告の習慣をつけてもらう必要があります。
紹介した事例からもわかるように、業種が違っても似たようなヒヤリハットが起きることがあります。清掃や荷物の運搬などのような、全業界共通の業務があるからです。
それが企業の中となれば、ヒヤリハットのタイプは、なお一層似てくると考えられます。つまり、ある1つの部署で起きたことは、企業全体の参考事例となるのです。
しかし、報告がなければヒヤリハットに遭遇した本人と、発見者や目撃者しか知り得ません。そのため、報告の徹底が必要であると言えます。
ヒヤリハットを報告する際は、報告書を用いるのが一般的です。可視化することで、要因と対策を分析しやすくなり、共有もスムーズにできるからです。
最近では電子化されていることも多いですが、書くときに意識すべきポイントは手書きの場合と同じです。ここで、書き方のポイントについて見ていきましょう。
報告書は、第三者に事実を伝えるためのものです。必要な情報を的確に伝える役割を担っているため、本人の主観ではなく、客観的な視点で書く必要があります。
人によって解釈が異なるような書き方は、ヒヤリハット報告の書き方として不適切です。例えば「〜だと思う」「およそ」「〜のようだ」といった表現は、書き手の主観が入っているように見え、曖昧さゆえに読み手を混乱させる恐れがあります。
また「とても〜」「非常に」などの修飾語も、主観が入った表現になるので注意しましょう。
不適切な例:かなり重たい商品が入った箱を、いくつも持ち運ぼうとして、腰を痛めそうになった。 適切な例:商品が入った重さ5kgの箱を運ぼうと、2つ同時に持ち上げたとき、腰に違和感を感じた。 |
不適切な例:床掃除が中途半端なのが原因だと思う。 適切な例:床掃除後は、モップで水分をふき取り、床が乾いた状態を確認すべきである。 |
報告書を書く際、「恐らく〜だろう」というような憶測は不適切です。事実だけを述べるようにします。定量的に表せる場合は、数字を取り入れるようにすると事実のみを書くことができます。
また、ヒヤリハット発生時の状況を伝えるのに、「どのように感じたか」「どのように思ったか」などの感想も不要です。焦りや疲れなど、感情が要因に関係している場合は記載しますが、起きたことに対する本人の感想は書かないようにします。
適切な例:恐らく店内が混雑していて、焦っていたのだろう。 適切な例:ホールスタッフ〇人で、1時間平均〇客の対応をしており、注意力が散漫になっていた。 |
不適切な例:そばにあった椅子が4つも積み上げられていて、ぶつかったときに倒れてきそうになり焦った。 適切な例:〇席付近の壁際に、椅子が4つ積み上げられていた。清掃中、身体がぶつかり倒れてきそうになった。 |
適切な対策方法を導き出すため、報告書は具体的かつ詳細に書く必要があります。
などを明確にすることが大切です。予想外なところに原因が潜んでいることもあるので、本人の勝手な判断で詳細を省略しないよう注意しましょう。
また企業側の取り組みとして、具体的に書けるフォーマットを用意するのもポイント。厚生労働省が紹介する例を参考に、「わかりやすく書ける」報告書フォームの作成を意識しましょう。
不適切な例:空になった洗剤容器に新しく洗剤を入れたら、気分が悪くなった。 適切な例:〇〇系の洗剤容器を1度すすぎ、別の〇〇系洗剤を注入したところ、〇分後頭痛が生じた。 |
報告書は、普段業務に携わることのない人、現場の状況を詳しく知らない人も閲覧します。そのため、専門用語や、現場を見ないとわからないようなことは書かないように注意しましょう。
文章のみで伝わりにくい場合は、資料を添付する方法もあります。写真や動画を添えるなど、誰もがその時の状況を正確に把握できるよう工夫することが大切です。
不適切な例:マネキンをゾーンBに移動しようと運んでいたところ、階段で滑って転倒しそうになった。 適切な例:2階ウィンドウ内のマネキン1体を、1階の売り場(入口正面)まで運ぼうとしたところ、階段で滑って転倒しそうになった。その日は〇時~〇時まで雨天だった。 |
ヒヤリハットの再発を防ぐためには、従業員だけでなく、企業側の取り組みも必要不可欠です。具体的に何をすれば良いのか、運用のポイントについて見ていきましょう。
ヒヤリハットがあった業務は、取り組み方に問題があることが多いです。そのため、マニュアルが適切かどうか、定期的に見直す必要があります。
マニュアルを改善すれば、新任の業務担当者も正しい方法で業務に取り組めます。反対に、マニュアルに記載されている工程にヒヤリハットの要因があれば、対策を練ってもその場しのぎになってしまいます。将来的な事故発生防止のためにも、マニュアルの見直しを徹底しましょう。
また、ヒヤリハット報告を受けていない業務も、今後も一切事故が起きないとは限りません。運よく事故になっていないだけの可能性もあるので、念のため見直すのがおすすめです。シミュレーションを行い、事故要因が潜んでいないかチェックしましょう。
ヒヤリハットの対策を講じても、なかなか改善されないときがあるでしょう。その場合は、過去の事例を分析し、根本の原因を探る必要があります。
企業側の取り組みとしては、ヒヤリハットのデータを蓄積・分析するシステムの構築が挙げられます。印刷した書類だと紛失の恐れがあるため、コンピューターシステムやツールの導入がおすすめです。
また、報告データを電子化しておくと、その後の検索も簡単です。分析をスムーズに行うため、データの管理・検索がしやすいツールを選びましょう。
従業員がヒヤリハットの報告を控えてしまうのには、主に2つの理由があります。
これらを解消するのが企業の役割です。
対策の1つ目として挙げられるのは、「ヒヤリハットが処罰の対象にならない」と従業員に教える取り組み。よほどの重大なミスでない限り責任を問わない、としなければ報告の隠ぺいはなくなりません。
2つ目は、普段から、報告を習慣づけるマネジメントを行うこと。小さなことでも報告する職場風土を構築することで、ヒヤリハット報告に対する抵抗感を軽減します。
3つ目は、ヒヤリハット報告の重要性を教育すること。報告しないとどうなるのかを理解してもらうことで、不安や恐れよりも情報共有を優先するよう促すのです。
そして最後に、報告の手続きをスムーズにするツールの活用が、対策として挙げられます。「shouin+」のようにフォーマットが確立されていて、選択と入力で手軽に報告できるシステムを採用することで、報告促進の効果が期待できます。
また、報告手段に電子ツールを導入すれば、データ蓄積の電子化にも役立ちます。報告から分析までの工程がスムーズになるので、導入を検討してみましょう。
ヒヤリハットの再発を防ぐには、従業員の危機感を高めることも大切。そして、そのためには危険な行為やトラブルを招く環境などを知ってもらう必要があります。
そこで必要となるのが、事例を共有できるシステムの構築です。部署の垣根を越えてヒヤリハット事例を周知する環境をつくることで、会社全体の危機感向上が見込めます。
報告と共有をオンライン化すれば、社員はいつでもどこでも事例の確認が可能に。危険要因を知ってもらうため、情報にアクセスしやすい方法をとるのもポイントです。
また、研修を実施するのも1つの方法です。動画を使ってシミュレーションしたり、グループワークを行ったりすることで、ヒヤリハットに対する意識向上が期待できるでしょう。
ヒヤリハット運用の際の報告書作成、管理に役立つ無料テンプレートを配布しています。自社のヒヤリハット共有のために、是非お役立てください。
どれほど注意深く業務に取り組んでいても、人間誰しもミスはするものです。しかし、起きたヒヤリハットに対し、いかに適切に対応できるかが重要。そして、ヒヤリハットを無視しないこと、社員に報告の習慣をつけてもらうことが大切です。
データ管理や報告に便利なツールも活用しつつ、安全・安心な業務遂行を目指しましょう。