法律、法令さえ守れば良いといった風潮はなくなり、いま企業には高いコンプライアンス意識と、ガバナンスの強化が求められています。
しかし、コンプライアンスやガバナンスについてぼんやりと理解しているものの、「違いがわからない」「人にどう説明すれば良いかわからない」という方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、コンプライアンスとガバナンスの言葉の意味や違いについて解説していきます。それぞれの強化方法や、従業員に教育する際のポイントなどもご紹介していますので、ぜひ最後までご覧ください。
コンプライアンスという言葉には「法令遵守」という意味があります。由来である英語の「compliance」について辞書で調べてみると、以下のように解説されています。
コンプライアンス【compliance】
- 要求や命令への服従。
ア. 法令遵守。特に、企業がルールに従って公正・公平に業務を遂行すること。
イ. 服薬遵守。処方された薬を指示どおりに服用すること。
- 外力が加えられたときの物質の弾力性やたわみ強度。
引用元:「デジタル大辞泉」小学館
一般的には法令遵守という意味で使われますが、ビジネスでは法令のほか、企業倫理や社会的な道徳規範など、さまざまな倫理やルール、マナーを守ることを指します。コンプライアンスに含まれる内容として、書籍『最初に読む コンプライアンス経営の基本』では以下の3点が挙げられています。
「コンプライアンス」とは、次の三つの内容を含むものです。
①法令・規則を遵守する
②消費者・生活者の観点から、倫理的規範を遵守する
③社会に対して模範的な役割を果たす
引用元:[編]中小企業業務改善研究会(2021)『最初に読む コンプライアンス経営の基本』株式会社データエージェント
企業が守るべきとされる法令には、例えば消費者保護法、税法、労働法などがあります。コンプライアンスが適用される範囲は年々広がっており、近年は社会的な倫理を持って経営することも求められています。
また、社会に貢献する姿勢を持つことも、企業のあるべき姿とされています。例えば「顧客や利用者が訪れる施設をバリアフリーにする」「環境に配慮した製造プロセスを構築する」などです。
このような倫理やマナー、法令を守らない企業はコンプライアンスに違反するとみなされ、社会的な信用を失います。たとえ法令に違反していなくとも、世間から批判されるような言動は顧客が離れる原因となるため、コンプライアンスを意識した経営および従業員教育が重要です。
ガバナンスとは「統治」「統制」などを意味する英語の「governance」のこと。ビジネスでは「企業統治」を指す言葉として使われており、「コーポレートガバナンス」と呼ばれる場合もあります。
「株式会社東京証券取引所」の資料によると、ガバナンスの定義は以下のとおりです。
「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。
引用元:「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」株式会社東京証券取引所
企業が長く存続するためには、顧客や従業員などのステークホルダーと良好な関係を築きつつ、健全な経営を行うことが大切です。そのための組織体制、管理システムを「ガバナンス」「コーポレートガバナンス」と言います。
語源は「船のかじをとること」を意味する「govern」です。航海において、船長はいかなる苦境に立たされても乗客や船員、資材を守り、船を目的地へと導くという役割を担っています。
ビジネスに置き換えると、船長は経営者、会社は船です。顧客や従業員、株主など、関わる人すべての立場を考えた上で意思決定を行い、組織を導いていく責任が経営者にはあります。そして、責任を果たすためのシステムが「ガバナンス」です。
企業の統治と聞くと、誰か1人が組織を支配するといったイメージを抱くこともあるでしょう。しかし実際は、関わる人々との協調的関係性を築きながら安心・健全な経営を行うこと、支配ではなく協力して組織を導くことを意味するのです。
ガバナンスとコンプライアンスは混同されやすいですが、2つの言葉は定義が異なります。具体的にどのような点が異なるのか、以下の3つの違いについて見ていきましょう。
ガバナンスとコンプライアンスは、そもそも言葉の意味が違います。
ガバナンスは、コンプライアンスに違反しないための仕組みです。そのほかにも目的はありますが、コンプライアンス対策は、ガバナンス強化における重要なミッションのひとつです。
関連性が高いため混同しやすいですが、これら2つの言葉は意味が異なります。同義語と捉えないよう注意しましょう。
ガバナンスの強化とコンプライアンスの強化は、どちらも企業の信用に関わるものです。しかし、目的は厳密には異なります。
ガバナンスを強化する目的は、企業価値の向上、健全な経営および持続可能な経営の実現です。公正かつ透明な経営を行い、企業価値を高め、会社をより長く存続させることを目指します。
一方、コンプライアンスの強化は、法的リスクを回避するため、企業価値の低下を防ぐためのもの。コンプライアンスに違反すると企業価値が下がったり、罰則を受けたりと、経営を維持するのが難しくなる恐れがあるため、リスクマネジメントとして取り組みます。
企業価値を高めることと下がるのを防ぐこと、企業の存続を目指すことと倒産を防ぐこと。最終ゴールは同じですが、取り組みの焦点に違いがあるのです。
ガバナンス強化とコンプライアンス強化のメリットにも違いがあります。
ガバナンスの強化では、ステークホルダーから信頼される企業経営を目指し、業務の見直しや運営の透明性向上などに取り組みます。それらの取り組みによって、生産性が高まると考えられます。また、企業価値が高まれば、市場競争において優位に立てるでしょう。
コンプライアンスの強化に取り組むと、従業員のコンプライアンス意識が高まり、不祥事が起きるリスクが低減します。その結果、社会から信用性のある企業だと評価されやすくなります。
得られる効果に違いはあるものの、2つは密接に関係しています。ガバナンスの強化はコンプライアンスの維持に、コンプライアンスの強化はガバナンスの強化に繋がります。どちらも企業の持続性を高める上で欠かせない要素であり、それぞれの意味と関係性を理解しておくことが重要です。
コーポレートガバナンスに関する情報をウェブサイトに掲載する企業が増えたり、コンプライアンス研修が実施されるようになったりと、ガバナンス、コンプライアンスに関する関心は年々高まっています。
なぜ多くの企業がそれほどまでに重要視するのか、考えられる主な3つの理由について解説していきます。
ガバナンスやコンプライアンスへの注目度が上がっている理由は、企業の不祥事が明るみになるようになったからだと言われています。
内部告発が起きたり、従業員の言動がSNSで拡散されたりなど、少しでも企業に薄暗いことがあればすぐに情報が広まる時代です。以前は許されていたことが許されなくなり、悪い噂がどこまで広がるのかも予想できません。小さな出来事をきっかけに、突然大手企業の存続が危ぶまれるなんてことも珍しくない環境です。
もちろん悪いことばかりではなく、良いこともインターネットを通じて素早く、広く広まります。誠実な企業、組織の取り組みや意思をオープンにする企業は、社会から信用される傾向にあります。
さらに、企業イメージが経営に与える影響も強まりました。株主や顧客に支持されるか、それとも非難されるかで経営の安定性が変わると言っても過言ではありません。
このように、社会からの信用が経営にダイレクトに響くようになったことから、多くの企業がガバナンスの強化およびコンプライアンス意識の向上に取り組んでいるのです。
いまは「VUCA」と呼ばれる予測不可能な時代。これから何が起こるか予想できない、いつ経営の危機に立たされるかわからないといった状況では、可能な限りリスクは減らしたいものです。
そのうえ、最近ではガバナンスやコンプライアンスについて知る人が増え、社会は企業の動きに敏感です。コーポレートガバナンス・コードが2015年に制定されて以降、ガバナンスへの社会の関心が高まったと言われています。コンプライアンスに関しても、大手企業の不祥事がマスコミなどで報じられるようになり、ワードが広く浸透しました。
小さな問題でも軽視することが許されない不安定な時代だからこそ、ガバナンスとコンプライアンスの強化に注力する企業が増えていると考えられます。
不安定な経営が影響を及ぼすのは、株主や顧客だけではありません。従業員も、自分が勤める企業に不祥事が起これば離れたくなるものです。
ガバナンスやコンプライアンスの強化には、そのような従業員の離職を防ぐ目的もあります。リスクマネジメントを行うこと、健全な経営の実現を目指して取り組むことが、従業員の信頼に繋がります。
あらゆる市場で人手が不足し、人材を確保するのが難しいと言われる今、ガバナンス・コンプライアンスの強化は企業にとっての重要な課題です。
ガバナンスを強化すると言っても曖昧で、何から手をつければ良いかわからず悩むこともあるでしょう。
そこでここからは、ガバナンスを強化する方法を5つご紹介していきます。取り組みを企画する際の参考にしてみてください。
ガバナンスの強化は、組織規模の取り組みです。団結して挑まなければ、健全な経営、変化に強い組織の構築を実現することはできません。
全社員の向かう方向を定めるには「ビジョン」が必要です。ステークホルダーとの協調、企業価値の向上などといったガバナンスの概念が企業ビジョンに含まれているか見直しましょう。
また、行動規範や倫理研修の作成も必要です。従業員はどのように行動するのが望ましいか、何をしてはならないのかなど、行動や倫理の基準を明確にしてガイドラインを設けましょう。
ビジョンを掲げ、ルールを定めるだけでは組織は変わりません。ガバナンスを強化するためには「仕組み」を構築することが重要です。
内部統制構築の大まかな流れは以下のとおりです。
ガバナンス強化の取り組みとして特徴的なのは、ステークホルダーとの情報共有です。情報を社内にとどめるのではなく、外部とも情報を共有し、透明性を上げることが社会的信用の向上に繋がります。
内部統制における具体的な施策とは、例えば以下のような取り組みです。
なかでも重要なのは、情報共有の円滑化です。組織の意識を統一するため、そして不正の見落としを防止するためには、情報共有の徹底が必要です。よって、情報共有を円滑にする仕組みを作る必要があると言えます。
また、社会の変化に合わせて、最適なガバナンスの形は変わります。一度の取り組みで放置するのではなく、内部体制を定期的に見直すことが大切です。
ガバナンス経営は、企業の”独りよがり”では成り立ちません。組織を客観的に見て判断する視点が必要です。
そこで対策として挙げられるのが、社外役員や社外監査役の設置です。会社に対する私情がない第三者に評価・指摘してもらうことで、組織が間違った方向へ進むのを防止します。
社外役員には、専門性の高い人、キャリアが豊富な人を選ぶのが理想とされています。企業を正しく評価するには、豊富な知識と経験が必要だからです。社外役員・監査役と連携を取りながら会社を導いていくことで、独善的ではない「社会から見て魅力のある企業」へと成長できるでしょう。
ルールやビジョンを設定しても、従業員のガバナンス強化に対する意識が低ければ、組織は変わりません。意識改革に向けた取り組みも必要です。
そして、意識を高めるためには知識が必要です。なぜガバナンスを強化する必要があるのか、放置するとどのような問題が起きるのか、企業価値が高まるとどのような利益がもたらされるのかなど、ガバナンスに関する知識を得ることが、意識を変えるきっかけとなります。
また、一般的なガバナンスの知識だけでなく、自社の意思と定義を理解してもらうことも大切です。社内研修を活用し、ビジョンや規定などについて説明する機会を設けましょう。
ルールの策定、ビジョンの浸透、意識改革……これらの実現には従業員の「意欲」が欠かせません。ガバナンスを強化するためには、従業員エンゲージメントの向上も必要だと言えます。
労働条件や業務配分、作業場の環境を改めて見直しましょう。働きやすい、働きがいがあると感じられる環境があってこそ、従業員は「会社の一員として、共にビジョンを達成したい」と思えるものです。
労働環境を整え、従業員の参加意欲を刺激することが、ガバナンス強化を成功させる足がかりとなります。
コンプライアンスの強化においても、方針の策定、環境の整備、従業員の知識向上が重要です。具体的にどのように取り組めば良いのか、主な5つの方法をご紹介します。
コンプライアンスの強化も、組織全体で取り組む必要があります。従業員1人の意識の欠如が、大きなトラブルを招くという可能性もゼロではないからです。
全社員のコンプライアンス意識を高めるという難しい課題を乗り越えるためには、方針を明確にすることが大切です。コンプライアンスを強化することでどうなるのか、どのようになることを目指すのか、なぜ強化するのかなど、方針を定めて可視化し、従業員が理解できるよう説明しましょう。
従業員に対してだけでなく、社外にも情報を開示します。コンプライアンス強化に取り組む姿勢を示すこと、取り組みをオープンにすることが、会社の信用を高める一歩となります。
やってもいいこと、悪いことの感覚は、人によって異なります。しかし、そのような判断基準の差はコンプライアンス違反の原因となり得るため、明確なルールを決めることが大切です。
また、違反があった場合の対応も決めておく必要があります。主観的な判断での対処はトラブルを招く恐れがあるからです。違反行為への対処法が、またコンプライアンス違反を生む、といったことのないよう対応方法と基準を決めておきましょう。
ただし、従業員の行動すべてをルールで縛り付けるのはNGです。法令や倫理を守ることは大切ですが、規則が経営を委縮させるようなことはあってはなりません。問題を起こさない経営を目指すのではなく、健全で、社会にとって魅力的な会社を目指すことが重要です。
コンプライアンス強化の最終ゴールは、従業員のコンプライアンス意識を高めること、そして違反を起こさないことです。違反を起こさない組織を構築するためには「仕組み化」が欠かせません。
具体的には、以下の2つの施策が挙げられます。
内部監査部門とは、その名の通り企業の内部をモニタリングし、経営層や対応部署に報告する部門のこと。専任の部門を設けることが、問題の早期発見、トラブルの発展を防ぐ対策となります。
内部通報窓口は、従業員が社内の不正や問題を報告するための窓口です。経営者や役員が何も知らないうちに従業員が外部に通報し、不祥事が起きるといったトラブルを防ぐのが目的です。通報窓口は、内部と外部の両方に設置されることもあります。
内部通報に対する体制の整備は、法律でも労働者数301人以上の事業者の義務であるとされています。労働者数300人以下の事業者については努力義務とされていますが、リスク回避のため取り組むと良いでしょう。
■参考:公易通報者保護法(平成16年法律第122号)の概要 令和2年改正後(令和4年6月1日施行) |消費者庁
コンプライアンスの適用範囲は、年々広がっています。数年前までは許容されていたことが、今では問題行為とみなされることも珍しくありません。
知らなかったでは済まされないため、コンプライアンスについても定期的に学ぶ必要があると言えます。コンプライアンス研修は新人研修の一環で行われることも多いですが、全社員、特に役員、管理職こそ最新の知識を習得しておくべきでしょう。
禁止事項やルールが増えると、従業員のモチベーションが下がる可能性があります。かといって、違反行為を見逃すわけにもいきません。従業員が自らコンプライアンスを意識し、違反しないよう注意できるようになるのが理想です。
そのためには、ガバナンス強化と同様、従業員エンゲージメントを高める必要があります。自分の言動が会社に影響すること、自分も会社の一員であることに納得できるよう働きかけましょう。
ガバナンス強化およびコンプライアンス強化には、知識を身につけるための研修が必須です。とはいえ、ただ実施すれば良いのではなく、知識の定着と理解を促すことが重要です。
以下の4つのポイントを意識し、効果的な社内研修を実施しましょう。
ガバナンス、コンプライアンスに関する知識は、常にアップデートし続けることが大切です。しかし、頻繁に研修を実施するのが難しい場合もあります。
そのようなときに便利なのが、「shouin+」のようなLMSサービスを活用したeラーニングです。場所や時間に縛られないため、従業員の職場が遠方にある場合でも制限なく教育を実施できます。
また、コンテンツを何度も見返して復習することも可能です。内容が複雑になりやすいコンプライアンス、ガバナンスのテーマに適した研修手法と言えるでしょう。
eラーニングには多くのメリットがある一方で、学習効果が受講者のモチベーションに左右されるというデメリットもあります。
そこで対策として、アウトプットの機会を設けることが挙げられます。eラーニングに限らず、学んだ知識のアウトプットには、学習効果の向上が期待できます。集合研修を実施する際は、研修内容について話し合うミーティングを行うと良いでしょう。
eラーニングやオンライン研修を実施する場合は、「shouin+」にあるようなセルフチェック機能、テスト機能の活用が有効です。効率よく知識を定着させられる上に、テストの結果をデータとして収集できるというメリットもあります。研修の改善に役立てられるでしょう。
コンプライアンス研修は、法律・法令に関する内容がメインとなるため、情報を伝えるだけの淡々とした研修になりがちです。
しかし、学習効果を上げるため、実用性の高い知識を習得するためには「目的」と「ゴール」を定めることが重要です。目的がないと、受講者が「なぜ学ぶべきなのか」がわからず、内容を理解しようとしなくなる恐れがあるからです。
また、目標がなければ、研修が良かったのか効果を測ることもできません。課題点を見逃してしまう可能性があるため、実施する前に目的とゴールを明確にしておきましょう。
企業のトップや各チームのリーダーは、組織を導く存在。従業員にやって良いことと悪いことを指導し、健全な経営を実現する責任があるからこそ、ガバナンスに関する高い知識が必要だと考えられます。
また、マネジメントや指導に問題があってはならないため、コンプライアンスに関する知識も必要です。よって、教育を実施する際は、企業のトップやリーダーに向けた研修を重点的に行うと良いでしょう。
近年、企業の不祥事がマスコミやSNSなどで取り上げられ、世間からバッシングを受けるといったことが日常茶飯事となりました。従業員の何気ない言動が原因で業績不振に陥るなんてことも珍しくないため、組織の体制を整え、リスクに対する従業員の意識を高めることが大切です。
まずは、言葉の意味と、コンプライアンスとガバナンスの重要性について教育するところから始めてみましょう。