企業では、1つの仕事を行うために多くの従業員が集まり、チームを組んで業務を進めていくため、考え方・性格などの違いから、メンバーの中には「本音を言いにくい」「意見を述べるのに躊躇する」といった問題も起こりやすくなります。
心理的安全性とは、組織や集団の中でも自然体の自分でいられる環境のことです。「心理的安全性が高まると、チームのパフォーマンスが向上する」とGoogle社が発表して以降、世界中で注目が集まっています。
本記事では心理的安全性の定義や定義を向上させることで得られるメリットと、心理的安全性の高いチームの作り方やポイントについて解説します。また、すでに心理的安全性の高いチームづくりに取り組んでいる企業事例をご紹介します。
ビジネスにおける心理的安全性とは、メンバーの誰もが率直に意見を言い質問できる職場環境を指します。心理的安全性は、「psychological safety(サイコロジカル・セーフティ)」という心理学用語を日本語に訳した言葉で、1999年に組織行動学の研究者である、米・ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱されました。
企業には歴史があり、これまで積み上げてきたやり方や風習があります。この旧来的な考え方に反対する意見を発言しても、低い評価を得たり嫌われたりすることなく、新しい考え方としてポジティブに話し合っていける環境は、心理的安全性が高いチーム、組織ということです。
一方で、何十年もかけて作られた企業の伝統的なルールを変更したいとしても、周囲からのマイナスの反応を受けるのではないかと怖くて発言できない状態は心理的安全性が低いと言えます。チームの歴史につくられた関係性やカルチャーが心理的安全性をつくる施策を阻んでいます。
Googleのリサーチチームが効果的なチームとはどのようなチームかについて4年の調査・分析から見出した結論は、「誰がメンバーか」ということより「チームがどのように協力しているか」が重要だとしています。そして、協力の仕方の中で最も重要なのは「心理的安全性」であり、心理的安全性の高いチームは離職率が低く、収益性が高いと結論付けています(※)。
自分の意見を話せずに押し殺してしまうことがなく、多少のリスクを取って発言しても、このチームや組織なら受け入れてもらえるという認識や、威圧感がなくのびのびとコミュニケーションが取れると思える状態が、心理的安全性が確保された組織だと言えます。
■参考:Google rework「効果的なチームとは何かを知る」
書籍「心理的安全性の作り方」において石川氏は「メンバー全員がが率直に話せる状況を作ることが、変化の激しい今の時代において組織とチームの未来をつくるために重要である」と言及しています。
■参考記事はこちら:
心理的安全性とは?高い=ぬるま湯ではない!低下に繋がる4つの要素や高い職場の作り方について解説
チーム内で、メンバー同士が話しやすい雰囲気を作ることは重要です。下の人から上の人に話しかけにくいため、チームリーダー、上司からメンバーや部下に話す機会を増やすと良いでしょう。チーム内でコミュニケーションが活発になれば、相談しやすい空気が醸成できます。
人は仕事以外にも様々な側面がありますが、仕事以外の一面を共有することで、関係性が深まったり、その話の中から新たなアイディアにつながったりするケースもあります。ただしプライベートに踏み込み過ぎることはマイナスの影響を及ぼしますので個人の意向を尊重した上で、コミュニケーションを図るようにしましょう。
書籍によると、日本のチームにおいて心理的安全性を向上させるには4つの因子があると提唱しています。
ここでは心理的安全性の高い状態を構成する4つの因子について説明します。
話しやすさとは雑談のしやすさだけを指すのではありません。チーム全体が意見を集約しようとしているとき、反対意見があればそれを提示することができるか、ネガティブな内容でも隠すことなくすぐに報告できるか、チーム内の自らの立場や視点から臆することなく率直なフィードバックが起きるかなども含まれます。これらは多様な視点から状況を判断し、率直な意見とアイディアを集めるために重要です。
書籍では、「話しやすさ因子」がもっとも重要かつ、ほかの3つの心理的安全性の土台ともなると言及しています。
問題が起きたときに個人を責めるのではなく、事態の解決に向けて前向きに協力できるチームは、助け合い因子が高いと言えます。
助け合いが確保されていると、トラブルやミスが発生したときに必要な事実を共有し、相談、支援や協力を求めることができます。また他部門やチームのミスやトラブルであっても、部門の垣根を越えて連携できるか、このチームは減点主義ではなく、加点主義であるかなども、助け合い因子の例だと言えます。
心理的安全性の高いチームでは、前例のないアイディアにも前向きに挑戦できます。挑戦が確保されていると、チームは正解がない中でも模索し、試して、機会を掴むことができます。冗談のような意見やアイディアも歓迎し、論理的で現実主義の正解を越えて試していき、ミスや失敗も含め、実践から学ぶことができます。
失敗を恐れず「とりあえずやってみよう」と挑戦できるか、さらにフィードックを得てチームにとってチャレンジングなアイディアが共有できるかなどが、挑戦因子とかかわります。
個人の違いや多様性の尊重と関係するのが「新奇歓迎」因子です。新奇歓迎が確保されていると、多様性を生かして課題に取り組むことができます。
新奇歓迎は、チームというよりメンバー1人ひとりに焦点を当てています。各メンバーがボトムアップして才能を輝かせて、それぞれの立場や視点から新たな改善やイノベーションの種が生まれます。
どの立場や役割でも、各自が個性を発揮できるか、多様なアイディアが歓迎されているか、などが「新奇歓迎」因子とかかわります。
心理的安全性が高い職場をつくるメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。心理的安全性が従業員や企業にもたらすメリットを6つ取り上げます。
心理的安全性の高い職場では、メンバーが発言しやすい環境が形成されるため、チーム内での情報交換が活発化します。
それぞれの得意分野において高い専門性を持つメンバーの知識や成功体験・失敗体験が広く共有されることで、従業員が各々の業務に役立つ情報やノウハウを得やすくなるでしょう。これによって、必要な情報やノウハウを自分の仕事に生かしたり、メンバーの指摘をきっかけに早めに対処したりしやすくなります。
その結果、チーム全体のスキルの底上げにつながり、組織の成果も期待できます。
安心して発言できる環境では、従業員が困りごとや悩みについても発信しやすくなります。また、気軽なコミュニケーションの量が増えれば、メンバー同士がコンディションの変化にも気づきやすくなるでしょう。チーム連携の増進により、業務効率の向上も望めます。
また、心理的安全性の高いチームでは、ミスの報告をする際の心理的なハードルが低くなるため、ミスや問題が生じたときにもすぐに報告・共有でき、組織として迅速な対応がしやすくなります。
心理的安全性が高い組織では、対人関係に関する心配事がなくなります。チーム内や上司から無知や邪魔と思われる不安がない環境では、従業員は安心して目の前の仕事に集中できます。その結果、パフォーマンスの向上が見込めます。
自分の意見が認められ、発言した分だけチームの雰囲気が活性化するため、従業員の仕事に対するエンゲージメントも高くなります。組織、会社のためにもっと貢献したいと思い、能動的に会社のために考え、行動するようになるでしょう。仕事へのストレスも減り、楽しさを感じながら仕事ができるようになります。
心理的安全性のある組織では、メンバーそれぞれの個性を受け入れることができます。
自分らしさを発揮できる職場であれば、従業員は仕事にやりがいを感じ、責任感も高まります。自然と仕事へのモチベーションが向上し、会社全体の生産性が向上するでしょう。さらなる成果を出せる可能性があります。
心理的安全性が高い職場では、自身のスキルや能力を積極的に活かせるため、仕事へのやりがいが生まれ、結果的に人材の定着率アップにつながります。
率直な意見を提案することをためらってしまう、従業員同士で気軽に意見交換ができないような職場では、従業員は息苦しさを感じ、モチベーションが低下してしまうでしょう。そうした状態が続くと自分の存在意義が感じられなくなり、離職につながる恐れもあります。
誰もが安心して発言や行動ができる職場環境では、従業員は仕事のやりがいを感じられます。従業員同士の話しやすさが確保された関係性は、チームビルディングや働きやすさの向上にもつながり、休職や離職のリスクを回避し、人材の定着率を高めることにつながります。
心理的安全性が保たれた職場では、自由に発言できる環境が整っており、従業員から個性的な意見や考えが出やすくなるでしょう。多様な価値観からさまざまな意見やアイディアが生まれ、イノベーションが創造されやすくなるのは企業にとってのメリットであると言えます。
立場などにとらわれず誰の発言も受け入れられる環境なので、会話も楽しめるでしょう。様々な立場からの率直な意見からさまざまなヒントやアイディアが生まれ、イノベーション創出のヒントが見つかり、実現しやすくなります。
心理的安全性の高いチームになるには、メンバーが安心して働き個性を輝かせることができる環境を整える必要があります。心理的安全性の高い職場を作るには、どのように進めれば良いのでしょうか。ここでは心理的安全性の作り方を5つ解説します。
チーム内で、メンバー同士が話しやすい雰囲気を作ることは重要です。下の人から上の人に話しかけにくいため、チームリーダー、上司から話す機会を増やすと良いでしょう。チーム内でコミュニケーションが活発になれば、相談しやすい空気が醸成できます。
人は仕事以外にも様々な側面がありますが、仕事以外の一面を共有することで、関係性が深まったり、その話の中から新たなアイディアにつながったりするケースもあります。ただしプライベートに踏み込み過ぎることはマイナスの影響を及ぼしますので個人の意向を尊重した上で、コミュニケーションを図るようにしましょう。
心理的安全性を高めるためには、チームメンバーに対して仕事の取り組み方やチームへの貢献などへの感謝の気持ちを伝えることが重要です。
感謝の気持ちを言葉にすることで、相手を受け入れる姿勢を示せます。メンバーは認められている、チームから必要とされている、肯定されていると感じやすくなり、チームに対してよりオープンになる、仕事へのモチベーションが向上することにつながります。
感謝の気持ちを伝える際には、どのような状況で、何をしてくれたのか、具体的な出来事と合わせて伝えましょう。
コミュニケーションが活発なチームであっても、いざ会議になると特定のメンバーだけが発言しないという場合も多々あります。業務経験の浅いメンバーは的外れな意見かもしれない、間違っているかもしれないと不安になり、意見やアイディアの発言を躊躇してしまう傾向があります。
このような場合には、会議の発言システムを考え直し、1人ずつ意見を求める、最後に感想を聞く時間を設けるなど発言の機会を均等にするといいでしょう。
チームメンバー全員が自由に意見を述べることができる環境が理想的ですが、最初はなかなかうまく進まないケースは多いものです。会議進行を工夫して、全員が発言することが当たり前という雰囲気を作ることが大切です。
成功体験を感じさせることも心理的安全性を高めるためには大切です。
積極的な発言ができないメンバーは自分の意見を述べる行為に自信がない可能性があります。まずは、発言への恐怖心を和らげるように働きかけるようにしましょう。自分の意見が認められたという小さな成功体験が積み重なると、仕事へのやる気にもつながるからです。
必要以上に褒めて持ち上げる必要はないのですが、意見を述べることに消極的なメンバーが発言した際には、うなづく、同意するなどポジティブな反応を示すと良いでしょう。このような体験を重ねることで、発言に対する抵抗が薄まって、全員が発言しやすいチームの雰囲気を形成していくことができます。
メンバーが弱みをさらけ出せるチームを作るためには、立場が上の人が自らの弱みを開示することも大切です。積極的に自身の失敗談を話し、弱みを見せることで、部下も失敗したときには素直に認め打ち明けることができるようになり、また、失敗することを必要以上に恐れずに行動できるようになります。
また、心理的安全性の高いチームとはメンバー同士が支援、協力を行い良い相互作用ができるチームです。書籍では、自己開示や弱さを見せられるリーダーシップが近年注目されているのは、メンバー間で助け合うという意識を持つことに役立っていると述べられています。
心理的安全性を高めることが、従業員にも企業にとってもメリットをもたらします。メンバー同士が信頼、尊重し合える関係性を構築してチームの心理的安全性を高めるためにマネージャーや管理職が意識するべきポイントを4つ取り上げます。
心理的安全性が高いチームとは、リラックスしすぎて馴れ合いの関係になった状態を指すのではありません。
心理的安全性を高めるために自己開示をしお互いに距離を縮めてきた結果、反対意見や注意、建設的なフィードバックを言いにくくなってしまうようではいけません。
チームメンバーは、決して友達ではありません。上下関係を無視したり、常識を忘れた付き合い方をしたりしてしまうと、本来の目的を忘れてしまいがちです。
より良いチーム作りのために、率直に意見や本音を言い合える関係を目指しましょう。共通の目標やビジョン達成のためにフィードバックできているかを確認するために定期的にアンケートをとる、1on1などを行い、メンバーの意識を確認し、必要であれば馴れ合いの関係性を正すように指導しましょう。
心理的安全性が確保された職場は心が安らぐため、失敗しても怒られることはないと認識して仕事の手を抜く人が現れる恐れもあります。もし失敗してしまってもあまり怒られず、適当な仕事をしても許されるような雰囲気の中では、責任感は育ちにくいでしょう。
緊張感が高く息がつけないほど張り詰めた職場もよくありませんが、心が安らいで仕事に緊張感を持たないことは問題です。
心理的安全性の高い職場はラクができる職場であると認識している従業員がいれば、ただちに正すようにしてください。定期的にメンバー全員との面談を設け、仕事への取り組み方や現在考えていることなどをヒアリングし、チームの状況をチェックしましょう。対話をし、チームの目指す目標について再度確認することで、緩んでいたメンバーの気持ちも切り替わるでしょう。
近年ではパワハラやモラハラが社会問題になっており、慎重になりすぎて部下や後輩を叱ることができない上司が増えています。
ハラスメントを気にしすぎて的確な指示が出せないと、かえって部下が失敗する確率が高まってしまいます。ミスや問題を起こした時にしっかりと叱られないと、このような仕事の仕方で大丈夫なのだと勘違いしてしまうでしょう。
もちろん、ハラスメントがない職場は心理的安全性が高い職場の前提ですが、安心して仕事ができる環境は、叱られるべき時は叱られ、褒められるべき時に褒めてもらえる職場のことを指します。部下の今後の成長を願って叱るようにしましょう。
心理的安全性が高くなると、チームに良好で前向きな雰囲気が醸成されていきます。チーム全体のコミュニケーションが活発になり明るくなってきたと手応えを感じるかもしれません。しかし、本当にメンバー全員にとって安心して発言できるようになっているとは限らないのです。
対話が増えていいチームになってきたと思っているのは、チームリーダーだけかもしれません。まだメンバーの中には遠慮があり、上司に気を遣って自分の本当の意見を言えていない人がいるかもしれません。
そのため、必ず一人ひとりのメンバーに目を向けて声を聞くようにして、全員同じポジティブな感情を持てているかしっかりと確認してください。
リーダーの自己満足に終わらないように、長いスパンで取り組み、チームメンバーとの関係性を構築していくことが大切です。
心理的安全性に関する企業の取り組み事例をご紹介します。
株式会社リクルートホールディングスが、社内コミュニケーションの活性化を目的に全社を対象に行っている施策が社内メールマガジンの「WOW通信」です。これは、「大事にしている価値観やモチベーションの源泉は?」「仕事を通じて生み出したい価値は?」といったリクルートホールディングス社のバリューズに紐づく観点で、内定者が社員にインタビューしたものです。
リモートワークやフリーアドレスを推進する中で、従業員同士の相互理解を促進してきました。これまでに約150人の社員を紹介しています。この施策を始めて、駐在先にいる方から「昔はすごく無機質な組織で、仕事を機械的に進めるイメージだったけれど、今は人の個性や多様性を認めて、ありのままの自分でいいんだという雰囲気が伝わってきます」という感想が寄せられているように、「個の尊重(BET ON PASSION)」というリクルートのバリューズが、徐々に浸透してきていることを表しています。
株式会社メルカリでは、拠点を超えてもっと気軽に、リアルタイムに賞賛し合える会社になろうという点からmertip(メルチップ)制度を導入しました。mertipとは、メルカリの従業員同士がリアルタイムに感謝、賞賛し合うと同時に、インセンティブとして一定額の金額を贈り合えるピアボーナス(成果給)の仕組みです。
merutip導入後のアンケートには「目に見えた感謝ができるので、他拠点や他部署との調整のハードルが下がる気がする」「相互に御礼をカジュアルに言いやすい環境になった&そのためにお互いに「仕事をみてくれている」感を感じやすくなった印象です」との意見が見られており、部署の垣根を越えてコミュニケーションが活発となり、企業全体で心理的安全性が高まるきっかけとなっています。
心理的安全性を導入しようとするとき、上長による「宣言と環境整備」によってチーム全員の意識を心理的安全性構築へと向けることができます。
カルビー株式会社では、人事トップである武田雅子氏が「宣言」を行っていました。朝礼や会議の場で「この場所は安全な場所です。どんな意見やアイディアを言っても良い場です。ミスやトラブルの報告があれば、それを叱る場ではなくどう対処するかを前向きに検討する場です。この場の安全性は私が担保します」と会議の冒頭で毎回宣言したといいます。
これをしばらく続けていくと、心理的安全性を壊すような発言が出ると「ここは安全な場所なのだから」と否定を慎むような意見が出るようになったといいます。さらに武田さんが参加しない会議においても「この場は安全な場所です」と宣言してから会議を始めることが社内で浸透していき、徐々に発言しやすいカルチャーが作られていきました。
心理的安全性が高い職場では、チームでの情報交換が活発になり従業員のパフォーマンスアップが望めます。また、企業としても組織全体の生産性や人材の定着率向上、イノベーションの発生などさまざまなメリットを得られます。しかし、仕組みを作り上げるには多くの時間や労力が必要です。
従業員が不安なく業務に取り組める心理的安全性の高い職場づくりのために、お互いを尊重する、話しやすい雰囲気をつくるなど、日常から意識的にマネジメントしていく必要があります。
特に、1対1の対話を重ねることは重要です。相手を一人の人間として捉え、対話を重ねることで、物事の捉え方や問題意識を深く共有できるようになります。
また、メンバーそれぞれが心理的安全性の重要性や効果について理解し、メンバーからも少しずつ働きかけることで、初めてチームの心理的安全性が構築されます。
心理的安全性の確保されているチームでは、様々な視点から率直な意見を集めて対話を重ね、探索と実験を繰り返し、未来を創っていくことができるでしょう。