組織や企業などビジネス現場における情報伝達は、経営を左右するほど重要である一方で、難しいことのひとつでもあります。「伝えたはずが、伝わっていない」「何回伝えても、同じ間違いが繰り返される」「経営陣の考えが伝わらず、現場で判断ミスが起きている」など、一つ二つは誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。
そこで当記事では、ビジネス現場における情報伝達とは何かを改めて定義し、その重要性を確認したのち、情報伝達ミスが起きる原因と、円滑に情報伝達を行える組織となるための取り組みについて解説します。
ビジネス現場における情報伝達について考える前に、「情報伝達」とは、そもそもどういう意味なのかしっかりと考えておきましょう。なぜなら、「情報」には2つの意味があり、どちらを意味するのかで、会社として取るべき対応の内容や優先度が変わってくるからです。
「情報」とは、広辞苑によると「①あることがらについてのしらせ」「②判断を下したり行動を起こしたりするために必要な、種々の媒体を介しての知識」の2つの意味があります。そして「伝達」は、「命令・連絡事項などを伝えること。つぎつぎに伝え届けること」といった意味です。
ビジネス現場で「情報伝達」といった場合は、
の2つの意味があります。
「連絡事項などを伝える」の例としては、「シフト希望を○日まで提出してください」「○日は水道工事があり○時〜○時はトイレを使えません」「納品日が1週間前倒しになりました」といったお知らせなどがあります。
「知識を伝える」というのは、例えば「小さなお子さんがいる場合のお料理は、お子様ランチの注文でない場合も優先して先に提供しましょう」といった業務を行う上でのノウハウなどが該当します。
当記事では「知識を伝える」という意味での情報伝達についてメインでお伝えし、「連絡事項などを伝える」という意味での情報伝達については最後にまとめて解説します。
業務におけるナレッジ・ノウハウを蓄積し、後世に伝えていく「情報伝達」。会社にとっての情報伝達は、主に次の6つに大きく影響するため非常に重要です。
情報伝達そのものは、行ったらメリット、付加価値があるというよりも、適切に行えないとリスクになり、会社の成長を止めると理解いただくほうがいいでしょう。一つずつ見ていきます。
企業は、先人が得た知識をベースに新しい経験や発見を積み重ね、成長しています。でも情報伝達が不十分だと、もう一度最初から考え作り上げないといけないことが増えてしまいますね。その結果、努力しても現状維持が精一杯だったり、成長スピードが鈍化したり……。そして企業競争に負けてしまう可能性もあり、情報伝達は非常に重要なのです。
先人が得た知識というのは、失敗を繰り返しながら磨かれたものです。それを引き継ぐ人はイチから始めなくてもよいので、効率よく完成度をあげられます。つまり情報伝達が適切に行われると、業務の効率化につながるのです。
情報伝達が適切に行われず、ある業務を特定の人しか担当できない状態になると(属人化すると)、次のような問題を引き起こします。
そこで大事になるのが各業務の平準化です。業務の作業手順や方法を基準化することで、誰もが同様に作業できる状態、特定の個人に頼らずとも複数人で業務を継続的に安定して行えるようにします。この役割を担うのが「情報伝達」です。
情報伝達が適切に行える環境を構築することは、新しいスタッフに仕事を教えるノウハウがあることを意味しますので、人材育成の効率化につながります。具体的には、教える側の負担権限、人材の即戦力化などがあげられます。
人間は間違える生き物なので、ヒューマンエラーをゼロにすることはできません。しかし限りなく減らすことは可能です。その方法の一つが情報伝達です。
例えば、日本航空は、羽田空港の整備地区内に「安全啓発センター」を設置しています。当施設は、1985年8月12日に起きた墜落事故の教訓を風化させない、安全運航の重要性を再確認する目的で開設されました。つまり事故について後世に伝えるという情報伝達の役割を担い、将来的な事故やミスを予防する役割を担っているのです。
日本の雇用は、以前であれば定年まで勤めるのが一般的でしたが、現在は流動化しています。つまり何も策を講じないと会社、組織にノウハウ・ナレッジが蓄積せず、人材だけでなく、これらも流出してしまいます。
在職中に新スタッフに対して引継ぎをしたとしても、属人化している業務を100%引き継ぐのは難しく、普段から情報伝達を意識した企業運営を行うことが重要というわけです。
情報伝達ミスが起きると「伝え方が悪いのでは、伝え方が下手なのでは」「伝える手段(マニュアル、研修、教育、OJTなど)が適切ではないのでは」といった議論になりがちですが、原因の本質はそれ以前の部分にあることが多いです。
情報伝達は、「伝える側」と「伝えられる側」によって行われ、「伝えられる側」が「伝える側」とほぼ同じことができるようになる状態が「伝わった」ことを意味します。つまり情報伝達ミスの原因は「伝える側」と「伝えられる側」の両面から考えていく必要があります。
主な原因は次の3つです。
それぞれ解説します。
伝える側が、伝える内容について正確に理解できてないと、当然のことながら情報伝達ミスが起きますね。伝える内容の背景を理解せず、「規則だからこうしてください」「この順序で進める決まりなので手順通りにやってください」と教えると、受け手は無理やり覚えることになります。
例えば、「トレーで飲み物を運ぶ際は、背の高いグラスを手前におきましょう」とだけ伝えたとします。これだけだと、ビールジョッキと大きなワイングラスを運ぶことになった際、人によっては大きなワイングラスを手前におき、ビールジョッキを外側におくかもしれません。その結果、ビールジョッキの重みでこぼしてしまい、最悪お客様にかけてしまう可能性も……。
ここで背の高いグラスを手前におく理由も含めて伝えていたら、重いビールジョッキを手前におくという正しい判断ができていた可能性が高いです。バランスを崩した場合も、最悪自分にかかることはあっても、お客様にかけることは避けられます。
このように伝える側が物事の本質を理解せず、表面化したことだけしか伝えないと、いざというときに使える知識にならず、情報伝達ミスとなってしまいます。
伝える側が正確に理解できていないということは、「知識化できていない」と言ってもよいでしょう。自分の経験をそのまま伝えても相手には何がポイントなのか伝わりません。「原因」「行動」「結果」の一連の因果関係を整理し明確にしたうえで簡潔に説明できてはじめて、相手に伝わります。
前述したトレーで飲み物を運ぶという例でも言えることですが、伝えるべき内容が不足した結果、情報伝達ミスが起きているケースも多いです。全てを説明しようとすると、いくら時間があっても足りませんし、テキストにしようものなら読み切れないほどの分厚いマニュアルになってしまう可能性もあり、情報の取捨選択が求められます。
情報を取捨選択する際にやりがちなのが、正しいやり方のみのピックアップです。一見、効率的に思えるかもしれませんが、物事を一面からのみとらえると物事の本質に迫るだけの知識を伝えられません。
「正しいやり方」に加えて、「やってはいけないことをやったらどうなるのか」「やるべきことをやらないと何が起きるのか」もあわせて伝えることが大事です。
伝えられる側が情報を知りたいと思わなければ、伝える側がどれだけ分かりやすく丁寧に説明しても伝わりません。
学生時代を思い出してみましょう。部活の練習で疲れがたまり睡魔と闘っているとき、先生が熱心に授業をしていても上の空……という経験をしたことがある人もいることと思います。
組織における情報伝達も同様で、伝えられる側の状態によって、どれだけ伝わるかが変わってきます。「明日、初めて自分が主導する商談があるから○○○○○について知りたい」といった場合は、できる限りの知識を得たいという状態になっていますので、情報伝達がうまくいきやすいというわけです。
情報伝達ミスが起きる原因を踏まえて、円滑な情報伝達ができる組織になるための工夫や取り組みについて解説します。解説するにあたり、失敗学の提唱者である畑村洋太郎氏の著書「みる わかる 伝える」を参考にしました。同著は、「みる」「わかる」「伝える」とはどういうことなのか、失敗学の研究者の立場から具体例を用いて紹介されており、非常におすすめです。
参考書籍:畑村洋太郎氏の著書「みる わかる 伝える」
本当に相手に伝わったのか確認することが、伝える人にとって一番大切だと畑村氏は言います。相手に実際にやってもらう、理解したことを発表してもらうなど、アウトプットをしてもらい、伝えた人はそれを見守り、必要に応じてフィードバックすることが重要なのです。
人事の教育担当者は、伝わったことを確認する大切さを、教育する立場にあるマネージャ―や管理者に啓蒙していくことが求められます。
畑中氏は、ベストな伝え方はむしり取らせることだと記しています。受け入れの素地は、その人が本当に必要だと思ったときにできます。留学することが決まると、英語の勉強の真剣さが変わってくるのと同じですね。
新人が相手の場合は、まず実際の作業をやってもらい、敢えて失敗してもらう。そこでなぜ失敗したのか、どんな点が欠けていたのかを本人に考えてもらい、必要に応じて教える形はひとつの方法です。実際に自分で考えてやってもらうことで、頭の中に思考回路ができるため、その後に情報を受け取りやすくなるのでしょう。
引用:畑村洋太郎氏「みる わかる 伝える」
情報伝達を行う前にすべきことは「伝える経験の知識化」と「必要な要素を簡潔にまとめる」の2つ。単に経験を並べただけだと、受け手は何が重要なのかが分かりません。「原因―行動―結果」の一連の因果関係を簡潔に説明できるよう整理することが大事でしょう。
また最適解だけでなく、そこに至った背景やベストだと考えた理由、迷った点、失敗した経験なども残しておきたいところです。こうした情報は、知りたい情報でもあり、残されていると効率よく情報伝達が進みます。
伝達方法に決まりはなくても、よく使われる方法というのが組織ごとにあるものです。紙のマニュアルであったり、何かしらのクラウドサービスであったり。そういうのがあると、深く考えずに慣例通りに進めがちですが、いったん立ち止まりベストな伝え方を考えたほうがいいでしょう。
実物を見てもらったり、動画として残したり、テキストと図やフローチャート、写真を組み合わせて使ったり、どの方法も一長一短があり、この方法なら最適というものはありません。内容にあわせて選択します。
円滑な情報伝達ができる組織にするために欠かせないのが「共有知」を持つこと。畑村氏は「共有地があると、これを獲得している人の間ではそれぞれが有している思考回路の中で互換性が出てくる。このような状態になると、すべてのことを早く正確に伝えることができるようになる」と言います。
同じ内容を伝えても共有知があるのとないのとでは、受け取る人が理解できる範囲が変わってくるのです。
連絡事項などを伝えるという意味での「情報伝達」に悩む企業担当者もいることでしょう。特にシフト勤務を行っている組織であったり、リモートワーク中の社員がいる組織だったりして、一度に全員が揃わない環境だと、こうしたコミュニケーションロスは起きやすくなります。
納期が正しく伝わっていなかったためにプロジェクトの進行が遅れたり、納品数が違っていたり、修正や変更が反映されていなかったり……。内容によっては、組織や社内だけの問題ではなく、顧客やクライアントとのトラブルになる可能性もあり、組織としての対策が必要です。具体的には、以下のような対策が有効でしょう。
コミュニケーションにおけるルールを作成することで、「聞いていない」「誤解していた」といったトラブルを限りなくゼロに近づけることができます。
具体的には、
といったようなルールが考えられます。
近年はクラウド上で使えるコミュニケーションツールが増えており、これらを使うと出勤していなくてもリアルタイムでの情報共有が可能です。個人のスケジュールなどを一緒に共有できるツールもあるので、あわせて使うと、より確実にコミュニケーションがとりやすくなります。
こうしたルールや最適なツールは組織・会社の体制が変化するにしたがい変わっていくものです。定期的に見直すことも大事です。
組織・企業の成長に欠かせない「情報伝達」。円滑に情報伝達が行われる組織になると、業務の効率化や平準化が進み、事故やミスの予防にもつながります。情報伝達に課題を感じている場合は、伝える側が正確に理解できているか、伝えるべき内容が揃っているか、伝えられる側の準備ができているか確認しましょう。
記事では、円滑な情報伝達ができる組織になるための取り組みとして5つご紹介しました。中には、「共有知を持つ組織づくり」など長い目でみないといけない取り組みもあります。まずは「伝わったことを確認する」など、できる部分、取り組みやすい部分から始めることが大切です。