バーコード決済を利用した無人店舗、AI搭載のスマートフォンアプリサービス、ドローンでの荷物運送……さまざまなモノ・コトがデジタル化されている「デジタル時代」。多くの企業が新しいビジネスモデルを展開する中、人材マネジメントにも変化が起きています。
しかし「実際に何をすべきなのか」「どのようなことに注意すべきなのか」と、変化に戸惑っている方も多いことでしょう。
そこで今回は、デジタル時代の人事の立ち回り方について詳しく解説します。日本の人事が抱える課題や持つべきマインド、具体的な業務内容などもご紹介しますので、人事戦略にお悩みの人事部の方、管理者の方はぜひお役立てください。
デジタル時代とは、デジタル技術が発展した時代のこと。「AI」「IoT」「スマートフォン」などが、人々の生活の一部になっている現代社会を表す言葉です。
日常生活に限らず、ビジネスにおいてもデジタル技術は今や欠かせない存在に。総務省の調べによると、「データ分析」「クラウド」「スマートフォンアプリ」などのデジタル技術を業務に活用している企業が多いようです。
(引用元:「企業活動におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状と課題」総務省)
さらに最近は、デジタル時代のなかでも次のフェーズに入りつつあると言われており、「アフターデジタル」という言葉も出てきています。リアル中心の世界にデジタルが混在するのではなく、デジタルな世界にリアルが飽和した時代、リアルとデジタルの主従関係が反転した時代のことです。
「何においても、デジタルなしでは物事を進めることはできない」それがデジタル時代です。
DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略語です。スウェーデン、ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱した概念です。
総務省は以下のように定義しています。
企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創造し、競争上の優位性を確立すること
(引用元:「企業活動におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状と課題」総務省)
要約するとDXとは、デジタル技術を用いて商品やサービス、ビジネスモデルの変革を行うこと。ネットとリアルの両方で顧客との接点を持ち、市場で優位に立つことを目的として実施されます。
以前から推進する企業はあったものの、新型コロナウイルス感染症発生後、さらに注目度が高まりました。政府が後押ししていることもあり、今後さらにDXに取り組む企業が増えると言われています。
デジタル時代と呼ばれる今、人々の働き方、世の中の動きが大きく変化しています。では、日本の人事はどのような状況にあるのでしょうか。
注目すべき3つのポイントについて解説していきます。
新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、働き方、雇用形態が大きく変化しました。
なかでも注目すべきなのは、多くの企業が導入している「テレワーク」。デジタル技術が発展した現代だからこそ実現した働き方です。
(引用元:「令和3年版 労働経済の分析」厚生労働省)
厚生労働省発行の資料によると、テレワークを活用した経験のある企業は全体の40.4%。卸売業、小売業でも約4割の企業が「活用経験有り」と答えているように、テレワークはデジタル時代の働き方のひとつとして認識されています。
テレワーク以外にも「フレックスタイム制」「短時間正社員制度」「副業」など、さまざまな働き方が存在します。全社員が決まった時間に出社・退社する時代ではないのです。
また「ジョブ型採用」と呼ばれる新しい雇用形態も登場。スキルを限定して人材を募集し、職務に応じて給与・報酬を定める、従来の「メンバーシップ型雇用」とは異なる雇用スタイルです。デジタルスキルに長けた人材を確保するのに有効と、DX化を試みる企業を中心に注目を集めています。
このように、デジタル時代の雇用形態・就業形態は多種多様。人事は、従業員のさまざまな働き方、労働市場の状況に合わせてアプローチすることが求められています。
人事が関わるのは、売上や市場のシェア率などといった数値ではなく「人」です。人材の能力を数値化するのは簡単ではありません。
しかし、デジタル技術の発展・普及により、現在は人材のデータ化が可能になっています。
以上のような、人材マネジメントのさまざまな要素が定量化されています。
データ化・定量化する目的は、人事のパフォーマンスを上げるため。目標指標として設定し、効率の良い人材マネジメントの改善を図ります。
また、人事の成果を統合報告書に記載するなど、情報開示を積極的に行う企業も増えてきています。これは、ESG投資家へのアピールや他社との差別化を図るためです。
企業間の競争が激しいデジタル時代は、優秀な人材を採用するのも、市場で優位に立つのも困難。その壁を乗り越える手段のひとつとして、人事パフォーマンスの可視化・透明化が重視されているのです。
従来、人材戦略は経営戦略に沿って考案されていました。企業の目的を達成するために必要な人材を揃える、という流れです。
しかし、デジタル時代は起点が変わり、「人材を集めたのちに経営戦略を立てる」という流れに。人材が企業戦略を作る時代です。
デジタル技術の発展により、現在は他社の戦略、組織設定などをスピーディーに知ることができます。良い戦略を立てても競合他社に真似され、いたちごっこに……といったケースも珍しくありません。
ですが人材は違います。同じ人は誰一人としておらず、誰も真似ることのできない唯一無二の存在です。他社との差別化要素になります。
よって「人材を起点にビジネスを展開する」といった、従来とは違う戦略の立て方に注目が集まっているのです。
デジタル時代に生き抜く企業にとって欠かせない「DX」。しかし、実現を試みるものの失敗に終わってしまった企業も少なくありません。
その原因として挙げられているのが、人事に関する問題。具体的にどのようなことが課題となっているのか見ていきましょう。
デジタル時代の人事が抱える課題については、コンサルティング会社「McKinsey & Company」が実施したインタビューの調査報告書が参考になります。
(引用元:「デジタル革命の本質:日本のリーダーへのメッセージ」マッキンゼー・デジタル・日本)
同調査にて、DXが失敗する要因として上位を占めたのは「シニアマネジメントのフォーカスと文化」「デジタル・テクノロジーの理解不足」「人材の欠如」「組織」の4点。そのうち2点は、人事に関する問題です。
DXの実現には、デジタル知識・スキルの豊富な人材が必要不可欠。しかし、同調査にて「デジタル・テクノロジーの理解不足」が第2位にランクインしていることから、人材育成が間に合っていないことがわかります。
DXでは度々、非技術者にIT知識を身につけさせ、技術者へと育て上げる「リスキリング」が行われます。しかし、新しいジャンルの知識・スキルを習得するのには、時間がかかるもの。通常業務を行いつつ学ぶ場合は、さらに学習進行スピードが落ちます。
その結果、DXを実現するまでに教育が間に合わず、従業員の知識不足が目立つように。無理やり踏み切ったとしても、失敗に終わるでしょう。
同調査の第3位にランクインしたのが「人材の欠如」です。
先ほど述べた通り、DXに必要な人材を育成するのには時間がかかります。その場合、スキルを持つ人材を外部から採用する必要があります。
しかし、多くの企業がDXを進めていることから、IT知識・スキルに長けた人材の需要は高くなる一方。「採用したくてもできない」といった状況なのです。
そのため人事は、求める人材が自社に集まるよう採用に工夫を凝らす必要があります。
人材育成・採用は”人”が関わることなので、スムーズに行かないことが多いです。能力の差、成長の差、得意・不得意によって成長スピードは違いますし、採用人数も市場の求人数・求職者数、時期によって変化します。そのため、人材確保に遅れが発生しているのです。
また、デジタルに関する知識・スキルの理解不足、人材不足が課題として挙げられていることからも、人事がDX実現に間に合っていないことがわかります。
とはいえ、時の流れは待ってくれません。人材が揃わないからとDXを先延ばしにしていると、競合他社に出し抜かれてしまうでしょう。
企業としては早くDXを実現したい。しかし、人事が追い付かない。このようなジレンマがあることを踏まえて、人事は対策を練らなくてはなりません。
目まぐるしく変化するデジタル時代に人事を成功させるには、どのようなことに注意すれば良いのでしょうか。抑えておくべき心構えを確認しておきましょう。
現在、日本が抱える重大な問題と言えば、少子高齢化。今後さらに労働者が減少し、人材採用は、より一層厳しいものになると予想されています。
(引用元:「日本の将来推計人口」国立社会保障・人口問題研究所)
「国立社会保障・人口問題研究所」が行った分析によると、約30年後の2053年には、日本の人口は1億人を下回ると予想されています。遠い未来とはいえ、求める人材を自社に集められるよう、採用制度や労働環境への対策が必要になるでしょう。
(引用元:「PwC調査レポート」PwC Japan グループ)
またGDPに関しては、コンサルティング合同会社「PwC」が行った分析によると、日本は調査対象32ヵ国の中で最も伸びにくいという予想に。それに対し、中国、インド、米国がGDP世界順位の上位を占めると予想されています。
国外の経済が伸びるのであれば、国内企業はグローバル化するのが得策です。人事の動きとしては、海外に通用する人材の確保、および育成が望まれるでしょう。
このように予測し、逆算して戦略を考えることで、早めの対処が可能になります。いざ企業が変革の舵を切る際、「手遅れ」にならずに済むのです。
特に、人材の育成にはかなりの時間を要します。そのため、人事は将来を見越して、早め早めの準備を心掛けることが大切です。
人事が担うのは、人材を採用するだけ、研修を実施するだけという単純なものではありません。採用方針の決定、長期的な人材育成、人事評価制度・報酬制度の決定など、従業員が働く上で必要な制度や環境の整備も行います。
経営戦略が決まってから、これらを考え始めるようでは、人材確保に遅延が発生してしまいます。そのため、経営戦略よりも「先に」人事戦略を立てることが大切です。
具体的な例としては、以下のような行動が挙げられます。
予め戦略を立てて準備をしておくと、企業がイノベーションに失敗するリスクを減らすことができます。企業戦略の実行に必要な人材を、より早く、よりスムーズに確保できるのです。
そして、先に人事戦略を立てるには、やはり「先読み」が重要。数十年後の未来を見越して考え、行動する姿勢が大切です。
DX化に伴う施策、新しい採用制度の導入など、デジタル時代にはさまざまな取り組みが必要になります。しかし、すべてを同時に実行するのは困難。何かが厳かになったり、無理が生じたりし、かえってトラブルや損失を招く恐れがあります。
そのため、今何をすべきなのか、何に注力すべきなのか選択することが大切です。『HRDXの教科書~デジタル時代の人事戦略~』の著者のひとり、鵜澤慎一郎氏も以下のように述べています。
ビジネスで戦略を立案・実行しようとすると、新しいことをたくさん加えていくか、幅広く網羅性のある方向を求めがちであるが、限られた経営資源を有効に活用するためには、実は何かをやめる、捨てる覚悟をする、つまり選択と集中することが大切であると伝えている。
(引用元:「EY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス(2021)『HRDXの教科書~デジタル時代の人事戦略~』日本能率マネジメントセンター」)
長く続けてきたこと、過去に成功したことであっても、デジタル時代に適さないのであれば捨てるべきです。取り組むべき新しい戦略・施策に注力するためにも、取捨選択を行いましょう。
デジタル時代は、戦略の立て方も業務も、手段も違います。社会が変化するスピードも速く、戸惑うこともあるでしょう。
しかし、人事の仕事は「企業に利益をもたらす人材の採用・育成」「従業員が能力をフルに発揮できる環境の提供」という本質は変わりません。人々の価値観も行動も変わりつつありますが、人事が向き合うのは、今も昔も変わらず同じ”人間”です。
アプローチ方法が変わっても、役割と目的の根本は変わらないことを念頭に置きましょう。
デジタル時代の人事が行う業務は、今までと何が違うのでしょうか。特徴的な業務内容と、成功させるコツをご紹介しますので、人事戦略を立てる際にぜひお役立てください。
デジタル時代、多くの企業が取り組むDXを実現するには、やはりITに強い人材の採用が欠かせません。ただし、そのような人材は市場での需要も高いため、工夫する必要があります。
例として、以下のような対策が挙げられるでしょう。
ジョブ型雇用は、専門スキルを持つ人材を集めやすい方法で、即戦力になるIT技術者を採用したい場合に効果的。
とはいえ、給与や報酬が職務に見合っていなければ、入社希望者はいなくなるでしょう。他社に優秀な人材を奪われないようにするため、福利厚生も見直しが必要です。
また、最近では「企業ビジョンに共感できるか」「自分のキャリアに役立つスキルが身につくか」などを重視して入社を選ぶ人も増えてきています。求職者に自社をアピールする際は、それらを意識することがポイントです。
デジタル時代で人事を機能させるためには、人材の多様化・流動化に対する労務マネジメントが必要です。具体的には、以下のような行動が挙げられます。
リモートワークでは、デジタルシステムを活用することで、労働時間・健康の管理が可能になります。
ただし「従業員の長時間労働」「勤務時間外のメール未返信に対する処罰」など、テレワークならではの問題が発生する恐れがあるので注意が必要です。厚生労働省発行の「テレワークの適切な導入及び実施の推進ためのガイドライン」を参考に、予めルールや制度を整えておきましょう。
またリモートワークは、コミュニケーションの取りにくさから、従業員の自律性が失われがち。そのための対策としては「目標管理制度の活用」が有効です。
メンバー一人一人の自律性を促しつつ、そのパフォーマンスを最大限引き出すマネジメントの有力なフレームワークになり得るのが、「目標と主な結果:Objectives&Key Results(OKR)」である。
(引用元:「EY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス(2021)『HRDXの教科書~デジタル時代の人事戦略~』日本能率マネジメントセンター」)
書籍『HRDXの教科書~デジタル時代の人事戦略~』の著者のひとり、小谷野稔氏も述べているように、「OKR」はパフォーマンス・自律性の向上に効果的。挑戦的な目標を掲げ、高頻度で進捗チェックを行う目標管理手法です。
目標管理の徹底はオフラインでも重要ですが、テレワークではさらに成功の鍵を握ります。OKRは一例ですので、自社に合わせた目標管理手法を選び、強化しましょう。
労務マネジメントは人事の仕事ですが、従業員を直接管理・支援するのは直属の上司です。従業員の自律性、エンゲージメントは彼らのマネジメント力にかかっています。
そして、中間管理職を育成するのは人事の役割。リモートワークでも従業員の意欲を保持し、パフォーマンスを引き出すことができる管理者を育てる必要があります。
身につけてもらうべきマネジメントスキルは、例えば以下のようなものが挙げられます。
これらの知識・スキルが身につく研修やセミナーは、工夫次第でリモートでも実施可能です。オンラインセミナーを活用するなど、テレワークを想定した育成戦略を練りましょう。
必要な人材を必要な人数、短期間で採用できるなんてことは滅多にありません。採用が厳しいなかスキル不足にならないためには、社員の育成が必要です。しかし、社員1人を育成するのにかかる時間は膨大です。
よって、デジタル時代の人事は以前以上に、早くから人材の確保・育成に着手することが重要になります。採用計画や育成計画、制度の見直しを早めに行うことで、採用と教育を早めることができるでしょう。
また時期を早めるだけでなく、効率の良い採用方法、育成方法を選ぶことも大切。時間をかけることと無駄を省くこと、取捨選択を行うのがポイントです。
経営戦略の前に人事戦略を立てるにも、企業の意向と大きくズレてしまった場合、大幅な修正を強いられます。それでは人事戦略の作成に費やした時間、コストが無駄になるでしょう。
そのため、経営陣との積極的なコミュニケーションが必要不可欠です。
常日頃、経営陣と情報共有しておくことで、必要な人材や取り組むべきミッションを的確に予測することができます。また経営陣も、人事部から得た情報を基に経営戦略を立てることができwin-winです。
定期的なミーティングに加え、細かな情報共有を気軽に行えるよう、体制を整えておきましょう。
「人の代わりに機械が仕事をする時代」と言われるデジタル時代ですが、その機械を動かし整備するのは”人”です。デジタル化が進んでも、従業員の能力、労力、情熱が企業の発展に必要なことに変わりありません。
その人材を確保し、サポートを行うのが「人事」。プレッシャーと責任は大きいですが、企業の成功の鍵を握る、やりがいのある仕事です。
将来を見越した戦略、早めの計画と行動、取捨選択を心掛け、デジタル時代に強く生き抜く企業へと導きましょう。