企業の運営および発展に欠かせない「人材育成」。どれほど技術が発展し、ビジネスのデジタル化が進もうとも、社員を育てる仕事は変わらず全ての企業で行われる重要な業務です。
そんな人材育成を効率よく、かつ効果的に行うために必要となるのが「人材育成マネジメント」。育成計画や研修の実施、目標達成のサポートなどといったマネジメントを行い、企業が求める人材へと育てる役割を担います。
本記事では、目的やメリット、必要なスキルなど、人材育成マネジメントついて詳しく解説しています。社員の育成がスムーズに進まず、悩んでいる人事部の方、経営者の方はぜひお役立てください。
人材育成とは、人材、企業に所属する従業員の能力を高めて成長させること。知識やスキルを習得させ、企業が求める人物へと育成することを言います。
その「人材育成」を効率よく、かつ効果的に行うための取り組みが「人材育成マネジメント」です。
マネジメントを直訳すると「管理」という意味になりますが、マネジメントの祖であるP.S.ドラッカー氏は以下のように定義しています。
組織に成果を上げさせるための、道具、機能、機関がマネジメントである。
引用:「P.F.ドラッカー(1999)『明日を支配するもの』ダイヤモンド社
人材育成マネジメントは、社員の育成を「ただ管理するだけ」「効率化するだけ」にとどまりません。育成し、組織の成果につなげてこそ、マネジメントとしての意味を成します。
人材育成マネジメントの目的について知る前に、そもそも人材育成とは何のために行われるのかを確認しましょう。主な目的は以下3点です。
人材育成の最終的な目的は「生産性の向上」および「利益向上」です。従業員の能力を高め、効率的で質の高い業務の遂行を図ります。
生産性の向上は、会社の利益向上につながります。人材育成は、企業運営の継続、そして発展に係る重要な要素なので、多くの企業が人材育成に注力するのです。
人材育成は、人員を確保する際にも行われます。例えば、新入社員を採用した際や、管理職者の離職があった時などです。業務を遂行するうえで必要な人材を揃えるため、社員の育成を行います。
管理職者の確保には、外部から採用する方法もあります。しかし、自社のことをよく知っていて、かつ人間関係を構築されている既存社員の方が、着任後、スムーズに環境に適応できます。そのため、管理職者を育てるための人材育成も必要と言えます。
次々と新しい技術、ビジネスが生まれ、経済環境が激しく移り変わる現代。企業は常に成長し続けることが求められています。
よって、人員が十分に確保されている場合でも、人材育成は必要です。より高いスキルを習得させることで、環境変化への適応を図ります。
時には、新プロジェクトや事業拡大に向けて、全く新しい分野の知識・スキルを身につけてもらうことも。近年、業界問わず多くの企業で行われている、非IT技術者をIT技術者に育てる取り組みなどが例です。
さまざまなモノ・コトのデジタル化が進む現代は、IT知識・スキルが高い人材の育成はもはや必須と言えるでしょう。
企業の成長・運営に欠かせない人材育成。その人材育成を効率よく、計画的に実施するために行われるのが「人材育成マネジメント」です。
人材育成は、能力、性格、得意・不得意がそれぞれ異なる従業員を相手に行われます。1人1人に適した教育が必要となりますが、多くの従業員の育成を管理するのは簡単ではありません。
加えて、時代が変化するスピードが早いため、育成にかけられる時間も少ないです。そのため、無駄なく人材を育成するためのマネジメントが必要なのです。
計画的・効率的な人材育成の実現に必要不可欠なマネジメント。実際に成功するとどのような効果が得られるのでしょうか。
人材育成マネジメントを行うメリットについて解説していきます。
人材育成マネジメントは、目的や目標、育成方針などを定めて計画的に人材育成を行います。そのため、闇雲に教育するよりも、経営戦略を実現しやすくなります。
特に、企業の変革や事業拡大など、人材の確保に期限がある場合は、マネジメントが必要不可欠。計画・管理を怠ると、育成が間に合わなくなる恐れがあるからです。期限に間に合わせようと無理な教育プログラムを組むと、教え漏れが発生するリスクがあります。
よって、会社の目標を達成するためには、人材育成マネジメントが必要であると言えます。
スキル・知識を習得し、従業員の能力が高まると、企業の生産性が上がります。人材育成をマネジメントすることで、その効果がより高く期待できるでしょう。
反対に、マネジメントを徹底せずに教育すると、能力がアップするかどうかが”社員任せ”になってしまいます。社員のポテンシャルやモチベーションによって、成長にバラつきが出る可能性もあります。
組織全体の生産性アップを図るには、社員全員を成長させることが大切。そのため、マネジメントが重要なのです。
丁寧で、安定感のある教育体制は、社員に安心感を与えます。「自分を気にかけてくれている」「自分は着実に成長している」「今後、何を習得していけば良いかがわかる」という整った環境が、安心につながるのです。
成長を実感できる職場、今後も自分の成長が期待できると実感できる職場は、会社に対するエンゲージメント向上が見込めます。
引用:「【調査発表】新入社員意識調査2023」株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
「株式会社リクルートマネジメントソリューションズ」が行った調査によると、「仕事をするうえで重視したいこと」という質問に対し、全体の28.8%の回答者が「成長:自分が成長できる」を挙げています。「自分が成長できること」を重視する若者が多いのです。
このことから、成長促進に必要なサポートを行う人材育成マネジメントは、社員のエンゲージメント向上が期待できると言えます。
引用:「【調査発表】新入社員意識調査2023」株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
先ほどの調査では、若者の「勤続意向」についてもアンケートが実施されています。こちらの調査結果にもあるように、今は転職に対するハードルが低い時代です。企業は、社員の定着を促すため試行錯誤しなくてはなりません。
人材育成マネジメントは、その対策のひとつとなる取り組みです。成長を重視する人が多いことから、「この会社でなら自分は成長できる」と思える環境は、社員の定着を促します。
マネジメントの徹底により、社員が自身の成長を実感すれば、定着率はなお一層上がると推測されます。貴重な人材を外部に逃さないためにも、人材育成マネジメントに注力すべきと言えるでしょう。
人材育成マネジメントにはさまざまな仕事があります。具体的に何をするのかは企業によって異なりますが、主な仕事内容は以下の5つです。
人材マネジメントにおいて、プランニングは最も重要な仕事。
などを明確に決めて、人材育成の計画を立てます。
なかでも「目的」「目標」の設定は、マネジメントを行ううえで特に重要。目的を明確にすることで必要な人材が明らかになり、必要な人材がハッキリすれば、自ずと習得させるべきスキルが定まります。効率の良い人材育成の実現が可能になります。
目標に至るまでのサポートも、人材マネジメントの仕事です。
教育期間中は進捗を把握し、計画よりも遅れていないか、目標に向かって取り組めているかなどを確認。必要に応じて対策を練り、軌道修正します。
目標管理は従業員のモチベーションにも関わるものです。小さな目標を立てて達成感を味わわせることで、やる気アップが期待できます。未達成の場合でも、課題を明確にすることで、刺激を与えることができます。
それらの手助けをするのがマネージャーの役割です。
研修の企画や実施も、人材マネジメントにおける仕事のひとつです。人材育成で行う研修には、さまざまな種類があります。
上記のような研修手法の中から、目的と内容に合わせて適切なものを選び、実施します。効率よく、かつ効果的に育成するには、どのような研修が適切なのかを見極める力も、マネジメントにおいて重要と言えるでしょう。
人事評価は「賞与や昇格等を決めるための制度」と捉えがちですが、社員の成長にも関わるものです。
目標達成度や課題点を見つめ直し、評価されることで、社員のモチベーションが刺激されます。ひたすら学び続け、技術を磨き続けるよりも、定期的に振り返る方が成長促進に効果的です。
また人事評価は、人材育成マネジメントの指標にもなります。長所や伸ばすべき点、足りない部分などを見極め、教育方針の判断に役立てます。
人材育成の視点で人事評価を捉えることは、マネジメントを成功させるポイントにもなるでしょう。
人材育成は短期的なものばかりではありません。会社でどのようなスキルを身につけ、どのような役割を担っていくのかなど、長期的なキャリア形成のサポートも人材マネジメントの仕事です。
例えば、入社1年目と2年目では、習得すべき知識・スキルが違います。管理職者へと育てる場合は、リーダーシップスキルやマネジメントスキルも磨くべきです。
着実なキャリアアップには、それぞれの階層で学ぶべき内容を予め計画しておくことが大切。階層ごとの教育プログラムの準備も必要です。
そのような長期的な計画や環境整備、サポートを担うのが人材育成マネジメントです。
人材育成マネジメントの仕事を行うには、さまざまな能力が求められます。なかでも身につけておくと良いのは、以下の5つのスキル。詳しく見ていきましょう。
人材マネジメントは、常に人と関わりながら行われます。教育する従業員、その従業員の管理者、経営陣など、多くの人と協力して行うためにコミュニケーションスキルは必須です。
教育担当者として指導も担う場合は、さらに高いコミュニケーション能力が必要になります。𠮟り方や褒め方、面談での「話を聞き出す力」、相手が納得しやすい話し方など、さまざまな知識を身につけておくと良いでしょう。
会社に利益をもたらす従業員へと育てるには、知識を伝えるだけの一方的な教育では不十分です。自ら考え、行動する社員へと成長させる必要があります。
そこで必要となるのがコーチングスキルです。コーチングの定義は、「一般社団法人日本コーチ連盟」によると以下のとおりです。
コーチングは「答えはその人の中にある」という原則のもと、相手が状況に応じて自ら考え、行動した実感から学ぶことを支援し、相手が本来持っている力や可能性を最大限に発揮できるようサポートするためのコミュニケーション技術なのです。
引用:「コーチングとは」一般社団法人日本コーチ連盟
指導者が学習者に一方的に教え、指導する「ティーチング」とは対照的なコーチング。答えを教えるのではなく、自ら考えさせることで、能力を引き出す指導方法です。
このコーチングとティーチングの使い分けが、社員の成長を促します。コーチングには技術が必要なので、スキルとして身につけておくべきでしょう。
人材育成マネジメントには、冷静な対応が求められるシーンも多々あります。よって、ロジカルシンキングも習得すべきスキルと言えます。
例えば、育成がスムーズに進んでないときは、問題点や課題を冷静に見極め、対策を考える必要があります。また、社員1人1人に合わせた効率の良い教育方法を考える際も、状況の判断・分析が必要です。
それらを実現するため、ロジカルシンキングも身につけておくと良いでしょう。
目標管理スキルも、人材育成を成功へと導く能力のひとつ。適切なレベルの目標を設定する、適切な目標管理手法を選ぶなど、社員の成長を促す目標管理を行うためのスキルです。
例えば、簡単すぎる目標を設定してしまうと、十分な従業員の成長は期待できません。反対に、難しすぎる目標はモチベーションを下げてしまいます。
また、OKRやMBOをはじめとするさまざまな目標管理手法の中から、状況に合わせて適切なものを選ぶ必要があります。運用方法もそれぞれ違うため、予め知識を身につけておくことが大切です。
人材育成の指標となる人事評価も、適切に行うためのスキルが必要です。「客観的な視点で判断する」「根拠をもとに評価する」など、従業員が納得できる公平な評価は、知識がないと実行できません。
また、人事評価を人材育成に活用するためにも、評価について理解を深めておくことが大切です。直接評価を下す立場ではない場合も、スキルを習得しておいて損ないでしょう。
人材育成マネジメントを成功させるには、どのようなことを意識すれば良いのでしょうか。主な4つのポイントについて見ていきましょう。
人材育成の成功のカギを握るのは「教育指導の質」です。計画を綿密に練り、教育環境を整えても、指導方法が不適切だったり、いい加減だったりすると十分な成長は期待できません。
そのため、指導者・教育担当者の育成が必要です。教育者向けの研修を実施し、わかりやすい教え方、適切な褒め方・叱り方、信頼関係を結ぶ指導方法などを教育しましょう。
人材育成は、組織の成長、利益向上につなげてこそ成功したと言えます。経営戦略や、企業のミッション達成に必要な能力を持つ人材へと育てることが大切です。
そのためには、人材育成の方針と企業方針を連動させる必要があります。経営陣と情報共有を行い、ビジョンとミッションを把握しておきましょう。
企業方針を人材育成方針に落とし込むのは、従業員へのビジョンの浸透も兼ねています。教育を通じてビジョンへの理解度を高め、自然と企業理念に沿った行動ができるような社員へと育てるのが理想です。
ビジョンの浸透は会社の統一化につながるため、人材育成の機会を活用しましょう。
社員の能力を上げるには、長所を伸ばすことが大切。そして、1人1人異なる長所を、できるだけ早く見極めるのがポイントです。
見極める際は、「好き/嫌い」「得意/不得意」の2軸で考えます。
「小林一光(2012)『チームで最高の結果を出すマネージャーの習慣』 株式会社すばる舎リンケージ」をもとに弊社で図を作成
「好きで得意なこと」は、社員の強み。積極的に伸ばすと良いところです。
「嫌いだけど得意なこと」は、本人が気づいていない強みです。その長所、能力には価値があると伝え、伸ばすべきでしょう。「嫌い」から「好き」に変われば尚良いです。
「好きだけど不得意なこと」は、得意ではないのに”得意だと思い込みやすい”こと。本人の努力次第で得意にすることは可能ですが、人材育成においては非効率的なため、第三者から指摘してあげましょう。
「嫌いで不得意なこと」は、いわゆる苦手分野です。「好き」「得意」に変えるには、多くの時間がかかるため、強化するのは非効率的と言えます。課題として克服することを強要しないよう、注意しましょう。
自分の長所を的確に見極めるのは、簡単ではありません。マネージャーがサポートしてあげましょう。
社員を着実かつスムーズに成長させるには、適切な研修手法を選ぶことも大切。「Off-JT」「OJT」「オンライン研修」など数ある手法の中から、内容と教育の対象者、目的に合わせて選択します。
複数の研修手法を組み合わせて行う「ブレンデッドラーニング」もあります。オンライン研修で知識を身につけさせ、OJTで実践的な技術を磨く、というような流れで行う方法のことです。
オンライン研修やeラーニングは、指導時間が十分に取れないときでも教育が進められて便利。さらに、「shouin+」のようなチェックリスト機能、テスト機能などが備わっているツールであれば、マネジメントの効率化にも役立ちます。
それぞれの手法のメリットを活かして、効率的かつ効果的な人材育成を目指しましょう。
人材育成マネジメントを成功させるには、自社に合った方法を選ぶことも重要です。
以下にご紹介する3社は、独自のやり方でマネジメントを行っている会社。取り組み方に迷った際は、ぜひ参考にしてみましょう。
コーヒーストアの経営を営む「スターバックスコーヒージャパン株式会社」。当社は「利益と社会的良心の両立」という経営理念のもと、従業員をブランドの体現者とし、チームで目標達成を目指すことを重視しています。
注目すべきは、当社独自の目標設定です。『スターバックス 人材育成が成功した本当の理由』という書籍のなかで、以下のように紹介されています。
スターバックスではあえて個人に点数をつけないという斬新なものでした。(中略)その概要としては、スターバックスで働くうえで、パートナーである以前に「ひとりの人としてどのようになりたいのか」をもっと深く追及するというものでした。
引用:「七尾ケンジ(2023)『スターバックス 人材育成が成功した本当の理由』」
社員の目標は、企業が社員に求める責任として、具体的な数値を設定するのが一般的。しかし、当社では「個人の人生」に重きを置いて、自己成長や自己実現を促す目標を設定しています。
人材育成マネジメントに、企業ビジョンが反映されていることがわかる事例です。そしてビジョンの実現には、時として、世間一般のやり方から離れることも重要と言えるでしょう。
「株式会社ニトリ」は、家具やインテリア用品の企画、販売などを行っている大手企業。当社は人材マネジメントの一環として、「ニトリ大学」という独自のカリキュラムを設置しています。
「ニトリ大学」には、グローバルな人材を育てるための「グローバルトレーニー制度」や、必要な基礎知識が身につく通信講座など、幅広い知識・スキルが身につくカリキュラムが用意されています。教育手法のバリエーションも豊富です。
人材育成マネジメントを成功させるには、環境を整備することも大切。適切な手段での教育を実現するため、教育環境にも目を向けましょう。
レストランの運営や、ブライダルの企画・運営を営む「株式会社HUGE」。当社は、年に1度「技能コンテスト」を実施し、スキルアップおよびモチベーション向上につなげています。
同コンテストにて、社員の「良いところ」を審査しているのがポイント。「出る杭はたたくのではなく引き延ばそう!」というビジョンを掲げているとおり、社員の「好き」や「得意」を伸ばすことに注力しています。
飲食業は、従業員の成長を明確化しにくい業種です。その場合は、こういったコンテストを開催し、長所発見に役立ててみるのも良いでしょう。
人材育成は、思い通りに進まないことがほとんど。常に問題対処に追われ、目の前のことに精一杯になりがちです。
そういうときこそ、マネジメントとしての客観的な視点を持つことが大切です。目的と計画を再確認し、進捗と照らし合わせることで、冷静な判断が可能になります。
効率化に役立つツールも活用しつつ、スムーズかつ着実な人材育成を目指しましょう。