労働人口が減っている今、従業員1人あたりの業務負担を減らすことは難しく、多くの人々が日々残業せざるを得ない状況に置かれています。しかし長時間労働は、生産性向上や人材確保の妨げになる要因です。
そこで今回は、残業削減を実現するための具体的な対策案や、成功のポイントについて解説していきます。企業・管理職・個人別にアイデアをご紹介しますので、組織や担当部署の残業削減を目指している方は、ぜひお役立てください。
日本の企業における残業時間は、現在どのような状況なのでしょうか。厚生労働省発行の「毎月勤労統計調査」にあるデータを見てみましょう。
「毎月勤労統計調査(厚生労働省)」をもとに弊社で図を作成
当調査データによると、2023年の平均月間所定外労働時間は10.0時間でした。2019年から2020年にかけて実施された働き方改革により一時的に減少したものの、徐々に戻りつつあるようです。
残業時間は、2019年より法律で「原則として月45時間・年360時間」と定められています。2024年4月からは、以前適用が猶予されていた建設業などの業種・職種も、ほかと同様に規制されるようになりました。
このように、残業削減は政府からも推奨されている取り組みですが、実際はなかなか減らすことができず苦戦している企業が多い、といった状況です。
そもそも、なぜ残業時間を減らすべきなのでしょうか。残業が多いとどのような影響があるのか、改めてリスクを把握しておきましょう。
長時間労働は、従業員が健康を損ねる原因です。労働時間が長いと十分な休息がとれず、疲労を回復することができなくなります。
身体だけでなく、精神的な健康にも影響を及ぼします。残業することが多い従業員が心の病にかかり退職するケース、最悪の場合、自殺してしまうケースもあり非常に危険です。
また、長時間労働は集中力を低下させ、業務中の怪我を招く恐れもあるため、残業削減に取り組む必要があるのです。
疲労が溜まった状態では、従業員は十分に実力を発揮することができません。作業を行うスピードが落ちたり、ミスが増えたりなど、生産性の低下に繋がります。
生産性が下がると、勤務時間内にノルマを達成することが難しくなり、残業時間がさらに増える恐れがあります。生産性低下、残業増加の負のループに陥りかねないため、労働環境を改善する必要があるでしょう。
長時間労働により健康を損なった従業員は、休職・退職する可能性が高いです。病院で診断されるほどの病ではなかったとしても、残業が多い環境は離職の原因となります。
休職・離職が多いと、従業員を長期的に育てることができません。管理職など、重要な役割を任せられる人材を育成できず、将来、人材不足に陥る可能性があります。人員も不足し、さらに残業時間が増えることとなるため、残業を減らす対策が必要なのです。
残業削減は、従業員1人が意識して実現できるものではありません。組織全体で協力して取り組む必要があります。
では、具体的に何をすれば良いのでしょうか。残業削減に効果的な7つの対策をご紹介します。
残業が絶えない職場の多くは、業務効率が悪いことが原因です。そのため、残業削減の対策案として第一に「業務効率化」が挙げられます。勤務時間内に仕事を終えられるよう、業務のムダ・ムリ・ムラを無くします。
具体的には以下のような取り組みを行い、業務効率化を図ります。
業務改善を行う際は、原因と改善点の見極めが重要。「誰が」「いつ」「何を」「どれほどの時間で」行っているのかを明らかにし、分析することで、適切な改善策の見極めが可能になります。
なお、業務効率化については下記の記事でもご紹介していますので、参考にしてみてください。
■参考記事はこちら
効率化を図るとは?業務効率化に繋がるアイデアや具体的な進め方について解説
「残業は減らすべき」という考えが浸透する一方で、昔からの価値観が根強く残っている職場も多いです。「残業=美徳」「定時で退社するなんて怠けている」といった職場風土が、残業削減の妨げになっている可能性があります。
その場合、組織全体のマインドセットが必要です。まずは、組織のトップや役員の考えを改めることから始めます。
トップ・役員が「残業は美徳」という考えを捨てなければ、部下は変わりません。「残業しないと評価が下がるのではないか」と不安がある限り、社員の行動は変わらないのです。
よって、まずはトップおよび役員の意識を変えることが大切です。そのうえでビジョンや目標を提示し、従業員に繰り返し伝え続けることで、徐々に組織の意識が変わっていきます。
役員よりも従業員と直接かかわる機会の多い、管理職。残業削減に取り組む際は、管理職者の言動が大きく影響します。
そのため、管理職者の意識改革および教育も重要です。長時間労働のリスクや残業を減らすことのメリット、管理職者が従業員に与える影響などを理解してもらう必要があります。
また、マネジメントスキルの強化も必要です。管理職者が残業削減を目指し、効率よく現場をマネジメントすることで、組織全体の残業削減が実現します。
従業員の能力の高さも、業務効率を左右します。スキル・知識が不十分だと、業務を効率よく進めることができず、残業しないと仕事を終えられない状況になるのです。
よって、従業員のスキルアップを図ることも、残業削減に繋がるといえます。何を学ぶべきかは業種・職種により異なりますが、例えば以下のような知識・スキルが役立ちます。
残業が多い原因を特定し、どのような知識・スキルを身につけてもらうべきか見極めることが大切です。
職場の人員が不足していると、従業員の残業は多くなるものです。とはいえ、いまは人材を簡単に採用できるほど労働人口は多くありません。
その対策として挙げられるのが、人材の多様化です。性別、国籍、年齢など雇用の制限を広げることで、人員を確保しやすくなります。
持続的な経営の実現や、企業価値の向上を目的として行われるダイバーシティですが、このように、残業削減および従業員の負担軽減にも効果的であるといえるでしょう。
「残業を削減しよう」とビジョンを掲げるだけでは、なかなか実現しません。組織を大きく変えるには、ルールや制度を変更する必要があります。
例えば、雇用制度にフレックスタイム制を導入することで、時間のムダを減らせるケースがあります。常時フレックス制にするのが難しい場合でも、繁忙期のみ取り入れるなど、工夫することで残業を削減できます。
また、「残業削減の目標を達成した従業員やチームにインセンティブを渡す」などといったルールも、従業員の行動を促すのに効果的です。口頭だけでなく、ルールと制度を活用して環境を変えることで、残業削減がより着実に実現しやすくなります。
残業の原因と適切な改善策は、企業ごと、職場ごとに異なります。そのうえ、主観を交えずに自社を分析するのは容易ではありません。
コンサルティングは、客観的な視点で自社の状況を把握するのに有効な方法です。社員が学習のための時間と労力を割くことなく、専門的な知識を得られるのもメリットといえます。
また、原因や改善策の分析にかかる時間・労力も節約できます。「残業削減のために残業をする」といった事態を回避できるのです。
残業削減を実現するため、管理職者は、担当部署の残業を減らすためのマインド・行動についてよく理解しておく必要があります。
具体的にどうすれば良いのか、以下の5つの取り組みについて見ていきましょう。管理職者の教育を任された方もぜひ参考にしてみてください。
管理職は、職場のマネジメントを任されている立場です。いつ、誰に、どの仕事を割り振るか適切に判断できなければ、業務効率が悪くなり残業が増えます。
そこで対策となるのが、タイムマネジメントです。タイムマネジメントは、以下のような流れで行います。
これを行うことにより、曖昧だった1日のスケジュールが明確になります。分担して取り組むべき作業、負担を抱えすぎている従業員の状況などが明らかになり、どうすれば効率が上がるかわかりやすくなります。
また従業員本人も、スケジュールを細かく書き出すことで、時間を意識した働き方ができます。他の従業員のスケジュールを把握し、互いに協力し合って業務を進めるといったチームワーク力の向上も期待できます。
特に、日によって業務内容が変わる職場は、「いつ」「誰が」「何を」しているかが曖昧になりやすいため、このように可視化・共有することが大切です。
会議は、無駄な時間が発生しやすい業務のひとつ。そのため、会議のムダを省くことで、残業を削減できると推測できます。
会議のムダを削減する取り組みには、例として以下が挙げられます。
最も避けたいのは「テーマについて話し合うだけで、何も結論が出ない」という会議です。そのため、事前にゴールを定めることと、参加者に発言内容を決めてきてもらうことが重要です。
業務効率を上げるには、チームワーク力が欠かせません。そして、組織のチームワーク力を高めるためには、情報共有を円滑化することが重要です。正しく迅速にコミュニケーションを取ることで、業務のミスや遅延の発生を防げます。
また、情報共有を徹底することにより、負担が多いメンバーのサポートを行ったり、声をかけるタイミングを見計らったりといったことも可能に。チーム全体の効率が上がり、職場の残業削減に繋がります。
業務を円滑に遂行するには、細やかなコミュニケーションが必須。しかし、タイミングが合わないと、かえって業務効率が下がってしまいます。作業中に声を掛けられて手が止まったり、声をかけられたついでに軽い雑談をしたり……といった具合で業務に遅れが生じるのです。
そのようなムダを無くすには「集中タイム」を作るのがおすすめです。メンバー同士、互いに話しかけず作業に集中する時間を作ることで、効率アップを図ります。会話できない時間がわかっていれば、事前に情報共有を済ませておくなど、計画的にコミュニケーションが取れます。
小売業など、接客を伴う業種でも「集中タイム」が有効です。退勤前に、事務仕事やバックヤード業務を集中して行う時間を作れば、「接客が長引いて残業になる」という問題を解決できます。同時に、接客以外の業務も進めることができ一石二鳥です。
残業削減を実現するには、1人1人の意識と行動が必要不可欠です。組織のメンバーが「他人事」と思わないよう工夫する必要があります。
企業が残業削減に取り組む際、管理職者を巻き込むように、管理職者は職場のメンバーを巻き込んで取り組むことが大切です。どうすれば残業を減らせるか、何が原因なのかをチームで話し合うことで、メンバーに当事者意識が生まれます。意見を取り入れれば、残業削減に対するメンバーのさらなる意識向上が見込まれるでしょう。
管理職者は、職場の従業員の残業を減らせるよう、指導・サポートする役割を担っています。具体的にどのような行動を意識させれば良いか、以下の対策アイデアを見てみましょう。
業務の遅れは、小さなムダの積み重ねから成るものです。道具を探す時間、物を避けながら移動する時間などの無駄な時間を無くすため、作業環境を見直す必要があります。
デスク周りや作業場は、何がどこにあるのか誰でもわかるように整理しておくことが大切です。通路も整頓し、無駄なく動ける状態をキープしましょう。
難易度の高い仕事や面倒な仕事は、つい後回しにしてしまいがち。しかし、出勤してから時間が経てば経つほど、集中力は下がり、業務効率が落ちてしまいます。
よって、重要性の高い仕事は、早い時間、できれば午前中に行うことを意識します。作業に集中する「集中タイム」を午前に設定し、その時間に重要な仕事を行うことで、業務効率の向上が期待できるでしょう。
どれほど効率よく進めても、どうしても時間がかかってしまう作業もあります。
そのような難易度の高い仕事は、細分化する方法がおすすめです。数日・数回に分けて行うことで、1度に行う作業の負担を減らすことができます。小分けした作業を1つ1つ片づけていく達成感から、モチベーションアップも期待できます。
さらに、細分化することで、作業を他のメンバーと分担できるケースもあります。負担を分散し、柔軟性を持たせることが、残業を回避しつつ業務をこなすポイントです。
「〇時から〇〇をする」といった大まかなスケジュール設計は、気の緩みを招きます。そのため、スケジュールを立てる際は、分単位で設定することが大切です。
15分、30分、45分と細かく時間を刻むことで、時間を意識した行動ができます。「息が詰まりそうだ」と思うかもしれませんが、例えば1時間で行っていた作業の時間を45分に設定すれば、残りの15分は休憩に充てることができます。15分の余裕があるため、作業が遅れても気持ちに余裕が持てますし、空いた時間を他の業務に回すことも可能です。
分単位で時間を意識して作業することが、無駄な時間を無くすコツです。
残業削減に取り組んだものの、上手くいかず失敗するケースも多いです。なぜ上手くいかないのか、どうすれば成功しやすいのか、以下の4つのポイントについて見ていきましょう。
残業を着実に減らすためには、現状を正確に知る必要があります。現状を把握できていなければ、原因を突き止められず、的外れな改善策を打つこととなるからです。
1日の時間の使い方、誰が何にどれほどの時間を割いているか、どの業務が予定より遅れているのかなどを調査し、「見える化」することが大切です。タイムスケジュールのほか、業務プロセスなども可視化することで原因が見えてくるでしょう。
根本となる原因を改善しなければ、残業を減らせず遠回りになる恐れがあるため、可視化と分析を徹底することが重要です。
短期間で残業ゼロを達成できるのは、ごく稀です。達成できない目標は、従業員のモチベーションを下げることになりかねないため、適切なレベルのゴールを設定することが大切です。
最終目標が「残業ゼロ」だとしても、その手前の目標として「いつまでに」「どれほどの残業を削減したいのか」を決める必要があります。目指す方向性が定まることで、組織が一丸となって取り組めるようになり、成功率が高まります。
残業削減対策にありがちなのが、ルールを先行させてしまうこと。「〇曜日はノー残業デー」というように、無理にルールを設定すると、どこかに皺寄せが来ます。ノー残業デーに終えられなかった仕事を他の日に回して残業するようでは、意味がありません。
よって、ルールで強制する前に土台作りを行うことが大切です。従業員の意識改革や目的の明確化、ビジョンの提示を行ったうえで、業務効率化を行います。そのうえでルール・制度を設けることで、無理なく残業削減を実現できます。
リーダーが変わらなければ、組織は変わりません。それは考え方だけでなく、言葉や行動も含まれます。
したがって、組織変革を行う際は、リーダーがまず手本となる言動を意識することが大切です。その姿が、「残業をしなくても評価が下がることはない」という従業員の安心感に繋がります。
また、トップが残業削減および業務改善について積極的に学んだり、取り組んだりする姿勢も、従業員の動機づけに効果的と考えられます。
残業削減を実現する方法は多岐に渡ります。どのように取り組むか迷った際は、他社の事例を参考にしてみるのも良いでしょう。
ここでは3社の事例をご紹介しますので、対策アイデアの考案にぜひお役立てください。
人材派遣業を営む「株式会社リクルートスタッフィング」。当社は、子どものいる女性社員が短い勤務時間で高い成果を上げていることに気づき、短時間で成果を出せる組織を目指す変革を行いました。
主な取り組みは以下のとおりです。
注目すべきは、チームで取り組むよう促した点です。チーム単位の表彰制度を導入したことで、チームワーク力が高まり、「どうすれば効率よく働けるか」を話し合いながら働く意識が生まれました。
その結果、休日出勤が以前より68%減少、深夜労働が86%減少と大幅な残業削減に成功。もともと短時間勤務だった社員も、皆が残業をしなくなったことで引け目を感じることなく働けるようになったとのことです。
互いに協力し合う環境づくりが、社員の意識と行動を変え、それが残業削減の実現に繋がった事例といえるでしょう。
■参考:小室淑恵(2016)『労働時間革命 残業削減で業績向上!その仕組みが分かる』毎日新聞出版
「マルイ」をはじめとする小売業や金融業を経営する「丸井グループ」。当社は残業削減のため、下記のような取り組みを行いました。
平均残業時間の実績を公表するシステムでは、目標のみ設定し、ペナルティは設けませんでした。社員のモチベーションを下げることなく、時間への意識を高めることを重視したためです。
また、営業店ではシフトパターンを分単位で細かく設定することで、時間のムダを無くしました。その結果、本社と営業店、両方の残業削減に成功。本社部門に至っては、20時間以上あった残業時間を10時間未満にまで抑えられたそうです。
■参考:労務行政研究所(2017)『長時間労働対策の実務』株式会社労務行政
制御盤製造およびシステム開発などを行っている、広島県の企業「東洋電装株式会社」。当社の主な残業削減の取り組みは、以下のとおりです。
なかでも注目すべきは、緩やかにルールを設定した点です。「残業ゼロ」といった極端な目標を掲げたり禁止したりするのではなく、早く帰宅するメリットを伝えることで、取り組みに対するモチベーションの低下を防ぎました。
当社は、残業申請制などのような強制力のある制度は取り入れていませんが、36.3時間あった残業時間を、およそ5年で19.6時間にまで削減することに成功。アンケート調査で、社員の約7割が「働き方も生活も充実している」と答えるなど、ワークライフバランスの改善に成功しています。
■参考:「働き方・休み方改革 取組事例集」厚生労働省
誰しも残業はしたくないものです。「残業しないと仕事が回らない」「残業しないと評価が下がる」という考えさえ払拭できれば、従業員の方から残業削減のアイデアを提案してもらえる可能性もあります。
企業と従業員、双方のメリットを得るため、残業せずに高い成果を出せる組織を目指しましょう。