政府が2019年に「働き方改革」の推進をスタートしたのを機に、今では多くの企業が労働環境の改善を目指し取り組むようになっています。
労働環境の改善には手間や時間、労力が必要となるため、この課題着手は経営や人事担当者にとって足取りが重くなるようなことかもしれません。労働環境の改善を進めることで、従業員の生産性やエンゲージメントの向上につながることが期待でき、企業にとってのプラスの側面もあります。
今回は、労働環境を改善する取り組みについて、また、日本企業における一般的な課題や解決策などを解説し、企業の労働環境改善の事例を紹介します。
労働環境とは、会社で働く従業員を取り巻く環境のことを指します。
働く場所の環境のことだけでなく、労働条件や労働時間、職場内の人間関係など、労働に関連するあらゆる環境を含みます。労働安全衛生法3条の1において「事業者は、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて、労働者の健康と安全を確保しなければならない」旨が定められています。
会社は労働環境を整え、従業員が心身ともに安全・健康に働けるよう配慮する義務を負っています。労働環境が良好であることは、生産性や定着率、モチベーションの向上につながり、結果的に企業の利益拡大、発展が期待できます。
■参考:労働基準法特別法「労働安全衛生法」
労働環境は様々な要素から成り立っています。労働環境の要素としては以下が挙げられます。
職場環境が整っていないと、従業員の心身の健康が脅かされる恐れがあり、集中力やモチベーションが低下し生産性が下がり、業績低下につながる可能性があります。
職場の環境が悪い場合、ストレスがかかりメンタルヘルスの不調が生じる可能性があります。例えば、職場の人間関係が悪いと、従業員は能力を最大限に発揮することが難しく効率が低下してしまいます。大切な伝達事項を伝えにくく、このために仕事が滞ったり、ミスが生じたり大きな大きな問題に発展するなどのリスクが発生します。ついには離職にもつながります。
日本においては長時間労働による過労死も社会問題となっていて、労働環境が従業員に与える影響は大きく、企業の労働環境整備・改善は非常に大切です。
労働安全衛生法では従業員の心身に悪影響を及ぼす環境要因として、作業環境・作業方法・疲労回復支援施設・職場生活支援施設の4つの視点で、快適な職場環境作りの形成を促しています。それぞれの視点の概要は以下の通りです。
作業環境には、室温や湿度、気圧、風速、紫外線などへの配慮も含まれます。心身に悪影響を及ぼすような環境で長期間働いていると、従業員の体調不良を引き起こしたり、慢性化させたりする可能性があります。
従業員にとって悪い労働環境とはどのようなものなのでしょうか。ここでは雰囲気が悪い職場に見られる代表的な特徴を紹介します。
業務量が多すぎる職場は労働環境が悪いといえます。残業や休日出勤が常態化している、達成不可能なノルマを課されるなど、無理な業務量や達成レベルを求められる職場は雰囲気が悪く、働きにくいでしょう。
従業員は、達成の見通しがつかない作業に追いつめられ、心身共に疲労やストレスが蓄積されていきます。休息や睡眠不足が常態化すると、ミスが増えて業務効率が下がる上にミスをカバーするための作業時間が必要となり、さらに残業につながるという悪循環に陥ってしまいます。
業務量が多すぎることで常に疲れていると、気持ちのゆとりを失い、イライラして周囲への気遣いができなくなってしまいます。長時間労働によってストレスがたまり、心身の不調につながることもあります。
上司や先輩からのパワハラやいじめは、雰囲気の悪い職場に見られる代表的な事象です。
パワハラやいじめには、蹴られたり殴られたりという直接的な暴力だけではなく、暴言、無視、陰口など精神的な暴力も含まれます。
皆の前で怒鳴られる、馬鹿にされる、達成が不可能な業務を押し付けられる、仕事を与えられない、人格を否定される、解雇をほのめかされるなど内容なさまざまで、いずれも深刻な問題だと言えます。
過度な叱責や罵倒は、部下に恐怖心を与え、気持ちが萎縮してできることも出来なくなってしまいます。直接パワハラやいじめを受けていない人でも、同僚が上司に怒鳴られている姿を見ることで恐怖心が募って、心身の体調を崩すということもあります。
従業員同士が協力する雰囲気がない職場は、好ましい労働環境とは言えません。
職場内で過度に競争させて成績を煽るような風潮がある、職場内に必要な情報共有がされていないなど、従業員同士の連携や協力ができない職場は、雰囲気が悪くなります。
職場内の従業員同士で協力して仕事ができなければ、つまらないミスを起こしてしまったり、ついにはお客さんに喜んでもらえるサービス・商品を提供することも難しくなり、業績が低下する可能性も生じます。
従業員同士が仲間意識を持たずに無関心でいると、問題が発生しても「他人ごと」と見るようになり、お互いに必要な時に協力できなくなってしまいます。
成果が正当に評価されない職場は、悪い労働環境であるといえます。
部下が成果を出しても、部下の成果を上司が自分の成果とすることは一例です。部下の努力による成果を自分の手柄にして、自分の評価を上げることだけを考えるような上司がいると、部下は「頑張ってもどうせ上司の手柄にされてしまう」と思い、仕事に対するモチベーションが下がってしまいます。
誰しもが承認欲求を持っており、認められることによってモチベーションが向上します。自分の努力による成果を正当に評価されない職場では、上司への不満や不信感が募り、職場の雰囲気は悪いものになってしまいます。
従業員にとって悪い労働環境は、従業員の心身の健康を損なう、生産性を低下させるなど、会社全体にとっても悪い影響をもたらす恐れがあります。それでもなかなか労働環境が改善されない企業も多いといいます。労働環境が改善されない要因にはどのようなものがあるのでしょうか。
日本の企業においては、長時間労働やサービス残業が美徳とされ、常態化している職場もまだまだ多いといいます。このような職場では、定時を過ぎても帰りにくい雰囲気が定着しています。このような職場では労働環境が改善されにくいといえます。
「残業が当たり前」「上司よりも先に帰ることができない」「職場に迷惑をかけるので有給を取らない」などの意識が評価され、「残業をしない」「休暇を取得する」ことに対して、サボっている、不真面目だ、と悪いことをしているように感じるような企業文化が定着している職場は、労働環境が悪くなりがちです。
従業員の労働環境改善に向けた意識の低さや職場での取り組み不足も、労働環境が改善されない要因のひとつです。会社としては長時間労働対策を実施していても当の従業員の意識が低く、業務効率化などの取り組みを実現していなければ、長時間労働は改善されません。
また、残業代目当ての時間稼ぎのような長時間労働も存在しており、これについては上司が部下の業務を適切に把握し、残業は上司から指示がある場合以外を禁止するなどルールを決める必要があります。
人手不足による、従業員一人ひとりへの負担増加がある職場ではなかなか労働環境が改善されにくいでしょう。
厚生労働省の調査では「人手不足が会社経営に影響を与えている」と答えた企業は全体の約73%でした。人手不足による具体的な影響としては「残業時間の増加、休暇取得数の減少」との回答が最も多く、次いで「能力開発機会の減少」「離職者の増加」「従業員の働きがいや意欲の低下」などがあがっています。
人手不足により従業員個人の負担が増加すると、長時間労働につながり、心身の健康を害する恐れがあります。すると離職者が増え、さらなる人手不足が加速するといった悪循環に陥ってしまいます。
賃金の見直しや業務の効率化を図り、従業員の離職を防ぐ対策が必要です。
■参考:令和元年版 労働経済の分析|厚生労働省
労働環境の改善への取り組みを推進したい場合には、どのような施策を行えばよいのでしょうか。ここでは6つの取り組みについて解説します。
労働環境の改善を進めるには、まずは自社の労働環境を把握する必要があります。自社の労働環境を把握するには以下の点についてチェックしましょう。
長時間労働を強いる規則になっていないか、子育てなどと両立できる柔軟な働き方ができているのかを確認する。
就業規則に問題がないのに長時間労働をしている従業員がいる可能性があるので細かくチェックします。時間外労働が多い場合は、職場や上司からの圧力があるか、あるいは業務過多などの可能性があります。
勤怠データから全従業員の有給消化率を把握します。36協定の基準以下の場合は、職場での有給を取りにくい雰囲気がある、または業務過多である可能性があります。
業務内容と関わらず、例年よりも労災申請がどのように変化しているかを見ます。業績が上昇して労災が増えている場合には、作業環境における事故率・疾病率を減らす方法を考えます。
業績が下降して労災が増えている場合には、作業環境における業務過多・人員不足である可能性があります。これらのチェックから自社の労働環境を分析して、問題点・課題を抽出します。
労働環境改善を実現するためには、まずは社内の現状と課題を把握することが必要です。社内アンケートはそのための有効な手段のひとつとされています。
労働環境改善のための施策を経営者側だけで検討するのであれば、本当の意味での労働環境の改善は難しいでしょう。
従業員の抱える悩みや不満、意見は、会議や面談等で個人が特定されるような状況下では、人事評価への影響などを考慮してしまうため、本心を明かしにくいものです。
社内アンケートで従業員の意見を吸い上げたいのであれば、匿名性の高いアンケート方式を採用すると良いでしょう。アンケートの最後に、労働者の意見や要望等も自由記入欄を設けておくのもお勧めです。労働環境を改善するための思わぬヒントになるかもしれません。
多様な働き方を導入することで労働の自由度が高まり、従業員の満足度向上が期待できます。
テレワークの導入によって子育てや介護といったライフスタイルの変化に対応できるようになります。また通勤ラッシュから解放されることで従業員の健康上にもメリットが大きいでしょう。さらに通勤にかかる時間を自己啓発、あるいは趣味や家族と過ごすなど有効に活用でき、ワークライフバランスが改善されます。
フレックス制度や時短勤務など制度の充実を図ることも、長時間労働削減につながります。多忙な月末や月初めの繁忙期にはコアタイム以外も仕事に集中し、繁忙期以外には普段より早めに帰るなど、業務の状況に合わせた時間の使い方ができるため、業務効率化を図ることができます。
また、業務効率化により残業時間が減ることで、職場に対する満足度が高まることにもつながります。
メンタルヘルス対策を行うことも、労働環境改善につながるとされています。
精神障害による労災認定は年々増加傾向にあることから、厚生労働省は企業に対して従業員へのメンタルヘルスケアの実施を推進しています。ケアの内容として、次の4つが提示されています。
職場の管理者・マネージャーは、職場における従業員のストレスを取り除き、環境の整備・改善を行うことができる立場にあるため、マネージャーが部下の変化に気付き、声掛けや話を聞くなどフォローする姿勢が求められます。
引用:厚生労働省「職場における心の健康作り」
業務効率を高めて労働生産性を向上させるには、ツールやシステムの導入も検討してみると良いでしょう。
ツールやシステムを導入することで、従業員の作業工数の削減や労働時間短縮が可能となります。業務効率が改善でき、労働生産性の向上が期待できます。
ツールには販売管理や購買管理、給与管理などを包括的に管理できる会計システムの導入や、勤怠管理や人材管理ができる人事評価システムなどが挙げられます。また、社内チャットツール、Web会議システムなどの導入はリモートワークにも役立ちます。
従業員がツールを使いこなすまでには多少の時間がかかるかもしれません。しかし生産性の向上には有効だといえるでしょう。
企業が長時間労働を是正したいと思っても、従業員の意識改革を行わなければ長時間労働はなくなりません。
従業員の意識を変えるために、個々のマネジメントスキルを高める研修を行うことも効果的です。
研修では以下の内容を学びます。
生産性向上を目指していくうえでは、「個々人のタイムマネジメントスキルを磨く」ことが不可欠であり、企業にも従業員にもメリットがあるということを認識させましょう。
管理職層の意識改革も必要です。マネジメント層の長時間労働に関する改善意識を促す研修を実施し、適切な部下の勤怠状況の管理ができるように指導していきましょう。
企業が労働環境を改善させるために役立つ助成金制度があります。ここでは3つご紹介いたします。
働き方改革推進助成金とは、働き方改革に取り組み、労働環境整備を目指す中小企業を支援するための制度です。2020年4月1日から、中小企業に対しても時間外労働の上限規制が適用されるようになりました。この制度では職場環境の改善や有給休暇取得の促進などでかかった費用の一部が助成されます。
対象事業者の要件に応じて、次に示す5つのコースが準備されています。
■参考:厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」
人材確保等支援助成金は、労働環境の向上を図る事業主や事業協同組合などに対して助成する制度です。魅力ある雇用創出を図ることにより、人材の確保・定着を目的としています。助成の対象や条件、内容に応じて次の9つのコースに分かれます。
なお、以上のなかで「雇用管理制度助成コース」については、令和4年4月1日以降、新規受付が休止されています。
■参考:厚生労働省「人材確保等支援助成金のご案内」
業務改善助成金とは、生産性の向上を目的に設備投資等をする企業を支援するための制度です。
投資の対象となるのは、機械設備、コンサルティング導入や人材育成・教育訓練などがあり、その設備投資などにかかった費用の一部を助成するものです。助成金を受給には、設備投資等を行うだけではなく、事業内最低賃金を一定額引き上げる必要があります。
助成される金額は、生産性向上に資する設備投資等にかかった費用に一定の助成率をかけた金額と助成上限額とを比較し、いずれか安い方の金額となります。
■参考:厚生労働省「業務改善助成金」
労働環境が改善された企業事例として3つの企業を紹介します。
きめ細かな労務管理で時間外労働を削減した事例です。
株式会社久米商店は岐阜県関市に昭和22年設立。桐タンスなど婚礼家具を製造していましたが、需要の変化に応じて、学習デスクへと変化し、さらに平成18年にアウトレット家具へ業態変更し店舗を拡大しています。
会社の急成長を背景に時間外労働が多くなり、年次有給休暇も取りづらい状況だったといいます。そこで従業員の労働状況をリアルタイムで把握できる勤怠システムを導入しました。残業が集中している部署の確認や業務の平準化を進めることができ、各従業員に応じた労務管理を推進したことで時間外労働削減、年次有給休暇取得率向上を実現しています。
食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」は1999年の設立、東京を中心に全国で57店舗を展開しています。
この暦通りの休日は、年間の土日祝日を足し合わせると約120日です。年間休日数120日確保を掲げて、月の公休9日に加えてそれまで年6日だった「季節休暇」を倍増させた年12日の生活価値拡充休暇で、年間120日の休日休暇取得を就業規則に定めました。
従業員の休みを増やせば店舗には人の手当が必要になります。そこで、従業員に休みを取得させるために、店長経験者らで「拡充隊」を編成、人手が不足しがちな首都圏の店舗を中心に支援に入る仕組みをつくりました。店長クラスが店舗ヘルプに入ることで店舗の人材教育・育成も図ることができます。
Soup Stock Tokyoの定める年間休日休暇120日は、飲食業ではインパクトのある数で、休みが取りづらい飲食業からの脱却を図っています。
長野銀行は1950年創業の長野県松本市に本店を構える地方銀行で、現在までに県内全域に52支店、都内に1支店を展開しています。人材が不足する中で女性の活躍を推進するために様々な取り組みを行っています。
長野銀行は、女性行員の能力を最大限発揮できる仕事と環境の整備を目的に「女性活躍推進チーム」を2015年8月に設置しました。女性の仕事と育児の両立について注力し、2016年に短時間勤務制度の適用対象を小学生未満の子から小学校3年生の子まで拡充しました。さらに原則午前9時〜午後4時までの短時間勤務を、従業員の事情にあわせて勤務時間を自由に選択できるようにしました。
女性のキャリア形成に向けて、2016年にパートタイマー向けに新たな社員登用制度を新設。これまでは勤続3年以上に限られていた正行員登用を、勤続2年目からでも登用できるように改善。多様な人材活用を進めています。
このような取り組みによって、全社一丸となって、女性活躍をバックアップする機運が高まっており、行員一人ひとりの意識の変化を実感しています。
従業員が安心して働ける労働環境を提供することは企業の義務です。働き方改革を推進し、労働環境の改善を成功させるには、経営による実行力と従業員の意識改革が重要となります。
従業員の労働環境改善が実現することは、生産性や従業員エンゲージメントの向上、離職の防止など、企業にとって様々なメリットへとつながります。
自社の従業員が安全・安心で長く働ける理想の職場になるように、自社の労働環境を改めて見直し、改善を進めていきましょう。