業務の属人化は、多くの企業で無自覚のうちに進行し、気づかないところで組織全体に深刻な影響を及ぼすリスクがあります。
なかでも問題なのは、属人化が「解消されない」のではなく、「あえて解消しない」ケースがあることです。自分の評価や影響力を維持・強化するために、情報共有や仕組み化を進めず、属人化を温存してしまうパターンです。
しかし、業務の属人化は効率化や生産性向上を妨げ、結果的に企業の持続的な成長を阻む要因となります。特定の人物への依存が続くと、業務停滞のリスクだけでなく、チームワークや組織の柔軟性・競争力の低下も招きます。
本記事では、あえて属人化を進めてしまう人々の心理や理由、その背後にあるリスク、そして組織として取るべき防止策を具体例とともに解説します。
業務の属人化は企業の成長を阻む可能性があると言われています。ここでは属人化とは何か、詳しく見ていきます。
業務が特定社員に集中するとは、どのような状態を指すのでしょうか。
特定の人しか把握していない知識やスキルに業務が依存していると、その業務は一部の従業員に集中しやすくなります。いわゆる「属人化」と呼ばれる、業務が特定の個人に依存してしまっている状態です。
例えば、社内システムの管理方法を一人の従業員しか理解していない場合、その人が休暇や病気で不在になると、トラブルが発生しても代わりに対応できず、業務が止まってしまう恐れがあります。
また、経理処理や顧客対応の手順がマニュアル化されておらず、経験者だけがやり方を知っている状況も属人化の典型例です。さらに、営業担当者が顧客情報を自分だけで抱え込み、他の従業員と共有していない場合、退職や異動の際に取引関係が途切れてしまうリスクもあります。
このように業務が属人化すると、特定の担当者に負荷が偏るだけでなく、組織全体の業務継続性や生産性、リスク管理の面でも大きな問題を招きます。
業務の属人化は、一見効率的に見える場面もありますが、長期的には組織に大きな影響を及ぼす可能性があります。
経験や知識が豊富な担当者に業務が集中すると、判断から実行までのスピードが上がり、専門性も高まるというメリットがあります。
一方で、その担当者が不在になると業務が停滞し、情報が共有されないことで生産性低下や人材育成の機会損失、退職・異動時のノウハウ流出といったデメリットも大きくなります。
属人化には、体制不備などから自然発生的に起こるケースと、担当者が意図的に情報を抱え込み、自分の立場を守るために業務を独占するケースという二つのパターンが存在します。
このように属人化には一定のメリットがあるものの、デメリットの方が組織に与える影響は大きいといえます。企業としては、情報共有やマニュアル化を進めるなど、属人化を防ぐ仕組みづくりを意識することが不可欠です。
組織全体のためには業務の属人化は解消することが求められています。しかしなかには従業員や職場がわざと属人化を進めるケースがあります。わざと属人化させようとする心理や理由にはどのようなものがあるのでしょうか。
属人化が進められる理由のひとつは、「自分の評価や組織内での存在価値を高めるため」です。
業務を独占することで他者からの依存度を高め、自分の貢献を際立たせようとする人がいます。例えば、あるプロジェクトのリーダーが、自分がいなければ業務が進まないようにタスクを抱え込み、最終的にプロジェクトが成功した際には「自分の貢献が大きかった」と強調できるようにするケースです。
このように属人化を利用することで、自分の立場を強化し、組織にとって欠かせない存在になろうとする、また自分の立場を維持しようとするのです。
属人化が進められる2つめの理由は、「問題が起きたときに責任を回避するため」です。
特定の個人に業務や権限を集中させて属人化を意図的に進めると、管理者自身は責任から逃れやすくなり、問題や失敗の矛先を他者に向けることができます。
例えば、あるマネージャーが特定の業務を一人のメンバーに任せきりにしている場合、その業務でトラブルが発生しても「担当者の問題」として片付けられ、自分が責任を負わなくて済むのです。こうしたやり方は、管理者にとってはリスク回避の手段となります。
しかし、責任を特定の個人に押し付ける仕組みは、組織全体の危機対応力を弱める大きな要因になります。問題発生時にチーム全体で対応できず、組織としての信頼性や柔軟性を損なうことにつながるのです。
3つ目の理由は、変化を避けたい心理です。
変化を嫌い、現状を安定させたい人は、業務を特定の個人に依存させる属人化を進めることがあります。
新しいシステムや方法を導入せず、これまで通りのやり方を続けることで、リスクを避けつつ自分の立場や業務の流れを守れるからです。
例えば、新しい業務システムの導入に反対し、既存の方法を維持することで、業務の流れを変えず安定させようとするなどは典型的な属人化の事例です。
属人化が進むと、業務の流れが変更されることがなく、安定した状況が保たれるため、この方法を選ぶ人もいます。
他者と情報を共有する手間を避けるために、意図的に業務を属人化させるケースもあります。
特に業務が多忙な状況では、マニュアル作成や社員教育といった情報共有のための作業に時間や労力を割きたがらないことがあります。さらに、業務の内容が高度に専門的であったり、独自性が強い場合は、引き継ぎに大きな負担がかかるため、あえて属人化を進めてしまう傾向が見られます。
属人化は、マニュアルや仕組みが整っていないために自然に発生することもありますが、なかには担当者が意図的に業務を抱え込み、あえて属人化を進めているケースもあります。このような「わざと属人化」が行われると、組織の透明性が失われ、業務の停滞や人材育成の阻害につながるため注意が必要です。ここでは、属人化が意図的に行われているかを見極めるポイントを整理します。
業務に関する手順やノウハウを文書化せず、自分の頭の中だけに留めてしまう行動は典型的な属人化の兆候です。
例えば、システムの操作方法や顧客とのやり取りの経緯を記録に残さず、「自分に聞かないと分からない」状態をつくり出す場合です。こうした行動は、担当者の存在価値を高める一方で、他の社員の育成を妨げ、組織全体のリスクを高めます。
本来であれば、休暇や異動の際には業務を引き継ぐのが自然です。しかし、あえて詳細を説明せず資料も渡さない、あるいは「自分しかできない」と強調する場合は注意が必要です。
特に、「短期間では対応できない」「後任にはまだ無理」といった理由で業務を手放さない態度は、自分の地位を守るために業務を独占している可能性があります。
業務の進め方をチームと共有せず、成果物や結果だけを見せるケースも属人化の一種です。例えば、営業担当が契約のプロセスをチームに共有せず、自分だけが顧客との関係や進捗を把握しているような状況です。
外部からは「どうやってその成果を出したのか」が分からないため、後任が同じ成果を上げるのが困難になります。この不透明さは、意図的に「自分の存在が不可欠」であるように見せるための手段であることがあります。
「忙しい」「自分しかやる人がいない」と不満を口にしながらも、実際には仕事を他者に任せようとしない態度も要注意です。これは立場を守るために業務を囲い込んでいるサインといえます。
表面的には大きな負担を抱えているように見えても、実際には「手放さないことで自分の影響力を維持している」可能性があります。この場合、本人は組織に欠かせない存在として振る舞うことができる一方、チーム全体の効率は著しく低下します。
これらのようなサインを察知したら、なるべく早めに情報共有や仕組み化を進めることが、組織の健全性を保つために不可欠です。
属人化は、特定の従業員に業務や知識が集中することで生じる問題です。短期的には業務のスピードや柔軟性が高まることもありますが、長期的に見ると組織全体に深刻なリスクをもたらします。ここでは、属人化が組織や業務に与える主な影響を整理します。
属人化が進むと、担当者が休職・退職・異動などで不在になった際に、業務が進められなくなるリスクがあります。
代わりとなる人材が育っていないため、業務の停滞や中断が起こり、顧客対応や納期に影響を及ぼす可能性があります。
属人化が進んだ組織では、業務効率の低下も避けられません。属人化した業務は、個人の能力やスキルに依存するため、担当者のパフォーマンス以上に生産性や精度を高めることができません。また、担当者に他の業務が集中すると、属人化した業務が滞る可能性もあります。
一方、組織内で情報やノウハウが共有されていれば、適材適所で業務を分担することが可能です。しかし、属人化が進むと組織的な対応が制限され、業務効率が低下してしまいます。
人材育成の観点でも、属人化は問題を引き起こします。業務が特定の担当者に固定されることで、他の社員が学ぶ機会を失い、組織全体のスキル向上が妨げられます。
その結果、将来的にも同じ社員に依存する体制が続き、組織の成長を阻害してしまいます。
顧客対応が属人化すると信頼関係にも影響します。営業や顧客対応が特定の担当者に依存している場合、担当者が退職や異動によって、その人が不在になると顧客との関係が途切れる可能性があります。
担当者だけが企業の情報や対応方法を抱え込んでいる状況では、担当者の交代により、大口顧客との信頼関係が失われるケースも少なくありません。
属人化による組織としてのリスク集中も大きな問題です。情報やノウハウが組織内で共有されずブラックボックス化すると、トラブルが発生した際に迅速な対応ができず、被害が拡大する可能性があります。
特に、担当者が意図的に情報を抱え込むようなケースでは、組織運営そのものが危うくなるリスクさえあります。
業務の属人化を防ぐためには、仕組みやルールを整えることが不可欠です。以下では、組織として取り組める具体的な施策を項目ごとに詳しく解説します。
属人化を防ぐ第一歩は、業務を誰でも理解できる形に「見える化」することです。
具体的には、業務手順をマニュアルやチェックリストに落とし込み、ナレッジベースに集約します。また、業務フロー図を作成し、誰がどの役割を担うのかを明確にすることも効果的です。これにより、業務が「特定の人しか知らない」状態を避けられます。さらに、定期的に文書を更新し、古くならないように管理することが重要です。
属人化は「その人しかできない業務」が生まれることから始まります。そのため、同じ業務を複数人ができるように体制を整える必要があります。
クロストレーニング(複数人へのスキル習得)、ジョブローテーション(定期的な担当替え)、ペアワーク(チームで取り組む仕事)などを導入すると効果的です。特に重要な業務については、必ず二人以上が対応できるようにしておくことで、休職や退職などのリスクに備えられます。
人が担当するからこそ属人化が生まれます。そのため、可能な限りシステム化・自動化を進めることが効果的です。
例えば、ワークフローシステムを導入すれば承認プロセスが明確になり、担当者が不在でも業務が止まりません。チケット管理システムを使えば対応履歴が残り、誰でも業務の進捗を追跡できます。さらに、定型作業は自動化ツール(RPAなど)を導入することで、人に依存せずに処理できるようになります。
属人化の背景には「情報を抱え込んだ方が有利になる」という暗黙の文化や評価基準があります。これを防ぐためには、ナレッジ共有やマニュアル作成、後輩への教育を「正しく評価する仕組み」を作る必要があります。
例えば、共有した情報の数やマニュアル更新を評価に反映させる、ナレッジ共有を表彰制度で奨励する、といった工夫です。これにより、従業員が「情報を開示した方が得になる」と感じるようになり、属人化が起こりにくい文化を醸成できます。
一度取り組んだからといって属人化が完全に防げるわけではありません。むしろ、業務は変化するため、定期的な点検と改善が必要です。
例えば、年に数回「属人化チェック」を行い、重要業務に代替要員がいるか、マニュアルが最新化されているかを確認します。また、業務のボトルネックを把握し、改善サイクルを回すことが大切です。このような仕組みを継続的に運用することで、組織は常に属人化のリスクを低減できます。
属人化解消に取り組んだ3社の成功事例をご紹介します。
株式会社唐沢農機サービスは農耕用品小売業を営んでいます。
自社内に、電話によるリアルサービスを提供するコールセンターを設置しているが、問い合わせが多岐にわたり、対応に時間を要することが頻発し、残業が発生していました。
そこで、属人化されていた業務のマニュアル化を行い、情報の共有化を徹底しました。これによって、よりスピーディーで的確なお客様対応が可能になりました。属人化されていた業務をマニュアル化したことで、これまで特定の人に依存していたことで滞っていた業務が進むようになり、業務上のストレスが軽減されました。さらに業務改善、残業の削減にもつながりました。2019年度は月平均20時間だった残業時間が、2021年10月には8時間に大幅に削減されました。
株式会社サカタ製作所は建築金物の製造販売をしている企業です。
社長が残業ゼロを宣言したことから、全社で働き方改革に取り組みが始まりました。
取り組みを進めるために、社長は残業せずに時間内で業務を遂行できる人(時間当たり生産性の高い人)、タイムマネジメントができる上司、部下の意識改革を行う上司を評価することを全社通達しています。その結果、従来は月20時間だった残業時間が、翌年2016年には、約1.1時間になりました。
具体的な施策として、大規模な業務の棚卸を実施し、業務の効率化を図りました。
各部署で業務内容と所要時間を15分単位で記録し、データをグラフ化した結果、成果に対して時間がかかりすぎている業務や、重複・属人化している業務が明確になりました。
これらをもとに、不要な業務の削減と属人化の解消を進めました。事務系の業務はマニュアル作成や引継ぎ、トレーニング等によって属人化を解消しました。工場における作業は、年間計画を立てて計画的に多能工化を推進しました。
属人化の解消、多能工化により、「この人がいないと回らない」という業務がなくなり、急な事情で休みやすくなりました。
TEPCO光ネットワークエンジニアリング株式会社は電気通信工事業の会社です。
業務の属人化や仕事の手順が明確にされていないこと、部署間で仕事の仕方が異なることなどの課題意識がありました。そこで属人化を解消するために連続5日間の休暇取得を目標に掲げ、休暇取得促進と業務の標準化を連動して進めていきました。
まずは仕事の棚卸をし分析するといった製造業における業務改善の手法を実施し、部署間で異なる仕事の仕方の標準化を行いました。
業務の棚卸をすることで、何に時間がかかっているのかが明確になり、その過程でムダが見えてきたといいます。棚卸のプロセスにおいて、個人の頭の中にしかなかった業務が見える化でき、業務の共有化がしやすくなりました。併せて、複数人で業務をバックアップできる体制にすることで、属人化の解消を進めることができました。
このように業務の属人化が解消されたことで、休暇取得の促進が進みました。これまでは「5日休
んだら5日分の仕事が残っている」状態だったのが、互いに業務をフォローできるようになったことで、「休暇を取得しても仕事は回る」ことが実現できています。属人化の解消、業務標準化は休みやすい風土づくりだけではなく、組織の危機管理にもつながっています。
「属人化」には、その業務の専門家が育ちやすい、個々のスキルアップにつながりやすいといったメリットがあり、小規模プロジェクトや短期ミッションでは意思決定の速さや柔軟性という点でプラスに働く場面もあります。
一方で、特定の担当者が不在になると業務が止まってしまう、周囲がやり方の妥当性を判断できないなど、業務停滞や品質低下、担当者への過度な負荷といった大きなリスクも抱えています。
そのため、属人化の解消は組織の健全な運営と中長期的な成長に欠かせません。業務の標準化や情報共有、ローテーション、業務フローの可視化・マニュアル整備、さらにITツールの活用を組み合わせることで、「人に依存しない業務運営」と、誰が担当しても同じ水準で成果を出せる体制づくりを進めていくことが重要です。