少子高齢化による労働力不足、環境や社会の激変と、さまざまな問題が次々と発生する現代。近年の企業経営においては「いかに効率よく業務を行い、機動力と俊敏性を高めるか」が重要と言われています。
業務効率化を図る施策を挙げれば多岐に渡りますが、今回注目するのは「ナレッジシェア」です。本記事では、言葉の意味やナレッジシェアを推進する方法、効率よく行うポイントなどについて詳しく解説していますので、ナレッジシェアの実施を検討している方はぜひ最後までご覧ください。
ナレッジシェアとは「個人が所有する知識や情報、ノウハウなどを組織全体へ共有する」こと。「知識」「情報」などの意味を持つ英語のknowledgeと、「分ける」「共有」などの意味を持つshareを組み合わせた単語です。「ナレッジ共有」とも言います。
ここでの「ナレッジ」とは、知識のことだけではありません。ノウハウ、概念、スキル、ビジョン、コツなども含まれます。ナレッジシェアではそれらを共有し、チームメンバーの誰もが対象の業務について理解している状態、誰もが同じレベルで業務を遂行できる状態を目指します。
関連用語である「ナレッジマネジメント」は、ナレッジシェアを実施・活用するための仕組みや方法を意味します。『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』という書籍にて、著者は以下のように解説しています。
ナレッジ・マネジメントとは、ある組織(企業、法律事務所など)野中で、各個人がその業務を通じて得た情報・知識・経験・知恵などを、その個人にとどめておくのではなく、組織全体で共有し、かつ分類・整理して組織のメンバーが容易にアクセスし活用できるようにすることによって、その組織の活動・業務に効率的に活かす仕組みないし手法であると説明することができる。
引用元:森下国彦、村上由香里、門水真紀(2020)『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』株式会社商事法務
なお、英語では「ナレッジシェア」を「knowledge sharing」と言います。日本語では「ナレッジシェアリング」は、ナレッジシェアを行う”プロセス”であると表現されることもありますが、「ナレッジシェア」「ナレッジ共有」と同義語と捉えて良いでしょう。
知識や情報、ノウハウ、スキルなどを含むナレッジは、主に2種類に分けられます。
1つは、言語化して他者へ共有することが容易な、体系的な知識「形式知」です。業務の方法や手順、専門用語など、業務マニュアルに記載されるような項目が該当します。
もう1つは対照的に、言語化しにくく、他者への伝達が難しい感覚的な知識「暗黙知」です。経験から得たコツやノウハウなど、五感から得た感覚的な情報が該当します。
ナレッジシェアを行う際は、形式知と暗黙知の両方を共有する必要があります。組織のメンバー全員が業務について深く理解するには、やり方や手順を学ぶだけでは不十分だからです。業務経験の長い従業員が積み重ねてきたコツやノウハウなど、すべてを学習してこそ、十分にパフォーマンスを発揮することができると言えます。
もちろん学ぶだけでなく、実際に経験して学ぶことも必要です。しかし、経験を積み重ねるには時間がかかるため、暗黙知を言語化し、形式知として共有することで効率化を図るのです。
そもそもナレッジシェアは何のために行われるのでしょうか。主な3つの目的について改めて確認しておきましょう。
業務効率が下がる原因として挙げられる、属人化。サービスクオリティの不安定化、従業員の過重労働など、さまざまなリスクを抱える属人化を改善・防止するため、ナレッジシェアを行う必要があります。
ナレッジシェアを実施せず属人化を放置した場合、知識やノウハウは従業員の離職と共に失われます。ナレッジが蓄積されないため、組織の成長は期待できないでしょう。
また、業務を遂行できるのが特定の従業員に限られるため、担当者不在時は業務が停滞します。「代わりがいないから」と、担当者が休暇をとることを躊躇してしまう場合もあるでしょう。
そもそも仕事の質に個人差があると、業務全体のクオリティは上がりません。そのようなリスクを回避するため、ナレッジシェアを行うのです。担当者以外の従業員も取り組めるようにすることで、業務の効率化、クオリティの維持および向上を図ります。
従業員の個性は、組織の独自価値の創造に繋がります。しかし、業務への理解や取り組み方が統一されていないことが原因で起きるトラブルもあります。
例えば、従業員が1人1人異なるクレーム対応を行った場合、二次クレームが発生する恐れがあります。「前回は対応可能と言われたのに」と、対応の差が顧客の怒りを買う可能性があるのです。
また、スキル不足、知識不足はミスが起きる原因です。統一された質の高いサービスを提供し、トラブル発生を防止するためにも、ナレッジシェアを行う必要があると言えるでしょう。
従業員が離職した際は引継ぎが行われますが、すべての知識やノウハウ、スキルを共有するのには時間がかかります。効率的に引継ぎを行い、後任者の知識・スキル不足を防ぐためには、日頃から知識やノウハウを共有できるシステムが必要です。
そもそも、ナレッジを共有することは従業員の成長に繋がります。外部から新たな知識を得ることも重要ですが、まずは組織に既にある知識を共有することで、効率の良い人材育成が叶うでしょう。
属人化防止、トラブル発生防止に欠かせないナレッジシェアは、企業と従業員の双方に多くの利益をもたらします。具体的にどのようなメリットがあるのか、以下の3点について見ていきましょう。
ナレッジシェアによって属人化が解消されると、業務効率が上がります。担当者の不在時も業務が滞ることはなく、チームで協力して進められるようになります。
また、従業員に新たな職務を与えた際、組織に蓄積された知識やノウハウを活用して教育できます。従業員本人も、過去の事例を参考にしながら最も効率の良い方法で業務を遂行できます。組織内で同じ失敗を繰り返して時間と労力を浪費する、といったことが少なくなるのです。
事例の共有は口頭で行うことも可能ですが、認識のズレや伝え漏れが発生したり、内容を忘れたりするリスクがあります。情報を言語化して共有するナレッジシェアなら、いつでも正確な情報を取得できます。
このことから、ナレッジシェアには生産性の向上および利益向上の効果が期待できると言えます。情報共有の時間を確保しづらい多忙な職場こそ、ナレッジシェアの必要性が高いと考えられるでしょう。
業務効率が上がり、生産性の高い仕事ができるようになると、従業員満足度が上がります。長時間労働から解放されることで、心身ともに健康的に働けるようになるのです。新たに生み出した時間を組織の成長や従業員の成長に役立てれば、仕事に対する意欲向上も期待できるでしょう。
また、属人化が解消されることにより、休暇も取得しやすくなります。他のチームメンバーが代わりに業務を遂行できるようになるため、リモートワークなど、働き方の多様化も実現可能です。
従業員満足度の向上は、さらなる生産性向上に繋がります。ナレッジシェアは、企業と従業員の双方に利益をもたらす取り組みだと言えるでしょう。
ビジネスモデルや製品は、新しく開発しても他の企業に真似される可能性があります。しかし、従業員が所有する知識やノウハウは、簡単に奪われるものではありません。このことから、ナレッジを共有・蓄積することは、企業価値を高めると言えます。
特に、従業員が実際に経験して得た知識「暗黙知」は、離職しない限り外部に奪われません。組織内の暗黙知を継続的にブラッシュアップし、活用することで、ライバル企業に負けない強い組織を構築できるでしょう。
ナレッジシェア、ナレッジマネジメントという概念は、1980〜1990年代には存在していたと言われています。以前からあった取り組みが、近年さらに注目されるようになったのは一体なぜなのでしょうか。
考えられる3つの理由を挙げていきます。
近年、転職や起業へのハードルが下がったことで、人材の入れ替わりは激しさを増しています。従業員が離職するたびに一から後任者を育成するのは、企業にとっての大きな負担になります。時間をかけて育んできたスキルやノウハウが失われるのも痛手です。
よって、ナレッジシェアの重要性が高まっていると言えます。常に情報を共有・蓄積するシステムを構築することが、人材の流出入への備えになると考えられています。
目まぐるしく変化する経済環境に適応するため、今では頻繁に組織改革を行うことも珍しくなくなりました。改革に向けて人事異動を実施することも多く、スピーディーな人材育成が求められています。
後任者の育成に時間がかかっていては、企業戦略に間に合いません。必要なときに必要な人材を確保できる「俊敏性」「柔軟性」が不可欠な環境だからこそ、ナレッジシェアが重要視されていると考えられます。
物を作って売れば利益が得られるという時代は変わって、今はさまざまなモノ・コトが価値になる時代です。全社員が決まった時間に同じ作業を行うのではなく、1人1人が主体的に考え、行動することが組織の利益に繋がります。
従業員が主体的にクリエイティブ力を発揮するには、豊富な知識や経験、ノウハウが必要です。それらが失われると、企業の成長は滞ります。反対に、人材が持つナレッジを上手く活用することは企業の強みになります。
企業経営の在り方、価値の変化が、ナレッジシェアおよびナレッジマネジメントへの注目度に変化をもたらしていると言えるでしょう。
ナレッジシェアを実施する方法に決まりはないですが、主な流れは以下のとおりです。ナレッジシェアリングの推進を予定している方、検討中の方は、ぜひ参考にしてみてください。
1人1人異なる仕事の取り組み方、認識、価値観、スキルを統一するためには、1つのゴールが必要です。目指す目標が曖昧だと、ナレッジシェアリングを実現することはできません。
また、すべてのナレッジを集約するのには膨大な時間がかかるため、今回は「どの業務・どのナレッジを共有するのか」範囲を決めることも重要です。そのためにも、目的・目標の明確化が必要と言えます。
ゴールは、企業のビジョンや戦略をもとに決めるとスムーズです。企業が「何を目指しているか」「何を成し遂げたいか」を改めて明確にし、それらを基準に「何を共有すべきか」見極めましょう。
ナレッジシェアを効率よく進めるには、統括する人が必要です。そこで、ナレッジシェアの推進チームを編成します。
推進チームには、多様なメンバーを参加させるのが理想です。それぞれの部署・チームのニーズや問題などを把握するため、幅広い組織からメンバーを選出しましょう。
また、ナレッジシェアリングの推進には、労働力と資金が必要です。経営陣に掛け合いながら人とお金を動かしていく必要があるため、組織の状況を十分に理解している人、かつ発言力のある人を推進チームに加えると良いでしょう。
ナレッジシェアの実施を試みたが、日々の業務に追われて進まず、放置されるといったケースが少なくありません。そのため、チーム編成後はスケジュールを設定することが大切です。
企業のビジョンや戦略、ナレッジシェアの目標をもとに「いつまでに」「誰が」「何をするか」を明確に決めましょう。通常業務と並行して取り組めるよう、シミュレーションしながらスケジュールを立てるのがポイントです。
次に行うのは、ナレッジの洗い出しと整理です。どのようなナレッジが必要とされているのか、ナレッジがどこにあるのかなどを調査します。
手当たり次第に洗い出すと、情報量が膨大になります。各部署・チームで発生している問題や、非効率性を感じる業務を中心に調査すると効率的です。
具体的な調査内容の例は、以下のとおりです。
これらを各部署・チームの代表メンバーと連携を取りながら調査します。その後、何から手をつけるべきか優先順位を決めておきましょう。
次に、どのような手段でナレッジを収集・共有するかを決めます。
マニュアルの作成が一般的ですが、その中でもオンライン・オフライン、ツールの種類などさまざまな選択肢があります。内容のわかりやすさ、情報へのアクセス方法、発信方法、実用性の高い機能の有無などを基準に選ぶことが大切です。
既に情報共有システムがある場合は、それらも活用できないか検討してみましょう。既存ツールの見直しを行い、足りないものを補えるツールを導入するのがポイントです。
オンラインでナレッジ共有を行う場合は、知識や情報を管理するシステムの構築も必要です。ナレッジを実際に活用するシーンを想定して環境整備を行いましょう。
プラットフォームの構築では、データ管理がしやすいこと、必要な情報を取得しやすいことなどを意識するのがポイントです。アクセス方法が複雑になると、従業員が活用するのを躊躇ってしまう可能性があるので注意しましょう。
また、ナレッジシェアリングの内容は、常に最新の状態であることが理想です。定期的にアップデートすることを踏まえて、発信者が操作しやすい環境を作ると良いでしょう。
既にある文書やマニュアル、動画をそのままプラットフォームにアップすることも可能です。しかし、フォーマットが不揃いだと情報が伝わりにくいため、必要に応じてコンテンツを作り直しましょう。
組織全体でナレッジを共有することが目的なので、コンテンツは「誰もが理解できる内容」であることが重要です。暗黙知を可視化する際など、文書化しにくい場合は画像や動画などの媒体も活用してみましょう。
準備が完了したら、いよいよ実行に移ります。実行後は、必ず振り返りを行います。
必要なナレッジがきちんと届いたか、内容を理解できたかなど、従業員にヒアリングを行いましょう。内容の実用性や、ツールの操作性なども改善に役立つ情報です。
課題点を見直し、ナレッジの内容とマネジメントをブラッシュアップし続けることで、より効果的なナレッジマネジメントを実現できます。
時間も労力もお金も投資する以上、「何も効果が得られなかった」といった事態は避けたいところです。とはいえ、具体的にどうすれば良いのでしょうか。
意識すべき以下の4つのポイントについて解説していきます。
ナレッジシェアを推進する際、従業員の中には組織の変化に抵抗を示す人もいます。「他人に共有したら、自分の報酬が減るのではないか」といった不満・不安を抱く人もいるでしょう。
しかし、組織全体で取り組むには、実際にナレッジを提供・活用する従業員および経営陣の理解が必要です。書籍『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』にて、以下のように語られています。
ナレッジ・マネジメントにおいて最も重要な要素は以下の3つである。
①ナレッジ・マネジメントを主導する人
②ナレッジマネジメントを実現するためのインフラ整備
③個々の法務部員によるナレッジ・マネジメントの実践
そして、これらの要素を満たすうえで欠かすことのできないのが、ナレッジ・マネジメントに対するマネジメント(経営陣)の理解である。
引用元:森下国彦、村上由香里、門水真紀(2020)『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』株式会社商事法務
このことから、従業員および経営陣の理解を得ることは、ナレッジシェアリングを成功させるうえで重要な条件であると言えます。事前準備として、ナレッジマネジメントに関する知識と重要性の理解を促すことから始めましょう。
口頭で説明するだけでは、理解してもらえない場合もあります。納得を得るには、成果を示すことが重要です。
よって、ナレッジシェアリングに取り組む際は、小規模で始めるのが良いと考えられます。規模が大きいと成果が出るまでに時間がかかるからです。また、問題が発生した際に軌道修正しにくく、失敗した際に大きなマイナスイメージを与えるリスクもあります。
まずは1つの部署やチームに的を絞ってナレッジシェアを行いましょう。実施して成果を示し、改善するというサイクルを高頻度で回すことが、効率よくナレッジマネジメントを実現するポイントです。
ナレッジシェアは、部署・チームのリーダーがナレッジを集約し、推進チームがまとめてプラットフォームに掲載するという方法を想像しますが、他にもやり方があります。従業員個人が、所有するナレッジを各々アップする方法です。
推進チームが管理する方法は、内容の質やコンテンツのフォーマットを統一できるのが利点です。しかし、チームメンバーの負担が大きく、内容の更新などの対応が遅れる可能性があります。
一方、従業員が自ら発信するスタイルは、タイムリーに更新・共有できるのがメリットです。従業員を巻き込むことによるモチベーションアップも期待できます。ただし、内容の質やフォーマットがバラつきやすい、データ管理が難しいといった懸念点もあります。
それぞれの方法にメリット・デメリットがあるため、組織の状況や規模、内容、活用方法に合わせて「誰が」ナレッジを共有すると良いのか見極めましょう。
ナレッジシェアは文書で共有する方法もありますが、データ管理や検索の利便性を考慮し、最近ではツールを用いることが多いです。ツールを選ぶ際は活用シーンを想定し、従業員のニーズに適した機能があるかチェックすることが大切です。
例えば「shouin+」にある動画マニュアル機能は、文章や図では伝わりにくい暗黙知の共有に便利です。また、カテゴリーで分類できる機能を活用すれば、何の情報がどこにあるのかわかりやすくなります。
そのほか、内容を理解したか、閲覧したかチェックできる機能なども、ナレッジマネジメントの効果を高めるのに便利です。導入にかかる費用を無駄にしないためにも、適切なツールを選びましょう。
従業員の日々の行動や思考には、組織を成功へ導く重要なヒントが隠れています。そのことに本人でさえ気づいていないことも多いです。
経験を積んで得た貴重な知識やノウハウが共有されることなく消えていくのは、非常に惜しいことです。従業員のナレッジを資源と捉え、有効活用できる仕組みづくりに取り組みましょう。