労働生産性とは、労働者1人がどれほどの価値を生み出すか、もしくは労働者が一定の時間内にどれだけの価値を生み出すかを示す指標です。企業の利益を増やすため、そして従業員への還元を増やすためにも、労働生産性の向上が欠かせません。
今回は、労働生産性の計算方法や、日本の労働生産性が低い理由などをわかりやすく解説しています。具体的な施策例、企業事例もご紹介していますので、労働生産性の高め方にお悩みの人もぜひ最後までご覧ください。
そもそも「生産性」とは、どういう意味なのでしょうか。公益財団法人 日本生産性本部は以下のように定義しています。
生産性の代表的な定義は「生産性とは、生産諸要素の有効利用の度合いである」(ヨーロッパ生産性本部)というものです。(中略)生産性とは、あるモノをつくるにあたり、生産諸要素がどれだけ効果的に使われたかということであって、それを割合で示したものが生産性ということになります。
引用:「生産性とは」日本生産性本部
生産諸要素とは、生産に必要な要素、資源のことです。投入した資源(インプット)に対し、どれほどの成果物(アウトプット)を得られたのかを表すのが生産性です。より少ない資源で、より多くの成果物を生み出すほど生産性が高いといえます。
なかでも、労働の視点で捉える生産性を「労働生産性」といいます。「日本生産性本部」によると、労働生産性の定義は以下のとおりです。
労働生産性は「労働投入量1単位当たりの産出量・産出額」として表され、労働者1人当たり、あるいは労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを示すものです。
引用:「生産性とは」日本生産性本部
そして労働生産性は、産出した成果物の測り方により、2つの種類に分かれます。
ひとつは、成果物を物量で測る「物的生産性」です。投入労働量に対し、どれほどの量・大きさ・重さの成果物を産出したかを示すものです。ネジの製造を例とするならば、「1時間当たり・1人当たりネジを何個製造したか」で労働生産性を測ります。
成果物を価格ではなく、大きさや重さ、個数で計算する理由は、価格は物価の変動や技術の進歩などによって変化しやすいからです。物量で測れば、市場の価格変動が起きても正しく労働生産性を求めることができます。
そのため、物的生産性は生産効率や生産能力の「推移」を測るのに適しています。また、成果物を量・大きさ・重さで表すことのできる、製造業での活用に向いているといえます。
もうひとつは、成果物を付加価値で測る「付加価値生産性」です。
付加価値とは「企業が新たに付け加えた価値」のこと。製品やサービスに企業が手を加えることで、新たに生み出された価値のことを指します。
付加価値生産性は、物的生産性と違って成果物を「金額」で表すのが特徴です。1人当たり・1時間当たりどれほどの金額の価値を生み出したかを表します。例えば、1人当たり10万円の付加価値を生み出す企業と、1人当たり5万円の付加価値を生み出す企業があるとするならば、前者の方が労働生産性が高いと判断できます。
付加価値生産性においても、より少ないインプットで、より多くのアウトプットを出すことをゴールとするのは同じです。しかし「どれほどのコストがかかったか」よりも「どれほど価値を生み出したか」を重視するのが、付加価値生産性における基本の考え方といえます。
以前より、日本の労働生産性は低いと指摘されています。
「日本生産性本部」が公表した「労働生産性の国際比較2023」によると、2022年の日本の時間当たり労働生産性は52.3ドル(5,099円)。経済協力開発機構(OECD)加盟国38カ国中30位で、1970年以降最も低い順位となりました。
また、1人当たりの労働生産性もOECD加盟国38カ国中31位と、労働生産性の低さがデータに現れています。なぜこれほどまでに労働生産性が低いのでしょうか。考えられる主な3つの理由についてみていきましょう。
少ない従業員数、少ない労働時間で多くの利益を出すことが、労働生産性を高める基本です。これを国に置き換えると、「少ない労働者数で経済が大きく伸びる」と労働生産性が高まるといえます。
日本の場合、労働人口は減少傾向にありますが、経済成長率が低迷しているために労働生産性が上がらないと言われています。
特に他国との差が開いたのは、新型コロナウイルス発生以降です。世界的に経済活動が制限されたコロナ禍は、多くの国で経済が一時的に落ち込みました。活動の制限が緩和されるにつれて徐々に戻っていきましたが、日本は完全なる活動制限の撤廃が他国と比べて遅かったため、経済の回復も遅れてしまったのです。それが労働生産性の低迷にも影響したと言われています。
例えば、コロナ後の時間当たり・就業者1人当たり実質労働生産性の水準が、コロナ前と比べて最も高かったアイルランド。同国は、GoogleやAppleなどの多国籍企業を呼び込み、経済を大きく成長させました。
テクノロジーを駆使して商品・サービスを提供する、いわゆる「テック系」企業は、ロックダウンの影響をそれほど受けませんでした。コロナ禍でも活動を続けることができたため、それらの企業を呼び込んだアイルランドの経済が伸びたのです。
一方、日本にはそのような経済成長は見られず、時間当たり・就業者1人当たり実質労働生産性は、2022年時点でコロナ前の水準を上回ることができていません。労働人口が少なくても、経済が伸びない限り、労働生産性は低いままということになります。
日本における大きな課題となっている、労働人口の減少。これも日本の労働生産性を低迷させている原因のひとつです。
働き手が足りていない企業は、業績を伸ばすことが難しくなります。人手不足で業務が回らないうえに、多忙で従業員が疲弊し、業務の生産性が落ちてしまうからです。従業員を教育する時間を確保し、スキルを高めて業績を伸ばす、といったこともできません。
また、企業の業績が伸びないと、リスクをとることに消極的になるものです。イノベーションを起こし、組織を成長させるといった大胆な行動ができなくなります。労働人口の減少は、このような負のループを引き起こすのです。
さらに、労働人口の減少および高齢化は、経済を縮小させる要因でもあります。年金で暮らす高齢者は消費を控える傾向にあり、経済が動きにくくなるのです。よって、少子高齢化は日本の労働生産性が下がる原因であるといえます。
日本では「生産性向上=効率化」という考えがいまだに残っていると言われています。コストを削減することばかりにフォーカスし、「売上げを伸ばすこと」と「生産性向上」が結びついていないのです。
労働生産性の高い企業は、利益が見込まれるものに対して資源を投資することを躊躇いません。付加価値が高いと判断したものに投資するため、付加価値が低いものは早々にカットする、という考えです。そして、その考え方は製造以外の業種・部門においても共通です。
コスト削減には限界があります。いくらカットしても、コストはかかるものです。
一方、付加価値の向上には理論上、限界がありません。ならば、付加価値を上げることにフォーカスすべき、というのが労働生産性を高める考え方です。従来の日本の考え方が根付いている企業は、意識改革を行う必要があるでしょう。
生産性は「産出÷投入」という式で計算することができます。労働生産性の場合、計算式は「産出物÷労働量」となります。
物的生産性と付加価値生産性は、それぞれ「生産性を測る指標」が異なるため、計算式も変わります。詳しく見ていきましょう。
物的生産性は「生産量」で生産性を測ります。労働者1人当たりの生産性、労働者1人1労働時間当たりの物的生産性を求める式は以下のとおりです。
例えば、ある製造部門で10人の従業員が、7時間で150個の製品を製造した場合、以下のように求めることができます。
このように計算し、労働生産性の現状を把握したり、目標を立てたりする際の指標として活用します。
付加価値生産性は「付加価値」で生産性を測ります。労働者1人当たりの生産性、労働者1人1労働時間当たりの付加価値生産性を求める式は以下のとおりです。
例えば、ある部署で10人の従業員が、11時間で50万円売り上げたとします。そのうちの付加価値額が40万円だった場合の付加価値生産性は、以下のように求められます。
このように計算し、1人当たり、もしくは1時間当たりの付加価値を増やすにはどうすれば良いのかを考えます。
ちなみに付加価値は、売上高から外部購入費用を引いて求める「控除法」と、経常利益・金融費用・人件費・減価償却費・賃借料・租税公課を足して求める「加算法」の2種類があります。一般的には、加算法で求めることが多いようです。
■参考:「生産性の計算方法」厚生労働省 山形労働局
労働生産性向上の取組みには「コストを削減する方法」と「付加価値を増やす方法」の2つの方法があります。無駄なコストを省き、浮いた労働力を付加価値を高める取組みに回すことで、労働生産性が向上します。
では、具体的にどのような施策を行えば良いのでしょうか。以下の7つの取組みについて見ていきましょう。
付加価値を増やしたところで、時間と労力の消費量が多ければ利益は増えません。労働生産性を向上させるには、業務効率化も必要です。業務のムダ・ムリ・ムラをなくすため、業務の取り組み方やプロセスを見直します。
具体的な例として、以下のような取組みが挙げられます。
付加価値を生み出していない、あるいは付加価値が高くなる兆しがないと判断した作業は、思い切って廃止するのもひとつの手です。適切な効率化の方法は組織によって異なるため、現状を可視化し、分析を徹底することが大切です。
従業員の作業量・作業時間を減らすには、デジタル化が有効です。人間が行っていた作業を機械に任せることで、従業員の労働力を削減できます。空いた時間を、付加価値向上のために使うことができるでしょう。
デジタル技術の活用は、オフィス業務の効率化にも役立ちます。例えば、コミュニケーションツールを使えば、情報共有のムダをなくすことができます。手書きの書類をパソコンでフォーマット化すれば、データを共有したり探したりする時間が短縮されます。
商品企画部門や開発部門など、クリエイティブ性が求められる部門でも、業務の一部を自動化することで効率を上げられます。「うちの部署はデジタル化できない」という固定概念を捨てて、改めて効率化できないか疑うことが大切です。
コツコツ業務改善を行うほか、イノベーションを起こして労働生産性を上げる方法もあります。
「改革」と聞くと、新しいことに投資するため投入資源が増える、つまり労働生産性が落ちるのではと考えてしまうかもしれません。
しかし実際は、イノベーションによってコスト削減が実現するケースもあります。商品の運搬プロセスを改革して新しい経路を開拓したり、人材管理をデジタル化したりなど、根本から見直すことで労働量を減らす革新的な方法が見つかる可能性があるのです。
組織・業務改革が成功すれば、ステップバイステップで業務改善するよりも、遥かに効率よく労働生産性向上を実現できるでしょう。
企業の売上げを上げるためには、顧客満足度を上げる必要があります。そのために「より高機能で質の高い商品・サービスを提供しよう」と考えがちですが、その思考がかえって労働生産性の向上を妨げている恐れがあります。
顧客は、高い機能性よりも、シンプルな使いやすさを求めているかもしれません。複雑なサービスが、一定層の顧客を遠ざけている可能性もあります。過剰サービスは企業にとっての無駄となるだけでなく、業績アップのチャンスを奪いかねないのです。
このような問題を解決するためには、顧客ニーズの調査が必要です。顧客が本当に求めているのは何かを探ることで、無駄なく業績を上げることができます。効率よく労働生産性を高められるでしょう。
労働生産性の向上には、人材育成も欠かせません。従業員のスキルが高まれば、作業時間を短縮できます。その時間をほかの業務へ回すことで、より多くの成果を出せるようになるのです。
引用:伊賀泰代(2016)『生産性 マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの』
伊賀泰代氏の著書、『生産性』に記載されている図のように、従業員の成長は生産性向上の好循環を生みます。
また、知識が増えれば発想力も高まるものです。成長を実感し、自己発信力が高まる可能性もあります。結果、組織のクリエイティブ力が上がり、イノベーションに役立つアイデアが誕生しやすくなるのでしょう。
さらに、業務効率化に役立つデジタル技術を活用するためにも、従業員のスキルアップが必要です。
デジタル技術のさらなる活用には、それを担う人材の育成も欠かせない。「リスキリング」への取り組みが政府や企業で進んでいるが、そうした取り組みを着実に加速させていくことも、日本の生産性向上を進める上でカギになるだろう。”
引用元:「労働生産性の国際比較2023」日本労働生産性本部
「日本生産性本部」のレポートでも、上記のように指摘されています。したがって、技術者の育成やITリテラシーの教育も、労働生産性向上に繋がるといえます。
成果で評価するスタイルは、労働生産性を低下させる恐れがあります。従業員が成果のみを追いかけるようになり、「残業してもいいから成果が出るまで頑張る」「結果さえ出せれば、何時間かかっても良い」というような考え方になるからです。給与や賞与に響くとなれば、なおさら時間効率を気にしなくなるでしょう。
従業員に労働生産性を意識させるためには、人事評価制度を変える必要があります。「何時間でどれほどの成果を上げたか」で評価するシステムを構築することで、労働生産性を高める思考と行動を促せるでしょう。
仕事に対するモチベーションも、労働生産性を左右する要素のひとつです。従業員のモチベーションを高めることで作業スピード・作業効率が上がり、生産性向上が見込まれます。
よって、従業員が意欲的かつ健康的に働ける環境づくりも必要と考えられます。健康を維持するための労働環境・労働条件、ワークライフバランスの取れた働き方などを提供することにより、組織全体の労働生産性向上が見込まれます。
プライベートが充実すれば、従業員に「短時間で成果を出したい」という意欲が沸く可能性も考えられます。さらなる労働生産性の向上が期待できるでしょう。
労働生産性を向上させるには、効率化と付加価値向上、2つの視点を持つ必要があるとわかりました。そのうえで意識すべき点がいくつかあります。以下の4つのポイントについて解説していきます。
企業のトップや役員だけが労働生産性を意識しても、組織は変わりません。全社員が正しく理解し、「自社は労働生産性向上に取り組むべきだ」と意識することで実現するものです。
そのため、労働生産性に対する組織の考えと必要性を、従業員に理解してもらうことが大切です。
「何のために効率化が必要なのか」「何のために付加価値を高める必要があるのか」を明確にし、ビジョンを掲げることで、企業の意思を伝えることができます。また、労働生産性に関する正しい知識を身につけてもらうため、研修を実施する必要もあるでしょう。
組織の中には「自社の労働生産性が低いとは思わない」「今すぐ取り組むべきではない」と、労働生産性向上に消極的な人がいる可能性もあります。
彼らに行動を促すには、課題を認識させる必要があります。自社の現状と労働生産性を放置するリスク、向上させることのメリットを伝えることで、組織の変化を促せるでしょう。
また、イノベーションは、課題を把握してこそ起こせるものです。むしろ、突然アイデアを出せと言われても、革新的な発想は浮かびません。課題を認識させ、「その難題を切り抜けるにはどうすれば良いか」を考えるよう促すことで、実用的かつ革新的なアイデアが生まれます。
労働生産性の向上には、従業員のチームワーク力も欠かせません。
従業員同士が協力し合うことで、業務が円滑に進み、作業時間を短縮できます。また、互いにアイデアを出し合えば、飛躍的なイノベーションを起こすこともできます。従業員同士の高いチームワーク力が、労働生産性向上の成功へと導くのです。
組織構成の見直しや管理職のマネジメント力強化などを行い、チームワーク力向上を図りましょう。
チームの効果を高めるには、心理的安全性の確保が必要です。
心理的安全性とは、チームメンバーが安心して自分の考えを発言したり、行動したりできる状態のこと。心理的安全性を確保することで、互いに助け合う文化が育まれます。
また、せっかく思い浮かんだアイデアも、発言できなければ無駄になってしまいます。イノベーションを起こすチャンスが失われることとなるため、メンバーが安心して意見を言える環境をつくる必要があるのです。
管理職者、マネージャーに向けて研修を実施し、心理的安全性を確保する必要性と方法について教育しましょう。
労働生産性向上を実現するためには、企業それぞれに合った施策を講じる必要があります。以下の企業事例を参考にしながら検討してみましょう。
総合食品スーパーマーケットを展開する「株式会社さえき」。当社は現場の無駄を省き、効率化することで労働生産性向上を成功させました。
専門家のアドバイスを受けながら、店舗バックヤードの整頓、改善を実施。バックヤード内の什器の配置にルールを設け、作業時の動作の無駄を無くしました。その結果、作業時間の生産性が5%アップ、年間で150時間の短縮が実現されました。
そのほか、食材をカットする作業のムダを改善し、マニュアルを作成したところ、その作業の1人当たりの労働生産性が22%アップしたのだそうです。
小規模な改善でも、積み重ねれば着実に労働生産性向上に繋がることがわかる事例です。
■参考:「生産性向上の好事例ー【小売業】スーパーマーケットの生産性向上活動報告」厚生労働省 宮城労働局
「株式会社コメリ」は、金物・建築資材と農業用品を取り扱うホームセンターを営む企業。当社は、競合他社とは異なる商品戦略、独自の業務プロセスを築き上げてきました。
例えば、業務運搬プロセスを効率化するため、当社は独自の流通システムを構築。メーカーと直接取引し、物流センターで一括納品・検品を行う仕組みをつくり、コストを削減しました。
また、ひとつの地域に店舗を集中させる「ドミナント出店方式」で展開し、知名度の向上と店舗管理の効率化を実現しました。
オリジナルの戦略で企業変革を起こし、コスト削減と付加価値の向上に成功した事例です。
1914年に創業した、老舗のリゾート運営会社「株式会社星野リゾート」。当社はITを活用することで、労働生産性の向上を実現しています。
特に強化しているのはダイレクトブッキング。オンラインでの旅行提案サービスも並行して行うことで、顧客データ収集の効率化、および顧客満足度の向上に繋げています。
また、独自の「料理進行管理システム」を開発し、一部の旅館に導入。顧客の細かい情報を管理し、サービスクオリティの向上、付加価値の向上に活用しています。
IT活用以外に、当社は人材育成にも注力しており、ジョブローテーションによる従業員のマルチタスク化を実現しました。エンジニアやマルチスキルを持つ人材など、組織に適した人材を育てたことが、当社の労働生産性を底上げしているといえます。
■参考:
『星野リゾート代表「日本独自の働き方を持ち込み、北米で勝つ』(日経ビジネス)
『星野リゾート「全員IT人材化計画」始動、活躍する現場出身情シスメンバー』(日経TECH)
労働生産性は、企業の持続的な経営、持続的な成長に寄与する重要な要素です。現在、日本の企業には多くの課題が課せられていますが、そのようなときこそ革新的なアイデアが生まれるものです。
イノベーションを起こすための時間を確保するためにも、まずは現状を見直し、無駄を排除することが大切です。デジタル技術の活用や人材育成など、できるところから始めてみましょう。