近年は、物価の上昇の影響などもあり、経済界からの賃上げ要求が強まっています。一方で企業において人件費は、売上額によらず一定額がかかる固定費であり、上げすぎると企業体力を弱めかねません経費の中で人件費が占める割合が高いと、経営状況が悪化した際には、どうしても人件費が検討事項にあがります。
この人件費の削減は、固定費を下げられるメリットがある半面、やり方を間違えると大きなリスクとなります。そこで当記事では、企業における人件費削減のメリットと避けるべきリスク、人件費削減を行う際に注意すべきポイントについて解説しました。
最後に人件費削減に成功した企業事例もご紹介していますので、あわせてお読みください。
人件費削減とは、企業が従業員の労働に対して支払う給与や各種手当などの費用を削減することです。
人件費というと、真っ先に思いつくのが給与ですが、通勤手当や福利厚生費など、企業における経費の中で「ヒト」全般に関わる費用全てが該当します。以下の表に人件費の例をあげました。
人件費の例
項目 |
内容 |
給与手当 |
従業員に対する賃金、残業手当、通勤手当、住宅手当、資格手当など |
賞与 |
ボーナス、年末手当、決算賞与、奨励金など |
法定福利費 |
法律で支払が義務付けされている費用で、社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)、労働保険料(雇用保険料、労災保険料)の会社負担分 |
福利厚生費 |
会社が独自で設けている従業員の福利厚生のための費用で、社員旅行費や健康診断の費用、慶弔見舞金、新年会の費用、社宅費用など |
退職金 |
従業員退職金、役員退職慰労金など |
その他 |
人材採用活動にかかった費用、社員研修の費用 |
人件費は、「経営者側である程度調整できる人件費」「法律の定めにより調整できない人件費」「就業規則などで調整できる人件費」の3つに分類できます。それぞれもう少しみていきましょう。
その他に分類されている人材採用費、社員研修費や、賞与といったものは、経営者側である程度調整できる人件費になります。
賞与については、支給回数などのルールについては定めがあるものの、会社の業績や成果に応じて支払額の調整が可能です。また人材採用費や社員研修費は、費用を抑えたうえで行うことも可能なので、比較的増減しやすい人件費でしょう。
経営者側で調整ができない人件費が、法律によって料率が定められている社会保険料や労働保険料の事業主負担分である法定福利費です。
また法定時間外労働の割増賃金(残業手当)についても労働基準法で割増率が決まっているため、残業が発生すれば割増率に応じた支払が必要で減額はできません。
所定時間内賃金や退職金、福利厚生費などは、多くの企業で就業規則によってルールを定めています。所定時間内賃金に関しては、各地域で定められている最低時給を上回る必要はありますが、就業規則などの制度設計は基本的に会社が行うものであり、制度の変更も可能です。
ただし会社が一方的に就業規則を変更しても、労働者の不利益に労働条件を変更することはできません。就業規則により労働条件を変更する場合には、「内容的に合理的であること」「労働者に周知させること」が必要です。
つまり、所定時間内賃金などの減額変更は可能なものの、経営者側が一方的に行うことはできず、労働者の合意がありはじめて可能になります。このため、決して容易に変更できる人件費の項目とは言えません。
なお、人件費を含めたコスト削減に関してより知りたい方は以下の記事も参考にしてください。
■参考記事はこちら
コスト削減とは?種類、メリット、削減方法、事例をわかりやすく解説!(テンプレート付き)
人件費削減への取り組みは、企業にとって主に次の3つのメリットがあります。それぞれのポイントを解説します。
人件費を削減すると、それに関係する他の費用の削減につながり、総合的な経費カットになります。例えば、繁忙期にはアウトソーシングを利用することで、従業員数を減らせれば、給与や研修費などの人件費が減るだけでなく、パソコンや制服、オフィス家具などの経費削減にもつながります。
生産性を落とさずに人件費の削減ができれば、そこで生まれた費用を設備投資や事業投資にまわすことができます。成長を見込める分野への新規事業の参入などもできますし、既存の従業員へ研修を行うことで業務効率の向上など、会社として必要な部分への投資が行いやすくなるでしょう。
人件費を抑えることで、会社の財務状況が改善すれば、銀行をはじめとする金融機関からの評価が上がり、融資を受けやすくなります。また市場からの評価が上がれば、投資活動が積極的になりますので、株価の上昇も期待できるでしょう。
前述したように人件費削減にはメリットがありますが、デメリットもあり企業にとってはリスクを伴います。一歩間違えると企業にとって大きなダメージとなりますので、デメリットについてもしっかりと把握しておくことが重要です。ここでは人件費削減のデメリットとして知っておきたい以下の3つを解説します。
人件費削減の代表的な方法のひとつがリストラです。従業員数を減らすことができれば、それだけ人件費は削減できますが、全体の仕事量が変わらないのに人手だけ減らせば、当然、人手不足が起こります。
その結果、従業員一人当たりの負担が大きくなり、残った従業員が離職するという悪循環を引き起こしてしまう可能性があるのです。人的資源は、知識の源泉でもあります。会社にとって従業員の離職は、その人が持つ知識や技術、経験をも失うことをも意味する点にも注意が必要でしょう。
日本は社会全体として人手不足が起きているため、会社の景気が良くなったからといって、すぐには人材は戻ってきません。実際、新型コロナウイルス感染症の拡大により、飲食業界では雇用の維持が難しくなり人材が他業界へ流出しました。
現在の飲食業は、通常営業に戻ってきていますが、一度流出した人材は戻ってきていません。こうした背景もあり、株式会社シンクロ・フードが2023年6月に実施した調査によると、飲食店の6割が人手不足で運営上の影響がでているという結果が出ています。
人件費削減により、会社の財務状況が改善しても、従業員の待遇が悪化する形であれば、当然、従業員のやる気やモチベーションは低下します。会社の今後に対する不安が大きくなったり、待遇への不満が大きくなれば離職へつながってしまう可能性も否定できません。また従業員のモチベーション低下は、生産性の低下にもつながりかねません。
ここでいう従業員の待遇が悪化するような人件費削減とは、手当なども含めた報酬体系の見直しによる給与の低下、賞与の低下はもちろんのこと、採用の抑制、リストラなどにより従業員の負担増などを指します。
前述したように労働者の不利益につながるような変更は、企業が一方的に行うことができません。つまり企業側からすると、減給や解雇はコストカットの最終手段です。このため、減給や解雇による人件費削減を行うと、深刻な業績不振に陥っていると判断され、企業のイメージが低下する可能性があります。
企業のイメージが低下すれば、さらなる売上の減少や業績悪化だけにとどまらず、社会的信用の低下(株価暴落、顧客からの取引停止、営業機会の損失など)も起こりえます。
人件費の削減を無理に行うと、前述したようなリスクが生じ、企業にとってメリットよりもデメリットのほうが大きくなります。
民間企業は利益(=売上-コスト)を生み出すために活動しており、利益拡大のためには売上を増やすか、あるいはコストを減らすしかありません。売上のアップが見込めないのであれば、コストを下げなければいけませんが、売上向上のために必要なコストまで削ってしまうと企業にとってマイナスの影響のほうが大きいでしょう。
人件費は企業におけるコストの中で、最も大きな金額を占めることが多く、人件費の削減ができれば大きなコストカットにつながります。
しかし、多くの場合、人件費は必要なコストであり、容易に手を入れると売上・業績不振を招いてしまうでしょう。そして最悪の場合、倒産などにつながりかねません。
それでも人件費削減が必要な状況である場合は、次で解説する「リスク回避し、適切に人件費削減をするポイント」を参考に、慎重に行ってください。
企業の継続性のために、やむなく人件費削減に手をつけざるを得ない場合もあるでしょう。ここでは、リスクを回避し、デメリットをできるかぎり抑えながら人件費を削減するポイントとして、次の5つをご紹介します。
コストカットが必要な場合は、まずは無駄にかかっているコストを見直し、経営手法の改善、業務フローの見直しによる生産性向上、残業の削減、新規採用の中止、配置転換など、業績不振を打開できる手を尽くすことが重要です。それでも改善しない場合に、最後に手を入れるのがリストラ(整理解雇)や賃金カットであり、これらのみの人件費削減はすべきではありません。
リストラは、従業員本人に落ち度がないことを前提に行う解雇であり、非常に高いハードルがあります。他の手立てを行わずに、安易に整理解雇を行えば、裁判所から解雇権の濫用と判断されることもあるでしょう。
賃金カットは、従業員に十分な説明、情報提供を行うなど、従業員の理解を得る努力が必要です。無理に同意させたり、プレッシャーをかけたりすると、法律違反となり賃金の減額が無効となります。
人件費削減の方法には、長期的な施策と短期的な施策があり、短期的な施策はより大きなリスクを伴います。人員整理や賃金カットを一気に行えば、人員不足などがおき、社内が混乱するのは想像に難くありません。人件費の削減は、長期的な施策を中心に計画的に段階的にすすめることが重要です。
長期的な施策にはなりますが、まずは現状を見直すことで業務効率化を図り、残業時間や休日出勤を減らすことで残業代の削減を目指すのがいいでしょう。2020年4月から大企業だけでなく中小企業にも「罰則付きの時間外労働の上限規制」が始まりました。こうした背景から、残業については世間の目が厳しくなり、長時間労働が日常化していると社会的信用の失墜などのデメリットもあり、人件費削減の中でも残業時間の削減はメリットが大きいでしょう。
業務効率化とは、業務中に生じている「ムリ」「ムダ」「ムラ」の3つを見つけ出し、改善することを言います。
例えば、無駄な会議を減らせれば、その分、従業員は他の業務に時間を割けますね。業務が非効率な場合は、業務フローの見直しが有効です。経験豊富な従業員が属人的に仕事を進めている場合は、若手や他の従業員に知識や経験が共有されず、非効率な体制となります。
業務フローの改善には、業務ルールのマニュアルを作成するのが有効です。業務の中には必ずしも人手をかけてやる必要のないルーティン業務があります。そういった作業は、ITツールを導入するのもひとつでしょう。
また従業員教育に力を入れることで、従業員のスキルが伸びれば、業務効率が上がります。当然、教育には費用がかかりますが、eラーニングであれば費用を抑えたうえで、より多くの人に受けてもらうことも可能です。研修方法を工夫しつつ、従業員教育に力を入れることも考えるといいでしょう。
コスト削減に有効な手法として、人材配置の見直しがあります。従業員一人ひとりの能力や適正を把握し、その適正に応じて人材を配置します。人材配置を最適化できると、必要なポジションに適正な人材を配置できるため、人件費に無駄がでません。生産性の向上につながりやすく、従業員の希望も聞くことでモチベ―ジョンの向上にもつながります。
コストカットには、経営側の努力だけでなく、従業員の理解が欠かせません。コストカットの目標やビジョンを全従業員に対して明確に共有することが大事でしょう。コスト削減に取り組む理由や目的、その先の姿を丁寧に伝えることで、従業員もコストカットを自分事として捉えられるようになり、より効果が期待できるでしょう。
人件費の削減に成功した企業の事例を3つご紹介します。
社内のコミュニケーション活性化により、業務の効率化が進み、残業時間の減少に成功したのが三重県にある「株式会社世古工務店」です。長時間労働、休日出勤などの業界の慣習を打破するために、インタラクティブホワイトボードやフリーアドレスの導入で、社内のコミュニケーションを活発化。その結果、業務を効率化でき残業時間を15%削減できたといいます。
■参考:ミラサポplus「社内のコミュニケーション活性化により、業務が効率化が進み、残業時間が減少」
人の森株式会社が運営するフィットネスクラブ「ココカラ本厚木店」では、ジムトレーナー研修による育成担当者の残業時間を70%削減しました。
ココカラ本厚木店では1〜3月のスタッフの入れ替わりが激しく、特にジムトレーナーの育成研修には80時間ほどかかっていたといいます。研修内容は主にトレーニングマシンの使い方やレッスンの進め方など。研修対象者が複数いる場合は、何度も同じ説明を繰り返していましたが、これらを動画に置き換えることで研修時間を削減できました。加えて、研修時間も2カ月から1カ月に短縮するといった動きが進められているそうです。
育成担当者の負担を減らすことで業務の生産性が向上し、新しいスタッフを早く一人前に育てるココカラ本厚木店の事例は、人件費削減のリスクを避けたメリットの大きい取り組みです。
■参考:shouin+導入事例「ジムトレーナー研修を動画に置き換えて、育成担当者の残業時間を70%削減!」
採用コストの抑制に成功したのが東京都にあるソウ・エクスペリエンス株式会社です。人材の定着に向けて、社員それぞれの事情や要望を考慮し、「リモートワーク」「副業」「子連れ出勤」「時短勤務」「週4日勤務」など多様な働き方を認めました。その結果、優秀な人材が定着し、採用コストの抑制につながっているといいます。リモートワークは、交通費の削減、家賃の削減効果も期待できますね。
■参考:ミラサポplus「社員の個々の事情に合った働き方ができる環境を整備し、優秀な人材が定着」
給与や福利厚生費など、企業における経費の中で「ヒト」全般に関わる費用全てを指す人件費。人件費の削減は、「総合的な経費カットにつながる」「設備投資・事業投資ができる」「金融機関からの融資が受けやすくなる」といったメリットもありますが、デメリットもあり企業にとってはリスクを伴います。
やむなく人件費削減に手をつけざるを得ない場合は、リストラや賃金カットのみの人件費削減を行わず、業務効率化を行うことで残業代を削減するなど、取り組み方には注意しましょう。またコストカットは、目標やビジョンを従業員と明確に共有し、人件費削減は段階的に進めることが重要です。
企業事例については、当記事でご紹介したもの以外にも厚生労働省のサイトなどにも残業削減を中心に取り上げられています。必要に応じてご覧ください。