OJTは人材育成の手法として、多くの会社で採用されています。配属先で実践形式で行われるOJTですが、「OJTで放置されている」と感じている新人が多いということが、いま問題視されています。
配属先のOJT担当者に事情があるとはいえ、OJTで自分一人で業務を進めることができない状態で新人が放置されていれば、新人のモチベーションが低下するなどが懸念され、組織全体にも悪影響を及ぼす可能性があります。このため、ただちにこの問題を解消する取り組みが必要となります。
今回はOJTで放置が発生してしまう要因や放置を防ぐためのOJTの進め方、コツについて、解説していきます。
OJTとはOn the Job Training の頭文字を取った略称で、新人や部下に対して職務上の先輩や上司が実際の業務を通じて指導し、必要な知識やスキルなどを身に付けさせる育成手法です。
OJTで業務を習得するにあたって、新人が「自分は教えてもらえていない」「放置されている」と感じるケースが多々あるといいます。
新人がOJTで放置されていると感じることが直接的な原因とならなくとも、新人がOJTが効果的に行われていない職場では、せっかく採用した新人が早期離職してしまう可能性があります。
厚生労働省 「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査」によると、人材育成の効果を感じている職場は人材育成の効果がないと感じる企業に比べて離職率が低いことがわかります。
特に「OJTを計画的に実施し、かつその成果をチェックする」という項目について、効果的であった企業は効果がないと回答した企業の離職率を大きく下回っており、実践の場で新人教育を行うことが、新人の離職を抑制するのに有効であるとといえます。
OJTで放置されていると新人が感じている場合には、OJTが効果的に行われてないことから、新人が離職してしまうことに繋がってしまいます。
どんなにやる気を持って配属された新人であっても、職場でのOJTで待機時間が多く、放置された状況が続けば、仕事への意欲やモチベーションが低下してしまいます。またOJTが進んでいない焦りや不安から会社や配属先に対して不満も募ってくるでしょう。この会社での自己成長や将来のキャリアデザインのイメージを描けなくなり、場合によっては離職に至ってしまうこともあります。
新人の離職を防ぐためには、しっかりとOJTを計画し、実施することで効率的に新人に業務を習得してもらうようにしなければなりません。
新人がOJT期間中に、自分はOJTトレーナーから放置されていると感じてしまう用品にはどのようなことがあるのでしょうか。ここでは5つの要因について解説します。
新人が自分は放置されていると感じる要因のひとつには、トレーナーとのコミュニケーションが少ない、または取りにくい状態であることです。
普段からOJTトレーナーとのコミュニケーションの機会が少ないと、忙しそうなトレーナーに新入社員からは声を掛けにくい、質問をするタイミングを探ることが難しいという悩みをよく聞きます。
OJTでトレーナーから教わったことを繰り返し行うことで、新人は業務を習得していきますが、業務を進めながら新たな疑問や質問が生じてきます。質問したい時に質問できず正解を得られないと、新人はいつまでも次の工程に進めず、モヤモヤと悩み続けることになります。このようになると、新人は無力感や不安が募り、放置されていると感じます。
この課題を改善するためには、新人とのコミュニケーションを積極的に取り、新人が自分のことを「見てもらえている」と安心できるようにすると良いでしょう。
トレーナーから定期的に「今大丈夫?」「何か困っていることはない」と声掛けをする、あるいは
日々の報連相のタイミングを決めておき、コミュニケーションを仕組み化するなどは、相互に話しかけやすい関係性を構築するのに有効です。
教育体系が整っていないことも、OJTトレーナーに放置されていると感じる要因となります。新人は次に何をすればよいのかが分からないと、手持無沙汰になり、自分はOJTトレーナーから放っておかれていると感じます。
体系立った研修カリキュラムや教育マニュアルがないと、業務の「全体像」や「目指すゴール」が不明瞭になり、新人は場繋ぎ的な単発の作業依頼を受けることが多くなります。作業の一連の流れに沿って教わっていないため、次の業務を教えてもらうまでの待ち時間が長くなってしまうこともあり、新人は手持無沙汰で不安な気持ちが募ります。
このような状態下では、新人は 言われたとおりに作業を進めるものの、作業の意義や目的を知らされていないため、期待以上の質を超えることはほとんどありません。さらに「今、何のために何をしているのか」も理解できていないため、修正すべき点も気が付くことがありません。
このような懸念を解消するためには、新人育成の体系や教育プログラムの整備が不可欠であるといえます。
マニュアルがない、整備されてないことも、新人を不安にさせ、放置されていると感じさせる要因となります。
業務がマニュアル化されていないと、不明点を自ら確認し、解決することができません。マニュアル化されてない業務が多い職場では、業務に対する新入社員の理解が追い付かず、習得までに時間がかかるでしょう。
また、質問したい場合、ある程度の概要がつかめていなければ、どのように質問すればトレーナーに疑問点が伝わるのかがわからない、ということがあります。「何がわからなくてつまづいているのか整理がついていないため、助けを求めることができない」という状態を引き起こす恐れがあります。
このように、新人が疑問を言語化できないために質問できずにいる状態をそのままにしておくと、先に教育過程が進んでいくにつれて取り残されている、放置されていると感じやすくなります。これが積み重なっていくと、業務に対する自信を徐々に失わせ、劣等感を生みやすくする要因となってしまいます。
求められている人材像が認識できていないことも、自分が放置されていると感じる要因となります。自分に期待される仕事完遂レベルが見えない、そもそも自分は求められていないのではないかと感じると、新人は孤独感を持ち、放置されていると感じやすくなります。
このような場合、OJTトレーナーと1対1でのフィードバックを行うことによって、新人は自分に求められている人材像を認識するきっかけを得ることができます。トレーナーからのフィードバックを通して、企業が目指す姿や企業が持つ価値観を知ることができ、そのなかでチームの目指すもの、チーム内での自分の役割を認識することができます。
人事評価において「なにが評価されたのか」を部下にフィードバックすることは「会社が期待していること」を伝えることと同じです。このようにフィードバックは、企業の目標や自分の仕事への理解を深め、意義や価値を見出すことに繋がる、新人にとって大切な機会です。
OJTを通して経験する業務において達成感が感じられないことも、新人がOJTで放置されていると感じる要因となります。
自分の行った業務が認められ、承認されると、達成までの道のりが見えてくるのですが、自分の行動に対して承認されないと、自分は見てもらえていないと感じてしまいます。また、自信が持てず、前向きに頑張ろうという気持ちが芽生えにくくなることが懸念されます。
このような場合にもフィードバックが効果的です。
「OJT完全マニュアル」によると、新人の成長を促す効果的なフィードバックには、「聴ききる」「承認する」「課題を問いかける」「アドバイスする」の4つの原則があるといいます。そしてこの原則にあるように新人は業務が出来たかどうかではなく、行動してきたプロセスを「承認される」ことで自信をつけることができるとあります。
承認されることで、新人は目の前の業務に対して「自分でもやれる」という前向きに取り組もうとする気持ちが生まれてきます。
フィードバックを通して、問題を解決したり、目標を達成するまでの道筋がはっきりしてくると、これまでは「できないかも」と思っていた業務についてもチャレンジしようと前向きに捉えられるようになります。
ここまでは新人の目線でみたOJT教育の課題を見てきました。ここではOJT教育の担当者の立場から、OJTにおいて新人を放置してしまうのはなぜかについて解説します。
OJTトレーナーがOJTに割く時間がないことも要因のひとつです。
厚生労働省「令和4年度 能力開発基本調査」によると、人材育成に関して課題があると回答した事業所は全体の8割にのぼっています。
人材育成に関して課題・問題点の内訳は、「指導する人材が不足している」(58.5%)が最も高く、「人材を育成しても辞めてしまう」(50.8%)、「人材育成を行う時間がない」(45.3%)と続いています。
OJTを担当するトレーナー側からみると、自分の業務と並行してOJTを行うことから、新人教育に割く時間が十分に持てないことが悩みとなります。
またOJT担当者の業務負担が大きくなるため、新人教育に対してモチベーションを失ってしまうこともあります。
このようにトレーナーに育成の負荷が集中している場合には、組織全体で新人育成に関わっていくようにすることが大切です。例えばトレーナーの業務量を見直す、新人育成はチームで行うという意識改革も必要となります。
引用:厚生労働省「令和4年度 能力開発基本調査」
OJTによる新人育成のなかで、トレーナーが新人を放置してしまう要因として「人材育成の方法がわからない」という課題も見られています。OJT体制が整っていないと、教える側のトレーナーは負荷が大きくなり、教えられる側の新入社員は放置されやすくなります。
前述の厚生労働省の調査結果にも、正しいOJTの進め方、人材育成方法が分からないということが課題として表れています。
OJT体制が整っているとは、例として以下のような状態を指します。
OJTにおいてはトレーナーの育成能力のレベルによって、教育にバラつきが生じてしまうことにつながります。育成の均一化を図るためにも、企業はOJT体制の整備に取り組んでいく必要があります。
OJTにおけるトレーナーに育成に必要なスキルが乏しい場合にも、新人の放置につながる恐れがあります。OJTで新人の放置を防ぐための取り組みとして、トレーナーに対する教育方法を確立するということが重要です。
新人教育のノウハウが蓄積されていない、トレーナーの育成機会やサポート体制がないと、新人へのOJTも現場に任せきりになってしまいます。
業務遂行の能力は高くて優秀だとしても、トレーナーとしての指導力が不足しているというケースもあります。この場合は、社内でのOJT研修を実施する、外部研修を積極的に活用するなどの対策をとり、OJT担当者に新入社員指導のコツや心得を身に付ける機会を与えることは効果的です。
また、新人指導のマニュアルを整備することで、全社的にOJTの質を均一化させることが可能となります。
新人を放置しないOJTを進めるためにはどのような方法があるのでしょうか。ここでは正しいOJTの進め方として3つご紹介します。
放置を引き起こさない、正しいOJTの進め方の1つめは、OJTの目的を明確にして、OJTの実施スケジュールを立てることです。
OJTの目的を明確にしておくことは非常に大切です。はじめにOJTを通してどういうゴールを目指すかを定義してから、目的に則した実施計画を立案していきます。
定義した目的や実施計画書は、OJT担当者だけではなく全社で共有する必要があります。OJT計画は予め新入社員にも説明します。育成教育を受ける新人自身が今、目指す目標に対してどの段階まで進んでいるのか、また、今習得している業務が何のために必要なのかを理解していると、与えられた業務の意義が理解できるようになります。業務に対する取り組み姿勢も真剣さが増していくでしょう。
業務ひとつひとつを細分化して、作業手順書、マニュアルを準備しておくことも新人育成には不可欠です。
OJT期間中において、1on1の面談やフィードバックを行うなどフォローアップの体制を準備しておくことも、新人を放置することを回避することができます。
厚生労働省の労働白書によると、フィードバックの頻度と働きやすさには関係性があるとしています。フィードバックが日々行われる職場では働きやすいと感じる人がもっとも多く、働きにくいと感じる人が少ないことがわかります。
上司からのフィードバックの効果と働きやすさの関係をみると、今後の行動に関するアドバイスや、行動した内容の重要性や意義についての説明などが働きやすさへつながっていることが見て取れます。
このことからも、適切なタイミングで行われるなフィードバックを行うことが、新人が期待されている従業員像を上司と共有し、成長していくためのアドバイスを受けることができます。このため面談、フィードバックの実施によって、新人の働きやすさが向上する可能性が示されています。
引用:厚生労働省『令和元年版労働経済の分析-人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-』
OJTトレーナーが新人を放置してしまう要因のひとつに、今の新人との世代間のギャップがあります。トレーナーや上司と新人の間では仕事に対する価値観が異なる傾向があり、どのように新人に接すればよいか迷うという意見が挙げられています。
2019年の公益財団法人日本生産性本部『平成 31 年度新入社員「働くことの意識」調査の概要』によると、今の新入社員の「働く目的」は、「楽しい生活をしたい」が最も多かった(昨年度41.1%→今年度39.6%)。
また「生活の価値観」については「他人にはどう思われようとも、自分らしく生きたい」という質問にYESと答えた人が84.5%で一位でした。
このような新入社員の傾向を知ったうえで、新人育成を行う心構えの一つ目は、個性を尊重することです。
指導する新入社員一人ひとりと向き合い、それぞれの特徴を把握することが大切です。 具体的には、コミュニケーションをとるなかで新入社員の話を聞くことです。新入社員が何を目標に掲げて入社してきたか、どのような働き方を求めているのか、何を大事にしているのかを話してもらいます。一人ひとりに向けてどう教えるか、どう伝えるか、個性に合わせましょう。
OJTトレーナーが忙しい業務時間のなかでOJT教育を進めていくためにはどのようにすればよいのでしょうか。ここではOJT教育を効率よく進めるポイントを4つ取り上げます。
OJT担当者が忙しい中でもOJT教育を進めていくポイントのひとつとして、マニュアルを整備しておくことが挙げられます。
マニュアル、手順書があれば、新人がひとりで作業する際にも、作業内容を確認しながら進めていくことができます。マニュアルには、作業の工程や順番、進め方・やり方が統一されて記載されているため、OJTトレーナーが不在の場合でも、新人が一人でマニュアルに沿った手順を踏むことで、一定の品質を保ちながら業務を行えます。
このようにマニュアルが整備されていることで、OJT担当者が直接指導しなくとも、新人が自発的に業務を習得することができます。OJT担当者が手が離せない場合や不在の時にも、新人は放置されていると感じることを避けることができます。
ツールやシステムを導入することで、効率良くOJTを進めることができます。
SNSが浸透している背景もあり、今の新人はITツールの活用に普段から慣れ親しんでいます。今の新人世代では必要な情報は動画から得ていく傾向が見られます。
今の新人の特徴から、企業の人材育成や研修にはITツールの活用が適しているといえます。一堂に会して紙ベースのテキストを配布して行う集合研修のスタイルは合わないのかもしれません。
育成や教育に適したツールを導入し、ツール内で習熟度を測るチェックテストを行えるようにしておくと、OJT担当者が外出している時間など新人の手が空いた時間を自己学習に当てることができます。業務習得のために自分のやるべきことが自分一人で進められる状況であれば、たとえOJT担当者が傍についていなくとも、新人は放置されているとは感じないでしょう。
メンター制度とは、新人研修を行っているトレーナーとは別に、知識や経験の豊かな先輩社員をメンターとして設置し、新入社員(メンティ)の間で原則として1対1の関係を築いていき、キャリア形成上の課題や悩みについてのサポートを行っていく制度です。
配属先で直接業務を指導するOJTトレーナーとは立場が違うメンターがメンタル面のサポートなど行っていくことで、新人へのサポートを充実させるとともに、OJTトレーナーに集中する新人育成の負荷を分散させることが可能になります。
新人研修において、定期的なフォローアップを行うことは必須と考えておきましょう。
部署に配属されOJT研修に入ってから3か月、6か月後などサイクルを予め定めて、新人のフォローアップとしての面談を実施します。
このフォローアップ面談は、主に人事担当者にて行います。面談を行うのがOJT担当者であると、配属先での人間関係の悩みを打ち明けることが難しいためです。
またOJT担当者以外の人が新人の聴き取りを行うことで、OJT担当者にかかる新人育成の負担を軽減することが期待できます。
人材は企業にとっての大切な資源であり、新人の育成は企業の発展にとって不可欠なものです。
人は育った環境や時代背景によって考え方や価値観が変わるものです。今の新入社員の特徴を理解して、新人に目線を合わせて指導することで効果的に育成できるようになります。
新人を大事に育てたいと思っていても、OJT担当者が常に新人の一挙手一投足を見守っていくことはできません。企業は新人が効率よく業務を習得できるようにOJTの仕組みを整備することで、「放置されている」と新人が感じることを回避できます。
新入社員が主体的に動くような育成計画を立てて、実践しましょう。デジタルを活用したツールやシステムを取り入れて、新人が自ら学ぶことができるような研修体系を構築することも検討すると良いでしょう。