新人研修の一環として行われる「On-the-Job Training」、通称OJT(以下OJT)。業務に必要な知識・スキルを身につけるのに欠かせない研修手法のひとつですが、OJTがうまくいかず悩む企業が後を絶ちません。
OJTを進めるにあたって、様々な問題点が浮かび上がることもしばしば。本記事では、OJTによくある問題点や課題とその解決策について解説していますので、研修や教育担当者の方はぜひお役立てください。
OJTとは、業務経験を通じて知識やスキルを身につける研修手法のこと。業務から離れて教育する「Off-the-Job Training(Off-JT)」とは対照的に、実際に業務に取り組みながら学習する方法です。
業務を遂行するのに必要な知識やスキルは、見るだけ/聞くだけでは習得しきれないもの。「知識」と「実際に行う業務」が結びついていないと、学習者は行動できません。
また、自ら失敗を経験しないと学べないことも数多くあります。そのため、OJTは人材育成において重要なのです。
OJTは、主に新入社員に向けて行われますが、人事異動で業務内容が変わった社員に対して実施される場合もあります。
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「指導できる従業員がいない」「なかなか教える時間を確保できない」「学ぶことが多くて覚えきれない」など、OJTにはさまざまな問題があります。現在行っているOJTを改善するため、そして今後の対策のため、どのような課題があるのか把握しておきましょう。
よくあるOJT課題を、受ける側、教える側、企業・組織の順に解説していきます。
研修者(受ける側)のOJT課題としては、必要な知識・スキルを十分に身につけられないことが挙げられます。具体的には以下の4点です。詳しく見ていきましょう。
OJTは、事前にOff-JTなどで知識を身につけてから行うのが一般的。しかし、知識を十分に習得していないままOJTに進んでしまい、失敗するケースが少なくありません。
覚えるべき知識・スキルの量や難易度に対し、インプットの期間が短いと、知識・スキル不足になりやすいです。また、研修者が内容を理解した”つもり”になっていて、きちんと理解できていないパターンもあります。
インプットできていないまま実践すると、何をどうすれば良いのかわからず、戸惑ってしまうもの。実力を発揮して学ぶ、というOJTの効果を得ることができず、成長スピードが遅れてしまうのです。
OJTにて学ぶべきことは、数多くあります。そのうえ、新しいことや知らないことが次々と起こるため、覚えた知識を忘れてしまいやすいです。
知識が定着していない状態で研修を終えると、業務でミスを起こしやすくなります。一人前に業務を遂行できず、再び教え直す・学び直す手間がかかってしまいます。研修者とトレーナー、双方の負担が増えてしまうのです。
その原因としては、OJTで学んだことを整理したり、復習したりする時間を確保できていないことが挙げられます。また、事前のインプットが不十分で、知識を覚えきれていない可能性も考えられるでしょう。
人材育成において、育成対象者のモチベーションは重要。
ところが、すべての社員のモチベーションが高いとは限りません。もともと仕事に対するモチベーションが低い人もいますし、希望していない人事異動により、やる気が低下している人もいます。また、研修についていけず自信を失っている場合もあります。
OJTに対するモチベーションが低いと、研修効果が下がり、成長スピードが落ちます。加えて、自身の成長を実感できないことから、離職につながる恐れもあります。
OJTでは指導者がつくとはいえ、四六時中つきっきりなわけではありません。研修者が1人で作業するシーンもあり、当然、疑問点や不明点が出てくるものです。
その際、質問するのを躊躇い、わからないまま放置してしまうことが多々あります。「質問するタイミングがわからない」「無知・無能だと思われるのが怖い」などといった理由で、相談を避けてしまうのです。このようなケースは、研修者が相談しやすい環境が整っていないことが、原因として考えられます。
また、研修者が疑問点・不明点を自覚していない場合もあります。「何がわからないのかわからない」といった状態です。この場合は、OJTでの学習内容を整理できていないこと、振り返りができていないことが原因と考えられます。
不明点を解決せず、そのまま研修を終えてしまうと、業務でミスが増える可能性があります。また「なぜ質問しなかったのか」「質問させてくれなかった」と、指導者と研修者の間でトラブルが生じる恐れもあるでしょう。
OJTでは、トレーナー(教える側)も数多くの課題を抱えています。主な問題点は以下の4つです。内容を見ていきましょう。
OJTには、研修者1人1人に合わせて指導できるというメリットがある一方で、教え方がバラつきやすいというデメリットがあります。1人の講師が複数人に向けて行う集合研修と違って、教える内容や注意点、業務のコツ、教える順番、質などが指導者によって変わりやすいのです。
教え方が統一されていないと、社員の成長に差が生じます。成長が遅い社員は、自信喪失に陥る恐れもあります。
また、複数のトレーナーが1人の教育を担当する場合、担当者によって教え方が変わると、研修者は戸惑ってしまいます。誰の意見を聞けば良いのかわからず、学習意欲が低下する可能性も考えられるでしょう。
教育担当者が1日中OJTのみを行うことは、ほとんどありません。通常業務をこなしつつ教育指導を行うことが多いため、時間配分に苦戦しがちです。
例えば、OJTに時間をかけすぎると、通常業務が後回しになってしまいます。かといって、OJTの優先度を下げると、教育が疎かになってしまいます。
通常業務とOJTの両立が上手くいかない理由には、教育体制が整っていないことが挙げられます。職場全体で教育に取り組むシステムがないために、周囲の協力を得られず、担当者の負担が大きくなってしまうのです。
また、OJTもしくは通常業務の効率が悪い可能性も考えられるでしょう。
トレーナーのなかには「OJTでの教え方がわからない」と悩む人も多いです。新人の頃の記憶を頼りに手探りで教えて、失敗するケースが少なくありません。
マニュアルなどで流れは把握できていても、わかりやすい伝え方や臨機応変な指導方法などは、スキルがないとできないものです。さらに、効果的かつ効率的なOJTを実現するには、コーチングスキルやコミュニケーションスキルも必要です。
特に、人手不足の職場では、若手社員が後輩の指導を担当することも珍しくありません。指導者としての育成ができていないままOJTを任せることとなるため、失敗しやすいのです。
OJTで教える項目が多いと、教え漏れが発生しやすくなります。教え漏れがあると、研修後に業務が滞ったり、ミスが増えたりする可能性があります。「うっかり忘れていた」ことが原因で、大きなトラブルを引き起こす恐れがあるのです。
教え漏れが発生する原因には、教育内容が整理できていないことが挙げられます。また、進捗の管理不足や、スケジュール管理不足なども理由として考えられるでしょう。
研修者やトレーナーが抱えている課題の多くは、企業・組織の課題が関係しています。企業・組織の問題点を解決すれば、研修者・トレーナーの課題もまとめて解決できることがあるのです。
では、企業・組織にはどのようなOJT課題があるのでしょうか。以下の4点について見ていきましょう。
人材育成には、少なからずコストがかかるものです。例えば、OJTはトレーナーの労働時間を必要とします。また、教材を作成したり、育成管理システムを利用したりするのにも費用がかかります。
これらが不足していると、教育を充実させることができません。OJTが非効率的になり、教育者の負担も増えます。
人材育成にコストを割く余裕が企業にない場合もありますが、トップが人材育成を重視していないことが原因という可能性も考えられます。教育に必要なコストについて、経営陣の理解を得られていないと、予算が低くなりやすいでしょう。
集合研修やeラーニングと同様、OJTにも教材・マニュアルが必要です。教材はOJT中での知識の定着に、マニュアルはトレーナーの教え方のバラツキ防止に効果的です。
これらが揃っていないと、研修効果が薄れてしまいます。そのほか「研修者の成長に差が出る」「教え漏れが発生する」など、研修者・トレーナーにかかわる問題が発生することもあるでしょう。
人材育成にかける時間と費用に余裕がない場合、教材やマニュアルを充実させるのは難しいと考えられます。
「新入社員を採用できても、教えられる人がいない」という悩みもよく聞きます。
OJTは、集合研修のように短期間で講師を招くことができません。そのため、指導者不足に陥りやすいです。単に人手不足ということもありますが、指導者の育成が上手くいっていないケースもあります。
その原因には、教育体制が整っていないことが挙げられます。指導者の育成には時間がかかるため、育成システムをきちんと整備していない限り、人材確保は難しいでしょう。
OJTが上手くいかないとき、教育が仕組み化されていないことが原因の可能性も考えられます。
例えば、昔からの指導方法が浸透している職場では、人材育成が仕組み化されていない可能性が高いです。先輩が後輩を指導する文化はあるものの、明確なルールや基準が設けられていない状態です。
また、「リモートワーク導入後も、従来のOJTのやり方を続けている」というパターンも、失敗に陥りやすいです。適切な教育システムが構築されていないと、「トレーナーをサポートできない」「OJTがスケジュール通りに進まない」などといった問題が発生します。
多忙な職場こそ、仕組み化して教育を効率化させる必要があります。しかし、忙しいからこそ、システムを構築する時間を確保しにくいともいえます。
OJTの課題を解決するには、どうすれば良いのでしょうか。さまざまな方法が挙げられますが、ここでは例として5つの解決策をご紹介します。
効率よく、かつ効果的なOJTを実現するには、マニュアル作成がおすすめです。OJTのマニュアルには研修者用とトレーナー用があり、両方用意するのが理想的です。
研修者用マニュアルを作成するのには、以下のようなメリットがあります。
研修者用のマニュアルがあると、社員は自分のペースで繰り返し学習することができます。OJTと、マニュアルでの復習を繰り返すことにより、知識の定着を促進できるでしょう。
また、トレーナー用マニュアルの作成には、例として以下のようなメリットがあります。
教え方の手順や判断基準などの指標を設けることで、トレーナーが悩む時間を短縮できます。OJTの効率化に役立つため、作成にコストがかかるとはいえ投資する価値はあるでしょう。
OJTを計画的に実行し、着実な成長へとつなげるためには、進捗の把握が欠かせません。そして、進捗把握には、定期ミーティングの実施が効果的です。
定期ミーティングの実施には、以下のようなメリットがあります。
さらに、ミーティングは質疑応答タイムに活用することもできます。「質問のタイミングがつかめない」という研修者の悩み解消につながるでしょう。
OJTは基本的に1対1で行うため、教育者の指導スキルが研修者の成長に強く影響します。よって、教育者の育成も重要です。
教育者を育てる際は、主に以下のような内容を教育すると良いでしょう。
指導者育成に向けた研修を実施する際は、事例を挙げて具体的に解説するのがポイントです。「こんなときはどうする?」と、トレーナーによくある悩みを取り上げ、解決策についてディスカッションすることで、問題解決能力を鍛えられるでしょう。
指導時間不足の解消には、ツールの活用がおすすめです。例として、以下のような活用方法があります。
デジタルツールの活用は、OJTの効率化や習得度の向上、教え漏れ・ダブりの防止に効果的です。自社が抱えている問題点に合わせて、解決に役立つ機能が備わったツールを選びましょう。
教育制度・体制は、OJTおよび人材育成の基礎となるもの。OJTを成功させるには、組織全体の環境を整える必要があります。
教育制度・体制の見直しを行う際は、例として以下のポイントを意識すると良いでしょう。
教育制度・体制の見直しにより、必要なコストが明確になれば、予算の提案にも納得してもらいやすくなります。企業全体の協力を得るため、改めて見直しと提案を行いましょう。
OJTには乗り超えるべき課題が多数ありますが、解消すれば、企業にとっても社員にとってもメリットの大きい研修手法です。具体的にどのようなメリットがあるのか、以下の4点について見ていきましょう。
OJTは、業務に直接活かせる知識・スキルが身につく研修手法。複雑な業務や注意点の多い作業も、実際に体験することで、理解できるようになります。
また、「挑戦」「失敗」「学習」を繰り返すことにより、行動力や対応力も身につきます。一人前に業務を遂行できる社員を、スピーディーに育てられるのです。
即戦力となる社員を確保でき、結果的に人手不足・人材不足の解消につながるでしょう。
人に教えることは、自身の成長につながるもの。つまりOJTには、教える側の社員の成長も期待できるといえます。
作業中に意識すべきことや注意点を、改めて人に伝えることで、業務への理解が深まります。「研修者にわかりやすく伝えよう」と考えて行動することによる、コミュニケーションスキルの向上も見込めるでしょう。また、教育者という視点で業務を見つめることで、新たな気づきを得る可能性もあります。
そもそも、人に指導するという経験自体、教育スキルの向上につながります。「教育スキルが高い社員」を増やせるのは、企業にとっての大きなメリットといえるでしょう。
職場の人間関係の構築には、コミュニケーションが欠かせません。OJTは、指導を通して必然的に会話が増えます。つまり、OJTは人間関係を構築するチャンスとなるのです。
ミーティングを活用し、研修者のサポートに成功すれば、教育者への信頼度も高まります。その先には、職場のチームワーク力向上、企業に対するエンゲージメント向上が期待されるでしょう。
効果的なOJTの実現は、研修者の自信につながります。自分に「できること」が増え、成長を実感することで、仕事に対するモチベーションが上がるのです。
また、OJTを成功させることは、会社の教育体制が整っていることの証明になります。企業への信頼が高まり、社員のエンゲージメントが上がるでしょう。最終的には、離職防止、入社希望者の増加と、企業にとっての重要な利点となります。
多くの課題があるなか、OJTの課題を克服した企業も存在します。具体的にどのようなことを行っているのか、ここで3つの事例を見ていきましょう。問題点の解決に悩んでいる方は、ぜひ参考にしてみてください。
百貨店業を営む大丸松坂屋百貨店は、新入社員や人事異動があった社員に対し、OJTを行っています。社員1人1人に専属のアドバイザーが付く、メンター制度を導入しているのが特徴です。
また、アルバイト社員や派遣社員にも十分な知識が身につくよう、事前学習としてeラーニングを活用。接客の心構えや、店頭で発生する業務の知識などを学習してもらうことで、スムーズなOJTの遂行につなげています。
店舗型ビジネスを展開する企業など、社員が多い場合は、OJTに時間がかかってしまうものです。そのようなときは、場所や時間に縛られることなく知識を習得できる、eラーニングが有効です。「大丸松坂屋百貨店」の事例のように、非正規雇用社員へのOJTも効率化できるでしょう。
■参考
大丸松坂屋百貨店「採用情報」
お取引様と共に成長する取り組み|J. FRONT RETAILING
ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」をはじめとするサービスやアプリの企画、運営などを行う株式会社ZOZO。当社では、アルバイト社員にも入社後半年間メンターがつき、仕事の進め方や成果の上げ方などをOJTで教えています。
当社の特徴は、フルリモートでもOJTを実現させている点です。メンターと新人で細かくコミュニケーションを取り、「メンターに何でも質問・相談できる」環境をつくっています。研修者は、誰に何を聞けば良いかわかるため、安心して知識・スキルを身につけることができます。
リモートでのコミュニケーションには、ワークスペースアプリを活用しているとのこと。すぐ近くにいるような感覚で会話できるアプリを使い、必要に応じて通話することで、研修者が質問しやすい環境を構築しています。
また、社内では1on1ミーティングのやり方を学べる研修を実施。指導者を育てる教育体制が完備されていることも、OJTの成功につながっているようです。
■参考
入社初日から学びを最大化する、ZOZO式メンター制度の活用方法|ZOZO DEVELOPERS BLOG
レジャー施設「ラウンドワン」を全国に展開する株式会社ラウンドワン。当社は、新人研修の一環としてOJTを実施しています。
当社の取り組みとして特徴的なのは、入社後3カ月以内に行われる「フォローアップ研修」です。そこでは、配属先のOJTで発生した悩みを解消するための話し合いが行われます。研修担当者からのアドバイスだけでなく、参加者同士のディスカッションも実施することで、幅広い悩みの解消につなげているそうです。
また当社では、OJTで習得すべき内容やポイントなどが記載された、独自の「ベーシックオペレーションチェックシート」を活用。研修者が記入する項目も設けられており、アウトプットによる知識の定着を促しています。
さらに、こちらのチェックシートは、アルバイトスタッフへの指導力が身につくよう設計されています。社員へのOJTと、アルバイト指導者の育成を同時に実現している事例です。
■参考
人材育成とキャリアプラン|【ラウンドワン】採用情報 -ROUND1
OJTの課題をクリアしたからといって、今後問題が起きないとは限りません。時代が変化すれば人材育成の形は変わりますし、社員の入れ替わりによって新たな問題が発生する可能性もあるからです。
OJTの成功率を少しでも上げるためには、そのときの状況と課題を見極めることが大切。冷静に対処できるよう、研修者とトレーナーへのヒヤリングと観察を怠らないようにしましょう。