ピグマリオン効果は、他者からの期待を受けることで勉強や仕事のパフォーマンスが向上するという心理効果で、さまざまな企業で部下の育成に活用されています。適切なタイミングで期待していることを伝え、コミュニケーションを取りながら褒めて育てることで、部下のモチベーションを高め、パフォーマンスが向上することが期待できます。
ただし、ただ褒めたり激励するだけでは効果は不十分で、場合によっては逆効果になってしまうこともあります。
本記事では、ピグマリオン効果の定義や意味、ピグマリオン効果をマネジメントや人材育成に取り入れる方法などについて解説していきます。
ピグマリオン効果とは「教師の期待によって生徒の成績が向上する」という効果を指しています。ピグマリオン効果は、もともと学校教育研究の分野で使用されてきた言葉で、アメリカの心理学者であるロバート・ローゼンタールが提唱したものです。ローゼンタールは自身の研究によって、教師が生徒に対して成長を期待すると、それが生徒に伝わり学業の成績が高くなることを証明しました。
人は誰しも承認欲求があり、無意識に他者から「認められたい」と思っています。他人から期待されていると感じるとやる気が湧いてきて、成果を上げやすくなるのです。
今では学校などの教育現場だけでなく、家庭内で親が子に成長を期待すると子供の成長が促進される例や、上司が部下に期待をかけると部下の自己効力感やモチベーションが高まり、業績が向上する例が示されており、特にビジネスで部下の育成やマネジメントなど人材育成分野において積極的に活用されるようになりました。
ピグマリオン効果が初めて確認されたのは、「ネズミを使った迷路実験」だといわれています。
つまり、ピグマリオン効果によって、教師が期待している通りに生徒たちの「意思決定が行われた」ということが示されたのです。
ローゼンタールが1964年にサンフランシスコの小学校で実施した「ハーバード式突発性学習能力予測テスト」と名付けた知能テストの実施があります。
そもそもAクラスとBクラスの生徒に成績に優劣はなかったのにも関わらず、担任が期待をかけたことで、Aクラスの生徒のパフォーマンスは向上し、期待をかけられなかったBクラスの生徒との差が生じたという結果が見られました。
ピグマリオン効果と関連する心理学の行動にはゴーレム効果、ホーソン効果、ハロー効果があります。ここではピグマリオン効果との違いについて説明します。
ピグマリオン効果と反対の効果として、「ゴーレム効果」というものがあります。
ピグマリオン効果が、相手に対して期待をするとその期待通りの成果をもたらすという心理効果であるのに対し、「ゴーレム効果」は相手に対して期待できない、見込みがないと思っていると、本当にその通りの悪い結果になってしまうという効果のことです。
ゴーレム効果の例として、教師が生徒のことを善良ではない生徒だと思って接していると、本当にその生徒の成績が下がることがある、といったことが生じるといいます。マイナスの意識がマイナスの結果を招いてしまうのです。
「ホーソン効果」とは、注目を浴びることでその期待に応えたいという心理が働き、成果や成績が向上するといった効果です。アメリカのウェスタン・エレクトリック社で行われた実験では、生産性の向上をもたらすのはもたらすのは労働条件や経済的な条件よりも、「注目を集めている」という意識による、という結果が出ています。
ピグマリオン効果との違いは、ホーソン効果は人の「期待」に限らず、「注目を浴びている」「関心を集めている」という意識によって動機付けされる点で、承認欲求がパフォーマンスに影響することが示されます。
また、ホーソン効果は「第三者」から、ピグマリオン効果は「目上の人」からの働きかけによってもたらされるという違いがあります。
ピグマリオン効果と類似する用語である「ハロー効果」とは、一部に対する評価を総合的な評価と錯覚して全体に対する評価が歪んでしまう心理効果のことです。「認知バイアス」と呼ばれることもあります。
ハロー効果の例として、見た目の印象がよいと「全体の能力が高いようにみえる」「性格もセンスもいいだろう」と思い込み、錯覚を起こす現象があります。「見た目が良い」という一部の評価を拡張して、他の部分の評価・認識してしまうのです。
ピグマリオン効果との違いは、ハロー効果は上長など評価する人の認識が歪むという現象なのに対して、ピグマリオン効果は上長の認識が、部下の行動や成果に影響を与えるという点です。
ピグマリオン効果を人材育成や教育現場で活用したい場合、どのような場面で効果的に活用できるのでしょうか。ここでは4つの具体例を紹介します。
ピグマリオン効果はもともと教育現場で活用されている心理効果のため、子育てや学校教育の場において活用できます。例えばローゼンタールが実施した心理実験のように、こどもの学力向上に効果を得られる可能性が高いといえます。
ただし、褒め方には注意が必要です。子どもの才能を伸ばすほめ方として重要なことは、良い点数を取った「結果」を褒めるのではなく、その「努力の過程」を褒めることです。結果だけをほめてしまうと、点数が悪かったときにはひどく落ち込み、やる気を失ってしまう可能性があります。テストでいい点数が取れた時に「毎日コツコツ勉強したからだね」と、努力したという過程を褒めることで、努力すること自体に価値や喜びを見出すようになります。
また、親や大人の期待通りにいかないからといって叱りつけたり、過度な期待や理想を押し付けたりすると、むしろ逆効果になってしまうので、注意が必要です。こどもの教育は焦らずに、粘り強く見守るようにしましょう。
ピグマリオン効果は、相手のモチベーション向上を促すときだけでなく、自分自身のやる気、モチベーション維持にも活用することができます。
「自分ならできる」というようなポジティブな言葉を発したり、達成したい目標を書きだしておいて頻繁に目にすることによって、ピグマリオン効果が働き、目標への達成意欲を高めることができます。
この際に大切なのは、無理な目標を掲げるのではなく、頑張れば達成できるものを設定することです。自ら、小さな挑戦を繰り返したりすることで、自分の持つ可能性をポジティブに捉えられるようになります。自分の可能性をポジティブに捉えることを継続し、習慣化すれば、ピグマリオン効果が働いて、目標達成や成果を高めようとモチベーションを維持、向上できるでしょう。
部下に対するマネジメントにおいて、ピグマリオン効果を活用できます。上司が部下や後輩と接するときに、期待していることを伝えるように意識することが大切です。
具体的にどのように期待しているのかを表現をすることで、部下や後輩に「自分はさらに良い成果を出すことができる」と意識を向けさせることができます。期待されていると感じた部下は、上司の期待に応えようとして、自分自身で考え、行動を起こすようになります。
さらに起こした行動について、上司への報告、連絡、相談の機会が増えて、コミュニケーションが密になります。これによって上司はさらに部下を気にかけるようになる、という良い連鎖を生み出し、部下の成果や能力の向上も期待できます。
新入社員向けのOJTにおいて、先輩社員が新入社員の成長に期待して接するようにすると、それを受けて新入社員は先輩や育成指導者の期待に応えたいと努力し、作業スピードが向上することが期待できます。
すると、先輩社員と後輩社員のコミュニケーションの機会が増えて、新入社員の考えや能力を把握することができるようになります。
これによって先輩社員にとっても教育能力も向上することにつながり、将来、管理職に求められる指導力を身につけることができるというメリットも生まれます。
従企業の人材育成において、ピグマリオン効果を活用する方法にはどのようなものがあるのでしょうか。
人材育成でピグマリオン効果を発揮させていくには、上司やリーダーが部下やメンバーに対して高い期待を持つことが重要です。
上司が部下の能力や成果に対して高い期待を持って接し、それを分かりやすく適切に伝えることで、部下は自分のやってきた仕事や能力に自信を持ち、上司からかけられた期待に応えようと、やる気を持って業務に臨むようになります。このように上司が期待を持ち、それを伝えることが部下のモチベーションを引き出し、結果としてチームの成果を向上させることが可能となります。
リーダーが部下に対して適切なフィードバックを与えることもピグマリオン効果を活用する方法として重要です。
ポジティブな肯定的なフィードバックを受けた従業員は、認められていると感じ、自己肯定感や自信を高め、いっそう前向きになり、良いパフォーマンスを発揮する可能性があります。逆に、ネガティブなフィードバックを受けた場合は、自信や自己肯定感を失い、モチベーションが低下してしまい、パフォーマンスに影響を与えることも考えられます。肯定的なフィードバックや具体的な改善点を的確に伝えることで、部下は自己評価の向上や成長への意欲を高めます。
上司のポジティブなフィードバックが部下の能力向上や成果につながることを理解した上で、定期的にフィードバックの機会を設けることが大切です。
上司と部下の コミュニケーションがうまく取れていることもピグマリオン効果を引き出すために欠かすことができない要素です。上司は部下とのコミュニケーションの機会を増やし密にすることで、彼らの考えや関心、能力を理解し、はじめて仕事の適切な割り当てやサポートができるようになります。
また、部下にとって難易度の高い課題に取り組む際に、上司が適時に適切なアドバイスを声がけできることで、部下の不安を軽減させて、モチベーションを高め、成果を引き寄せることができるでしょう。
ピグマリオン効果を高めたいのであれば、部下に対する裁量権も与えるようにしましょう。なぜなら、上司からの指示ばかりになってしまうと、モチベーションが下がってしまうからです。
業務をスムーズに進めるために、上司や先輩など経験豊富な立場の人が、細かく指示を与えて成功へと導くことは確かに効果的な進め方です。
しかし、部下に対してあまり細かく口を出してしまうと、指示される側に「自分は信頼されていない」という印象を与えてしまう恐れがあります。
逆に、部下が仕事を自由に進められたら、部下のポテンシャルも引き出しやすくなります。たとえ部下の行動に少し不安な部分や指示を出したいと思う部分が見えたとしても、部下に裁量を与えて任せている、という姿勢を行動で示し、信頼や期待していることを伝えることがピグマリオン効果を十分に発揮するには大切なことです。
ピグマリオン効果を効果的に活用する方法には、上司が部下に達成可能な課題を与えて自信をつけさせることも挙げられます。
はじめに達成可能な小さなハードルをいくつか与えて成功事例を重ねることで部下に自信を持たせ、そのあとに少し難易度が高めの業務に挑戦させるようにするのがポイントです。
はじめから与えられた目標が高過ぎてしまうと、部下は達成までの道筋を描くことができずに不安になったり、目標達成ができなかった際には自信を失ってしまい、いくら上司が「期待している」と伝えても、やる気が失われてしまいます。
高い目標を与えるときには、達成すべき目標までの工程を細分化し、小さい目標を設定するようにしましょう。これによって、部下は自信が持てるようになり自己肯定感やモチベーションが上がることが期待できます。
ピグマリオン効果は人材育成においてよい作用をもたらすことが分かっておりますが、一方ではこの効果には個人差があることや注意点も存在します。ここではピグマリオン効果を活用する際の注意点を3つ挙げます。
育成対象者の個性の違いがピグマリオン効果に影響を与えることがあります。人は個々に異なる能力や性格、背景を持っていますので、同じ期待をかけても皆が同じ結果をもたらすとは限らないのです。
また、環境要因も重要な要素です。生徒の学習環境やビジネスの職場環境、風土・文化などは、ピグマリオン効果に影響を与えることがあります。これらの要素を考慮せずに期待を抱くと、効果が低下する可能性があることに注意が必要です。
過剰な期待や無関心がピグマリオン効果に与える影響にも注意が必要です。過剰な期待は、逆にストレスや不安を引き起こし、パフォーマンスを阻害することがあります。一方、無関心な態度は部下や生徒のモチベーションを低下させ、成果が低くなる可能性があります。適切な期待と関心を持ちながら、個々の能力や状況を理解することが重要です。
また、期待が強すぎる余り、部下が進めていることに細々と指示や要求、命令などの口出しをするケースや、自分の期待通りの結果にならないと、ひどく怒ったり、イラついたりする、というケースが生じることがありますので、指導する側は注意が必要です。
ピグマリオン効果に限らず部下のマネジメントには、相手を認めて褒めることは大切です。ただし、ほめ過ぎることで、相手がこれでいいのだ、この程度で良いのだと現状に満足してしまってはいけません。
部下が現状に満足してしまうと、「期待に十分応えた」と感じてさらに向上しようと行動しなくなってしまいます。
相手にかけた期待が戻ってきたら、次に目指す新たな課題(期待)を提示して、部下が現状に満足してしまわないようにモチベーションをコントロールする必要があります。
ピグマリオン効果は、正しく把握して活用すれば、ビジネスにおける人材育成に効果的に役立てることができます。しかし、ただ期待の言葉をかけたり褒めたり激励するだけでは効果は不十分で、逆効果が見られてしまう場合もあります。
上司がピグマリオン効果の限界と注意点を正しく認識することで、はじめてピグマリオン効果を最大限に引き出すことができます。個人差や環境要因に配慮し、適切な期待と関心を持ちながら、部下の成果を引き出すためにアプローチすることが大切です。
また、部下が成果を出した場合には「人事評価」で正当に認められる必要があります。人事評価の際には、「評価基準が明確」であることや、上司による「評価の偏りやばらつき」がないことが大切です。評価基準が明確で公平であれば、部下の評価に対する納得度が上がり、目標達成に向けたモチベーションが高くなり、パフォーマンスも向上するでしょう。
ピグマリオン効果を効果的に用いて、部下の成長を促進してみると良いでしょう。