将来的に少子高齢化が進み労働人口減少が予測される中、日本の成長力を高めていくためには労働生産性の向上が不可欠です。しかし、日本の生産性の動向をみると、労働生産性の上昇率は1990年代後半以降、徐々に低下しています。
近年では、日本の労働生産性はアメリカの6割程度で、先進国の中では最下位です。日本を経済的な視点から他国と比較する場合は米国やドイツをはじめとする先進主要7カ国(G7)を対象とすることが多いのですが、労働生産性について調べると、先進国G7諸国とは大きな差がついています。一方、労働生産性が同水準の国をみてみると、西欧諸国ではなく東欧諸国と並んでいる状況です。
戦後から財政を立て直し、成長を続け先進国として発展してきた日本ですが、労働生産性が低下しているのはなぜなのでしょうか。今回は、労働生産性とはなにか、諸外国との比較、日本の労働生産性が低い理由、また労働生産性を高めるための方法について解説します。
そもそも、労働生産性とは何でしょうか?
労働生産性とは、「費やした資源に対してどれだけの成果を生み出したか」を表す指標で、「1時間あたりの生産量」または「労働者1人あたりの生産量」を数値化したものです。費やした資源とは労働力、つまり業務に当たる従業員数や時間あたりの労働量を指し、成果は売上や利益、付加価値といった労働によって生まれた成果を指します。
労働生産性を計算式で表すと『成果/費やした労働力=労働生産性』となり、成果が費やした労働力に対して大きくなればなるほど、労働生産性が高いということになります。たとえば同じ人数で、1時間に商品を10個作れる工場と20個作れる工場を比較した場合、後者の方が労働生産性は高いと言えます。
労働生産性を上げることで、少ない人材でより多くの利益を出せたり、従業員のワークライフバランスを実現したりといったメリットが得られます。一方、労働生産性が低下すれば、長時間労働しても思うように利益が得られず、企業の成長を妨げ、従業員は疲労やストレスが増加していく恐れがあります。
労働生産性は労働の効率を測るのに役立つ指標です。しかし、実際には業界によって何をもって成果を指すのかが異なることもあり、労働生産性だけでは正確に効率を把握できないこともあります。
より具体的に労働生産性を見るために、二つの労働生産性の種類に分けることができます。
それが、物的労働生産性と付加価値労働生産性です。
物的労働生産性とは、労働の成果が製品やお金そのものとなっている業務で適用されるものです。具体的には、工場での食品製造や工業製品などの生産、音楽や動画の販売、農作物の生産などです。成果物が形に見えるものですので、労働生産性も分かりやすく表現することができます。
付加価値とは、企業が行った経済活動でどのくらいの利益を得られるかというものです。広告効果など、はっきりと目に見えないものもあるので、物的労働生産性よりも可視化しづらいこともあります。おおまかに表現すると、企業が出す粗利益に近いものだと考えると捉えやすいでしょう。
付加価値は以下の計算で求めることができます。
「付加価値=経常利益+人件費+租税公課+減価償却費+金融費」 |
日本の労働生産性は先進国の中で下位に位置づけられています。国際社会における日本の労働生産性の現状を見ていきましょう。
日本の労働生産性の国際的な位置づけを諸国と比較してみましょう。
公益財団法人 日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2024」によると、日本の労働生産性は諸国の水準よりも低いことが分かります。
日本の時間当たり労働生産性は56.8ドル(5,379円)でOECD加盟38カ国中29位でした。日本の順位は2018年(21位)から2022年(31位)にかけて急激に落ち込んでいましたが、2023年に2ランク上昇しており、順位低下には歯止めがかかっています。実質ベースの労働生産性上昇率をみると、日本(+1.2%)はOECD加盟38カ国中9位、主要先進7カ国でみると米国(+3.1%)に次ぐ上昇率になっています。
日本の一人当たり労働生産性は、92,663ドル(877万円)。OECD加盟38カ国中32位でした。ハンガリー(92,992ドル/880万円)やスロバキア(92,834ドル/879万円)といった東欧諸国とほぼ同水準で、主要先進7カ国の中では最も低くなっています。
左:OECD加盟諸国の一人あたりの労働生産性 右:OECD加盟国の時間当たりの労働生産性
引用:「労働生産性の国際比較2024 サマリー」| 公益財団法人 日本生産性本部
労働生産性は業種によって差があることが分かっています。公益財団法人日本生産性本部が発表した「主要産業の労働生産性水準の推移」によると、労働生産性の高い業種・低い業種は次のとおりです。
不動産業、金融・保険業、電気・ガス・水道業、情報通信業など
飲食・宿泊サービス業、建設業、保険衛生・社会事業など
業種によって労働生産性に差が生じることには次のような理由があります。
事業活動において、労働力を使うよりも設備や機械などの固定資本への依存度が高い資本集約的な業種は労働生産性が高くなります。一方で、人手を必要とする業種では労働生産性が低くなりやすい傾向が見られます。
金融業や不動産業では取引金額が大きく、多額の利益を少人数でも生み出しやすい産業構造ができているといえます。一方、飲食・サービス業など人手を多く要する業種では、労働生産性が低い水準で推移する傾向があります。
企業の規模によっても労働生産性の違いが見られます。
中小企業庁の「中小企業・小規模事業者の労働生産性」で企業規模別に労働生産性を確認すると、一般的に大企業の方が労働生産性は中小企業と比較して高い傾向であることがわかります。ただし企業規模別の労働生産性には、業種によっても差があります。機械化が進んでいる製造業や情報通信業においてははっきりと格差がある一方、多くの人手を必要とする小売業やサービス業においては企業規模間で大きな格差は認められません。
中小企業が日本の企業全体の占める割合は99.7%です。将来的に人口減少が見込まれることを踏まえると、日本経済の継続的な成長を実現するためには、中小企業の労働生産性を高めることが重要です。
国別のGDPで見ると、日本は米国、中国、ドイツに次いで世界の4位にあり、世界の経済をけん引するトップクラスの国であると言えます。しかし、労働生産性での順位はかなり低くなります。これは、日本が他国に比べて業務効率が悪く、無駄な作業が多いことを指しています。
日本の労働生産性が低い原因には、次のようなことが考えられます。
日本の労働時間が長いのは、主に残業時間が長いことが原因の一つに挙げられます。
なぜ残業時間が長くなるかと言うと、業務量が多く定時に仕事が終わらない、いうことではなく、「みんなが残業をしているから」という環境や習慣に起因しています。あるいは「長時間働き続ける人は会社のために頑張っている、勤勉だ」と評価されるような風潮が根強く残っていることも労働時間を長くする要因と考えられています。
働き方改革が推進され、残業時間の上限規制が設けられましたが、残業が前提の働き方をしている職場がまだ多く残されているのが現状です。このことが、定時までに業務を終わらせる意識が低いことが関係していると思われます。
労働時間が長くなればだれもが集中力が低下し、判断ミスや操作ミスを引き起こす可能性が高まります。結果的に時間当たりの作業量が低下したり、人的ミスによる作業のやり直しが発生しやすい状況を作っているのです。
評価制度が適切でないことも、日本の労働生産性を低下させている一因です。近年では多くの企業で見直されていますが、日本では長い間、成果主義よりも年功序列制度を取っていました。こうした評価制度は「頑張らなくても評価は変わらない」といった認識を従業員にもたらし、モチベーションの低下を招きます。
従業員それぞれが定時までの限られた時間内に効率的に付加価値を生み出そうと努力することは、会社全体の労働生産性の向上につながります。しかし、効率を求めて努力する人材が評価される制度や風潮がなく、短時間の労働で成果を出しても評価されずに成果に見合うような報酬を得られなければ、「頑張っても頑張らなくても評価は変わらない」という認識をもららすことになります。これが従業員のモチベーション低下につながり、一人ひとりの生産性は高まりにくい雰囲気ができてしまいます。
役職者に決裁権が集中し、従業員の裁量が限定されていることも労働生産性を低下させる一因となります。上司の判断を仰がなければならない、形式的な社内文書が発行されるまで作業をスタートできないといった状況では、業務スピードが落ちてしまいます。日本ではこのようなトップダウン型のマネジメントを採用する企業が多く、裁量の大部分をマネジメント層以上が持ち、各業務担当者が持つ裁量はごくわずかという状況が見受けられます。これが生産性の低下を招いているといえます。
個人の持つ裁量が小さいことが引き起こす弊害の具体例として、業務一つひとつにかかる時間が増加することがあります。部長など特定の人だけが裁量を持っている場合では、部長一人に、多数の確認・承認業務が集中することになります。その結果、承認されるまでにロス時間が生まれ、業務全体の時間が増えることになります。予定していた作業時間内に業務が完了せず、生産性の低下につながります。
もう一つの弊害として、メンバーのモチベーションの低下です。個人の裁量が小さいことで、成果物に対する個人の責任が薄まる可能性があります。その結果、個人のやる気や創意工夫のアイディアなどが生まれにくくなり、生産性が上がる兆しの芽、きっかけを摘んでしまうことになります。
労働生産性が低いことが企業にはさまざまな影響を及ぼします。労働生産性の低さによる企業が受ける影響、デメリットについて解説します。
労働生産性が低下すると、製品やサービスを生み出すためにより多くの労働時間や人員が必要になります。これにより人件費が増加してしまうことになります。日本の企業では給与を時間換算で計算している場合が多く、従業員の労働時間が長ければ長いほど支払う給料も多くなり、人件費が増えるのです。
また、労働生産性の低下によって生産が十分に行えなければ、コストだけが増加し、企業利益が圧迫されてしまいます。人件費の増大は赤字に転落するリスクが高まるといえ、企業経営にとって大きな負担となるでしょう。
労働生産性が低いということは、従業員に負担がかかっている状況にあることにもつながります。生産性の低い事業で一定の生産量を生み出すためには、従業員の労働時間が増えたり休日出勤が増え、従業員の疲れやストレスを引き起こす可能性があります。これによってさらなる生産性低下を招くという悪循環が生じてしまいます。
生産性の低い仕事の進め方を改善しないかぎり、従業員一人にかかる負荷は減ることはありません。過度な残業や休日出勤などが増えれば従業員の健康を害したり、業務に対するモチベーションを低下させることにつながりかねません。つまり、労働生産性が低い状態が続くことは、従業員一人ひとりの心身に悪影響を与えるばかりか、組織全体の活力が失われる要因にもなるのです。
労働生産性の低下は企業だけの問題ではなく、日本の経済力の低下にもつながっています。今後、日本では少子高齢化に歯止めをかけることができず、経済産業省の「2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について」によると、2050年には人口が約1億人にまで減少、生産年齢人口比率は約50%になると予測され、日本の労働力は低下することが予測されています。
さらに人口規模が減ることで、考えやアイディアの多様性が失われ、イノベーションも起こりにくくなることも懸念されます。その結果、日本経済は国際的な競争力を失うことにもなりかねません。予想される労働力の低下を補うためには、国全体で労働生産性の向上に取り組むことが必要です。
経済力が低下すれば、国民生活が潤わず圧迫される側面もあり、各企業が労働生産性を高めることが重要です。
企業の労働生産性を高めるには、いくつか効果的な方法があります。ここでは、企業が実施しやすい労働生産性を高める方法を解説します。
労働生産性を上げる方法として評価制度の見直しが挙げられます。特に長時間労働の評価や年功序列が根強く残る企業において生産性を向上させるためには、評価制度の見直しが急務となります。
長時間働くほど収入が増える評価制度を見直して、賃金計算の基準を労働時間としない評価制度を導入しましょう。個人のスキルや工夫、業務改善によって成果を上げた従業員を評価する制度を構築することが大切です。
評価制度改善のため、成果に応じたインセンティブや労働生産性に関する評価軸を追加すると効果が出やすくなります。企業全体で労働生産性を上げるために、トップからの言葉で労働生産性を上げることの大切さを周知徹底させ、意識改革を行うことも効果的です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)化の推進は、現実的に労働生産性の向上に欠かすことはできません。定型業務の自動化やシステム導入による業務効率化・標準化を図ることで、業務のムダをなくし生産性を上げることが可能になります。
また、コミュニケーションプラットフォームの活用も有効です。紙ベースのアナログ管理や、実務に役立たなくなっているシステムを慣習で使い続けていると、必要な情報を即時に検索できないなど、ムダな時間が発生します。
従来のコミュニケーション方法にグループチャット、ハドルミーティング、ビデオ会議などを追加し、徐々に電話やメールなどを削減していく動きが多くの企業で見られています。これによって情報共有の精度や速度の改善が期待できます。
利用できるツールが増えれば、状況に応じた適切なコミュニケーションツールを使い分けることができます。さらに、上司の決済や業務指示もコミュニケーションツールで完結できれば、業務の中断を防げます。
DX推進による生産性向上を目指すには、自社の業務のどの部分を自動化すべきか、どこにどのようなシステムを導入していくか適応させるかを検討し、業務に合わせたIT化を推進することが重要です。
業務や作業によって生み出される付加価値そのものを見直す方法もあります。成果に対する利益を高めていく方向へとシフトするとよいでしょう。付加価値の見直しという考え方は、日本の労働生産性を高めるためにも重要です。現状の価格は、提供している商品やサービスに対して適正かを改めて判断してみましょう。
日本においては、成果に対する利益が少ないという見方もあります。薄利多売の意識が浸透しているのか、良質な製品・サービスを生産しても、品質に見合った価格よりも売りやすい価格設定をする傾向がみられます。
利益の少ない価格設定では、他の部分で努力をしても生産性を上げられません。自社の付加価値を過小評価することなく適正な価格を設定することは重要です。品質に見合っているか、また取引先や消費者が納得するかという点を加味しながら価格設定を一度見直してみるとよいでしょう。
従業員の個々のスキルを尊重することは、生産性向上につながりやすくなります。これまでチーム単位で担当していた業務は個人単位へと体制を変えましょう。個人単位に変わることで、優れたパフォーマンスを発揮できる従業員は、さらに能力やスキルを発揮できる可能性が高くなります。この場合、仕事が遅い従業員のフォローはチームメンバーではなく管理職が担い、従業員の負荷を軽減しましょう。
このような体制で進めることで、各従業員が達成すべき業務が明確化します。従業員のスキルを尊重する仕事の進め方が定着すれば、どの従業員がどれだけの仕事量をこなしているのかが明確になるため、公平な評価をしやすくなるでしょう。正当な評価が行われるならば、与えられた仕事に対して一層意欲をもって取り組む従業員が増え、全体の労働生産性の改善につながります。
労働生産性が下がってしまう原因の一つとしては、さまざまな業務に労働人員が分散してしまうことが挙げられます。すべての業務を社内で完結させる必要はありません。
自社の強みとなるメイン業務以外の部分は、アウトソーシングという形で業務を外部委託してしまうことも良い方法です。
アウトソーシングを活用することで、人件費や福利厚生のコストを下げることにもつながります。またその道の専門家に特定業務を任せることによって、より性格で質の高い成果物が期待できます。
業務を外注することで、その業務を担っている従業員の人材育成に費やす時間も削減でき、その時間を本業の仕事に回し、集中して取り組むことができるようになります。これによって労働生産性が高まります。
従業員のエンゲージメント向上のための施策も労働生産性の向上にとって効果的な方法です。エンゲージメントとは、企業に対する愛着や理念・ビジョンに対する共感を指します。
エンゲージメントが高ければ高いほど、モチベーションの向上につながり、結果的に生産性も向上します。人事では特に、従業員エンゲージメントの向上に努めると効果的です。
例えば、「チャットツールなどを導入し、社内コミュニケーションをを活性化させる」「通信教育の補助を行い、従業員のスキルアップをサポートする」「自律的に働ける環境を整備する」「人材育成ツールを導入し、企業理念への共感を深める」などは従業員エンゲージメントを高めるために有効な施策だと言えます。
このような施策が従業員エンゲージメントを高め、労働生産性向上に一役買っていると言えます。
人材は経営資源であり、従業員の成長は経営戦略実現に欠かせいない要素です。人事が人材育成に注力することで、労働生産性の向上を実現できます。
従業員のスキルが業務に要求されるレベルに達していなければ、生産性は低下する恐れがあります。そのため、定期的な従業員教育やスキルアップの機会を提供することが重要です。特に、新しい技術やシステム、ツールを導入する場合には、それに対応できるよう人材育成の施策を実施することが求められます。適切な研修プログラムの実施やeラーニングの活用によって、従業員が自分のペースで学習できる環境を整えることは、人材育成に効果的です。
このような人事施策によって人材が成長し、自分の成長がさらにモチベーションを高め、結果として労働生産性の向上にもつながっています。このように、人材育成につながる施策を打ち出すことも労働生産性の向上に有効です。
日本の労働生産性は、国際的にみると低いのが現状です。日本は将来的に生産年齢人口が減っていくことを考慮すれば、労働生産性向上のための施策は喫緊の取り組み課題と言えるでしょう。
生産性が低いと、企業は従業員の能力を十分に活用することができません。十分な成果を上げられないだけでなく、従業員のモチベーションが下がって一層生産性が低下する恐れもあります。生産性を上げるためには評価制度の見直しや、アウトソーシングの活用、従業員スキルの活用、DXの実現といった方法が効果的です。
また、自社の労働生産性を算出して他企業と比較したり部署ごとで比較することも企業の利益を上げることにつながりますし、さらに従業員のモチベーション向上も期待できます。
今回紹介したポイントを参考に、ぜひ労働生産性の向上を実現するための取り組みを検討してみてください。