自社の生産性向上や人材の最適化を実現するために、いまスキル管理が注目されています。
スキル管理とは、従業員が持つスキルを集めてデータで一元管理し、可視化できるようにし、社内の共有情報として確認できるように管理する仕組みのことです。
スキル管理を行うと従業員一人ひとりが持つスキルを把握し、最大限にい自社における「適切な人材配置」や「人事評価」、必要な「人材教育」、さらに社内で不足するスキル補充としての「人材採用」に役立てることができます。また、新しい事業・プロジェクトを始動したいときに適切な人材を社内で探し出して集めることが可能となります。
このように、スキル管理は従業員のスキルを最大限に生かすことに効果的であり、企業の成長と人材活用の最適化による従業員のパフォーマンス向上につながる活動であるといえます。
今回は、スキル管理の目的やメリット、スキル管理の方法としてスキルマップの作成やツールの導入について解説します。スキル管理を取り入れたいがどのようなものか、どのように実践すればよいかを知りたい方の参考になればと思います。
スキル管理とは、従業員のスキルを一元管理し従業員の配置や評価、教育に役立てる仕組みのことを指します。
社員一人ひとりの資格や経歴などスキル情報を一元化し、集約した従業員スキル情報を社内の誰でも把握しやすいように見える化し、見える化したスキル情報をもとに人事評価や人材育成に活用することがスキル管理です。
スキル管理のスキルとは、なにを指しているのでしょうか。
ビジネスシーンにおけるスキルとは、主に「訓練」や「学習」によって会得した能力や技能のことを指します。経験をもとに得た能力です。
スキルには、業務を行ううえで必要な「専門知識」や「技術」「経験値」だけでなく、社会人として必要な基礎的なスキル、たとえば他者と良好な関係を築くための「コミュニケーション能力」もスキルに含まれます。また「保有資格」や管理者に必要な組織マネジメントスキルなども含まれます。
ビジネスにおけるスキルについては、以下のような分類がなされています。「従業員エンゲージメントを仕組み化するスキルマネジメント」によると、ビジネスパーソンが習得すべきスキルは以下の3つに分類されるといいます。
特定の業界や職種、社内のみで通用する特殊な専門スキル。会社や部署ごとに異なる独自のス キルとされる情報セキュリティーや自社への理解度なども含む。
あらゆる業界・職種で通用する基礎的スキルの総称。チームで働く力(チームワーク)や考え 抜く力(シンギング)、前に踏み出す力(アクション)の要素からなる
役職者や相当するポジションに応じて必要な組織マネジメントなどのスキル
またアメリカの経営学者ロバート・L・カッツ氏は、「カッツ・モデル」という理論の中で、ビジネスに必要なスキルを以下の3つに分類しました。
毎日の業務を確実に遂行するために必要な能力。販売職なら接遇スキル、事務業務ならパソ コンスキル、電話応対スキル、営業系ならプレゼンテーションスキルなど業務別に求められ るスキル・知識が異なる
良好な人間関係を築き、継続できる能力。社内の上司・部下の関係だけでなく、取引先、顧 客との関係作りでもこのスキルが求められる。コミュニケーションやヒアリング力、プレゼ ンテーション力などが含まれる。
「概念化能力」とも称されるスキルである。物事の本質を見極め、判断することが求められる 能力。ロジカルシンキング、クリティカルシンキングなどの思考法のほか、柔軟性や洞察力、 探究心なども含まれる
従業員のスキル管理を行う目的とは、どのようなものなのでしょうか。ここではスキル管理の目的、スキル管理が求められる理由を4つ挙げています。
スキル管理の推進によって従業員がもつスキルデータを集約し一元管理し、情報を共有することで、従業員のスキルが明らかになり、可視化されます。
少人数の会社では、とくにスキル管理をしていなくとも、従業員同士がお互いにそれぞれの持つ能力、得意分野や身につけているスキルの習熟度について分かり合っている状態なのかもしれません。
しかし企業が成長し、従業員が増えて組織が大きくなると、全従業員による各自が持つスキル情報の共有は難しいものになっていきます。
大きな組織になればなるほど、スキル管理がなされていなければ、自社に必要なスキルをもった人材が社内に存在していたとしても、上司も人事も、本人すら保有するスキルに気づかずに、有益なスキルが埋もれてしまい発揮されない、ということが起こるかもしれません。
スキル管理は、従業員それぞれの能力を客観的に把握し、もっとも効果的に人材を活用するために不可欠だといえます。
書籍「タレントマネジメント概論」によると、スキルマネジメントの推進によって集めた従業員スキル情報を活用すれば、どの部署で働くことで最も力を発揮するかを明らかにすることができ、新規プロジェクトの立ち上げや人事異動などにおける、適切な人員配置に役立つとあります。
人材のスキル管理を行っていない場合、新しいプロジェクトの人員選定時に、人事担当者は客観的な判断材料がないため、これまでの経験や勘にたよった判断をおこなうことになります。主観的な判断による人材配置では、思うような成果につながらないことが予想されます。
従業員のスキルが可視化されていれば、データをもとに判断できるので、客観的な視点で行う判断にもとづいた最適な人員配置を実現できます。
また、書籍「タレントマネジメント概論」では、スキルが生かされずに合わない職場で低評価を受けてリストラが起きることを防いだり、外から人材を募集する前に、自社内の人材を活用しようという考えに変わる、と言及しています。
書籍「タレントマネジメント概論」には、スキル管理を推進することで5年後、10年後という中長期的な視点で企業の将来の戦略を描くことが可能になると述べられています。
自社が将来どうあるべきかという戦略を立てたあと、それを実現するにはどのような人材が適切か、といった人材のスキル管理も中長期の視点で行う必要があります。
従業員の持つスキルが明確になっていれば、立てた戦略の中から実現の可能性の高いものを取捨選択することもできます。また、従業員のスキルをもとにして、新しいプロジェクトを作るという戦略も構築することも可能です。
人的資本の情報開示が求められるようになり、スキル管理の重要視されていることもスキル管理を進める目的のひとつです。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉えその価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営指針を指しています。
日本においては、2022年8月31日には金融庁が「2022事務年度金融行政方針」を公表、2023年3月期からは、有価証券報告書においてサステナビリティ(持続可能性)情報の記載欄が設けられ、人材育成の方針や目標など人的資本情報開示を義務付ける方針が示されました。日本証券取引所に上場する約4,000社の企業が対象となり、内閣総理大臣に提出する必要があります。
この人的資本の情報開示の項目に、スキル、経験が含まれています。このためにいっそう人材の活用や育成への企業の取り組みが重要視されています。
■参考:金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正の解説」
スキル管理を行うことで企業にどのようなメリットがもたらされるのでしょうか。ここではスキル管理を行う5つのメリットについて見ていきましょう。
スキル管理を行うと、従業員のスキルを共有し可視化して、社内全体あるいは個人の強みと弱みを把握できます。強みは秀でたスキルを持つ人材の活かし方を戦略的に考えることに役立ちますし、弱みが分かれば不足するスキルを補強するための施策を打つなど、効率的に対処できます。
また、社内の部署ごとのスキルを把握できるので、部署に必要なスキルの保有者が足りないときには、他部署からそのスキルを持つ従業員を異動させて補強するなど、人材の再配置を行い全社のスキルバランスを取ることが可能になります。
スキル管理を推進すると、従業員のスキルや資格、経験といったデータが一元管理され、これを活用することで、データに基づいた戦略的な人材配置が可能になります。
人材配置や異動、新規プロジェクトのメンバー選定、また従業員育成のジョブローテーションの計画策定にも、データに裏打ちされた従業員個々のスキル適正を考慮した組織改編の最適化が期待できます。
また社内で急きょ欠員が出た場合にも社内の人材を活用することが可能です。
たとえば製造業において生産量の変更や欠員が発生した際に、他部署にいる必要なスキルを持つ人材を探すことができ、必要なときに作業応援者を配置できます。
経理で欠員が出た場合に、社内で経理のスキルを持っている人を検索し、経理の忙しいタイミングだけ応援に入ってもらえないか、検討することができます。
このように、スキル管理によって従業員のスキルを可視化できるようにしておくと、適切な人材配置ができるようになります。
スキル管理を進めていくことで従業員のスキルを可視化できれば、会社全体、あるいは部署に不足しているスキルに気づくことができ、不足を感じるスキルについて効果的な人材育成・教育を実施するなど対策をとることができます。
ある特定のスキル不足によって、作業が大幅に遅れる、目標を達成できなくなるなど悪影響が見られているならば、不足しているスキルを補強するための研修や講座、トレーニングなどを実施しましょう。
スキルの可視化が出来ていないと、自社が伸び悩むボトルネックがなにであるかを突きとめることができません。
たとえば従業員の多くがパソコンリテラシーが低く、PCを使った業務に時間がかかっていることが見えているのであれば、パソコン研修を行って、スキルを強化します。
従業員のスキル管理が進んでいると効率的な人材育成が可能になり、必要性の高い研修開催を実現することができます。また従業員のスキルレベルに合っていないなど効果の少ない研修の開催を防ぐことにもつながりますので、無駄な予算を抑える効果も期待できます。
スキル管理をすることで、自社にとって必要な継承すべきスキルを発見することができます。
属人的なスキルに頼っている業務があれば、将来のために他の人にスキルを継承させておく必要があります。スキル管理によって特定の人だけが持っているスキルを見つけ出すことで、次世代へと受け継ぐための施策に着手することが可能です。とくに「定年退職」などで、今後失われる可能性があるスキルについては、事前に継承のための教育計画を組むことも大切です。
経営者の後継を育てるサクセッションプランもスキル管理のひとつといえますが、現経営者が次の経営者候補に経験を通して一人前になるように育成し、スキルを継承します。
スキル管理を進めることで、スキルの管理と維持のための施策を打ち出すことができます。
資格保有者をリスト化し検索できるようにしておけば、とくに業務に必須となる資格の有効期限の事前通知が可能です。更新のし忘れで資格失効となれば、有資格者不在のために業務に影響を及ぼしてしまうことが想定されますが、これを未然に防ぐことができます。
また、資格やスキルの維持のために知識の更新や演習が必要な場合は、適時に研修などの施策を行うようにしましょう。
スキル管理をおこなうことで多くのメリットがあることがわかりました。それではスキル管理はどのように進めていけば良いのでしょうか。
ここではスキル管理の具体的な実践方法について解説します。
はじめに自社の業務に必要なスキルを社がスキル管理で取り扱うスキルをリストアップし、それぞれの定義を明確にしましょう。
新入社員であればビジネス社会のすべての能力の土台となる基礎能力の取得が必要となります。
たとえば自ら疑問を持ち「考え抜く力」というスキルは、現状を分析し目的や課題を明らかにする力や課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力などと定義されます。
また他人に自分の考えや思いを言葉にして伝える際に必要な「言語化スキル」は、「誰でも同じイメージを持てるように言葉で表現する力」というように定義していきます。
スキルの定義が完了したら、保有スキルの習熟度の高低の度合いを示す「スキルレベル」を設定しましょう。これは、各項目における各従業員の能力差異を明らかにするためです。
書籍「スキルマネジメント」によると、スキルレベルは複雑な評価方式にすると評価者が悩み、無駄な時間を費やすことのないようにシンプルな設計が望ましいとあります。
スキルレベルの設定について、書籍では、最高点と最低点の中間点を設定すると、評価者は無難な評価に逃げてしまう傾向があると指摘しています。一般的にスキルレベルの設定には5段階評価が導入されているケースが多いのですが、不正確な要素が入り込まない設計にする意味でも中央値をなくし、4段階にすると評価しやすくなります。
以下は4段階のスキルレベルの定義の一例です。
スキルマップを作成して活用することもスキル管理の実践方法のひとつです。
スキルマップとは従業員一人一人の能力やスキルを見える化した表です。
スキルマップは自社が必要とする従業員のスキル、伸ばしたい能力に焦点を当てて、スキル・能力を一覧に並べていき、表にして「見える化」します。これによって現状の課題が明らかになると従業員の足りない能力を把握できます。また従業員の強みを認識できますので、スキルをさらに伸ばす施策を打つことも検討できます
スキルマップ活用したスキル管理を進めたいとき、スキルマップを一から作成するというのは骨が折れる作業です。効率的にスキルマップを作成するにはテンプレートを活用するとよいでしょう。
代表的なテンプレートとして厚生労働省が提供する「職業能力評価シート」があり、無料でダウンロードできます。
厚生労働省のスキルマップのテンプレートは、職種別、業種別に分類した上で、さらに4つのレベルに分けて提示されています。構成がシンプルなので、これからスキルマップを導入したい場合でも取り入れやすいと思います。
事例:トヨタ紡織
スキルマップは、上場企業の開示情報のひとつとして取り扱われるようになりました。 2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂で、プライム・スタンダード市場の上場企業を対象に、取締役会スキルマトリックスの開示が求められることになり、スキル管理は日本においても大企業の中で活用され始めています。
スキルマトリックスとは各取締役の知識・経験等を一覧表にしたものです。自社の経営戦略の実現に向けて取締役会体制が適切である旨を、株主・投資家に示すことを目的に作成され、主に株主総会の招集通知やコーポレートガバナンスなどで開示されています。 トヨタ紡織ではコーポレートガバナンスに、取締役会のスキルマトリクスを掲載しています。
■参考:トヨタ紡織「コーポレートガバナンス」 日本証券取引所「2021年6月コーポレートガバナンス・コード」 |
スキル管理を行うには、スキル管理についての情報を集める、従業員からスキル情報を集約し、データ化し一元管理し見やすくわかりやすく可視化できるようにするまでにも、人事や従業員の業務工数がかかります。
通常の業務に加えて、これらの工数処理に時間や手間をかけることが難しく、スキル管理を進めたいが行き詰ってしまう、というケースもあるでしょう。
スキル管理システム、タレントマネジメントシステムなど、スキルの可視化を効率的に行うために開発されたツールやシステムが数多く提供されています。このようなスキル可視化に役立つツールの導入も、スキル管理を実践するための一つの方法として検討してみるとよいでしょう。
スキル管理を進めるうえで重視すべきポイント、スキルにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは4つのポイントを説明します。
スキル管理においては、自社の業務を行うにあたって習得すべき「業務上必要なスキル」をスキルマップにすべて並べて記載し、そのスキルにおける従業員個々の習熟度を管理する必要があります。
自社、あるいは部署の工程ややり方に適した業務に必要な、専門的な技術や知識が該当します。
従業員がこれまでに経験し体得してきた業務やキャリアについてもスキルマップに落とし込み、一元管理する必要があります。
新入社員には業務経験がありませんが、研修の履歴などが記入されます。勤続年数が増えていくにつれて、在籍した部署での経験、習得したスキルはスキルマップで管理すべき項目です。
中途入社の従業員においては、前職で経験した業務に関するスキルも、スキルマップに記載するとよいでしょう。今後の配置転換などの検討に役立てることができます。
従業員が保有している資格についても、スキル管理においては重要な項目です。
資格は「いつ」取得したか(取得年月日)や有効期限、また更新の際に研修受講など知識のアップロードが必須となる資格もあります。更新手続きなどについても把握しておき、資格が失効しないよう留意する必要があります。
従業員がこれまでにいつ、どのような研修を受けたのか、その履歴を管理していくこともスキル管理において大切なポイントです。これによって研修やセミナーの重複を防ぐことができ、さらに従業員個々の習得レベルに合わせて、強化したいスキルを底上げする研修を選定して受講させることができます。
今回は、従業員の能力を把握するスキル管理の目的やメリット、スキル管理の具体的な方法などについて解説しました。スキル管理を推進することで、適切な人材配置が可能となり、従業員それぞれが能力を最大限に発揮することや、新規プロジェクトの開始の際に適切なメンバーの選定が可能となります。
人材のスキルを最大限に発揮するためにはまず、従業員個々が、どのようなスキルを、どのレベルで保有しているのかを明確にしておく必要があります。
スキル管理には、ある程度の時間と作業工程が必要となります。スキル管理専用のツールを利用することで、スキル管理の負担が減り、効率的なマネジメントが可能になります。
継続可能なスキル管理の運用のために、自社に適したツールやシステムの選定、導入を検討することも効率的で有益だと思います。