この数年、コロナ禍による営業の停止や営業時間や入店人数の制限設定などを余儀なくされ、さまざまな業種の企業がその業績に大きな影響を受けました。流通小売業やレジャー・飲食業態を展開する企業においても、これまでのように企業の利益を上げることが難しかったのではないかと思います。
企業が利益を上げるための要因には売上を上げることと、もうひとつあります。それはコストのコントロール、コストマネジメントです。
教育や管理部門、または経営に携わる立場の人はとくに事業部や会社全体の運営コストを見直し、コストカットを図りたいと思っているのではないでしょうか。
今回はコストカットとはなにか、正しいコストカットとはどのようなものかについて解説し、コスト削減のアイデアやコストカットに成功した企業の事例を紹介します。
引用:工藤工 田村雅司の著書「究極のコストカットの進め方 中経出版」から引用
「コストカット」とは英語の「Cost(費用)」と+「Cut(削ずる)」からきている言葉で、費用や経費を削減することを意味しています。コストカットの言い換え表現として「コスト削減」「経費削減」などがあります。
民間企業は利益を生み出すために活動しています。その利益は以下の式で算出されます。
「利益=売上-コスト(経費)」
利益の拡大のためには、売上を増やすか、あるいはコストを減らすしかありません。図で見るように、売上が変わらなくとも、コストを下げることで利益は増えます。原価を50万減らすことで利益を2倍にすることができます。
同様に、売上を20%上げたとしても、それ以上に経費が膨れ上がっていれば利益がマイナスになってしまうこともあるのです。
コスト削減に取り組むことは利益向上の実現に直結するため、企業や部署、あるいは店舗は売上と同じようにコストに注意を払わなければいけません。
コストカットの目的は、企業の最終的な利益を増やすことです。コスト削減が利益を生み出す有益な策であったとしても、売上向上のために必要なコストまで削ってしまうと、企業にマイナスの影響を与えてしまいます。
コストカットに取り組む際には、削減すべきコスト、無駄にかかっているコストを見極める必要があります。
コストカットに類似する言葉として「コストダウン」があります。コストダウンはコストカットと同様にコストを下げる、経費削減という意味で使用されていますが、和製英語で日本でのみ通じる言葉です。
「コストリダクション(cost reduction)」も類似の言葉として挙げられますが、リダクションは「縮小」や「低減」を指していて、コストリダクションはコストを減らしていきましょうという意味合いになります。
企業においてコストとはどのようなものがあるのでしょうか。
一定期間の企業の収益と費用を表した損益計算書では、売上高の下にある売上原価、販売費および一般管理費、営業利益という項目が並んでいます。
売上高の下の「売上原価」や「販売費」「一般管理費」の項目が広義の上ではコストにあたります。
オフィス運営にかかるコストとして、事務用品・消耗品やオフィス賃料、水道光熱費、通信費などが挙げられます。
水道光熱費や賃料は毎月かかるランニングコストです。月々の削減できる金額はそれほど大きな額ではないため効果を感じにくいかもしれませんが、長期的に見れば大きな効果となってくることもあるため、見直しの余地があるならばなるべく早くに取り組むと良いでしょう。
人件費は企業のコストの中で一番大きな金額を占めるといわれおり、人件費を削減すれば大きなコストカットができるといえます。しかし人件費を10%削減する、全従業員の報酬を10%下げるなどといった短絡的な施策はすべきではありません。
コストカットの対象となる人件費としては、各部署において業務フローを見直し、効率化を進めることで、不要な作業工程を止め、長時間労働を削減、残業コストを削減するなどがあります。
採用コストの削減としては、従業員が成長できる制度や働きやすい環境を整えて、離職防止を図ることなどがあります。せっかく採用し教育した人材がどんどん辞めていけば、採用や教育にかけたコストが無駄になってしまいます。
従業員の人材育成においては、研修制度を充実させることで、キャリアアップや成長の道筋が見えないという従業員の不安や不満を減少させることができます。
新入社員への育成においては、教育係を配置する、面談の機会を多く設定するなどを実施することで、質問や相談を気軽にできる人がいないと不満が溜まって離職へ傾くことを防ぐことが期待できます。
離職率が高い状況が続けば、次にコストをかけて新たな人材を採用してもすぐに辞めてしまうかもしれません。自社の、あるいは自分の部署や店舗での離職率が高い状態であれば、何が離職の原因なのかをつきとめて改善策を打つようにしましょう。このほか、採用フローを見直す、社員紹介採用を行う、求人広告媒体を見直すなどは、採用コストの削減に有効です。
コロナ禍を経て、テレワークは多くの企業において浸透しています。出社しなくとも仕事ができる環境が整えられてきました。テレワークを活用することで働き方の幅が広がり、コストの面でもたとえば従業員の通勤にかかる交通費を削減できるようになります。
また本店と支店間、支店間で行う会議や打ち合わせのための出張は、会議をオンライン会議の利用に切り替えることで、出席者の支店間移動にかかる交通費を削減できます。
コストカットを進めることで、どのようなメリットが生じるのでしょうか。
コストの削減は利益の向上に直結します。先に述べたとおり、企業の利益は売上とコストという2つの要素で決まります。
「利益=売上-コスト」と表され、企業の利益向上は、売上を伸ばすか、コストを下げることで実現できます。たとえ売上が増えなくてもコストが削減できれば、企業の利益を大きくすることができます。
コスト削減によって利益が向上すれば、経営状況が改善されて取引先や金融機関、あるいは株主からの評価も高まることにもつながります。
コスト削減をすすめるにあたっては、まず、現在コストをかけている備品や業務について見直しをし、無駄を取り除いていく作業工程を踏んでいきます。このように業務の棚卸しができると、無駄と判断して辞めた作業にかかる経費や時間を省くことができます。その結果、必要な作業に集中したり、新しい業務に取り組むことができ、業務効率化の促進や生産性向上が期待できます。
メリット2で記述したように業務効率化が進めば、従業員はやるべきことに時間を割くことができます。たとえば小売業やサービス業では従業員が接客対応にいっそう注力できたり、顧客に対するきめ細かいフォローや提案などに取り組むことができるようになります。
商品やサービスの質が向上することで顧客満足度を高めることができれば、リピーターを増やしていくことで、売上拡大への展望が開けていきます。
「利益=売上-コスト(経費)」ですので、コストカットをどんどん進めれば利益が大きくなると考えるのは早計です。コストカットをやりすぎれば、逆効果になると考えられています。
ここでは「やりすぎ」ともいえる不適切なコストカットの例を4つ挙げました。
自社の商品やサービスの品質を下げるようなコストカットは、すべきではありません。
製造業において原料の質をさげてコスト削減を図る、飲食業で材料の質を落とすなどを行うと、原材料費が下がりますので一時的に利益率が高まるかもしれません。
しかし原料の品質を落としたことで、期待していた商品のレベルが保てなくなれば、消費者、ユーザーは離れていき、売上が下がっていくことも予想されます。これでは企業の利益は拡大するどころか、売上げという母体を小さくし、消費者からの信用や支持まで失ってしまいます。これでは自社の利益を拡大するどころか収縮していくことが予想され、本末転倒です。
この人件費を削減する、というと給与や賞与などの報酬を減らす、と思い浮かべる人もいるかもしれません。従業員の報酬を減らせば一時的にコストが大きく削減できますが、従業員は仕事へのやる気やモチベーションが下がってしまうでしょう。不満が大きければ離職へとつながってしまうかもしれません。
伊藤氏と吉田氏の共著である「実践Q&Aコストダウンのはなし 中央経済社」によると、人的資源は知識の源泉であるため人件費を削減すれば人の持つ知識や技術、経験が失われることになる、とあります。さらに人件費の削減を行えば、従業員のモチベーションは保たれず、会社に対する忠誠心や信頼関係も損なわれる可能性も秘めています。だからこそ人件費は代替できるほかの物的資源と分けて考えなければ、企業の持続的競争優位を持ち続けることは難しい、と述べています。
伊藤氏と吉田氏の書籍によると、明確な目標設定のない状況では、どれだけ時間をかけてコストカット、経費削減に取り組んだとしても、十分な効果を得ることはできません。漫然と日常的にコストカットをするように指示を出しても、従業員は目標が見えないためやみくもに活動して疲れてしまいます。
書籍には、コストカットの目的は「コストを通して経営を見通すというコストマネジメントを実践して、企業に必要な利益を確保すること」だと述べられています。
経営はコストカットの目標やビジョンを明確にして、全従業員に周知徹底していくことが重要です。なぜコスト削減に取り組むのか、目的やその先にどのようなメリットがあるのか、をしっかり伝えることができると、従業員のコストカットへの取り組み意欲も上がり、成功しやすくなります。
ビジネスでは、時代の変化に柔軟に対応していくには、新商品や新サービスを研究開発していく必要があります。このため、将来の成長への見通しを立てて、中長期の成長にむけて投資していかなければいけません。将来への投資をしない企業は、いま利益を出していても、時間が経過するとともに会社の利益は目減りしていき、衰退していくことが予想されます。
将来のため、中長期で行う投資には、研究開発費や人材育成、特許などがあります。
研究開発によって質の高い商品やサービスが新たに生まれることにつながります。人材育成によって、企業の組織力向上や従業員のスキルの底上げによる全体のレベルアップにつながります。
この研究開発や人材育成は、すぐに結果の出ることではありませんし、将来的に必ず利益につながるとは言い切れません。
しかし、なかなか成果が見られないといって、研究開発や人材育成費用を削減することは企業にとって将来的な利益を減らす行動になるので、途中で辞めてしまうことは不適切なコストカットだといえます。
経営が傾き、厳しい状況である場合は、短期的な利益を優先してそれ以外は中断、止めることも必要かもしれません。 経営状況が順調であれば、研究開発や人材育成など中長期で行う投資は将来の利益のために時間をかけて行いましょう。
コストカットを図るためにはどのような方法があるのでしょうか。コストカットを図るためのアイデアを5つ紹介します。
ソフトバンクはすでにコストカットを全社で取り組みを始めていますが、そのひとつに社内業務のデジタル化をすすめ、ペーパーレス化を図りました。これによって、印刷用紙代やインク代などや契約書にかかる印紙税などの削減を実現でき、全社で大幅なコスト削減につながったといいます。
ペーパーレス化とは、紙の書類をなくす動きのことです。たとえば「紙で保存していた書類をPDF化してWEB上で保存するように切り替えた」「会議資料をこれまでは印刷、配布していたのを止めて、スライドの投影する、あるいはPCなどで確認する」などがあります。
取引先へ郵送していた資料や見積書や納品書、請求書などの帳票も、データで送付するように切り替えることもペーパーレス化のひとつです。印刷や梱包、発症準備の手間と郵送代などの経費を抑えることができます。
法人顧客との契約において電子化を進めることで印紙税を節約でき、大きなコストカットとなります。
セブンイレブンの「サステナビリティアクションブック2022-2023」によると、 環境問題を解決し持続可能な社会を実現するために、省エネ設備の導入を全社で推進しています。
LED照明はほぼ全店(※)で導入されていて、光熱費をコストカットし、環境のためにCO2排出量削減を推進しています。
また、太陽光発電パネルを設置するお店は全国8,775店(※)あって、省エネルギー化、エネルギーコストの削減に成功しています。
※ともに2022年2月末時点
本社と支店間で行われる定期的な会議や打ち合わせなども、可能な限りオンライン化することも有効なコストカット策となります。
企業研修についても、これまで一堂に会していた対面研修をオンライン研修に切り替えることで、大きなコストカットが期待できます。たとえば全国の店長に対する研修を行う場合、会場を設定して集合研修を開催するのを、オンラインで参加できるように変更すれば、会場の賃貸料に加えて、全国にいる受講者にかかる交通費や宿泊費などのコストや、移動時間の削減が可能となります。
さらに研修のために店長が不在となる職場にとっても、シフトの組み直しなどの負荷も削減できます。
従業員が不満に感じている企業の待遇を改善することで、離職率を改善することができます。
たとえば時短正社員、リモートワークなど働き方の選択肢を増やすことで、さまざまな事情をかかえる従業員が働きやすくなります。
またキャリアアップ支援、人材育成・教育のプログラムを設けることで、自分の成長した将来像を思い描くことができ、離職防止への効果が期待できます。
人材育成、スキルアップのための研修制度の設定や効率的な学習のために、ツールやシステムを導入することも、教育コストの削減に有効なひとつの方法といえます。
紙媒体でのマニュアルを用いた研修や、現場での指導は紙への印刷コストがかかりますし、マニュアル内容が更新された場合に再度印刷しなければなりません。
業務の進め方を説明する動画をツールにアップしておけば、新入社員が都合がよいときにいつでも何度でも作業内容を確認できます。また教える人の技量によって教育にムラが生じることがありますが、全員が同じ動画を視聴することで教育のレベルを均一にすることが可能となります。
マニュアルに変更が生じた場合には、更新作業もデータをアップロードし直すことで比較的簡単に進められます。
従来の紙の資料を用いて行っていた教育を、ツールを導入することで仕組み化し、デジタル化したマニュアルの活用に切り替えることは、教育コストをカットすることに寄与します。
コストカットにはいろいろなアプローチがあります。実際にコストカットに取り組み、成功した企業の事例を4つ紹介いたします。
株式会社半谷製造所は、自動車ボディー部品をはじめとした金属プレス加工製造をする会社です。
生産部門のデジタル化を先にすすめていましたが、管理部門のデジタル化が遅れていました。そのため、なるべく現場の要望に則したシステムを導入したいと考えました。
管理部門のデジタル化に際しては、経営企画部が中心となって現場の問題点や改善事項を徹底的にヒアリングして現場の意向を吸い上げることに注力しました。同時に現場業務をフローチャート化し、どの作業に時間が掛かり、どこに無駄があるのかを洗い出しました。
また年末調整の処理についてもクラウド化しました。
システムを導入後、給与明細はこれまで紙に出力し、封入・のり付けしていたのを廃止して、電子化しました。紙での配布を、2020年1月から従業員のパソコンや携帯端末への給与明細の配信に切り替えたところ、一か月当たり半日分の作業時間の短縮につながりました。
クラウド化した年末調整も手書きによる計算ミスが多かったが、このような人為的なミスが大幅に減ったといいます。
また、固定資産管理はExcelによる手入力であったが、制度改正に合わせて減価償却の計算方法を変えなくてはいけないため、専用のシステムを導入したところ、決算手続きなどにかかる手間が大幅に削減されました。
株式会社尾賀亀は、滋賀県でガソリンスタンドを経営する会社です。
コストカットへの取り組みの背景として、最近の若年層の車離れや従業員の高齢化、人材不足という問題を抱えていました。効果的な営業活動と効率的な経営が課題でした。
新たな設備導入により効率化、省エネルギー化を実現しました。
ガソリンスタンドに併設するコンビニエンスストアに対して電力を供給して、電力コストを削減しています。
また、顧客管理システム導入によって、各店舗における顧客情報を一元管理し、DM・SMSサービスを効果的に利用することができるようになりました。事務処理作業時間を約30%削減でき、余剰時間を店頭での営業に活用しています。
ソウ・エクスペリエンス株式会社は東京都で生活関連サービス業、娯楽業を行う会社です。
この会社では、中長期の戦略を立てるにあたって人材確保が重要だとし、既存の従業員の働く環境を整えることで人材の流出を防ぐことを目指しました。新人を採用し育成することに十分な人材とコストをかけることができないという背景もあり、今いる人材の定着を目指すようになりました。
従業員が抱えるそれぞれの事情や要望を考慮し、「リモートワーク」「副業」「子連れ出勤」「時短勤務」「週4日勤務」などを認めました。働き方のバリエーションが増えて、子育てや介護で家を離れにくい従業員も働きやすくなりました。
従業員それぞれの事情に対応できる勤務環境整備によって、優秀な人材が辞めずに定着していることは成果のひとつである。これによって採用コストの抑制にもつながっており企業としてもメリットは大きいといえます。
人の森株式会社は不動産事業の活用としてフィットネスクラブ「ココカラ本厚木店」を運営しています。
これまでジムトレーナーを育成するために80時間ほど研修時間がかかっていました。育成担当者はこれだけの時間を割いて指導するため、新人が入るたびに負担が増え、残業時間の増大に繋がってたといいます。
研修内容は主にトレーニングマシンの使い方やレッスンの進め方ですが、スタッフの入れ替わりが激しい状況のなかで、研修対象者が複数いる場合は同じ説明を何度も繰り返す手間が発生していました。
研修のためにツールを導入し、研修を動画に置き換えました。撮影した研修内容の動画をアップロードし、これを新入社員やアルバイトは自分のシフトに合わせて動画を視聴します。わからなかったところは、何度も動画視聴を繰り返し学ぶことができるようにしました。
研修を担当する育成者の残業時間が80時間から25時間にまで削減できました。育成担当者は、ほかの業務に時間を割くことができるため、社内業務全体の生産性向上にもつながっているといいます。
コストカット、コスト削減は単なる節約とは異なるものです。コストカットの目的は収益力の改善です。企業が継続的に利益を生み出していくためには、部分的なコストカットによるものではなく、トータルでのコストカットによる収益力の改善を図ることが大切です。
コストカットを進めることは、何かしらの現状のやり方、考え方を変えることになります。従業員にとっては慣れた作業を新しいやり方へと変更することや、新しいことを覚えなおすことに面倒と感じたり、抵抗感や不平不満を覚えたりする可能性もあります。
しかし企業が利益を出し続け、今後も存続していくため、さらに拡大していくために、コストカット、コストの削減が重要だということを従業員に理解してもらい、全社で意思を統一して取り組むことが大切です。
自社の状況に合わせて目標を定め、経営が率先して動き、できるところから速やかにコストカットへの取り組みを始めましょう。