近年、日本では労働人口の減少や働き方の多様化に伴い、企業の採用競争が激化しつつあります。その中で、中小企業にとっては採用後の人材育成がますます重要なテーマとなっています。
しかしながら、「どのような人材を」「どのように育てるべきか」という悩みや、十分な体制を整えられない現実に直面している企業も少なくありません。
本記事では、中小企業が抱える人材育成の課題や、成功に導くためのポイント、活用したい補助金制度、そして実際の取組み事例についてご紹介します。
中小企業では、従業員一人ひとりの影響が大きいため、人材育成の重要性が特に高まっています。
しかし、コストや人材・時間不足といったリソースの制約から、教育が後回しにされがちです。そのためOJT(現場教育)が中心となりますが、これだけでは体系的な学習や指導の均質化が難しく、教育効果にばらつきが生じやすい傾向があります。
OJT以外にも、従業員が自ら課題を克服し、スキルアップできるよう定期的な学びの機会を設けることが重要です。これにより個々の生産性向上が促され、企業の成長にも直結します。
しかし人事・総務の現場では、複数業務を兼任し教育企画に十分な時間を割けないケースも多く、長期的な教育方針や計画策定まで至っていない企業も多いのが現状です。
参照:中小企業庁「2016年版小規模企業白書」第一部第二章第五節
中小企業庁の調査によると、小規模事業者の約6割が人材育成に十分取り組めていないのが現状です。
主な理由として、「時間的余裕がない」が最も多く、「何をしたら良いか分からない」「経済的な余裕がない」なども挙げられています。
人材育成は企業成長や人材流出防止に欠かせない取り組みですが、多くの中小企業では体制不足やノウハウの蓄積、リソース確保が課題となっています。
さらに、少子高齢化による労働人口の減少や、働き方の多様化・流動化が進む中で、特に中小企業では採用や育成体制の強化がこれまで以上に求められています。
参照:中小企業庁「2024中小企業白書」
2024年中小企業白書によると、中小企業における人材育成・能力開発を行う際に感じている課題は、以下の5つです。
多くの中小企業が「指導できる人材の不足」という課題に直面しています。
大手企業のように専任の育成担当部署があるケースは少なく、社内で研修や教育を担える人がいないことも珍しくありません。
加えて、育成担当者には実務経験だけでなく、教育に関する専門知識や指導スキルも求められるため、適任者を見つけることが困難という声も多く聞かれます。
こうした指導者不足は、企業規模が小さくなるほど顕著で、事業ごとの人材育成の悩みや課題も多様化しているのが実情です。
中小企業は大手企業に比べて従業員数が少なく、1人あたりの業務量も多くなりがちです。
そのため、日常業務に追われ、研修や教育のための十分な時間を確保するのが難しいのが実情です。
また、指導や教育を担える従業員自体が社内にいないケースも珍しくありません。
こうした場合、多くの企業ではOJT(実務を通じての指導)が中心となりますが、担当者ごとに教え方に違いが生じやすく、教育内容や質にバラつきが出てしまうという課題も見受けられます。
人材育成の努力にもかかわらず、離職率が高いと教育しても定着せず、企業側のモチベーションが低下しがちです。
特に中小企業では、新人がなかなか定着しないという悩みを抱えているケースも多く見られます。
せっかくかけた時間やコストが退職で失われれば、育成担当者や既存社員への負担も増加し、教育サイクルが思うように回らない要因になります。
さらに、社員の定着率が低いとノウハウの蓄積や教育への継続的な改善も進まず、長期的な組織成長の妨げとなってしまいます。
中小企業では、魅力ある人材を採用したくても、応募者が集まりにくいという課題が顕著です。
背景には、若年層の就業意欲の低下や、中小企業の知名度・ブランド力不足、さらに給与や福利厚生などの待遇面で大企業に比べて見劣りすることなどがあり、人材獲得競争で不利な状況が続いています。
また、そもそも企業内で人材育成の目的や意義が十分に伝わっていなかったり、従業員自身の学びに対する意欲が高まらないと、育成する側の教育意識も上がらず、体系的な人材育成が定着しにくくなります。
中小企業では、予算に限りがあり人材育成に十分な費用をかけられないケースが多くあります。
特に外部研修や専門講師の招致はコストが高く、会場確保や講師料を含めると一度の研修でも大きな負担になりがちです。
そのため費用面のハードルから、効果的な教育プログラムへの投資を先送りする企業も少なくありませんが、これが従業員のスキルアップやキャリア形成の機会損失、そして企業全体の成長停滞につながる恐れも指摘されています。
中小企業における社員教育のポイントにはどのようなものがあるのでしょうか。
中小企業において効果的な人材育成を実現するためには、管理職と人事部門の連携が欠かせません。
現場の管理職は業務の実態や必要なスキル、課題を把握しており、人事部はそれらを反映した育成施策や計画の設計・推進を担います。
両者が協力し、個々の社員の強みや課題を共有することで、従業員一人ひとりに合わせた成長支援やサポート体制が整い、社内全体で育成への意識や教育文化も根付きやすくなります。
特に、管理職自らが研修や自己学習の機会を先行して体験し、その意義や効果を実感した上で部下へ教育の大切さを伝えることで、従業員の学びのモチベーションを高める土壌づくりにも寄与します。
中小企業ではリソースが限られているからこそ、社員教育は重点分野から順に進めることが重要です。
教育の優先順位を決める際は、「すぐに成果につながるか(即効性)」や「どれだけ広く影響するか(影響範囲)」を基準に検討します。
たとえば、業務効率化に直結するスキルや現場で必要とされる知識を優先すれば、企業全体への貢献度も高まります。
また、経営層や管理職など、組織に与える影響が大きい人から集中的に育成することで、現場の意識変革や部下の成長支援にもつながり、中長期的な企業成長の基盤を作ることができます。
中小企業の人材育成では、明確な教育体系を構築することが大切です。
具体的には、従業員の職種・役割やキャリアステージごとに「どの時点で何を身につけてほしいか」という基準を定め、その達成に適した支援や教育機会を可視化します。
たとえば、新入社員・中堅社員・管理職といった節目ごとに必要な研修や外部セミナーを設定し、体系的かつ計画的に成長機会を提供する体制を整えることで、従業員は自らの目標や将来像を明確に持てます。
また、eラーニング等の教育コンテンツや平等な学習制度を導入することで、誰でも好きなタイミングで学べる環境を整備でき、組織全体の底上げと持続的な人材育成の仕組みが実現できます。
社員教育は一時的な取り組みではなく、中長期的な視点で計画的に進めることが不可欠です。
能力や意識は短期間で変わるものではなく、スキル習得や社内風土の醸成、従業員一人ひとりの行動や考え方の変革には時間を要します。
たとえば、将来のリーダー育成を目指す場合、1年目はビジネス基礎力の定着、2~3年目は専門知識や応用力の強化、4~5年目はマネジメント能力や課題解決力の向上と、段階的に必要な研修や施策を計画立てて積み重ねることが望ましいでしょう。
中小企業は人も予算も限られていますが、数年単位で継続して育成に取り組むことで、着実に組織全体の成長と人材の定着が実現できます。
中小企業が効率的かつ効果的に人材育成を行うには、業務ごとの標準的なマニュアル化が不可欠です。
OJTのみの口頭指導では伝え漏れや教え方のバラつきがどうしても発生しやすいため、ノウハウや手順、ポイントを整理した書面マニュアルを整備しておくことで、誰でも一定水準で習得できる仕組みを作ることができます。
最近では、文字だけでなく動画を活用したコンテンツ化も有効です。動画教材は視覚的・実践的に情報が伝わりやすく、実際の動作や接遇、具体的な製品知識の伝達にも最適。何度でも繰り返し確認できるため、個々のペースで着実に習得できます。
こうした教材やマニュアルの活用により、指導者の負担軽減や教育内容の均質化、自主学習の促進も進み、限られたリソース下でも組織全体のスキル底上げとモチベーション向上が実現しやすくなります。
人材育成の目的は、単に業務をこなせる人を増やすことではなく、従業員が自身の仕事に価値とやりがいを見出し、成長を実感しながら主体的にキャリアを築ける環境をつくることにあります。
そのためには、年齢や在籍年数に関係なく能力や成果を正当に評価する、公平で分かりやすい評価制度を整備し、社内で明確に共有することが大切です。
また、上司と部下が定期的に面談やフィードバックの機会を持つことも効果的です。面談を通じて業務上の悩みや成長ポイントについて意見交換し、上司から具体的なアドバイスを受けることで、より実践的なスキルやモチベーション向上につながります。
こうした取り組みにより、従業員が納得感をもって自分の成長に挑戦でき、信頼関係も築かれやすくなります。
社員教育・研修を効果的に実施する方法にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは3つの方法を取り上げます。
OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、現場で日常業務をこなしながら実践的に知識やスキルを身につける、効果の高い社員教育の基本です。
上司や先輩が直接ノウハウやコツを指導できるため、即戦力化しやすく、問題点や疑問もリアルタイムで解消しやすいのが大きなメリットです。
一方で、教える側のレベルや経験値によって指導内容にばらつきが生じやすく、個人ごとの学習機会・質に違いが出るリスクもあります。
社員教育・研修を効果的に実施するには、OJTに加えて「集合研修」や「eラーニング」をバランスよく組み合わせ、OJTの現場力+座学での基礎・体系的知識+自律的な学習機会を提供できる仕組みづくりが欠かせません。これにより、継続的なスキルアップと組織力の底上げを目指すことが可能です。
集合研修は、日々の現場を離れて、受講者全員が一堂に会し、特定のテーマやスキル習得を目的に体系的に学ぶ教育方法です。
講義、グループワーク、ロールプレイングなどを通して、知識のインプットだけでなく仲間とのディスカッションや実践的な演習もできるため、学びの定着や実践力の向上につながります。
また、受講者同士の交流や刺激、社内外の講師からの直接的なフィードバックによって、多角的な視点や新しい気付きが得られるのも集合研修の大きな魅力です。
階層や部署を超えた横のつながりを強化できるほか、社内コミュニケーションの活性化や組織全体の結束力向上にも効果的です。
eラーニングは、パソコンやタブレットを活用し、オンラインで学ぶ現代的な教育手法です。
受講者は時間や場所に縛られず、自身のペースで反復学習できるため、仕事と両立しやすく、知識の定着にも効果的です。また企業側にとっても、会場代や交通費・講師謝礼などのコスト削減や、人事部門の業務負担軽減、中長期でコンテンツを使いまわせるメリットがあります。
豊富な研修プログラムを簡単に配信できるので、全従業員に公平な学習機会を与えやすく、現場OJTや集合研修と組み合わせれば、インプットとアウトプットのサイクルも強化されます。
たとえば事前にeラーニングで基礎知識を身につけてから現場指導に臨んだり、OJTの解説を動画化・配信して自主学習教材にするなど、業務や負担に合わせて柔軟に設計可能です。こうした点から、eラーニングは限られた人材や時間・費用リソースの中でも、学び続ける土壌を整えたい中小企業にとって非常に有効な手段といえます。
中小企業においてはコスト面に課題があり人材育成を進めることができない、というケースも少なくありません。このような課題を解消するために、さまざまな助成金が用意されています。ここでは、人材育成に活用できる助成金について解説します。
人材育成のための研修を実施する際、国や自治体の補助金・助成金を活用すれば、企業側の経済的な負担を大きく軽減できます。
これらの制度は、従業員のスキルアップや資格取得支援などを目的に、多様な研修プログラムの一部または全額を補助するものです。社員教育に公的資源を活かすことで、質の高い学びの機会を広げやすくなります。
企業が正社員向けに体系的な人材育成や教育訓練を実施する場合に支給される制度です。主に「現場での訓練」や「キャリアカウンセリング体制の整備」など、コースごとに支援内容や補助額が異なります。 正社員のスキルアップやキャリア形成を推進し、企業競争力の強化を目的とした助成金です。 |
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非正規雇用の従業員のキャリア形成や正社員への転換、スキルアップのための人材育成を支援するための助成金です。厚生労働省が指定する複数のコース(例:正社員化、処遇改善、スキル習得支援など)があり、各コースの要件を満たした企業が対象となります。 非正規社員の活躍推進やキャリアアップを後押ししたい中小企業に適した制度です。 |
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働く人の主体的なスキルアップやキャリア形成を後押しするための制度です。厚生労働大臣が指定する教育訓練を受講・修了した場合、受給要件を満たせば費用の一部が給付金として支給されます。 対象となる教育訓練は「専門実践」「特定一般」「一般」と複数種類があり、受講内容や個人のキャリアプランに合わせて活用できます。 |
これらの制度を活用することで、中小企業は人材育成のコスト負担を抑えつつ、多様な教育機会を提供できます。自社の人材戦略に合った補助金や助成金を選び、申請条件や必要書類、期限などを事前にしっかり確認し、計画的に申請準備・手続きを進めることがスムーズな活用のポイントです。
中小企業が利用可能な補助金・助成金を活用する場合の注意点とはどのようなものがあるのか確認しておきましょう。
補助金・助成金は企業活動をサポートする心強い制度ですが、審査や採択により必ず受給できるとは限りません。助成金が得られなかった場合でも実行できる計画や資金体制を整えることが大切です。まずは自社の現状を見極め、助成金ありきの投資ではなく、自社の成長に本当に必要な人材育成策を土台に計画を立てましょう。
賃上げは多くの補助金・助成金制度において申請要件となっているため、申請準備の段階から従業員の給与引き上げについてしっかり計画しましょう。また、賃上げの実施は従業員のモチベーション向上や離職防止だけでなく、組織全体の活性化や生産性向上にもつながります。待遇改善が企業の持続的成長や競争力アップに直結することを意識し、助成金など外部資源も活用しながら賃上げと人材育成施策の両立を目指すことが大切です。
補助金や助成金の申請には、多くの書類や手続きが必要です。準備には時間がかかるため早めに取りかかるようにしましょう。補助金によっては申請期限前であっても予算に達した段階で募集を取りやめてしまうため、なるべく早めに申請するのがポイントです。
中小企業が行った社員教育の成功事例を3社ご紹介します。
株式会社クア・アンド・ホテル(山梨県甲府市/1979年創業)は、ビジネスホテルを運営しています。
従来は勉強会や外部研修などを活用していたものの、全社的・継続的な育成には至っていませんでした。コロナ禍による客数減少を契機に、従業員教育の強化に着手。在籍年数や職務等級ごとに研修内容を明確化した社内研修体系を構築すると同時に、自発的な学びを促す社外研修も導入しました。
受講コースを自己申告制とすることで、従業員の主体的なスキルアップを支援。その結果、社員一人ひとりが成長したいという意欲や現場発の提案が生まれるなど、モチベーションと現場の活性化につながっています。
株式会社IBUKI(山形県西村山郡/従業員60名以上)は、射出成型用金型の設計・製造を行う企業です。
大手家電メーカーの工場海外移転といった事業環境の変化や、従業員数の減少・高齢化に直面するなか、デジタル化推進や教育・研修体制の見直し、経験者採用を進めました。研修施策としては、世代を問わず少人数グループで集まり、社内講師によるセミナーとディスカッションを組み合わせた「育成塾」を定期的に開催。これにより、世代間交流が活発化し、コミュニケーションが社内に広がりました。
この取り組みをきっかけに、講師役を経験した従業員に刺激され、社外研修への参加者が増加。社内の「学び直し」意識が高まったことで、離職率の低下や、仕事へのモチベーション向上、部門を超えたコミュニケーション促進、さらには事業の黒字化実現など、多方面で成果を挙げています。
側島製罐株式会社(愛知県海部郡・従業員40名以上)は、スチール缶・ブリキ缶の製造販売を行っています。
長期間にわたる売上減少により従業員数も減り、組織全体に停滞感があったなか、全従業員が参加する経営理念の策定や、自律的な人材育成プロジェクトを推進しました。トップダウン型からの脱却を図り、ミッション・ビジョン・バリューを全員で策定するとともに、資格取得の奨励や5S活動、安全遵守、DX推進、制度構築など多様なテーマで従業員が主体的に動く体制を整えました。
こうした取り組みによって、仕事への意欲と自律性が向上し、現場から新しい提案や改善行動が生まれています。売上・利益率も上昇し、給与や賞与といった待遇面の改善にも結びつきました。
中小企業の持続的成長には、戦略的な人材育成が不可欠です。OJT・集合研修・eラーニングなど自社に合った教育方法を活用し、今あるリソースで着実に教育環境を整えましょう。公的助成金も上手に利用しながら、中長期で人材力の底上げに取り組むことが大切です。