利益のみを追求する時代は終わり、今は持続性・多様性・公平性が重視される時代です。社会の変化に合わせて、経営の在り方を見直す企業も増えてきています。
そこで注目を浴びているのが「ウェルビーイング経営」です。本記事では、ウェルビーイング経営の概要や企業にもたらす効果、デメリット、推進する際のポイントなど幅広くご紹介しています。ウェルビーイング経営の導入を検討中の方や、推進チームメンバーに選ばれた方、従業員エンゲージメントの低下に悩んでいる方はぜひお役立てください。
ウェルビーイング経営の「ウェルビーイング」とは、どのような意味なのでしょうか。厚生労働省の資料では、以下のように定義されています。
「ウェル・ビーイング」とは、個人の権利や自己実現が保証され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。
引用:「雇用政策研究会報告書 概要(案)」厚生労働省
このことから「ウェルビーイング経営」とは、従業員の心身の健康、社会的な環境を良好に保つ経営を行うこと、従業員がいきいきと働ける職場をつくることを意味するといえます。
身体的、精神的に満たされた状態とは、具体的に以下のような状態を指します。
そして、社会的に満たされた状態とは、具体的に以下のような状態を指します。
これらすべてが満たされた状態になるよう、企業が戦略的に取り組むことを「ウェルビーイング経営」といいます。また、ウェルビーイング経営は従業員に限らず、取引先や地域社会など、企業とかかわりのあるすべての組織・個人が「幸福な状態にあること」を目指します。
経済産業省の資料によると、健康経営とは以下のようなことを指します。
健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。
引用:「健康経営の推進について」経済産業省
従業員の肉体的・精神的健康を守るため、企業が取り組むという点は共通しています。しかし、ウェルビーイング経営では「従業員の権利や自己表現を保証すること」も求められます。健康を守るだけでは不十分とし、従業員が社会的にも満たされ、いきいきと働けることをゴールとするのです。
また、健康経営が目指すのは、従業員の幸福です。一方ウェルビーイング経営は、従業員、取引先、地域社会など、企業と利害関係にあるすべての人々が幸福になることを目指します。
つまり、ウェルビーイング経営は健康経営をさらに発展させた概念であるといえます。考え方のベースは同じですが、目指すゴールが異なるのです。
近年、日本でもウェルビーイング経営の注目度が高まっています。一体なぜ重視されるようになったのか、考えられる3つの理由について見ていきましょう。
少子高齢化が進み、労働力人口の減少が問題視されている日本。多くの国内企業が、人材の確保に悩まされています。
「労働力人口の推移(厚生労働省)」をもとに弊社で図を作成
厚生労働省の資料によると、働き盛りである30〜59歳の労働力人口は、1990年から2025年までで約11万人減少。2040年にはさらに減り、約3千471万人になると予想されています。
また、これから企業の中核を担う15〜29歳の労働力人口も、2040年までに約600万人減少するといわれており、さらなる人手不足に陥ると考えられます。
その対策として挙げられているのが、ウェルビーイング経営です。従業員が健康的にいきいきと働ける環境をつくることで、従業員の定着を促せます。また、多様な人材が働ける環境をつくることにより、幅広い人材を雇用し、人員を確保することが可能になります。
今後訪れるであろう危機の備えとして、日本の企業はいま、ウェルビーイングを重視する経営へとシフトしているのです。
労働力人口の減少は、国にとっても深刻な問題です。国の労働力が減ると経済が衰退する恐れがあるからです。
そこで、政府は就業者を増やすため、多様な人々が活躍できる社会を目指してさまざまな取り組みを行っています。ウェルビーイング経営の推奨もそのひとつです。
ウェルビーイング経営が実現されれば、これまで家庭の都合などで働けなかった人や、高齢者も就職できるようになります。ダイバーシティ社会の実現による労働力人口の増加、経済の活性化が期待されるため、企業にウェルビーイング経営の推進を勧めているのです。
このような政府からの後押しもあって、多くの企業がウェルビーイング経営に注目していると考えられるでしょう。
少し先の未来を見据えて行動する考え方が浸透した現代。持続可能な経営を実現するためには、中長期的な視点での経営戦略、人材戦略および人材育成が欠かせません。
しかし、従業員が離職すれば、それらを実現することができなくなります。よって、従業員の定着を促すウェルビーイング経営が注目されているのです。
また、持続可能な経営に注力する企業は、「未来ある会社」として社会から高く評価される傾向にあります。企業価値を向上させるためにも、ウェルビーイング経営の実現が重要だといえるでしょう。
従業員と社会の幸福を目指すウェルビーイング経営は、企業にもさまざまな良い効果をもたらします。具体的にどのようなメリットがあるのか、以下の4つの効果について解説していきます。
予測不可能な時代と呼ばれる現代。企業は、環境の変化に敏感でなければ生き残れないといわれています。ウェルビーイング経営は、そのような変化の見落としを防止するのに役立ちます。
従業員がいきいきと働ける環境をつくることによって、エンゲージメントが向上し、従業員の意欲性・自発性が高まります。仕事に対する関心が高い従業員は、変化に敏感です。接客での何気ない会話や観察、部下育成、採用……と、企業のトップ層が関わらない分野から、僅かな変化のヒントを拾ってくることもあります。
そのような従業員の小さな「気づき」が、企業を大きく動かすイノベーションにつながる可能性もゼロではありません。そして、意欲的・自発的に働く従業員が多いほど、そのチャンスは広がります。
このように、ウェルビーイング経営の実現は、時代の変化に強い企業の構築へとつながるのです。
心身ともに健康で、幸福感の高い従業員は、仕事で高いパフォーマンスを発揮します。また、『最強の組織は幸せな社員がつくる』という書籍に以下のような記述があります。
幸福度の高い人は職場で良好な人間関係を構築しており、転職率・離職率・欠勤率はいずれも低いという研究データもあります。
引用:『最強の組織は幸せな社員がつくるーウェルビーイング経営のすすめ』
株式会社クロスメディア・パブリッシング
身体的・精神的・社会的に満たされた従業員は、お客さまや同僚、企業に貢献したいと考えます。同僚と良好な関係を築けていれば、協力して業務に取り組もうとしますし、組織に長く定着すればスキルも高まります。
このことから、ウェルビーイング経営には生産性の向上が期待できるといえます。従業員に貢献することが、結果的には利益として企業に戻ってくるのです。
従業員が「ここで働き続けたい」と思える環境は、定着率向上を促進します。従業員の定着は、人手不足を解消するだけでなく、必要な人材の確保にもつながります。
従業員が定着すれば、時間をかけて人材を育成できます。従業員のスキルアップに加え、戦略的な人材育成を実現することも可能になるのです。人材の採用が難しい今、自社で人を育てられるというのは企業にとっての大きなメリットです。
また、従業員がいきいきと働く企業は、求職者に良いイメージを与えます。入社希望者が増え、採用を有利に進めることができるなど、将来の新たな労働力の確保にも役立つでしょう。
ウェルビーイング経営の実現は、従業員の自発性を促進します。心身の健康が保たれ、自らの権限、自己実現が尊重されることで、従業員は自分で考えて行動することに積極的になるのです。
自発性の高い従業員は、自ら進んで成長しようとします。そして、そのような従業員を増やすことで、成長し続ける組織を構築できます。環境の変化に負けずに突き進むことのできる、強い組織へと成長できるでしょう。
企業に多くのメリットをもたらすウェルビーイング経営ですが、もちろん良いことばかりではありません。失敗を少しでも減らすため、デメリットも確認しておきましょう。
ウェルビーイング経営は、長期的に見れば企業に利益をもたらすものです。しかし、実現するまでは、今よりも利益が減る可能性があります。
例えば、従業員の心身の健康を守るために労働時間を減らした場合、今と同等の成果を上げられなくなる恐れがあります。ウェルビーイング経営の実現に向けて組織が変わろうとするとき、反対派と賛成派の間で摩擦が生じることもあるでしょう。
また、すべての関係者の幸福度に配慮しながら利益を追求するのは、簡単なことではありません。取引先との関係を優先した結果、利益率が下がったり、自社の考えに賛同を得られず衝突が起きたりすることもあります。
ですが、目先の利益のみを求めてばかりでは、未来の道は開かれません。リスクを想定し、対策を立てつつウェルビーイング経営を進めることが大切です。
従業員がいきいきと働ける環境をつくるには、費用がかかるものです。オフィスのリフォームや福利厚生の整備、デジタルシステムの導入と、内容によっては多大なコストがかかります。
とはいえ、ウェルビーイングを実現するには投資が必要です。何にいくらかかるのか、何に投資して何を実現したいのか、入念に計画して実施することが重要です。
組織改革を行うのには時間がかかります。従業員、顧客、取引先など、多くの人々の幸福度を高めるには、さまざまな取り組みが必要です。
例えば、一般社員を取り巻く環境を変えるには、まず幹部や管理職の意識から変えていく必要があります。従業員の健康を保つ人材育成の方法、マネジメント方法などの知識を身につけることも必要です。
また、企業の制度や体制、ルールを変更し、それを根付かせるのにも時間がかかります。そもそも、人の「幸福度」とは曖昧なもので、何を基準に幸福を感じるのかは、人それぞれ異なります。全員が幸福を感じ、いきいきと働けるようになるまで、根気強く取り組む必要があることを覚悟しておきましょう。
ウェルビーイング経営は、どのような施策を行うかによって進め方が異なります。とはいえ、何から手をつければ良いか迷うこともあるでしょう。
そこでここからは、大まかな流れを解説していきます。
ウェルビーイング経営は、経営者1人、トップ層のみで成し遂げられるものではありません。組織全体で取り組むためには、ビジョンが必須です。
社員と会社、地域社会が幸せになるとはどういうことなのか、改めて考える必要があります。そして、それを言語化し、全員に共有することも必要です。
一度ビジョンを掲げるだけでは、全員に理解してもらえません。何度も伝え続けることが大切です。企業の意思を伝え、「自分も組織の一員である」と自覚させることが、ウェルビーイング経営実現の第一歩となります。
次に、企業がいま何をすべきか見極めるため、現状の可視化および分析を行います。情報収集の手段はさまざまですが、以下の方法が一般的です。
例えば、社内アンケートでは「ここで働くことに喜びを感じているか」「職場で自由に発言できるか」などと質問し、従業員の幸福度を測ります。幸福度の低い項目が、企業が取り組むべき課題であると判断できます。
ストレスチェックや従業員満足度調査など、結果が数値化される手法は、ウェルビーイング経営を推進する際の指標として活用できます。進捗や結果を外部に公開する際にも役立つでしょう。
ウェルビーイング経営を計画的に進めるため、課題点を「見える化」するのがポイントです。
次に、現状分析の結果をもとに戦略を立てます。自社が取り組むべき課題点を見極め、優先順位をつけます。加えて、その課題点をどのように改善するか、いつからいつまで取り組むかなど、目標と施策内容を決めます。
従業員・顧客・取引先・地域社会を幸福にする、という壮大な夢を叶えるためには、きちんとした道筋を立てることが重要です。明確な目標があることで、ビジョンを見失わずに済みます。
また、従業員のモチベーションを保つためにも、目標が必要です。小さな目標を達成し、最終ゴールに近づいている感覚が得られれば、モチベーションを維持して取り組めるでしょう。
戦略が決定したら、いよいよ実行です。
施策を実施する際は、プロジェクトの中心となり、管理していくチームが必要です。プロジェクトチームは、施策が着実に遂行されるよう下記のような取り組みを行います。
プロジェクトチームは、現場とトップ層のつなぎ役です。企業のビジョンを現場に伝えたり、現場の意見をトップ層に伝えたりする役割を担います。
問題が発生した際は、トップ層と連携を取りながら速やかに解決にあたります。のちに施策が適切だったか正しく判断するためにも、施策が着実に遂行されるようサポートする必要があるでしょう。
ウェルビーイング経営は、時間をかけてじっくりと取り組むべきものです。とはいえ、可能な限り無駄なく、効率よく実現したいのが企業の本音です。
では、どのようなことを意識すれば良いのでしょうか。以下の4つのポイントについて見ていきましょう。
ウェルビーイング経営で活用されることの多い「ウェルビーイングの三角形」。ウェルビーイング経営の三角形は「環境」「仕事」「未来」「対人関係」という4つの要素で成り立っています。
「安心・安全に働けているか」を測る、環境。「仕事にやりがいを感じているか」を測る、仕事。「明るい未来を描けていること」を示す、未来。「人間関係が良好であるか」を示す、人間関係。
これら4つの要素が満たされていれば、従業員は身体的・精神的・社会的に幸福であるといえます。ちなみに、対人関係はその他の3つの要素すべてにかかわります。上司や同僚との人間関係が良好でなければ、たとえ他が満たされていたとしても幸福を感じることはできないからです。
そして、この三角形は、ウェルビーイング経営の戦略を練る際に役立ちます。環境・仕事・未来・対人関係の4つの要素の中で、従業員が特に「何に不満を抱いているのか」を探ることで、企業が取り組むべき課題を見極められます。社内サーベイの基準や施策考案の参考にしてみましょう。
ウェルビーイングの理想像は、企業によって変わるものです。一般的にいわれるウェルビーイングの条件が、自社に当てはまるとは限りません。先ほど述べた「ウェルビーイングの三角形」がベースにあるものの、細かい要素は企業ごとに異なります。
そのため、ウェルビーイング経営を実現するには「自社にとっての理想」を考えることが大切です。始めは一般的なモデルや他社を参考にするもの良いですが、それが本当に社員や関係者にとっての幸せか、突き詰める必要があります。
繰り返し考えることで、自社が目指すべき理想像が明らかになるでしょう。
社員の幸福度、不安、不満は、アンケートを実施するだけではわかりません。日常での会話や観察を経て、ようやく本音を知ることができます。
そのためには、コミュニケーションの機会を増やす必要があります。1on1ミーティングは、従業員同士の接触を増やす代表的な手法です。上司と部下が1対1で話し合う場を設けることで、アンケートではわからない細かい情報を得られます。
1on1ミーティングには、部下に発言することに慣れてもらう狙いもあります。自分の意見を伝えても否定されないこと、自分の意見を伝える大切さを知ってもらうことで、発言することに対する積極性を促すのです。
ただし、部下が本音で話せるよう工夫が必要です。社員のコミュニケーションスキルの向上も、対策として必要だと考えられるでしょう。
組織を動かすには、「ウェルビーイング経営を実現しよう」と呼びかけるだけでは不十分です。意識改革を行うためには、従業員に「ウェルビーイング経営の実現は自分にメリットがある」と実感してもらうことが大切です。
その方法として挙げられるのが、人事評価への反映です。ウェルビーイング経営の実現につながる行動が適切に評価されれば、取り組みに対して前向きになれるでしょう。
なお、人事評価や人材育成との関連付けは、ビジョンの浸透にもつながります。ウェルビーイング経営のビジョンをもとに、目標や評価基準を設定することで、従業員がビジョンに触れる機会が増えるのです。
企業のトップがビジョンを繰り返し語ることももちろん大切ですが、従業員の意識を変える具体的な対策も考えておきましょう。
ウェルビーイング経営の実現を重要課題とし、取り組む企業が年々増えています。具体的にどのような活動が行われているのか、以下の3社の事例を見ていきましょう。
小売事業などを営む「丸井グループ」は、企業戦略としてウェルビーイング経営の推進に取り組んでいる企業のひとつ。独自の「Well-being推進プロジェクト」を立ち上げ、従業員の健康維持や、ウェルビーイングに関する知識の向上に力を注いでいます。
なかでも特徴的なのは、トップ層に向けた「レジリエンスプログラム」。組織への影響力のある役員・部長・課長を対象とし、自身と周囲の活力を高める習慣を身につけさせています。
当プログラムを実施したところ、一部の職場のストレス改善度合いが平均値と比較して0.4ポイント上昇。ワークエンゲージメント指数も、平均値と比較して1.0ポイント上昇しています。また、ウェルビーイング経営推進のプロジェクトメンバーを中心に、従業員の意識や行動にも変化が表れているようです。
引用:サステナビリティ| 人と社会のしあわせを共に創る「Well-being経営」丸井グループ
引用:サステナビリティ| 人と社会のしあわせを共に創る「Well-being経営」丸井グループ
大手総合電機メーカー「株式会社日立製作所」は、マテリアリティに「幸せな生活」を設定。ウェルビーイング経営の指標とした従業員エンゲージメントスコアが、2023年国内外合計で68.6%を達成するなど、高い実績をあげています。
当社は、従業員のメンタルヘルスの知識を高めるため、「Mental Health First Aid(MHFA)プログラム」への参加、資格取得を推進。役員報酬制度にもサステナビリティ要素を含めるなど、ウェルビーイング経営推進に向けて、組織改革や制度変更を積極的に行っています。
■参考:サステナビリティレポート2024(株式会社日立製作所)
スポーツウェア販売などの小売業を営む、米国の企業「ルルレモン・アスレティカ」。当社は従業員だけでなく、社会全体のウェルビーイングについて考え、さまざまな取り組みを行っています。
代表的なのは、独自で行っているウェルビーイング調査です。調査により、ウェルビーイングがかえって人々のプレッシャーになっていること、ウェルビーイングに強制を感じている人が多いことを明らかにしました。
また、当社はそれらの調査を経て、運動やマインドフルネスをとおして人々がウェルビーイングを感じられるキャンペーンなどを実施しています。広い視野で、社会全体の幸せとは何かを追究し続ける「ルルレモン・アスレティカ」は、一歩進んだウェルビーイング経営を推進しているといえるでしょう。
■参考:ニュースレポート|世界のウェルビーイング状態を独自調査 ルルレモン、3回目の「グローバル・ウェルビーイング・レポート」を発表(lululemon)
ルルレモン、世界のウェルビーイングの状態と推進要因を探る 年次の「グローバル・ウェルビーイング・レポート」2024版を発表(lululemon)
社会における企業の役割、企業の立ち位置が、改めて考え直される時代。今後も世の中の価値観や環境の変化によって、経営のあるべき姿は変わっていくでしょう。
そのようなとき、柔軟に対応できるかどうかが、企業存続の鍵となります。その第一歩として、まずはウェルビーイング経営について知ること、ウェルビーイングについて会社全体で考えることから始めてみましょう。