Googleが「効果的で効果的なチームの条件」として発表したことでも有名な「心理的安全性」というワード。自分の職場の心理的安全性は大丈夫だろうか……と気になっている人も多いでしょう。
そこで今回は、心理的安全性が低い職場とはどのような状況を指すのか、具体的な特徴を交えて解説していきます。社員が行動しなくなる原因、パワハラとの関係性、改善策などもご紹介しますので、チームマネジメントにお悩みの管理者・チーム責任者の方はぜひお役立てください。
「心理的安全性」とは、組織に所属する人々、チームメンバー全員が心理的な不安を抱えることなく、行動・発言できる状態のこと。ハーバード・ビジネススクール教授、エイミー・C・エドモンドソン氏(以下エドモンドソン氏)が1999年に論文で提唱した概念です。
エドモンドソン氏は、著書の『恐れのない組織「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』にて以下のように定義しています。
心理的安全性とは、大まかに言えば「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」のことだ。
引用元:「エイミー・C・エドモンドソン/訳:野津智子(2021)『恐れのない組織「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版株式会社」
反対意見や懸念点についても不安なく声を上げ、チーム皆で助け合える状態を「心理的安全性が高い」と言います。それに対し「心理的安全性が低い職場」とは、メンバーが提案・発言・挑戦すること、互いに関わり合うことを恐れている状態を指します。
ニュースなどで度々耳にする、パワーハラスメント(以下パワハラ)。厚生労働省は「パワハラ」を以下のように定義しています。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素をすべて満たすものをいいます。
パワハラは、心理的安全性を低下させる原因のひとつです。上司が部下に対し「業務範囲外の仕事を強制的に押し付ける」「程度の超えた罰を与える」「精神的なダメージを与える」などの行為は、従業員に恐怖を与え、言動を制限します。
そして心理的安全性の低下は、パワハラが起きる原因になります。部下が上司に対し「嫌だ」と主張できれば、話し合いで解決できる可能性がありますが、心理的安全性が低いと主張できません。一方的な圧力が働き、パワハラへと発展してしまうのです。
このように、心理的安全性とパワハラは因果関係にあります。
ただし、注意しなければならないのが「パワハラがない=心理的安全性が高い」ではないということ。明らかなハラスメント行為が無くても、上司の何気ない表情、態度、言葉が原因で部下が不安を抱えてしまうことは珍しくありません。
「うちの職場にはパワハラはない」と思っていても、心理的安全性が確保されているとは限らず油断できないのです。
では、心理的安全性が低い職場とは、具体的にどのような状況を指すのでしょうか。主な5つの特徴について見ていきましょう。
心理的安全性が低い職場では、従業員が自分の意見を伝えることを躊躇します。
例えば以上のような状況です。「一部は積極的に意見するが、一部は沈黙する」といった場合も、心理的安全性は低いと言えます。
心理的安全性が低いと、業務を円滑に行うために必要不可欠な「報告」「連絡」「相談」さえも避けるようになります。具体的には以下のような行動です。
心理的安全性の低い職場では、メンバーがリーダーに報告することを怖がります。
特に多いのが、ミスやトラブルの未報告です。「報告すると罰せられるのではないか」「責められるのではないか」という不安が大きいため、報告を躊躇ってしまいます。
心理的安全性が低いと、わからないことがあっても質問できません。1人で解決しようとしたり、わかったフリをしたりしてしまいます。
リーダーが「質問があるか」と聞いて「ない」と答えていたメンバーも、深掘りしてみたら実はたくさんの疑問点を抱えていた……なんてケースも珍しくありません。
「疑問があっても質問しない」「懸念点について意見しない」といった状況では、チームの助け合い・話し合いが起きません。コミュニケーションが少なく、協力し合う文化がないのです。
また、支援を求める習慣がなければ、困っている人に手を差し伸べる人もいません。チームワーク力の低さは、心理的安全性の低さを表しているとも言えるでしょう。
心理的安全性が低いチームのメンバーは、自ら行動することを恐れています。
以上のような状況にあるならば、心理的安全性が低いと言えるでしょう。「勝手に行動したら叱られるかもしれない」「自主的に動いたら損をするからやめておこう」など、自発的に動くことに対するネガティブな考えを持っています。
挑戦することに対して消極的な点も、心理的安全性の低い職場の特徴です。
このようなメンバーは、失敗することを恐れています。「失敗したら責められるだろう」「成功しなければ失望されるかもしれない」という不安が、チャレンジを抑制するのです。
リーダーは、チームに最も大きな影響を与える存在。リーダーの行動が、チームの心理的安全性を左右するといっても過言ではありません。
以上のように、リーダーがメンバー1人1人の違い・意見・考え方を受け入れない場合、チームが抱える不安や恐怖は大きいと考えられます。『心理的安全性のつくりかた「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える』の著者、石井遼介氏(以下石井氏)も以下のように述べています。
リーダーの心理的柔軟性による心理的安全性への影響は大きい。リーダーが心理的柔軟だと、チームの学習が大きく促進される
引用元:「石井遼介(2020)『心理的安全性のつくりかた「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える』日本能率マネジメントセンター」
よって、リーダーの行動に柔軟性がないと判断したならば、そのチームの心理的安全性を疑うべきでしょう。
ここまで主な5つの特徴を上げてきましたが、自分の職場が「心理的安全性が低い職場」に該当するのかより詳しく知りたい場合は、エドモンドソン氏が提案する調査方法を活用するのもおすすめです。下記記事にて紹介していますので、ぜひご覧ください。
心理的安全性が低くなるのは、一体なぜなのでしょうか。効率よく改善するためにも、考えられる原因について理解しておきましょう。
提唱者であるエドモンドソン氏は、心理的安全性低下の要因として4つの不安を挙げています。
メンバーが発言・提案・報告・相談などの行動を避けるのには、これらの4つの不安が根底にあります。さらに言えば、これらの不安は過去の経験によって作られます。
例えば、部下が上司に質問した際「そんなことも知らないのか」と言われれば、無知だと思われるのではないか、という不安を抱えるようになるのです。
そのような”嫌な体験”を何度も繰り返すことで、行動することへの恐怖心が根付きます。そして、チームメンバーが次第に行動を控えるようになっていくのです。
ミスを報告することを恐れるのは、報告した際の対処法が主な原因。犯人探しをしたり、原因を調べずに罰したりする行為は、「無能と思われるのではないか」という不安を大きくさせます。
また、「ミスをしたら責任者を処罰する」といった圧力をかけるようなマネジメントも、メンバーの行動を縛る原因です。
恐怖で人を縛る教育指導は、心理的安全性を低下させ、部下の成長を抑制します。特に、厳しい処罰を乗り越えて育ってきたリーダーは、自分が教えられたように指導してしまいがちなので、注意が必要です。
「自分はこのチームの一員である」という実感が無ければ、発言・提案・自主的な行動が無駄だと感じてしまうもの。『心理的安全性のつくりかた「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える』という書籍の中で、著者の石井氏は以下のように述べています。
メンバーの多数が、同質性で構成されたグループだと認識されている中では、異質だと感じる自分の声に需要を感じ無いからです。
引用元:「石井遼介(2020)『心理的安全性のつくりかた「心理的柔軟性」が困難を乗り越えるチームに変える』日本能率マネジメントセンター」
「自分が行動することで、周囲から邪魔に思われるのではないか」という不安に加え、このような「所属意識の欠如」も原因のひとつとして考えられます。
石井氏が言うように、特にチームの中でも異質なメンバーは、こういった疎外感を感じやすいものです。そのためリーダーは、メンバーの多様性を受け入れ、1人1人の所属意識を高める必要があります。
組織のトップがすべてを決め、指示する仕組みでは、メンバーの主体性は失われていきます。各リーダーが心理的安全性を高めようと取り組んでも、企業がトップダウン型だと、自主的に行動する従業員は育たないのです。
自ら考えて行動する機会が無ければ、次第に「自分がわざわざ発言する必要はない」「指示通り動いていれば良い」と考えてしまうもの。裏を返せば、企業の心理的安全性を高めるには、ボトムアップ文化を築くことが重要であると言えます。
心理的安全性は、そもそもなぜ高めるべきなのでしょうか。そこでここからは、心理的安全性の低下が引き起こすデメリット、リスクについて解説していきます。
行動することに対して臆病になると、チームメンバーは個々の能力を発揮できません。高いスキルがあっても、アウトプットし、業務に活かすことができないからです。
また心理的安全性が低い職場では、メンバー同士の助け合いも起きないため、チームとしてのパフォーマンスも落ちます。
心理的安全性があればチームの学習行動が促され、パフォーマンスも向上することを明らかにした。
引用元:「エイミー・C・エドモンドソン/訳:野津智子(2021)『恐れのない組織「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版株式会社」
エドモンドソン氏が以上のように証明していることからも、心理的安全性の低下はパフォーマンスの低下につながると言えます。
心理的安全性が低い職場におけるミスの報告不足は、さらなるトラブル・ミスを招きます。ミスの犯人探しや処罰ばかりを重視し、本来行うべき原因追及を厳かにするため、業務が改善されずミスを繰り返してしまうのです。
また、チーム内でのコミュニケーションが少ないことから、トラブルに関する話し合いも十分に行われません。アイデアを発案するメンバーがおらず、良い解決策も見つけにくいため、改善までに時間がかかるでしょう。
心理的安全性が高い職場では、アイデアを皆で出し合い、協力しながらチームとして成長します。
一方心理的安全性が低い職場では、メンバーが挑戦に対して消極的。意見交換もなく、イノベーションが起きにくい環境です。トラブルを乗り越えるパワーが弱いため、メンバー個人もチームとしても、成長が遅いと考えられます。
チームが成長しないということは、つまり企業の成長も止まるということ。時代の変化に適応できず、ライバル企業に出し抜かれるリスクを抱えることとなるでしょう。
従業員・チームのパフォーマンス低下と、成長の停止。これらを引き起こす心理的安全性の低い状況において、企業の業績低下は避けられません。
十分な成果を出すことができなければ、十分な利益を得ることは不可能です。加えて、イノベーションによる成長もできないとなると、市場で埋もれ、顧客はライバル企業へと流れていきます。
業績不振が続けば、最悪の場合、倒産に追い込まれることも。企業の寿命を縮めるリスクが潜んでいるため、たったひとつの小規模なチームであっても、心理的安全性の低下には目を向けるべきなのです。
心理的安全性が損なわれると、会社へのエンゲージメントが下がります。不安によってストレスが溜まり、かつ発言も提案もできないとなれば、「自分がこの会社に貢献する意味はない」と思ってしまうからです。
よって、心理的安全性の低下は、離職者を増やすと考えられます。人手不足となり、採用・教育コストの増加やさらなる離職者の増加など、さまざまな問題が発生することとなるでしょう。
それではいよいよ、心理的安全性が低い場合の改善策をご紹介します。先に挙げた特徴から「自分の職場は心理的安全性が低いかもしれない」と感じた方は、ぜひお役立てください。
エドモンドソン氏は、以前「TED」と呼ばれる講演会にて、心理的安全性に関する発表を行いました。そこで、メンバーの行動や発言を促す3つの策を提案しています。
同氏は1つ目の対策として、仕事を”学習の機会”と捉えることを提案。加えて「未知のことを成し遂げるには、メンバー全員の力が必要」とチームメンバーに伝えることが、発言や提案を促すと説いています。
アイデアの発案や提案、質問することを躊躇うメンバーがいるチームは、失敗への恐怖心を軽減するこの考え方を導入してみると良いでしょう。
2つ目の改善案として挙げられたのは、ミスをすることを認めること。リーダーが自分の間違いを認めることで、チームに安心感を与えます。それにより、メンバーはミスを報告しやすくなるでしょう。
また「自分もミスをすることがある」と周囲に伝えることで、失敗に対するチームの緊張感が和らぎます。互いにミスをカバーしようと、助け合う文化が芽生える可能性も期待できるでしょう。
「積極的に質問すること」もチームメンバーの発言を促す、とエドモンドソン氏は解説しています。チーム内のコミュニケーションを活性化させることで、メンバーが話しやすい雰囲気を作るのです。
メンバーが「発言すること」に慣れれば、アイデアを提案することへのハードルも下がります。チームを変化させるには、まずリーダーが率先して行動を起こし、きっかけを作ることが大切です。
心理的安全性が低い状況を変える際、リーダーには具体的にどのような行動が望まれるのでしょうか。さまざまな対策が挙げられますが、ここでは主な4つの行動をご紹介します。
チームメンバーに染み付いた不安は、簡単には解消できません。「安心だ」と感じる体験を何度も繰り返すことで、ようやく徐々に軽減されていきます。
そのため、リーダーはメンバーに不安を与える行動をやめて、安心感を与える行動を増やす必要があります。例えば「意見を否定する」ことをやめ、「発言してくれたことに対し感謝を述べる」ことを増やす、というようにです。
ただし、それらを無意識に行うのは難しいため、予め「やめるべき行動」「増やすべき行動」を明確にすることが大切です。そうすることで自分の行動を客観視でき、意識的に変化させることができます。
周囲に相談することをしないメンバーの中には、「相談しても無駄だ」と感じている人もいます。相談することにデメリットを感じているのです。
そのためリーダーは、チームに「相談することの重要性・必要性」を伝える必要があります。また、ただ伝えるだけでなく実際に体験してもらうことも重要です。メリットを幾度も体感してもらうことで、おのずと「相談したくなるチーム」へと変化していくでしょう。
チームメンバーが安心して話せるようにするには、リーダーが「傍聴」に徹することも大切。それもただ話を聞くのではなく、相手が話しやすいと感じる、表情・声色・仕草に配慮が必要です。
話を聞いているつもりでも、相手は「聞いてもらえていない」と感じていることが多々あります。相槌を打つ、アイコンタクトをとるなど、基本的な聞く姿勢から見直してみましょう。
心理的安全性を高める取り組みは、従業員を甘やかすことになると懸念されてしまいがち。しかし「心理的安全性の高さ=ぬるま湯」ではありません。
間違いやミスがあれば指摘し、話し合い、対処します。むしろ間違いやミスを見逃すこと、指摘しないことこそ、率直な意見を言えない「心理的安全性の低さ」を表します。
心理的安全性を確保しつつ、チームを正しい方向へと導くには、行動と結果を切り離して考えることが重要です。
例えば、メンバーの提案内容に反対でも、提案してくれたその「行動」自体をまず評価します。内容については、のちに話し合えば問題ありません。そうすることで、メンバーは自主的な行動への不安を抱かずに済みます。
内容と結果、行動を別々に考え、それぞれに対応するのがポイントです。
チームの変化にはリーダーの行動変化が必要ですが、リーダーの変化には企業からのバックアップが必要不可欠。では、企業はどのような取り組みができるのでしょうか。
対策例を3つご紹介します。
チームのコミュニケーションを活性化させるには、リーダーの力だけでは不十分。企業全体のシステムとして、サポートする必要があります。
例えば、1on1ミーティングの設置、日報を使った報告ルールの導入などです。「今日のコンディションを朝礼で伝える」などといった、簡単な内容の報告・共有練習から始めてもらうのも良いでしょう。
メンバーが互いにアウトプットし合う機会を、ひとつの「ルール」として設けることで、話し合いが習慣化されます。慣れによる、発言・提案への深刻さを減らすのが狙いです。
挑戦や自主的な行動を促すには、ツールを活用するのもひとつの手です。例えば、書籍『心理的安全性のつくりかた』では、「アドビ」が導入している「Kickbox」の事例が紹介されています。
「Kickbox」は、アイデアの考案に役立つ道具や、アイデアを検証するためのチェックリスト、1,000ドル入金済みのプリペイドカードなどが入ったツール。社員が気軽に発案・検証・挑戦できるよう、「アドビ」はこの「Kickbox」を社員に配布しているのだそうです。
社員に「挑戦しなさい」と指示するのもまた、心理的安全性を低下させる恐れがあります。強制ではなく、楽しみながらチャレンジできるようにするには、ツールの活用が有効と言えるでしょう。
チームを変化させる役割を担うリーダーには、知識とスキルが必要です。そのサポートを行う役割と責任は、企業にあります。
リーダーの育成には、研究の実施が有効です。リーダーが取るべき行動や、心理的安全性を低下させる要因など、実用的なスキルが身につく研修を実施しましょう。
また会社のトップの行動は、各リーダーの手本になります。トップからリーダー、そして全社員へと、心理的安全性の高い文化が広がるよう、まずは経営陣側の接し方から見直してみましょう。
チームリーダー、責任者、管理者が抱える負担は決して小さくありません。さまざまな個性を持つメンバーをまとめ、引っ張っていくのは至難の業です。
しかし、チームの心理的安全性が高まれば、彼らがリーダーを支える力になってくれます。肉体的にも精神的にも負担が減り、生産性の高いチームへと成長するはずです。
メンバーに根付いた不安や恐怖、疎外感を拭うのは簡単ではありませんが、時間をかけて少しずつ変えていきましょう。