利益向上のため、業務の見直しを行うこと、課題を分析することはビジネスの基本です。しかし、注目すべき点を絞ることができず、迷走してしまうケースが少なくありません。
そこで活躍するのが、本記事で解説する「サービスプロフィットチェーン」です。
言葉の意味はもちろん、利益につながる仕組みや取り組み例などもご紹介しますので、「聞いたことはあるが内容が曖昧」「具体的に何をすれば良いかわからない」とお悩みの経営者の方、管理者の方はぜひお役立てください。
サービスプロフィットチェーン(以下SPC)とは、「顧客満足」「従業員満足」「企業利益」の3要素が因果関係にあることを表すフレームワーク、またはそのような考え方のこと。
1994年、ハーバードビジネススクール名誉教授のジェームス・L・ヘスケット氏(以下ヘスケット氏)らが、論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法(原題:Putting the Service-Profit Chain to Work)』にて提唱したビジネスモデルです。
(参考情報:Putting the service-profit chain to work を参考に弊社で図を作成)
SPCは「従業員」「顧客」「企業」の3要素が互いに及ぼす影響、関係性、利益の循環を表します。その循環とは以下のような流れです。
働きやすい環境の提供、従業員のモチベーション向上に取り組むことで従業員満足度が上がり、サービスクオリティが上がります。そしてサービスクオリティが向上することで、顧客満足度アップ、顧客ロイヤリティの向上、最終的には利益向上へとつながります。
その利益を社内サービスの品質向上に回すなど、従業員に還元することにより、再び従業員満足度がアップ……と、このような好循環を生むことがSPCにおける目標です。
SPCは、企業がいま「やるべきこと」の発見に役立つもの。
企業利益向上のためには顧客満足度を上げる必要があり、顧客満足度を上げるためにはサービスクオリティの向上が必要。それにはまず従業員満足度の向上が必要……とサイクルを逆向きにたどっていくことで、課題や問題の原因を見定めることができるのです。
とはいえ「具体的にどのような仕組みで流れが成立するのか、よくわからない」という方もいるでしょう。そこでここからは、SPCにおける基本的な考え方について見ていきます。
利益を出すことができなければ、当然、企業経営は成り立ちません。そして、その利益は顧客が支払う代金、つまり売上げがあってこそ得られるものです。企業の存続は、”顧客からいかに「代金を支払う価値がある」と評価してもらえるか”にかかっている、といっても過言ではありません。
よって、企業は顧客へ提供する商品・サービスの質を上げる必要があります。そのサービスクオリティの良し悪しは「従業員」の働きによって変化します。
生き生きと働くことができる環境が整っていれば、従業員の仕事に対するモチベーションが高まるもの。その結果パフォーマンスが向上し、サービスクオリティが上がるのです。さらには顧客満足度の向上、利益向上とつながります。
そのためSPCでは、まず従業員満足度の向上に努めるべきと考えます。社内投資が、好循環を生む最初の一歩となるのです。
ロイヤリティとは「信頼」「愛着」のこと。他社よりも自社を選び、自社サービスを利用するロイヤリティの高い顧客は、会社の”ファン”とも言えるでしょう。
リピート率の高い顧客からの利益は多大です。利用回数が多くなればなるほど、顧客1人当たりの売上額が高くなり、利益も大きくなっていきます。
また自社を気に入ってくれている顧客は、周囲に口コミで広めるなど、認知度の向上や新規開拓のチャンスも秘めています。
ライヒェルドとサッサーは、顧客ロイヤルティが5%増加すると、利益が25%から85%に増加する可能性があると推定しています。彼らは、顧客ロイヤルティの観点から測定された市場シェアの質は、シェアの量と同じくらい注目に値すると結論付けています。
(引用元:James L. Heskett, Thomas O. Jones, Gary W. Loveman, W. Earl Sasser, Jr., Leonard A. Schlesinger(1994)『Putting the Service-Profit Chain to Work』をMicrosoft Edgeにて日本語翻訳)
論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法』の記述にもあるように、顧客ロイヤリティの高さは、会社にとって非常に大きな利益をもたらすのです。そしてその利益は、企業の成長・発展を促します。
よって、従業員満足度・顧客満足度の向上に加えて、顧客ロイヤリティの向上にも努めるべきとSPCでは考えます。
会社の成長につながる顧客ロイヤリティ。それを高めるのは、やはり従業員の取り組みです。
従業員が質の良い商品・サービスを提供することで、顧客満足度が高まります。顧客満足度が高まると、実際に顧客と接した従業員もしくは会社のファンが増え、顧客ロイヤリティが向上するという仕組みです。
それを実現するには、クオリティが高いサービスを提供できる従業員、および環境の整備が必要です。ここで「考え方1」で紹介した、社内投資の重要性につながってきます。
従業員への投資が巡り巡って会社の利益に。得た利益は、再び社内投資として従業員へと還元されます。そうすることで従業員満足度がさらに向上し、サービスクオリティもさらに上がる…このサイクルを回すことがSPCにおける理想です。
では、SPCの根本にある「自社内のサービス品質」を向上させるには、具体的にどうすれば良いのでしょうか。論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法』にて挙げられている5項目について、詳しく見ていきましょう。
従業員満足度の向上には、働きやすい職場環境が欠かせません。ストレスを感じる環境では、社員は十分にパフォーマンスを発揮することができず、成長も期待できないからです。
快適に働ける環境とは、例として以下のような条件が揃った環境のことを言います。
「就業時間が長すぎる」「休暇がとりにくい・不十分」といった状況は、肉体的にも精神的にも社員に大きな負担がかかります。そのほか人間関係の悪さ、劣悪なオフィス環境なども、ストレスの原因となるものです。
こういった環境では従業員のモチベーション・パフォーマンスが下がり、サービスクオリティも低下します。
よって企業は、心身ともに健康に働ける労働条件、環境を提供することが大切です。また、ストレスケアのためのシステムを導入したり、人間関係の構築に役立つ施策を行ったりし、従業員満足度の向上を目指しましょう。
「働きがい」を持って勤める社員は、高いパフォーマンスを発揮します。もともとの性格や個人の働く理由によって違いはあるものの、仕事に対するモチベーションはほとんどの場合、企業が社員に与える”業務の在り方”に左右されます。
では具体的に、何が社員のやる気アップにつながるのでしょうか。例として以下のような取り組みが挙げられます。
「やらされ感」があると、仕事に対するやりがいを感じることができません。たとえ良い成果を出しても、自分の実力としての実感が湧かないからです。それでは次第に手を抜き始める社員も出てくるでしょう。
そのため、自主性を持って働ける仕事の仕組みを作ること、主体的に行動する機会を与えることが大切です。なかでも「個々の能力に合わせた役割・責任を与える」「目標管理制度を導入する」などの取り組みは、社員自ら考えて動くきっかけとなるでしょう。
また、無駄な労力はサービスの質を落としかねないため、業務効率化です。従業員の負担を減らし、サービスクオリティの向上につなげましょう。
ハイクオリティなサービスを提供するには、高いスキルが必要です。モチベーションがあっても能力がなければ、顧客が求めるレベルの成果を出すことができません。
よって、高いスキルを持つ従業員の採用も、SPCにおける社内投資として重要です。企業の成長に必要なスキルを持つ人材、時代に沿った専門的なスキルを持つ従業員を採用することで、効率よくサービスクオリティを向上させることができます。
また、人材育成による社員のスキルアップも必須。効果的な社内研修の実施やトレーニングシステムの導入、外部セミナーへの参加の支援など、社員の成長を促す取り組みに投資しましょう。
モチベーション向上に努めても、評価がなければ社員は「やりがい」を感じることができません。そのため、従業員のパフォーマンスに対し適切な報酬を与えることも大切です。
「賞与」「インセンティブ」といった金銭的な報酬のほか、表彰によってやる気を刺激する方法もあります。
社内キャンペーンなどで良い成績を収めた社員を表彰することで、「努力したらきちんと評価される」という風潮が会社全体に伝わります。もちろん受賞した本人も、報われたことに対する満足感、達成感を得ることができるでしょう。
その結果、従業員のロイヤリティ向上へとつながるのです。
従業員満足度を高めるため、そしてSPCの好循環を生み出すためには、ツールを活用するのもひとつの手です。近年、ビジネスのデジタル化が進んでいますが、社内サービスの向上にもデジタルツールが活躍します。
論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法』では以下のような例が挙げられています。
たとえば、USAAでは、電話の営業およびサービス担当者は、顧客の電話を受けた瞬間に完全な顧客情報ファイルをすぐに利用できる高度な情報システムに支えられています。
(引用元:James L. Heskett, Thomas O. Jones, Gary W. Loveman, W. Earl Sasser, Jr., Leonard A. Schlesinger(1994)『Putting the Service-Profit Chain to Work』をMicrosoft Edgeにて日本語翻訳)
消費者は、正確でスピーディーなサービスの提供を求めるもの。しかし人間が業務を行う以上、ミスは起きるもの。スピードも正確さも、デジタルの力には劣ります。
よってデジタルツールの活用が、サービスクオリティの向上に有効と言えるのです。
ツールと言っても多種多様ですが、例えば以上のような特徴を持つツールが便利。従業員の負担軽減になるもの、パフォーマンス向上の手助けとなるものを選ぶのがポイントです。
ツールに頼ることで浮いた労力は、別の業務に回すことができます。社員育成など、人の力が必要な所に集中するためにも、活用できるものは活用していきましょう。
従業員満足度の向上、生産性の向上が実現できたら、次は顧客に提供しているサービスについて考えます。
社内投資によってもサービスクオリティの向上が期待できますが、それだけでは不十分です。SPCのサイクルを実現するには、企業がサービス自体を見直し、アプローチする必要があります。
そこで企業が取り組むべきこととして、「サービスコンセプトの明確化・見直し」「ニーズに合わせたサービス設計」の2点が挙げられます。詳しく見ていきましょう。
サービスコンセプトとは、企業が顧客に提供するサービスの方針のこと。「誰のため」のサービスなのか、「どのような価値が得られる」サービスなのかを示すものです。
明確なサービスコンセプトは、顧客が自社を選ぶ理由、つまり”付加価値”になります。
例えば「家事が面倒な人のための、掃除が楽になるグッズ」「在宅ワークをしている人に向けた、自宅で本格料理が楽しめるレトルト食品」など。このように、ターゲットと提供する価値が明確な商品・サービスは消費者に魅力が伝わりやすく、顧客になってもらいやすいのです。
さまざまな商品・サービスが多数存在する中で、自社を選んでもらうには”理由”が必要です。サービスコンセプトが不明確なものは競合他社に埋もれてしまいやすく、顧客は増えないでしょう。
よって「誰のため、どのような価値を提供するサービスなのか」を明確にすることが大切なのです。
コンセプトが明確でも、ニーズからズレた商品・サービスは顧客に響きません。例えば、対象顧客が「早さ」「安さ」を求めているのに、質の高さばかりを優先していては、いつまでも顧客の心は掴めないでしょう。
そのため提供するサービスは、顧客ニーズに合わせて設定する必要があります。ニーズに応え、期待を超えてこそ顧客満足度は高まるものです。
そして、顧客ニーズにピッタリとはまるサービスを提供するには、まず調査が必要です。調査方法としては顧客アンケートや市場調査が一般的ですが、従業員にヒアリングを行う方法もあります。
顧客は、サウスウエスト航空の頻繁な出発、定時運行、フレンドリーな従業員、非常に低い運賃を高く評価しています。サウスウエスト航空の経営陣は、主要なマーケティングリサーチユニットである14,000人の従業員が顧客と毎日連絡を取り、その結果を経営陣に報告しているため、これを知っています。
(引用元:James L. Heskett, Thomas O. Jones, Gary W. Loveman, W. Earl Sasser, Jr., Leonard A. Schlesinger(1994)『Putting the Service-Profit Chain to Work』をMicrosoft Edgeにて日本語翻訳)
論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法』にある上記の記述によると、米国の大手航空会社「サウスウエスト航空」では独自の調査システムを構築。経営陣が、毎日顧客と連絡を取る従業員から報告を受けることで、顧客ニーズの把握を可能にしています。
その結果、接客や利便性をはじめとする、さまざまな点において顧客から評価されているとのこと。顧客から直接意見を聞くことが、ニーズ分析において重要ということがわかります。
SPCのサイクルは、顧客満足度を満たす所で終わりません。継続的に自社サービスを利用する「顧客」「リピート客」を増やさなければ、最終的な利益向上につながらないのです。
よって次に企業が取り組むべきなのは、会社のファンを増やすこと。顧客ロイヤリティを高めるにはどうすれば良いのか、高めるとどのような効果があるのか詳しく見ていきましょう。
自社サービスの利用者、継続的な利用者を確保・増加することができて、はじめて顧客ロイヤリティの向上に取り組むことができます。顧客から信頼を得ようとするにも、そもそも顧客がいなければ実現できないからです。
利用者を確保するには、まず企業とサービスを世間に知ってもらう必要があります。そして「検討」から「利用」へとターゲットの行動を促すことで、顧客を確保できます。
また、利用者がすぐ離れてしまうようでは、利益を得ることができません。よって、継続して利用してもらえるよう対策が必要です。
これらを踏まえて以下のようなことに取り組み、顧客の確保・維持を目指します。
ここでも、先ほどの「サービスコンセプト」が活きてきます。他にない独自の利用価値が、自社を選んでもらえる理由となり、顧客確保のチャンスが広がるからです。
また、サービスコンセプト自体をキャッチコピーとし、アピールする手もあります。新規顧客獲得に向けて広告を打つ際、再利用を促す際は、サービスコンセプトを交えたプロモーションを意識してみましょう。
顧客が何度も自社サービスを利用してくれるということは、自社を気に入ってくれているということ。つまりリピート率が高ければ高いほど、顧客ロイヤリティが高い状態であると言えます。
収益を上げ、社内サービスの品質向上へと循環させるためには、このリピート率の向上が重要です。ところが「リピート率がないがしろにされがちである」と、ヘスケット氏らも言及しています。
あまりにも多くの企業が、新規顧客の獲得にほぼすべての努力を集中しています。しかし、生命保険のようなビジネスでは、新しい保険契約者は少なくとも3年は利益を上げません。
(引用元:James L. Heskett, Thomas O. Jones, Gary W. Loveman, W. Earl Sasser, Jr., Leonard A. Schlesinger(1994)『Putting the Service-Profit Chain to Work』をMicrosoft Edgeにて日本語翻訳)
収益を得るには、もちろん新規顧客の獲得も大切です。しかし、ヘスケット氏らも述べているように、利用歴の浅い顧客からは十分な利益を得ることができず、かえって赤字になる場合があります。
新規顧客を獲得する際は、広告費をはじめとするさまざまなコストがかかるもの。購買につながったとしても、1度や2度の売上では、コストを上回るほどの利益が望めないのです。
一方、リピート客は既に自社のことを知っているため、広告を打つ必要がありません。新規顧客獲得に向けて行うほどの割引や特典なども不要なので、コストが小さく済みます。
つまり、リピート率を上げれば上げるほど、利益が増えるのです。よって新規顧客獲得だけでなく、リピート率の向上にも注力すべきと言えるでしょう。
リピート客の増加、リピート率の向上には例として以下のような対策があります。
論文『サービス・プロフィット・チェーンの実践法』では、特に「顧客がどの競合他社へ流れたのか」を追究することの重要性について言及されています。
自社サービスをリピートするのをやめ、どの企業へと移ったのか。その理由はなぜなのかを探ることで、自社が他社に劣る点を分析することができます。リピート率アップ、およびサービス改善に役立つため、利用者の動向を観察・調査するようにしましょう。
気に入った商品やサービス、ブランド、メーカーは周囲にシェアしたくなるもの。リピート客、ロイヤリティが高い顧客には、このような「口コミでの紹介」という行動が期待できます。顧客自身が広告となり、自社の認知度アップ、新規顧客獲得に貢献してくれるのです。
また、既存客からの紹介は「信頼を得やすい」という特徴があります。
有象無象のプロモーションよりも、友人からの口コミの方が信頼できる、という人がほとんど。友人でなくとも、利用者の体験レビューは現実味があり、購入のきっかけになりやすいものです。
そのため、顧客による口コミでの紹介が多いと、新規顧客が増える可能性が高いと言えます。また顧客が広告代わりとなるため、広告費の削減に。と、まさに企業にとって良いこと尽くしです。
紹介による恩恵を得るためには、やはり「周囲に紹介したい」と思ってもらえるほどまでに、ロイヤリティを上げる必要があります。それには顧客満足度の向上、およびサービスクオリティの向上、従業員満足度の向上が欠かせないのです。
社内投資、サービスクオリティの向上、顧客ロイヤリティの向上と、SPCのサイクルを回すために企業がやるべきことは多数存在します。
しかし、すべては「企業の成長・収益性の向上」のためです。利益を得ることができなければ、会社は存続することができません。従業員にとって働きやすい環境を整えることも、質の高いサービスを提供することも、収益がなければ実現できないのです。
「〜のために〜が必要で、そのために〜が」というように、SPCの循環をたどっていると目標を見失いがち。ですが、SPCはあくまで「会社の利益を上げるための考え方」のひとつです。
SPCの項目を満たすことをゴールにしないよう注意しましょう。
企業の利益向上を目指す際、どうしても認知度の向上や業務効率化ばかりに注力してしまいがちです。しかし、SPCが表す利益の構造や顧客満足との関係性、収益への影響を理解すると「社内サービスを重視すること」がいかに大切かわかります。
社内サービス向上に向けての取り組みは、早く始めて損在りません。むしろSPCの好循環を、より早く生み出すことにつながるため、まずは小さなことから改善を試みてはいかがでしょうか。