企業を取り巻く環境の変化に加えて、副業解禁やダイバーシティの尊重など「個」を強調する市場ムードが高まり、企業視点、働き手視点の両方で「キャリア」という言葉を耳にする機会が増えています。
そこで当記事では昨今、重要視されている「キャリアマネジメント」について、概要から必要性、企業としての取り組み方について解説しました。
キャリアマネジメントとは、将来を見据えて個人のキャリアをマネジメントする、つまり個人のキャリアを成り行きに任せるのではなく、計画を立てて実行していくことを言います。「キャリア自律」と同じような意味で使われています。
従来、キャリアマネジメントは、組織主導で行われていましたが、近年は個人主導にシフトしてきており、企業と個人それぞれが戦略的に実施することが求められています。
そもそも「キャリア(career)」とは何なのでしょうか。この後、キャリアマネジメントについて詳しく見ていきますが、キャリアマネジメントの重要性をご理解いただくためにも、ここでキャリアについて定義づけしておきましょう。
会社で「キャリア」と言うと、仕事に関することをイメージし、過去の仕事の経歴や将来的な積み重ねを指しますが、学生向けに「キャリア」というと仕事に限定せずもう少し広い意味で使われています。
文部科学省が発表しているキャリア教育に関する資料の中では、以下のように定義づけられています。
人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね
前述したキャリア教育の資料などで紹介されることが多いのがドナルド・エドウィン・スーパーが提唱したのが「ライフ・キャリア・レインボー(Life Career Rainbow)」です。
(参照元:第1章 キャリア教育とは何か)
人は生涯において、仕事だけでなく、趣味や地域社会での活動、家庭での役割など、様々なキャリアを積み重ね、その人のキャリアを作っていくのです。つまり、キャリアとはその時々で切り取られるものではなく、生涯を通じて形成していくものと言えるでしょう。
さらに書籍「キャリア・マネジメントの未来図ーダイバーシティとインクルージョンの視点からの展望―」(二神枝保・村木厚子・編著)では、次のように紹介されています。
人生に様々な段階があるように、キャリアにも様々な段階がある。時間が経つにつれて個人の人生における需要が変化するように、仕事における需要も変化する。ライフ・キャリア・レインボーによって、人は人生の段階に合ったワーク・ライフ・バランスを見つけていく。
キャリアには正解もなければ、勤め先の企業だけで決まるものでもありません。人それぞれが「自分の在りたい姿」を考え、ライフイベントも考慮しつつ計画し、決めていくことが大切なのです。
多くの人にとって最も長いのが労働者、職業人としての時間ですね。このため、勤め先の企業の中でどのようにキャリアを形成していくかは、企業にとっても、個人にとっても重要です。
以前の日本であれば、多くの企業は新卒一括採用が一般的で終身雇用を前提としていたので、企業は長期的な視点にたち、社内で従業員の育成を行ってきました。従業員も、企業に就職してから、専門的な技能の習得やキャリアについて考えることが多かったです。つまりキャリアマネジメントは企業主導でした。
しかし昨今は、グローバル化、IT化など企業を取り巻く環境が変わってきており、いち企業だけで個人のキャリアをマネジメントすることが難しくなっています。企業と個人、どちらか片方がキャリアマネジメントを主導するのではなく、大学などの教育機関、政府(教育訓練給付制度等)とも連携し、それぞれが役割をもってキャリアマネジメントを行う必要が出てきているのです。
企業は従業員がキャリア形成を行える環境を整え、個人は自らの人生設計に合わせてキャリアを考えていくことが重要でしょう。
「バウンダリレスキャリア(バウンダリーレスキャリア/boundaryless career)」という言葉をご存知でしょうか?昨今の日本でも増えている新しい働き方を指す言葉です。
バウンダリレスキャリアとは、職務、組織、仕事と家庭、国家、産業という様々な境界を越えて展開されるキャリアのことを指します。例えば、シリコンバレーのITエンジニアが、企業を横断的に移動しながらキャリアを形成するようなケースです(参考:書籍「人材マネジメント用語図鑑」(伊藤洋駆・安藤健・著))。
一つの組織に縛られることなく、キャリアを積み重ねていく働き方で、最近では組織に雇われない働き方としてフリーエージェント、副業なども注目されていますね。
書籍「キャリア・マネジメントの未来図」では、こうした境界を越えたキャリアをマネジメントするうえでポイントになるのは、次の4つだと紹介しています。
厚生労働省、中小企業庁、内閣官房、公正取引委員会は連盟で、2022年3月にフリーランスの働き方に関する「ガイドライン」を定めるなど、政府も後押しするフリーランスという働き方。今後もこうした境界を越えたキャリアを歩む人は、ますます増えることが予想され、企業としても「バウンダリレスキャリア」という視点は重要になってくるでしょう。
キャリアマネジメントを進めるうえで重要なのは「①目標設定」「②支援」「③自己効力感を高める」「④継続的な学び」の4つです。そして、それぞれにおいて企業、働き手の両方ですべきことがあります。
とはいえ、企業としてキャリアマネジメントを積極的に促すことは、意義がある一方で、優秀な従業員の離職につながる可能性も否定できず、不安もあることでしょう。ここでは、企業視点、働き手視点の両面からキャリアマネジメントの必要性を書籍「人材マネジメント用語図鑑」をもとに解説します。
企業によるキャリアマネジメントの支援は、離職促進と離職抑制の両面での影響があり、上司や同僚からのサポートが多いと離職を抑制し、逆に少ないと離職を促進します。離職を抑制する理由は次の2つです。
つまり離職を抑制し、キャリアマネジメントの支援を進めるためには、周囲からの充実したサポートが重要になるのです。
具体的に企業が行うとよいのは、以下になります。
これらは、ほとんどの企業が日常的に行っているものばかりだと思います。つまり企業としてのキャリアマネジメント支援は、従来から行っていることに対して、キャリアマネジメント支援といった視点を加えればいいのです。
働き手にとってキャリアマネジメントを行う際に欠かせないのが、「自分はどうありたいのか」「自分はどのような仕事をしたいのか」といったキャリアの自己理解です。そして組織のニーズと個人の目標、専門性をすりあわせ、キャリアを計画し、実行していきます。
目標の決め方、キャリア計画については、書籍「キャリア・マネジメントの未来図」で紹介されている、戦略的にキャリアマネジメントを行うための3ステップが参考になるでしょう。
仕事で満足感を得るには何が重要なのか認識し、自分の興味や欲求、価値、才能を知る
自分のスキルや嗜好が市場とかみ合っているのか知り、自分はそれにどう貢献できるのかを考える
将来の目標を設定し、短期および長期で行うべき仕事を明確にする
そして目標が決まったら、次のような流れで進めていきます。
人生100年時代となり、精力的に仕事に打ち込む期間もあれば、仕事のペースを落としてプライベートを優先する時期、専門性を高めるために学校に通う時期など、キャリアのパターンも多様化しています。同じような経験をしても、キャリアに満足する人もいれば、そうでない人もいます。働き手視点で考えると、それだけキャリアの自己理解が大事だということでしょう。
高度成長期の日本企業は、新卒一括採用、終身雇用が前提であり、個人のキャリアに責任を持つかわりに、企業側が異動や配置、昇進、昇格、転勤などを決めていました。働き手から見れば、自分の希望通りにいかないことも多く、自らキャリアを決めることが難しい時代だったとも言えます。
現在は、企業を取り巻く環境が変わり、個人のキャリアに責任を持つことが難しくなり、雇用が流動的になっています。働き手からすれば、自分のキャリアを企業に依存できない状況になったとも言えるでしょう。
その結果、キャリアマネジメントが、企業からも個人からも重視されるようになってきているのです。
ここでは、キャリアマネジメントが重視されるようになった背景を労働環境と働き手といった2つの側面から解説します。
バブル景気が崩壊したのが1991年頃。そして2008年にはリーマンショックがあり、多くの企業が倒産し、残った企業でもリストラが行われました。終身雇用という前提が崩れたのです。
そして少子高齢化に伴い生産年齢人口が減少。働き手不足が深刻化し、働き方改革が行われたのは周知の事実ですね。働き手が個人の事情に応じて多様で柔軟な働き方を自分で選択できるようになりました。具体的には、正規・非正規従業員の格差解消、長時間労働の是正、単線型キャリアパスの見直しなどが行われています。
またインターネットの普及もあり、自宅での就業が可能になり、スマートフォンを使えば隙間時間にビジネスを行えるように。副業をしやすくなり、フリーランスが急増しています。本業と並行して、同程度の価値を持つ活動に取り組む「パラレルキャリア」を実践する人も出てきました。
こうした労働環境の変化があり、企業と個人が従来のように相互依存したキャリア形成が難しくなり、企業と働き手がそれぞれ役割をもちキャリアマネジメントを行う重要性が増しているのです。
政府が実現を目指しているのが一億総活躍社会。若者も高齢者も、女性も男性も、障がいや難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、誰もが生きがいを感じられる社会、いわば全員参加型の社会です。
1985年に制定された男女雇用機会均等法は、これまでに4回の改訂が行われ、性別による差別を禁止し、より働きやすい環境になってきています。
そこで期待されているのが、ダイバーシティとインクルージョンによる持続的成長と分配の好循環です。
ダイバーシティとは、人種や民族、国籍、性別、年齢、宗教、文化など人々の多様性を意味します。そしてインクルージョンとは、社会の一員であると感じること、ありのままの自分が尊重され、評価されていると感じること、自分が最善を尽くすことができるような他の人からの支持力や貢献度を感じることを言います(書籍「キャリア・マネジメントの未来図」より)。
つまり、以前にも増して「個」を強調する市場のムードが相まっており、企業が人材を育成する仕組みから、個人がキャリアを選べる仕組みに変わる転換期にきているとも言え、キャリアマネジメントが重視されるようになってきているのです。
キャリアマネジメントの事例を書籍「キャリア・マネジメントの未来図」から3つ紹介します。
イノベーション(新しい価値創造)を生み出すために、経営戦略としての「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を発表しているのが全日本空輸株式会社(ANA)。この戦略をリードする役員は、整備、CA、パイロット出身と多様なメンバーで構成され、様々な経験や視点を経営に活かしているのが特徴です。
そして実際に多様な人材が活躍しています。60歳以降のシニア社員がキャリア相談員としてキャリアの悩み相談にのったり、多様な経験や文化的背景を強みにできる外国籍社員がCAにおもてなしを教育したり。障がい者雇用の取り組みやLGBTへの理解、アスリート社員の採用などにも積極的です。
もちろん採用するだけでなく、いきいきと輝いて働ける環境整備に勤めているからこそ、ダイバーシティのポジティブな成果が出ているのでしょう。具体的な環境整備については書籍をご覧ください。
サイボウズ株式会社では、多様なワークスタイルを支援する制度やツールが用意され、働き方を自分で選べるのが特徴です。自立と多様性をキーワードとして、個人のキャリアを尊重。副業を認めることでパラレルキャリアの形成を推奨し、従業員に自立を促しています。
こうした働き方が選べるようになった背景にあるのが、ITの活用。仕事に必要なツールは全てグループウェア上におき、時間と場所を選ばずに仕事を進められる環境が整っているのです。
従業員のエンゲージメント「社員一人ひとりが組織の目標に自ら貢献したいと思う強い気持ち」を重視した人的資源戦略をおこなっているのがギャップジャパン株式会社。正社員だけでなく、非正規雇用の従業員のキャリアマネジメント支援も積極的に行っています。
様々な取り組みの中でも非常に興味深いのがNPOサポートプロジェクトにおける越境学習の体験型リーダーシッププログラム。組織の枠を越えて社外経験を積むことで、攻めと守りの両方向のリーダーシップスタイルを学べ、周囲から見て「行動が変わった」といわれるような変化が起きているそうです。
「キャリア」を考えるうえで、働くための知識や業務の習得は必要不可欠です。
企業としては、積極的に人材育成を行っても離職してしまえば、かけたコストを回収できないのも事実ですが、成長機会が提供されない企業には、優秀な人材は集まりません。
経営戦略を達成するためにも、企業は、いつ誰でも希望する業務に就いてもらえるよう教育環境を整えておくことが求められています。人材育成の手法は、仕事の中で学ぶ「OJT」、仕事を離れて学ぶ職能別・階層別などの研修「Off-JT」、自己啓発の主に3つです。
個人視点で考えると、スキルを習得することで、キャリア選択の幅が広がります。
日本でも「ジョブ型」雇用を取り入れる企業が増えてきましたが、欧米と日本ではキャリアにおける環境が大きく違います。
欧米では、ひとつの企業ではなく、業界全体で専門技能を持つ人材を育成するという考え方が根付いています。書籍「キャリア・マネジメントの未来図」によると、スイスやドイツには、若年者の職業教育を支える制度としてデュアル・システムといわれる師弟制度があると言います。師弟期間を終了しても、その企業で必ずしも働くわけではなく、同じ業界の他企業に採用されることもあるのだそうです。
日本だとこうした社会的な機能は不十分なため、どうしても企業の中での人材育成が欠かせないのが現状と言えるでしょう。
企業にとって欠かせない人材育成ですが、時間も費用もかかるため企業の負担は大きいもの。そこで、いつでも学べる環境づくりとして、おすすめしたいのが「eラーニング」。
eラーニングは、コロナ禍を経て、新しい研修の形として注目が集まっています。一方で、やり方の試行錯誤が続いている企業もあるでしょう。ここではeラーニングのメリット、デメリットから、運用の6ステップまで解説します。
パソコンやスマートフォンといったデジタルデバイスやインターネットを活用しながら行うeラーニング。最大の特徴は、「時間や場所に縛られずに研修を実施、受講できること」です。これは、企業にとっても個人にとっても、最大のメリットと言えるでしょう。
その他、企業にとってのメリットは次の5点です。
受講者にとっても、次のようなメリットがあります。
もちろんデメリットもあります。eラーニングを最初に導入する際は、運用方法の検討からコンテンツの準備まで、全て自社で行おうとすると研修担当者の負担は相当なものになります。このため専門とする外部企業と共同で準備するなどの工夫が必要でしょう。
またOJTとは違い、eラーニングは実践形式の研修ができないというのは、企業にとっても、従業員にとってもデメリットです。その他、社員同士のコミュニケーションが生まれにくかったり、集中力が保ちにくく、受け身になりやすかったりといった課題もあります。
それぞれ工夫することで解決できるものもありますし、難しい部分はOJTなど他の研修で補うなど、eラーニングを上手に活用するのがポイントです。詳しくは以下の記事をご覧ください。
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eラーニングのメリット・デメリットとは?教育・研修を効率化するクラウドサービス事例をもとにわかりやすく解説!
eラーニング実施に必要なもの、準備することは主に次の5つです。新規で用意が必要なものもあれば、現在行っている研修をeラーニング向けに整備すれば対応できるものもあるでしょう。
詳しくは以下の記事の後半部分をご覧ください。
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eラーニングとは?メリット・デメリットから企業研修での効果的な活用方法までわかりやすく解説!
eラーニングを導入する場合の手順を、弊社が開発・運営しているクラウド型eラーニングサービス「shouin+(ショウインプラス)」の運用ステップを例にご紹介します。
詳しくはこちらの記事の後半をご覧ください。実際に企業研修でeラーニングを活用している事例なども紹介していますので、あわせてお読みいただくと導入イメージをつかみやすいでしょう。
■参考記事はこちら
eラーニングとは?メリット・デメリットから企業研修での効果的な活用方法までわかりやすく解説!
個人のキャリアを成り行きに任せるのではなく、計画を立てて実行していく「キャリアマネジメント」。終身雇用が当たり前だった時代は、企業は長期的な視点にたち、社内で従業員の育成を行ってきました。しかし現在は、その状況が大きく変わっています。
企業は従業員がキャリア形成を行える環境を整え、個人は自らの人生設計に合わせてキャリアを考えていくことが重要です。