「従業員エンゲージメント」を測る指標であるeNPSをご存じでしょうか。eNPSは、ES(従業員満足度)よりも従業員の職場に対する思い・意識をを正確につかむことができるとして、企業で注目されています。今回はeNPSとは何か、導入するメリットや調査方法などについて、わかりやすく解説します。
eNPSとは「Employee Net Promoter Score(エンプロイー・ネット・プロモーター・スコア)」の略称で、「職場の推奨度」を数値化したものです。employee=従業員、Net=正味・引き算、Promoter=推奨者・おすすめする人、Score=点数・指標で、すなわちeNPSは「従業員が親しい知人や友人にあなたの職場をどれくらい勧めたいと思っているか」を数値で問い算出します。
アップルが顧客に向けて行っていた満足度調査であるNPS調査を転用して自社の従業員に対して行ったことをきっかけに、従業員エンゲージメントを可視化するeNPS調査が広がってきたと言われています。
eNPSは従業員エンゲージメントを測るために生まれました。
エンゲージメントとは「約束」「契約」「誓約」などの意味がありますが、ビジネスにおけるエンゲージメントとは、会社(職場・団体)と従業員との間の関係性を表す際に用いられます。
従業員エンゲージメントとは、「会社と従業員に強い信頼関係が構築されている」ことを指します。
NPSの開発社であるベイン・アンド・カンパニーの論説「従業員ネットプロモーターシステム」によると、企業に忠実で仕事に熱意をもって取り組んでいる社員は、顧客満足を高める仕事をし、またその熱心な姿は他の社員に伝染するということが実証されています。
事業の成長には、仕事に熱心に取り組む社員が不可欠です。企業の経営側は、いかにして熱心で創意工夫を重ねる従業員を確保していくかについて、より真剣に考えるようになりました。
従業員の仕事に対する熱意がどれほどあるのかについて調べたい場合に、これを従来の従業員満足度調査では引き出すことができません
そこで顧客に対して行っていたネットプロモータ―システムに基づいて、従業員のネットプロモータ―スコア(ベイン社ではNet Promoter for Peopleと呼ぶ)を測定し、その結果から職場の改善を図るようになりました。
eNPSは、従業員にとって企業をすばらしい職場にすることで、熱心に仕事に取り組み、ひらめきを持って創造性のある仕事をする従業員をつくりだすために導入されたものです。
eNPSとよく似た用語に「NPS」と「ES」があります。ここではeNPSとそれぞれの違いについて解説します。
NPSとは「Net Promoter Score(ネットプロモータースコア)」の略称で、顧客ロイヤルティを数値化した指標のことです。「顧客」が企業や製品、ブランドに対して感じている信頼や愛着を表します。
eNPSは、従業員ロイヤルティを数値化したものです。「従業員」が感じている働きがい、仕事への熱意・やりがいや自社・職場への愛着、業務やコミュニケーションに対する満足度などを表します。eNPSによって従業員の意識を定量的に把握でき、見つかった課題に対する改善策を明確にできるといったメリットがあげられます。
ベイン・アンド・カンパニーの論説『社員の会社に対するロイヤルティ向上は誰の仕事か?』において、eNPSが高い企業ほど従業員エンゲージメントも高くなり、また、業績や生産性も高くなると言及されています。
従来、従業員の働きがいや満足度を測るための調査方法として、ES (Employee Satisfaction) が行われてきました。これは従業員満足度をさします。
eNPSは従業員の仕事へのモチベーションや職場への愛着度を測るものですが、従来の ES (従業員満足度) よりも正確に職場への意識を把握できます。
eNPSは次の2点においてESと違いがあります。
eNPSのスコアと従業員のやりがいや業務への満足度と業績や離職率に相関性がみられることが分かっています。
一方、ベイン社のパートナーであるロブ・マーキーとフェローのフレッド・ライクヘルドによる著書「『ネット・プロモーター経営 〈顧客ロイヤルティ指標 NPS〉 で「利益ある成長」を実現する』(プレジデント社)」によると、ESで得られる従業員の満足度は、実際の従業員の行動や、企業の成長との間にほとんど関連性がみられないと指摘されています。
ESが「職場に満足しているか」を問われるのに対して、eNPSにおいては「職場を友人に薦められるか」を聞かれます。このためeNPSにおいては心理的に高得点をつけることへ慎重になり、回答に対して責任を持って取り組むようになり、従業員のロイヤルティを正確に把握できます。
eNPSの調査結果は、3つのセグメントに分類されます。セグメントごとに見つかった課題を分析して、それぞれに適切な解決策を講じることができます。
3つのセグメントの詳細は、下記「eNPSスコアの算出方法」にて解説します。
eNPSを導入し、従業員エンゲージメントを数値で可視化することによって、自社のエンゲージメントの現状を把握することができます。では従業員エンゲージメントを高めることについては、どのようなメリットがあるのでしょうか。3つについて見ていきましょう。
eNPS調査で付いたスコアと、その従業員の離職率には相関性が見られています。
eNPS調査を行うことで、そのスコアから離職の可能性の高い従業員を予測できますので、対策を打つことで離職を避けられます。
特に仕事で高い成果を出している従業員が批判者に含まれていると分かった場合には、個別に対策を講じて従業員ロイヤルティを改善させることができます。ベイン社の論説「人々のためのネットプロモーター®」によると、eNPSの取り組みによって離職を50%削減できたとあります。eNPSの導入によって人材の流出を防ぐことができます。
NPSが高いプロモータ―(推奨者)がその企業や製品を友人や同僚に奨めてくれるように、eNPSのスコアが高い従業員はリファラル採用に積極的に協力してくれる傾向があります。リファラル採用とは採用する従業員を、従業員に紹介してもらう採用方法です。
人材を採用する場合、人材派遣会社や求人媒体を介して募集をかけるケースが多いのですが、エージェントに支払う採用コストが大きくかかります。これに対してリファラル採用は自社の従業員に人材を紹介してもらうため、採用コストを削減することができます。
また、自社のことを理解している従業員が紹介するため、採用する人材は企業理念や価値観にズレが少なく適性が合いやすいという利点もあります。人材派遣会社を通して入社する場合に比べると、リファラル採用者の方が定着率が高い傾向が見られます。
ベイン社の論説「人々のためのネットプロモーター:従業員に声を与え、最善を尽くす」によると、eNPSの高い従業員はより良いサービスをより低コストで提供して、顧客と株主に大きな価値を生み出しているといいます。
ベイン社がある銀行で行った調査結果に、「eNPSの高い従業員は、ほかの従業員の3倍以上高い顧客ロイヤルティスコアを生成していた」とあります。
従業員ロイヤルティが高い人は、職場に働きがいを感じて高いモチベーションをもって取り組んでいます。従業員が熱意をもって仕事に取り組めるような職場つくりを進めることで、従業員ロイヤルティが高まれば、顧客の満足度を高めることにつながります。
eNPSを導入し問題点や課題を特定できれば、有効な策を講じることができ、企業の生産性を向上させることが可能になります。
eNPSを自社で行う場合の調査方法について解説します。以下の2つについて設定していきます。
質問項目を選定して従業員に対して調査を始めます。
ベイン社の論説「従業員ネットプロモーターシステム」によると、eNPSを測るための質問はたった1問です。
調査が終わったらeNPSの数値を計算し、スコアを社内で比較してみると、どの部門で高い職場環境を与えているか、どの部門に負債を抱えているかを見つけ出せます。
また、業界別eNPSベンチマーク調査の平均値と比較することで、自社のマイナスとなる項目が分かります。ここから改善するべき項目が見えてくれば、eNPS値を向上させる具体的な施策を打てるようになります。
eNPSの調査では2つ目以降の質問を設定します。
上記の「推奨度」を測る質問のみ尋ねるとすると、eNPSのスコアは算出できますが、従業員がどうしてその点数を付けたのか理由を探ることができません。
そのためeNPSの調査においては、他の質問を加えることがおすすめです。前述の論説「従業員ネットプロモータ―システム」では、続いて次のような質問をします。
2番目の質問によって、従業員が熱意をもつことや、どのようなことに対して創造性をかきたてられるのか、その要因に関わる情報を多く見いだすことができると論じています。
このほか、質問項目は会社の方針やサービス内容、業種や職種などによって変わるため、特に決まりはありません。従業員ロイヤルティに影響を与えている要因を洗い出すために適切な設問を設計します。
質問の例としては、以下のようなものがあります。
従業員に対して「0から10点で表すと、この企業で働くことをどのくらい、親しい友人や家族に勧めたいと思いますか」と質問して0〜10点の11レベルで評価してもらいます。
スコアレベルによって、従業員を次の3つのセグメントに分類します。
9点、10点を付けた人を「推奨者」、7点、8点を付けた人を「中立者」、0~6点を付けた人を「批判者」にグルーピングします。「推奨者」の割合から「批判者」の割合を引いた値がeNPSスコアです。
職場に対して満足しており、意欲的に仕事に取り組んでいるグループです。上司から刺激を受け成長を感じられる、顧客への貢献をしているとやりがいを感じており、企業価値を高めて利益を生み出します。
いまのところは満足している、「受動的に満足している」グループで、プロモーターほど仕事への取り組みや企業理念への共感に熱意がない可能性があります。
職場に対して不満があり、否定的です。意欲の低さや態度の悪さが顧客満足を下げてしまう可能性があります。
eNPSを活用して従業員エンゲージメントを高めていくことが、企業の成長に大きく反映されています。eNPSを自社に活用する際には注意すべきポイントがあります。ここでは2つの注意点について解説します。
eNPSの質問項目は「自社で働くことを他人に勧めたいか」というもので、これは万国共通です。世界の企業と自社の結果を比較することができる指標です。
しかし日本のeNPSの結果は、欧米諸国に比べると低く、大きな差が生じています。
株式会社ビービットのeNPS調査結果によると、日本人は中立を求める人が多く、「自分にとっては満足できるが、他人にとって同じように感じるかは分からない」「自分の職場を勧められるかについては、相手次第だ」と真ん中のスコアである5点や6点をつける傾向があります。このため他国よりもeNPSスコアが下がると見られています。
eNPSのスコアは顧客ロイヤルティを測るNPSのスコアよりも低く出る傾向があります。しかしスコアの分布には惑わされずに、スコアから情報を読み取って現状をつかむことを考えます。
スコアの高い従業員の満足の理由・要因を捉えることが大切です。また改善すべき課題を明確にして、策を練ることに注力します。
eNPSスコアを業界別にみてみましょう。株式会社ビービットが16業界、約5,000名を対象に行った調査結果を発表しています。全業種の合計でみるeNPSスコアは-61.1でした。
eNPSスコアがもっとも高い業界は「官公庁・自治体・公共団体」で-41.3、もっとも低かったのは「出版・印刷関連産業」次いで「サービス業」「運輸・運送業」という結果でした。
(参照:株式会社ビービット「eNPSは何によって上がるのか ̶16業界eNPS調査結果」)
この調査では、調査対象者に対して勤務先の業種のほか、企業の規模、役職、eNPSとその理由(自由記述)、またeNPS要因として想定される5項目(1. 労働時間 2. 上場有無 3. 正当な報酬 4. 正当な評価を得られているか 5. 顧客への貢献実感)の満足度について尋ねています。
その結果から、「正しく評価されていると感じる」「正しく報酬を得られていると感じる」という場合に、さらに「顧客への貢献していると感じる」ことでeNPSスコアが高くなることが分かっています。
eNPSは活用するために行います。調査を行い、スコアを見て「良かった」「悪かった」と判断して終わりとしてしまえば、なんらかの改善を期待していた従業員の士気は下がってしまいます。
eNPS結果は、組織改善に活用していきます。どのように活用するか、ポイントは2つあります。
組織の改善にeNPSを利用することは有効ですが、スコアそのものを気にするのではなく、調査結果から職場の問題点、課題、あるいは強みを見つけることに注力します。経営者やリーダーは、見つかった課題それぞれに対して、問題が生じている現状、背景を認識することが大切です。
次にeNPS調査で洗い出した課題の解決に向けて、改善策を提案、実践していきますが、eNPS結果は現在地の目印として利用します。スコアそのものではなく、良い点は強化していき、課題について経営者が現場の状況を認識して改善に取り組みます。
半年後、1年後に再度eNPS調査をして、取り組みによって従業員の評価の変化をスコアで確認していく、という活用が望まれます。
調査結果によって、従業員は3つのセグメントに分類されます。強みと改善点はセグメント別に抽出することができ、ピンポイントで適切な対応がとれます。
優秀な従業員が批判者のセグメントにいる場合は、評価が悪かった要因を探り、その要因を解消させるような方法を提示して実行します。これによって優秀な従業員が離職してしまうことを防ぐことができます。
批判者の中にいるパフォーマンスが劣る従業員に対しても、評価が悪かった要因を解決することで仕事に対する意欲が出て、業績がアップするという効果が見られています。
eNPSが高い企業は、従業員の熱心な取り組みによって業績を大きく伸ばすことができています。それではeNPSを高めるには、どのような方法があるのでしょうか。
ここではベイン・アンド・カンパニーのパートナーの記事『現場と対話重ね問題改善〜企業成長に導く「従業員エンゲージメント」~』を参考に、従業員エンゲージメントの高い企業に共通してみられる点を5つ取り上げます。
人事部にいるリーダーではなく現場リーダーが先頭に立って動くことで問題点を洗い出し、従業員がオープンに話し合うことで解決策を見出すことができます。
従業員が素直に本心を述べようとするときに、上司から反感を買うのではないかとの恐れからバイアスがかかってしまい、本心を話さない、もしくは発言そのものを控えようとします。
本当に吸い上げなければいけない声をもみ消してしまわないためには、仕組みが必要です。匿名で、無記名でのアンケートを実施するなどによって、現場の意見を集める工夫をしましょう。
従業員エンゲージメントを継続することで改善度を高めていくことは大切ですが、数値ばかりが先行してしまいがちです。従業員との意見交換、対話を常に心がけ、問題の本質を掴むようにしましょう。
顧客に対応する部署にいる従業員から、顧客の支持を集めるための現場の声やアイディアを吸い上げて、答えていくことが大切です。
顧客の窓口になる部署は、他の部署よりも従業員エンゲージメントが低くなる傾向があります。この部署の課題が改善され、熱意をもって顧客に対応するようになれば、顧客ロイヤルティが高まって企業の収益性が高まります。
(参照:ベイン社の論説「社員の会社に対するロイヤルティ向上は誰の仕事か?」)
従業員が会社への愛着心を持ち、また仕事にやりがいを感じ、熱意をもって仕事を通して会社に貢献するようになるには、明確な目的、ビジョンの共有が必要です。
従来あったような目的意識が不明確なままの精神論では、メリットを受け取ることができません。目的と目指す結果、そしてそのための施策を従業員を巻き込んで実践していくことが大切です。
eNPS調査によって、従業員が持っている職場への意識を正確に把握できます。調査結果を活用し、セグメント別に具体的な施策を取ることで、離職率の改善や企業の生産性向上につながります。
従業員の満足度を高めたい、仕事への熱意をもって取り組んでほしいと望んでいる、また離職率の高さに悩んでいるのであれば、eNPSを導入してみてはいかがでしょうか。