採用から退職まで、実に幅広い業務を担っている人事労務。
この記事では、「人事労務って、具体的にはどんな仕事をするの?」、「人事と労務の違いって何?業務に違いがあるの?」、「人事労務の仕事をする上での注意点はある?」のような疑問にお答えしていきます。
この記事を読むことで、人事労務の概要と心構え、必要となるスキルなどが分かりますので、ぜひ今後の人事労務管理にお役立てください。
人事労務は、会社の経営目標達成のために行われる、人材活用に関する一連の業務を表します。
たとえば、人材を確保するための「採用活動」をはじめ、人材を効果的に活用するための「配属先の決定」や「評価制度の運用」、毎月の「給与計算」などが人事労務の仕事になります。
人事労務は「人事」と「労務」に分けて考えることができます。この2つの業務の違いは、大きく「従業員に直接関わる業務かどうか」という点です。業務内容の違いからくわしく見てみましょう。
「人事」の仕事 |
「労務」の仕事 |
・採用活動 ・研修の実施 ・配属先の決定 ・評価制度の運用 |
・勤怠管理 ・給与計算 ・入社、退職の手続き ・社会保険の手続き ・年末調整 ・従業員の健康管理 ・就業規則の作成 ・福利厚生の管理 |
たとえば、面接を実施する採用活動や異動をともなう配属先の決定といった業務は、従業員の仕事に直接関わる「人事の仕事」です。一方、入社・退職手続きや給与計算といった業務は、直接的に従業員の仕事と関わらない「労務の仕事」になります。
また、基本的に人事業務は一部の社員を対象に実施されることが多く、労務は社員全員に対して同じ基準で実施されることの多い業務と考えられます。
人事と労務は、その仕事内容の違いからも分かるように「人事は人を動かし、労務は環境を整える」仕事です。
人事は社員に対して仕事を与えて育成する、いわば「コーチ」のような存在であり、労務は社員が働きやすい環境を整える、いわば「マネージャー」のような存在と言えるでしょう。
人事労務は企業にとって欠かせない業務ですが、そこには次のような理由があります。
くわしく見ていきましょう。
「働きやすい職場づくり」は、人事労務として重要な課題です。
事実、内閣府による調査では日本における精神障害者数が年々増加傾向にあることが報告されており、また2018年に実施された「初めての正社員勤務先を離職した理由」に関する調査においても、労働条件や健康面に関する結果が報告されています。
「初めての正社員勤務先」を離職した理由(男女合計値)として、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」が56.3%、「肉体的・精神的に健康を損ねたため」が53.2%、「人間関係がよくなかったため」が50.7%となっています。(参照:労働政策研究・研修機構「若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)」)
(引用:内閣府「障害者の状況|令和元年版障害者白書(全体版)」)
これらのデータから明らかなように、従業員が健康的に安心して働ける職場づくりは、人事労務としてますます重要な課題となっているのです。
従業員一人ひとりの労働時間の管理をはじめ、有給取得やメンタルヘルスを含む健康管理といった側面から、人事労務は職場環境づくりという重要な役割を担っていると言えるでしょう。
企業にとって人事労務管理を適切に行うことは、従業員との信頼を築く上で最低限のマナーです。
「適切な給与が支払われない…」
「有給を使わせてもらえない…」
「社員教育制度がなく、成長機会を与えてもらえない…」
このような状態が続いていては、従業員からの信頼は失われる一方でしょう。従業員が働きたくても働き続けられず、職場を離れざるを得ない状況になってしまうのは当然のことです。
しかし、実際に現場でこのようなケースを目にすることは少なくありません。
「有休を取得したくても、させてもらえない…」
「残業代がきちんと支払われない…」
このようなケースが、みなさんの職場で「よくある光景」になってしまっていませんか?
「気づいたらみんな辞めていく…」なんて状況に陥らないためにも、従業員との信頼関係を築き安心して働いてもらえる環境づくりを行うのが、人事労務の重要な役割なのです。
人事には、会社の経営戦略を遂行する上で重要な役割があります。
戦略人事という言葉をご存じでしょうか。戦略人事は、企業の経営戦略と連動させた人事施策をあらわし、会社の未来像に合わせた採用活動や社員教育を実施することをいいます。
5年後、10年後を見据えた経営戦略に対し、人材をどのように確保していくか、どのように教育していくかを考える、いわば「コンサルタント」的な業務を担っているのです。
なお、下記の記事では人事戦略について人事戦略の重要性やその背景、現代に適した人事戦略の立て方までくわしく解説していますので、ぜひ参考にご覧ください。
■参考記事
ここからは、簡単に人事・労務に向いている人の特徴について解説していきます。
人事に向いている人の特徴は「明るい性格でコミュニケーション能力の高い人」です。
人事は社員だけでなく社外の人と接する、いわば「会社の顔」であるため、対人スキルは欠かせません。実際に株式会社学情が実施した調査では、就活生が内定先の企業に入社を決めた理由として「人(人事や社員の人柄や雰囲気)」が23.0%で2位にランクインしています。
(参照:株式会社学情「あさがくナビ2022登録会員対象 2022年卒学生の就職意識調査(内定先企業) 2021年8月版」)
人事の人柄や雰囲気は、就活生に対する企業説明会をはじめ、インターンシップや面談・面接などから自然と相手に伝わるものですので、普段から明るく第一印象の良い人が望ましいでしょう。
また人事労務は、社員研修や各種手続きのため、社員と直接関わる機会の多い仕事です。人事は会社と社員の中立的な立場としても、社員とのスムーズなコミュニケーションが必要とされます。
人事労務は、採用者のプロフィールや社員の給与情報など、あらゆる個人情報を扱う仕事です。そのため、個人情報が社内および社外で漏れることのないよう、徹底した情報管理が必要になります。
とくに個人情報は、一部システムで管理できる部分はあっても人間の記憶という部分までは管理できません。そのため、担当者個人の情報リテラシーは必須と言えるでしょう。
ただ、情報リテラシーは社内教育でも十分身に着けられるスキルです。情報リテラシーに関するスキルが不足していると感じる会社では、まずはこの研修を取り入れてみるといいでしょう。
人事労務の年間スケジュールは下記のとおりです。
人事・労務の年間スケジュール(例)
人事 |
労務 |
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採用・育成 |
人事制度関連 |
報酬、給与管理関連 |
労働条件、社会保険関連 |
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4月 |
・新卒入社式 ・新入社員研修 |
・組織改編、人事異動 ・昇給、昇進の通知 ・(上期)目標設定 |
・給与改定、昇給 |
・入社手続き ・新入社員の資格取得届 (社会保険、労働保険) ・36協定の締結 ・年休カード作成、配布 |
5月 |
・各種研修 |
・評価、賞与考課 |
・個人住民税の税額通知 |
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6月 |
・(大学卒)選考開始 ・(高校卒)広報活動開始 ・各種研修(~11月) |
・夏季賞与計算 ・夏季賞与支給 |
・労働保険の年度更新 ・社会保険賞与支払届の提出 ・賞与支払届総括表の提出 ・社会保険の定時決定 ・高年齢者雇用状況報告 ・障害者雇用状況報告 |
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7月 |
・(高校卒)求人票公開 ・インターンシップ実施 |
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8月 |
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9月 |
・(高校卒)選考開始 |
・(上期)達成度評価 |
・社会保険料の改定 |
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10月 |
・(大学卒)内定者決定 ・(高校卒)内定者決定 ・内定式 ・内定者研修(~3月) |
・(下期)目標設定 ・賞与考課 |
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11月 |
・新年度要員計画の策定 |
・冬季賞与計算 ・年末調整準備 |
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12月 |
・異動希望調査 |
・冬季賞与支給 ・年末調整 |
・社会保険賞与支払届の提出 ・賞与支払届総括表の提出 |
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1月 |
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・源泉徴収票の配布 ・給与支払報告書の提出 ・法定調書提出 |
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2月 |
・人事考課 |
・春闘開始 |
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3月 |
・(大学卒)広報活動開始 ・新入社員受け入れ準備 |
・昇給、昇進者決定 ・(下期)達成度評価 |
・春闘交渉、妥結 ・年休付与日数の算定 ・退職手続き |
人事では、翌年度入社の採用活動が始まる時期(3月~)と今年度の新卒入社式および新入社員研修の時期(4月~)が重なるため、3月~4月にかけて繁忙期となります。また、昇給・昇進の査定が実施される時期(3月頃)にも、会議を重ねたり社員との面談が行われたりするなど、忙しい日々が続くでしょう。
一方、労務では社会保険料算定の時期(社会保険の定時決定:6月末〜7月上旬)および年末調整の時期(12月)が繁忙期となります。とくに年末調整では、社員一人ひとりに書類を記入・提出してもらわなければなりません。書類の記入方法を示すための資料作成をはじめ、社員個人からの質問対応、書類の不備や誤りの修正対応など業務に追われる日々が続きます。
人事労務の大まかな仕事内容と年間スケジュールが分かったところで、ここからはより具体的な仕事内容について見ていきましょう。まずは人事の業務からご紹介します。人事の業務範囲は主に以下の4つに分けられます。
詳しく見ていきましょう。
採用活動は、人材の確保を担う業務です。細かく分解すると次のような業務が行われます。
とくに3月は、企業の広報活動が解禁されるため、その前後の時期は説明会の準備とイベント等で忙しい日々が続きます。また近年ではコロナウイルス感染拡大の影響で「オンライン企業説明会」を実施する企業が急増しており、人事部員のITリテラシーも必要とされるようになってきました。
人材の育成も人事の重要な業務の1つです。研修には、新入社員研修や中堅社員研修といった階層別の研修や、ビジネスマナー研修やリーダーシップ研修などのスキル別の研修があります。
研修の例
階層別の研修 |
スキル別の研修 |
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社員研修実施の時期は、主に6月~11月頃。人事異動から一段落ついた頃から、年末の繁忙期に入る前までに実施されるイメージです。人事としては、社員研修を実施する上での企画・運営・当日の進行まで幅広い業務を担います。
人事異動や昇給・昇進管理は、人材を最大限に活用するために実施される重要な業務です。細かな業務の流れとしては次のようになります。
また、人事異動は社員のモチベーションを大きく左右するものであるため、社員の希望や意向を汲み取りながら慎重に実施する必要があるでしょう。
人事評価制度は、社員の仕事に対する姿勢や成績を評価し、改善を図ったりモチベーション向上を図ったりする意味で用いられている制度です。評価制度の運用における細かな業務は次のとおりです。
また、評価結果が賞与や昇進に反映される企業も多いことから、社員にとって非常に影響のある制度といえます。
実際に株式会社リクルートマネジメントソリューションズがテレワークを月の半分以上行っている20代、30代の一般社員493名に対し実施した調査では、約8割(77.3%)の人が「人事評価を重視している」と回答しています。
(参考:株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「テレワーク環境下における職場の人事評価」)
人事部員としては、評価制度の運用を「社員のモチベーション維持や定着率に関わる重要な指標」として慎重に行う必要があるでしょう。
続いて、労務の具体的な仕事内容について見ていきましょう。
くわしく見ていきましょう。
勤怠管理は、従業員の勤務時間や出勤日数、有給休暇などの就業状況を把握・管理することをいいます。
近年の日本では長時間労働による過労死が深刻化しており、勤怠管理の重要性は高まっていると言えるでしょう。そして労務担当者は、労働基準法や36協定(会社と労働組合の間で締結している場合)にしたがって運用を行います。
毎月の勤怠情報をもとに、従業員それぞれの給与金額を算出する業務です。
給与金額は、基本給および時間外手当や通勤手当などの諸手当を合計した金額から、社会保険料および所得税、住民税などを控除した金額になります。従業員一人ひとりで異なる数字を扱うため、正確さが求められる業務です。
入社・退職の手続きは、主に人材の入れ替わりが激しい3月~4月に対応が必要となる業務です。下記に、入社・退職それぞれの手続きの詳細をまとめました。
年末調整は、1年間に源泉徴収した税額の合計額と実際の年税額との「過不足を精算する」手続きです。細かな業務としては次のとおりです。
年末調整では、扶養状況を社員一人ひとりに書類を記入・提出してもらう必要があるため、余裕を持ったスケジュールで進めるとよいでしょう。また、給与支払報告書の提出は提出期限が定められているため注意が必要です。
労働安全衛生法(安衛法)第66条において、会社は労働者に対して医師による定期的な健康診断を実施することが義務づけられています。また、従業員数が50名以上の会社は健康診断に加え、ストレスチェックの実施も必要です。
なお、労務の業務としては次のようになります。
労働基準法第89条では、常時10名以上の労働者を雇用している企業に対し、就業規則の作成および行政官庁への届け出が義務づけられています。
とくに下記に示す内容は「必ず記載しなければならない事項」として挙げられているため、この点に注意しながら作成を行います。
①始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項
②賃金の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期並びに昇給に関する事項
③退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
ー 労働基準法第89条
福利厚生は、会社が従業員へ与える給与以外の報酬をさします。具体的には次のようなものが挙げられ、労務としてはこれらの管理を一括して行います。
人事労務の仕事はその性質上、日頃から注意が必要になるポイントがあります。次の3つの注意点について、くわしく見ていきましょう。
人事労務は、社員だけでなく社外の人と接する機会も多い、いわば「会社の顔」です。そのため、就活生からのイメージや外部企業からのイメージを左右する重要なポジションである、という意識を持つことが大切です。
また、近年はSNS利用者の増加により個人の情報発信力が強まっており、悪印象な投稿や口コミが広がる可能性が少なくありません。日頃の対応をはじめ、企業説明会や面接実施時にも会社の顔としての自覚を持ち、言動に気を配るよう注意が必要です。
人事労務は、会社と社員をつなぐ仲介役のようなポジションです。そのため社員からの信頼を得ることが、社員と会社をつなぐ重要な役割を果たします。
人事労務管理では、人材の配置や異動などを行う場面が多々ありますが、何時でも人材をモノとして考えることなく、感情のある人として意識的に捉えましょう。社員とのトラブルを回避するためにも、説明不足を与える伝え方や、誤解や悪印象を与えかねない伝え方には注意が必要です。
人事労務管理は、会社の経営目標に関連づけた戦略立てを行うことで業務の意味が成り立つものです。5年後10年後の未来を見据え、戦略的な人材採用および人材育成を実施する必要があります。
とくに日本では、近年の労働人口の減少により人材戦略の重要性は年々増していくと考えられます。まずは、人事戦略の立て方から学んでみるとよいでしょう。下記の記事でくわしく解説していますので、ぜひご覧ください。
では最後に「より良い人事労務管理を行うために今からできる3つのこと」をご紹介いたします。
人事労務向けのスキル取得や情報収集を行うことで、より正確な業務対応を目指しましょう。人事労務向けのスキル・資格は次のとおりです。
スキル・資格 |
概要 |
人事総務検定 |
人事・総務の実務における体系的な知識を学ぶ |
キャリアコンサルタント(国家資格) |
キャリア形成に悩む人に対し、支援(アドバイスや指導)を行うための知識・技術を身につける |
社会保険労務士(国家資格) |
労務に特化したスキルを体系的に学ぶ |
産業カウンセラー |
間関係に関する悩みやストレスを抱えた人に対し、アドバイスを行うための知識・技術を身につける |
また、必ずしもスキル・資格取得にこだわることはなく、必要に応じて独学で知識を身につけていくのも良いでしょう。人事労務管理では、労働基準法をはじめとする法律を扱う場面が多いため、次に挙げる法律についてインターネットや書籍から情報収集を行ってみてはいかがでしょうか。
人手不足を感じている企業や業務効率化を課題として感じている企業は、人事労務管理システムの導入を検討するのも一つの手です。
人事労務管理システムでは、勤怠管理をはじめ、入社・退職の手続き、社会保険の管理など労務に関する業務全般を効率的に行うことができます。また、システムを導入することによって、次のような効果も期待できます。
人事労務管理システムとしては、クラウドを使った人材育成が行える「クラウド型eラーニングサービス」やクラウド上で勤怠管理や給与計算などの労務が完結する「クラウド型労務管理システム」があり、サービスは実に多様です。導入する際は、まずは小さな業務から徐々に拡大していくとよいでしょう。
従業員が健康的に働ける職場づくりを担う人事労務としては、従業員がどれほど今の職場に満足しているかといった情報は把握しておきたいものです。情報が集まれば、より良い環境づくりのために人事労務としても従業員のためになるより良い仕事につなげることができるでしょう。
従業員満足度の調査方法は主に2パターン。「①アンケートによる定量調査」と「②インタビューによる定性調査」です。
①アンケートによる定量調査では、たとえば「会社は従業員にとって働きやすい職場づくりを推進しているか」、「年功序列にしばられず、意見を言いやすい雰囲気があるか」などといった項目を作成し、調査を実施します。アンケートはWebフォーム形式での作成が、コスト削減および集計のしやすさの面からおすすめです。
②インタビューによる定性調査では、従業員に直接質問を投げかけて調査を行います。名前が分かる分、アンケート形式よりも本音を聞き出すことが難しい面はありますが、一方でより具体的な意見をもらいやすい側面もあります。従業員満足度に関しては、以下の記事で詳しくわかりやすく解説しておりますので、あわせてご覧ください。
■参考記事
従業員満足度(ES)とは?測り方や満足度を高める方法、改善事例を解説!
採用から退職まで、実に幅広い業務を担っている人事労務。今回は人事労務について、その概要をはじめ人事と労務の違い、仕事内容、年間スケジュールなどをご紹介しました。人事労務の仕事は実に幅広く、企業にとって重要な部門であることが分かっていただけたと思います。
人事部門は、社員にとどまらず社外の多くの人と接する仕事です。会社のイメージを決める「会社の顔」であることを意識した立ち回りを心がけるとよいでしょう。
本文では、他にも人事労務管理を行う上での注意点やより良い人事労務管理を行うための方法などもご紹介していますので、ぜひ今後の人事労務管理にお役立てください。