今、お客様に対応するサービス業や販売業に限らず、医療現場や介護職、あるいは教育の分野までのさまざまな場面において、「接遇」が注目されています。
今回は、接遇とは何か、接客との違い、 接遇の考え方、主な職業別の接遇の大切さ、 マナーや接遇を習得するための目標の立て方まで、詳しく解説していきます。
接遇とはどのようなものでしょうか。お客様に接することを接客と言いますが、接客と接遇には違いがあります。接客との違いを見ていきましょう。
接遇とは、接客とは似ているようで内容が異なります。接客とは、お客様の質問に答える、欲しいものをスムーズに提供するなど、必要最低限のサービスを行うことを言います。これに対して接遇とは、お客様目線に立って、お客様一人ひとりに寄り添った、カスタムメイドの対応を言います。
日本航空の一流のマナーについて書かれた『JALの心づかい』によると、接遇とはお客様に寄り添うこと。お客様が100人いたら、100通りの接遇があるといいます。
「引用:上坂徹著(2018)『JALの心づかい グランドスタッフが実践する究極のサービス』河出書房新社」
<接客と接遇の違い>
接客 |
接遇 |
|
必要最低限のサービスかどうか |
必要最低限のサービス | 必要最低限の枠を超えたサービス |
お客様目線に立った対応かどうか |
お客様目線に立っていない対応 | お客様目線に立った対応 |
「接客」は、単に「お客様に接すること応対すること」、一方「接遇」は「お客様を理解し、適切に迎える応対」を表します。接遇におけるサービスは必要最低限の枠を超え、相手の状況や気持ちをくみ取った特別な応対となります。
いくつか例を挙げてみましょう。
レストランで給仕をしている場合、入店してきたお客様を席までご案内し、オーダーを取り、注文の料理を手元まで運ぶのが接客です。注文したものをその通りに提供します。
接遇はもう一歩深く、お客様へ気を配ります。常にホール全体に目を配っておく必要があり、「オーダーをしたい」「お水を持ってきてほしい」などの用でスタッフを探しているお客様がいないかどうか、目と気を配っておくことで、お待たせすることのないよう速やかに対応ができます。
例えば、大きなお荷物をお持ちのお客様には、「こちらでお預かりしましょうか」と声をかけて、飲食に邪魔にならないところで保管する。また、お子様へのお料理には食べやすく切れ目を入れておくなど、 お客様の状況に合わせてプラスアルファの対応をすることも接遇です。
ホテルのフロント業であれば、整った身だしなみと丁寧な言葉遣いでの対応が求められます。そのうえで接遇においては、お客様のご要望に沿った臨機応変な対応が必要になります。
例えば、夕食をとるレストランを探しているお客様に対して、近隣の飲食店をまとめた地図を渡すのが接客です。一方、お客様の食べ物の嗜好や求めているお店の雰囲気、価格帯なども踏まえて、おすすめのお店をいくつかご紹介して差し上げるのが接遇です。
お客様にとって適切な提案ができるように、前もって実際にお店で飲食してみる、またはおすすめのメニューやサービスをお店にリサーチしておくなど、事前準備も必要になります。
婦人服の販売店での接遇事例をご紹介します。
20代の若い女性が入店されたときのことです。お若い方なのですが、紺色をベースにした服を着ていたので、落ち着いた印象を持ちました。お客様は、店内のピンクや赤などの鮮やかな暖色の服を触って、鏡で合わせてみていました。そこで、「きれいな色ですよね」お声をかけると、「こんな明るい色は似合わないから」と言って、持っていた服を棚に戻してしまいました。
「華やかな印象になって、とても素敵でした。」と声をかけたところ、少しずつ現在の買い物の背景をお話ししてくださるように。
「恋人に、地味で老けて見えると言われてしまったので、明るい色をと思ったが、似合わないし恥ずかしい」と。そして、いつも紺色やベージュなどのベーシックな色の服を着ていると話してくれました。
そこで、お客様のお顔の色に似合うお色の商品をいくつかお持ちし、見てもらいました。胸元に似合う色の服をあててみると、色の効果によってお肌が華やいで見えることを感じてもらいました。そのなかで、お持ちの紺や茶の服に合わせやすい、柔らかなレモンイエローのセーターをおすすめいたしました。
お客様は「肌色のトーンが上がりきれいに見えるうえに、今着用しているスカートにも合わせやすい」と気に入ってくださり、購入されていきました。
その後も、このお客様は事あるごとにお店に寄ってくださるようになりました。そして今まで抵抗があって着なかったという色にチャレンジされるようになり、コーディネートの幅も広がって、明日着る服を用意するのがとても楽しくなったと話されていました。そして、お客様に「地味だ」と言った恋人も、今では「明るくて可愛い」と褒めてくれるそうです。
あいさつからお声がけ、会話のなかで、「明るい色を着てみたい。でも抵抗がある」というお気持ちを察して似合う色を提案したことによって、お客様は満足されたのです。
接遇を受けると、お客様の心には「大切に扱ってもらえた」「心地良い」という気持ちが生まれます。すると、またこの店に来たい、このサービスを受けるならここにしよう、と思うでしょう。再来訪してくれる、また知り合いに紹介してくれる、ということにつながるかもしれません。
また、お客様の満足を得られると、ありがとうと感謝の言葉をかけてもらうことが増えてきます。これが職場の雰囲気を良くし、スタッフのやる気を底上げしていくことでしょう。
接遇は、お客様に寄り添った気配りや言動でお客様に満足してもらい、それがスタッフにも良い影響を与えてくれます。接遇についての基本は、以下の記事で詳しく解説しています。
■参考記事はこちら
接遇とは?接客との違いや5原則などを業種別事例からわかりやすく紹介!
接遇において、お客様や利用者に接する立場にある人はどのようなことに気をつけて応対すればよいのでしょうか。接遇を実践するための考え方や、指針となるマインドセットについて、みてきましょう。
接遇を実践するためには、相手のご要望をくみ取ることが大切です。そのためには「気づき」の感度を高めなくてはいけません。
相手の言葉や態度のなかに、本当の要望が隠れています。CA経験をもとに企業研修や人材育成を手掛ける七条千恵美氏の書籍によると「接客は相手の気持ちを察する力が大切」と書かれています。本の中で、著者は「声をかけられたら対応するのが三流、アンテナを360度張り巡らせて、すべてのお客様のサインを拾うのが一流」と話しています。
「引用:七瀬千恵美著(2016) 『接客の一流、二流、三流』明日香出版社」
仕事のプロとは、何をどうするかを「自分で考える」ことから始まります。これはすぐに身に付くものではありません。筋力を鍛えることと同じように、毎日少しずつでも積み重ねて「考えること」を習慣にしていきます。
相手に言われてから、上司に指示されてから動くのではなく、「この場合はどうしたらスムーズに対応できるのだろう」「お待たせすることなく対応するにはどうすれば良いか」と自分で考えておくことで、相手に寄り添う対応ができるのでしょう。
相手に興味を持って接することが基本です。人は基本的に自分のことを話したいと思っています。JALのグランドスタッフの接客マナーについて書かれた本『JALの心づかい』によると、人は、自分に興味を持ってもらい、話を聞いてもらう人に対して悪い印象を持ちません。
「引用:上坂 徹著(2018年)『JALの心づかい グランドスタッフが実践する究極のサービス』(河出書房新社)」
たとえば、帽子をかぶっているお客様がいらしたときのこと。グランドスタッフが「ステキな帽子ですね」とお声をかけたことから、会話が広がったそうです。相手に興味を持っていたからこそ、相手のことを知ることができると本には書かれています。マニュアルに沿った、通り一遍の対応をすればいいという考え方では、お客様に寄り添った対応は難しいのだろうと思います。
お客様や患者さまなどへの接遇を目指すのであれば、まずは自社商品やサービスに必要な知識を持っていなければいけません。
相手の知りたいこと、不安に感じること、疑問に思うことにお待たせすることなく対応できるように準備をしておきましょう。
たとえば、知識をアップデートしておく、使い方の説明をわかりやすく改善しておくなど、常に扱う商品やサービスの情報を学び、取り込むよう心掛けると良いですね。
自分が属しているチームや職場、または企業を代表して接している、と意識することが大切です。
自分の振る舞いが職場や企業のイメージに直結している、ということを常に意識して、代表として相応しい言葉を選んでいるか、声のトーンはどうか、相手に伝わりやすく説明できているか、モノを乱暴に扱っていないか、など、常に気をつけることが大切です。
自分がお客様に対応しているときはもちろん、移動中に廊下やエレベーターなどの場ですれ違うお客様や利用者から、いつでも「見られている」ことを意識しましょう。
接遇は、おもてなしの心を持って接することです。
これまで接遇を重要視し、取り入れようとしているのは、接客を行う販売業やサービス業だけであると思われていました。しかし、今では医療や教育、または士業、コンサルティングといった多岐に渡る業界において、ニーズが広がり、注目されています。ここでは職業別の接遇におけるポイントについて解説していきます。
販売職やサービス業には接客が欠かせません。お客様がレジまで持ってきた商品の会計をし、包んでお渡しするのが接客です。
接遇は、来店された時のあいさつやお声掛けをきっかけに、お客様が来店された目的、探していらっしゃるものが何か、ニーズや好みを察知し、お客様にとってベストな商品やサービスを提案します。
また、ご購入の後には商品を両手で手渡しする、お店の外までお見送りすることも、お客様に感謝の気持ちを表す行動です。接客の域を超えた接遇と言えるでしょう。
株式会社リクルートライフスタイルが運営する、予約台帳アプリ『レストランボード』で、20~50代男女1,000人に対して、「再来したいと思える飲食店に関する調査」を実施しました。
その結果で注目したいのは、飲食店に二度と行きたくないと思う理由です。下図の通り行きたくない原因の1位は67.7%で「味がおいしくなかった」で、僅差で2位は67.2%の「店員の態度が悪かった(疲れていた)」でした。
1位とはポイントにほとんど差がなく、お客様の評価には、「サービスの質」が重要視されることが分かっています。必要最低限の接客だけしておけばいい、という態度が顧客に伝わっているかもしれません。常にお客様目線に立って、接遇を行うことで再来を促すことができるでしょう。
(引用元:レストランボード「再来したいと思える飲食店」に関する調査実施)
患者は常に不安を抱えています。看護職においては、「自分が患者だったら」という視点が必要になります。身体の不調、痛みを抱えて来院された患者と付き添いのご家族は、病状を心配していますし、たいへん緊張しています。接遇においては、患者さんやご家族の緊張や不安を和らげるような気配りや、心遣いが大切です。
入院患者にアンケートを取り、病院に対する満足度につながった要因を探った研究論文によると、「入院患者は、病棟看護師の接遇評価および医療従事者間の連携評価が肯定的であるほど、入院生活への満足度が高い」と結論づけられています。
病気ケガで苦痛や不安がある入院生活に、「看護師の親切な対応に助けられた」という患者の声があると、満足度が高まる傾向があります。
引用元:『患者満足度を規定する要因の検討 ―医療従事者の職種間協力に着目して―』
また外来の場合に、待合時間が長くどれほど待ち時間があるかわからないでいると、体の不調を抱えた患者も付き添いのひとも長く待たされることに不満を抱きます。
受付で、「いま診察を待っている人が〇〇人いるので、待ち時間は△△分ほどになる」などと、目安になる情報を伝えてあげることで、心の不安は少しでも和らぐものです。患者の気持ちに沿った対応を心掛けましょう。
介護職においては、利用者の人格や威厳を尊重することが大切です。利用者は自分の身の回りのことが、自分ひとりでできない状態です。「今までは出来ていたのに」と落ち込まれ、葛藤されている利用者もいらっしゃいます。
ただ単に世話をすればよいのではなく、利用者を一人の人間として敬う態度や姿勢をもって対応しましょう。卑下するような態度や言葉をかける、子ども扱いするなどの言動はもってのほかです。
介護老人保健施設に入所した高齢者の「満足」「不満」ならびに「不満への対処」の分析によると、介護老人保健施設に入所する利用者に、職員の対応への不満があるか聞き取り調査を行った結果、31人のうち18人が、表に出さないが、不満を持っているという結果になりました。
不満に感じる点としては、職員の「配慮に欠ける行為」が挙げられます。たとえば、以下のような言動です。
利用者は、職員に毎日世話をしてもらう、という立場だからこそ、「嫌われたくない」「これ以上悪い対応をされたくない」という心理が働きます。このため不満を奥にしまってしまう傾向があります。このような利用者の気持ちを汲み取って、心地よく生活してもらえるように、接遇を行っていきましょう。
引用元:『介護老人保健施設に入所した高齢者の「満足」「不満」ならびに「不満への対処」の分析』
保育士は、子どもとその保護者それぞれへの対応力が必要になります。お預かりする子どもは、就学前の人格形成の基礎となる大切な時期を過ごします。常に子どもたちへの目配りをし、対応しましょう。
就学前の幼児期は、子どもの人格形成や思考力の土台をつくる大切な時期です。
文部省は、幼児教育を「心豊かにたくましく生きる力を身につけられるよう、生涯にわたる人間形成の基礎を培う普遍的かつ重要な役割を担っている」と定義しています。(引用元:文部科学省『幼児教育の意義及び役割』))
幼少期の教育は大切です。だからこそ、子どもと触れ合う保育士が接遇を身につけることが重要視されるのです。子どもへ、そして保護者への接遇をスキルアップし、ご家庭での子育てに貢献できるようにしましょう。
保護者に対しては、安心してお子さまを預けてもらえるように信頼関係を築くことが大切です。保育士には保護者に対して「子育ての相談相手」という側面があります。相談があったら、「事実に基づいて具体的に答える」ことが大切です。
また、子どもの園内での様子を伝える際は、なるべくネガティブな言葉を避け、ポジティブな言葉に変換して伝えるようにしましょう。
<ポジティブな言葉への変換例>
ネガティブな言葉 |
ポジティブな言葉 |
うるさい |
活発だ、元気だ |
落ち着きがない |
好奇心が旺盛だ |
気が弱い |
優しい |
消極的だ |
慎重だ、よく考えて行動している |
人の第一印象は3秒で決まる、というのはよく言われていることです。初対面の人に向けて、好印象を持ってもらうために必要なのが、以下のマナー5原則です。ひとつずつ見ていきましょう。
第一印象は実に視覚的な情報によるところが大きいのです。目から入る情報、つまり身だしなみ=外観です。
身だしなみは相手への配慮のためにするものです。相手が不快に感じないように整えておかなければいけません。特に気にしておきたいチェックポイントは以下の通りです。いかがでしょうか。出来ているか、自己チェックしてみてください。
<女性の身だしなみ>
<男性の身だしなみ>
あいさつをする動きや表情は視覚的な情報ですが、発した声は聴覚的に得られる情報で、これも第一印象に直結していると言われています。
あいさつは、会ったばかりの相手とコミュニケーションを取る上で、欠かすことができません。明るくあいさつをすることが話しかけるきっかけとなり、相手との会話につなげていくことができます。
あいさつは、大きな声であいさつするのか、近くに寄って静かにあいさつするのかなど、場所や場面、相手の状態に配慮して変えるようにしましょう。
表情も、相手の第一印象を左右する、大きなポイントです。親しみを込めた表情は、相手の緊張をほぐし、話しやすいと感じてもらえます。
口角を上げて、目じりを下げることで親しみのある、柔らかい笑顔の表情になります。
常に笑顔でいるということは、意識しないとできませんし、なかなか難しいものです。割りばしなどを横にくわえて、口角の上がった状態の頬の動かし方や見え方を、鏡で確認していくのも良い方法です。慣れるまでは毎日鏡を見ながら、練習しましょう。
接遇におけるマナーとして、話し方の基本は敬語を使うということです。対応する相手の立場や年齢、場面に応じて、また自分の立場を踏まえて、ことば遣いや表現方法を変えていくことが大切です。接遇における言葉遣いに関しては、以下の記事で詳しく解説しています。
■参考記事はこちら
接遇における正しい言葉遣いとは?基本からわかりやすく解説!(無料チェックリスト付)
相手に対する立ち居振る舞い、行動のことを指します。相手に近づきすぎず、程よい距離感を保ちつつ、相手のタイミングに合わせて有益な情報を与えたり、サポートしたりします。決して威圧しないよう配慮しましょう。
下記では、適切な立ち居振る舞いについて、8つのシーンに分けてご紹介します。少しずつで構いませんのでぜひ試してみてください。
<【シーン別】適切な立ち居振る舞い>
コミュニケーションの基本は、相手の話を聞くことです。傾聴力が注目されていますが、相手の話を聞くことで、相手の本当の要望や意見を引き出すことができます。
だれでもそうですが、自分の話を聞いてくれる人に対しては、安心感や信頼感を抱くものです。相手の話に合わせて、うなずきや返事をするなど、適度に相槌を打つと、話し手は共感を得られていると感じ、話しやすくなります。ポイントは下図の6つです。
どのような業種であっても、組織において業務を改善していくためには目標の設定が必要です。
設定する目標は、大きなゴールを目指して進むための道しるべとなるものです。企業においては、数値で表した目標である「KPI」を設定しています。KPIを設定することで、業務やサービスを見える化し、どれほど理想とする状態に近づいているかを判断できるようになります。
接遇における目標設定は、なかなか数値化することがむずかしいものかもしれません。まずは接遇における「チェックリスト」を作り、各項目が出来ているかを判断していきましょう。
<接遇チェックリスト>
このほか、年に一度顧客に対してアンケートを実施してみるのも良いでしょう。昨年の評価との比較をし、評価が良かった点についてはどのような点が良かったのか、また評価が悪かった点については、原因を洗い出して検証し、その内容を全員で共有していくことで、接遇力は向上していくでしょう。以下バナーから、チェックリストの雛形(テンプレート)を無料でダウンロードできますので、こちらも合わせてご活用くださいませ。
「接客」にはスキルが必要です。接客スキルをしっかりと身につけ、販売するモノやサービスへの知識をもっておかなければ、そもそもの対応すら満足されることはありません。
しかしその上の「接遇」においては、型やマニュアルを習得し行動しただけでは不十分です。「接遇」はお客様一人ひとりに寄り添うこと、その意識を持つことが何よりも大切です。常に「目の前にいる人のために、自分に何ができるのか」を考えて「そのひとりのためのお声がけや行動」をとることを心がけ、心から寄り添う「接遇」を目指しましょう。