ビジネスシーンにおいて「ナレッジ」という言葉を聞く機会があるかと思います。人事や教育部門、管理部門においてはより身近な言葉かもしれません。しかし、実はナレッジとはなにか、明確に把握していない方も少なくないのではないでしょうか。
今回は、ナレッジとはなにか、言葉の意味や似た言葉との違い、関連用語について解説し、さらにナレッジを共有することの目的や方法、ポイントについて説明いたします。自社でのナレッジの活用方法を検討したい方の参考になればと思います。
ナレッジは英語の「knowledge」(知識、知見)をカタカナ表記したものです。辞書を引くと2つの意味があります。
一般的にナレッジは、教科書や書籍、新聞など文章化されたものから得られる知識のことを指します。
ナレッジと類似した言葉にはノウハウがあります。辞書で引くとノウハウがあらわす意味は、
とあります。
ナレッジは知識・知見、情報の集合体でありますが、集めたままでは価値が生まれません。有効に活用するには、行動・実践に取り込んでいく必要があります。その経験の中で得られた情報こそが「ノウハウ」なのです。
ノウハウは、有益な情報であるナレッジをもとに行動し、改善を繰り返して得られた最善のやり方、コツという意味合いです。
ナレッジに関連する用語を4つ紹介し、それぞれの違いについて解説します。
ナレッジマネジメントとは、個々の従業員が持つナレッジを組織全体で共有し、活用するという経営手法です。日本語にすると「知識管理」「知識経営」などと訳されます。
一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏らの著書「知識経営のすすめ ナレッジマネジメントとその時代」によると、ナレッジマネジメントとは「個々人の知識や企業の知識資産を組織的に集結・共有することで効率を高めたり価値を生み出すこと。そしてそのための仕組みづくりや技術の活用をおこなうこと」だとしています。
野中教授らは書籍、論文において「知識経営」を提唱しており、その中で「SECI(セキ)モデル」と呼ばれる考え方を示しています。
SECIモデルでは、ナレッジマネジメントは主に「暗黙知」「形式知」という2つの概念によって形成されるとあります。
暗黙知とは個人の経験や勘に基づく、明文化されていない主観的な知識のことで、形式知とは暗黙知を言語や数字、図表で説明したもので、ナレッジ化されたものを指します。
体得した本人しか知りえない経験である「暗黙知」を、ほかの人にも理解できるように、「形式知」に転換することがナレッジマネジメントなのです。これにより視覚化できなかった暗黙知を形式知と変換することで、ナレッジが蓄積されていき、これが企業にとって有益な資産となります。
ナレッジベースとは、企業にとって有益なナレッジ(知識)を見える化して蓄積し、検索可能な状態にしたデータベースのことです。
ナレッジベースを構築するということは、いままでばらばらに保管されていた企業内のナレッジの保管場所が決められ、情報の格納ルールが統一されることになります。このため従業員のだれもが業務に必要な情報を探しやすくなり、不明点がある場合や引継ぎの際にも業務が進めやすくなります。
有益なナレッジをナレッジベースに蓄えておけば、従業員はいつでもどこからでも必要なナレッジを参照できます。蓄えていたナレッジに変更があった場合にはアップデートすることで、ナレッジは常に最新の状態を保つことができ、最新のナレッジがスピーディーに社内で共有されるようになります。
ナレッジを活用することで、社員教育の効率化や他部署との情報共有の簡素化など、さまざまな業務効率化のメリットが得られます。そのための土台となるのがナレッジベースです。
藤崎邦生・清宮理慎共著の書籍「ナレッジワーカーマネジメント 業績も人もついてくる数字で語るマネジメント」によると、ナレッジワーカーとは「高度で専門的な知識やスキルを有する人材、知的労働者」を指します。
ナレッジワーカーの対義語はマニュアルワーカーです。マニュアルワーカーは決められた仕事を単純にこなす人材で、すでに定型化・標準化された作業を正確に早く処理しその効率性を追求していきます。
ナレッジワーカーはクライアントの個別具体的な要件に対応するため、自らの専門知識を使って処理することが求められます。
経営学者・社会学者のピーター・ドラッカーは著書「ポスト資本主義社会」において、ナレッジワーカーを「21世紀の組織におけるもっとも価値ある資産と知的労働者であり、彼らの生産性だ」としています。
ナレッジワーカーマネジメントとは、高度な専門知識を備えた人材が競争優位の源泉となる知的サービス業において、組織全体が中長期にわたって成果を出し続け、経営理念・ミッションを実現することを目的に、みえる化された経営数字を用いて経営することです。
案件によって求められる要件が異なるため、都度の個別対応が求められるためプロジェクトごとに生産性がばらつきやすい、また個人によって能力や生産性のばらつきがある、などを踏まえて、経営は人材の採用・育成・定着を図り、パフォーマンスが最大化される人材配置を行う必要となります。
このようなナレッジワーカーのマネジメントをナレッジワーカーマネジメントといいます。
ビジネスシーンにおけるナレッジとは、どのような意味を持ち、どのように使われているのでしょうか。辞書で引く「ナレッジ」の意味は2つある、と先に述べました。
ビジネスシーンにおけるナレッジは、2つ目の「企業などの組織にとって有益な知識・経験・事例・ノウハウなど付加価値のある情報」意味合いが強く出ています。
ビジネスシーンにおける具体的なナレッジとは、企業が事業活動を行う上で有益となる事例や経験、体系的な知識のことを指します。企業運営にプラスになる要素と紐付けられた知識と捉えられます。
ナレッジという言葉を用いるのは主にビジネスシーンです。ナレッジを含む会話としては
「チーム内でナレッジを共有する」「蓄積したナレッジをどう活用するか」 「前職で得たナレッジを現職で活用する」「このプロジェクトで得たナレッジは他にも転用できる」
などが挙げられます。
自社内でナレッジを蓄積し、これを共有するのは何のためなのでしょうか。ここではナレッジを共有する目的を5つ説明していきます。
企業がナレッジの蓄積・運用をうまく回すことができれば、業務の効率化を図れます。ナレッジの共有によって業務品質の向上や平準化に役立ち、効率改善が期待できます。
ナレッジを活用することで、人による仕上がりのバラツキがなくなり業務品質が安定し、これが全体的な品質向上につながります。また業務を進める中で疑問点や不明点が出てきても、ナレッジを参照するという解決方法によってつまずくことなくスムーズに業務遂行が可能です。
またナレッジの共有によってできる人、スキルの高い人の知識・知見を知ることができ、組織力を高めることができます。ナレッジをベースに業務手順の見直しを図ることで業務の平準化されるとより少ない労力で成果を生み出すことが可能となり、生産性の向上につながります。
新人教育を行う際には、研修やOJTなどを通したノウハウの習得が必要になります。
業務における知識や過去の事例を明文化してまとめておくことで、研修資料として新人研修などに役立てることができます。
研修資料を対象者がいつでも確認できるようにしておけば、OJTに進む前に従業員がそれぞれで自学自習を行うこともできるため、教育担当者の育成にかかる負担を減らすことができます。
ナレッジが共有されることで効率的な育成が実現できれば、育成担当者や人事担当者の業務負担や時間的なコストカットにつながるうえ、新人育成が効率的に進み、成長を促すことができれば、早期に即戦力としての活躍が見込めるでしょう。
石川秀人氏の著書「オフィス業務の生産性改善手法がよ~く分かる本」によると、属人化とは特定の人が持っている知識やスキルによって対応される、1人の従業員が業務を担当することによってその従業員以外は業務内容や進め方が分かっていない状態を指します。
属人化が当たり前になっていると、組織に弊害をもたらすリスクが生じます。
従業員が自分のやり方で業務を進めてしまうことから、業務の品質レベルが安定しない、また従業員の間でスキルの差が生じるなどの弊害が懸念されます。
属人化された業務を担当していた従業員が休職や退職などでいなくなったときに業務進行が滞ってしまう恐れがあります。納品が遅れるなどにつながれば、クライアントに損害を与えますし、社会的信用を失ってしまうでしょう。
ナレッジの共有を進めることによって、担当者以外の従業員でも対応できるようにしておけば、属人化のリスクをまかなうことができます。
財務省関税局の「知的財産の概要」によると、知的財産とは人間の創造的活動の結果として創作されるアイデア等無形のもので、財産的価値があるものを指すとあります。発明、考案、著作物などのような人間の創造的活動により生み出されるものや、営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報と定義されています。
企業活動において培われたナレッジも、企業の「知的財産」の一つとなります。事業にかかるナレッジを活用することで自社ならではの強みを発揮したり、新しい技術や技能を生み出して事業に付加価値をつけることができるからです。
ナレッジが蓄積されていなければ、指標や参考にするものがない状態で企業活動をすることになります。事業活動を効果的に効率的に行うには、ナレッジの蓄積が欠かせないといえます。
顧客対応において、今までの顧客からの問い合わせ等のやり取りがすべてナレッジとして蓄積されていれば、どのように対応すべきかが事例に沿って判断できるため、担当者によって顧客対応が異なることがなくなり、対応の質が一定化します。
クレームや要望などを受けた場合にも、担当者がひとりで問題を抱えるのではなくクレーム内容を情報として共有すれば、上長や他の従業員もその顧客に適した指示や提案をを示すことができます。このような企業内での情報共有があることで、企業に対する顧客満足度の向上が見込めます。
ナレッジを社内で蓄積するには、どのような方法があるのでしょうか。ここでは例として5つの方法を紹介します。
社内wikiとは、社内版のウィキペディア(Wikipedia)です。ウィキペディアは、インターネットにアクセスできる人が情報を書き込んでいく集合知でつくられていく百科事典です。
社内wikiは自社内のナレッジを蓄積・共有するもので、ページへのアクセス権を持った人全員が編集、検索、閲覧できるツールです。
「チームで情報を育てる」ドキュメントツールという意味合いを持っていて、不完全でも公開する、書いている途中の状態であってもチーム内に共有することで、スピード感のある情報共有が可能です。ナレッジベース構築は、完璧な状態にしないと情報共有ができないというハードルを下げる効果もあります。
データベース型(知的情報検索型)ツールとは、社内ナレッジをデータベースとして集約したもので、従業員は必要な情報を検索して得ることができます。企業内検索エンジンとも呼ばれていて、データの保管場所を問わずに横断検索ができます。応用性が高く、使い方次第でさまざまな目的に利用できます。
データベース型のナレッジの蓄積を運用する側には、日々増えていく社内のナレッジを一元管理できるため、大きなメリットがあります。一定のルールで検索型データベースへの登録をするよう社内でルールを決めていれば、ツール上で全てのデジタルデータを管理できるでしょう。
検索型データベースを運用するツールやサービスには、部外者が侵入できないようにアカウント認証によるログイン制限や権限設定による閲覧制限など、セキュリティ面の機能も充実しています。
外出先やリモートワーク時にも、社外から資料を閲覧したい時にも、安全に情報を引き出すことができます。
グループウェア型ツールとは、社内における情報共有やコミュニケーション、タスクの管理などをスムーズに進めるためのツールのことをいいます。グループウエアの機能は幅広く、掲示板やスケジュール、ワークフローなどの情報をまとめて一元管理し、それぞれを別のツールで運用しているよりも業務効率化できるのが特徴です。ナレッジ共有に加えて生産性向上を目的に、グループウエアツールを取り入れている企業も多くあります。
グループウェアの代表的な機能には以下のものがあります。
たくさんのグループウエアが販売されていて、1ユーザーにつき150円~3,000円など、利用人数によって金額が決定するものが多く見られます。
導入の際には、自社にはどのような機能が必要なのか、費用も含めてしっかりと検討しましょう。
ヘルプデスク(専門知)型ツールとは、専門的な知識をマニュアルに落とし込み、そのナレッジをデータベース上で共有するものです。必要なときにいつでもナレッジにアクセスできるため、自分で不明点や疑問点を解決することができます。
またヘルプデスク型を活用することで、これまでは同じ質問を不特定多数の方から受けていたヘルプデスク担当者や専門領域に詳しい従業員は対応の手間が省けることとなり、業務負荷を大幅に軽減できます。
社内の従業員から、あるいは顧客からのよくある質問とその回答を体系化したものがFAQシステムですが、ヘルプデスクツールを活用すると、社内外からの問い合わせとその回答を蓄積し、類似する問い合わせに対して効率よく回答できるようになります。このよくある質問FAQは、従業員が持つ経験知の集合体であるといえます。
業務一つひとつに対してマニュアルを作成することも、社内の有益なナレッジを蓄積する方法のひとつです。
小売りや飲食などの業界では人手不足が深刻で、アルバイトの採用が活発です。スタッフの入れ替わりが頻繁に発生するため、店長はつねに人材育成に時間を取られてしまう傾向があります。
たとえば小売業における接客時のあいさつ方法や服装の基準など、接客の手順を徹底的にマニュアル化することで、自社のナレッジを自社の強みとして活用でき、他社と差別化を図ることも可能になります。
またマニュアル化されたナレッジは、新人の教育にも活用することができます。人材育成を効率的に進めることにも役立ちます。
企業が持っているナレッジのなかには、まだまだマニュアルになっていないものも多く存在しています。ナレッジを活用できるようにマニュアル化することによって、業務効率化・生産性向上に大きく関わってきます。
ナレッジは蓄積することがゴールではありません。蓄積したナレッジを社内で活用してこそ効果を発揮するものです。ナレッジを共有し、効果的に浸透させるにはポイントがあります。ここでは3つのポイントを取り上げます。
ナレッジの共有には、従業員全員の協力が不可欠となります。なにを推進するにしても従業員の理解が得られていないままに始めると、取り組みはうまく運ばず失敗につながってしまいます。
ナレッジの共有を効果的に浸透させるためには、従業員の共感や理解を促すように目的やメリットについて全従業員へ説明することが大切です。経営層が率先してナレッジの共有を促すような発信をすることも重要です。質問に応じる体制も整えておきましょう。
従業員が持っている有益な知識や情報を集約し活用するには、専用のツールを導入することが効果的です。
ツール導入にあたっては、使いやすいものを選ぶ必要があります。情報のアップロードに手間がかかる仕様では、従業員の作業負担が増してしまい、ナレッジの集約が止まってしまうでしょう。また活用したくとも使い方が難しいと徐々にツールに触らなくなり、ツール導入にかかる手間とコストが無駄になってしまいます。
ナレッジの共有は、知識を集約して蓄積することではなく、それを次の業務のために活用することです。自社の業務に合ったツールを選択して、集めたナレッジを有効に活用していくためのしくみ作りやルール設定をしておく必要があります。
書籍「ナレッジワーカーマネジメント」には、担当者がプロジェクト別に担当者がシステムに登録する案件の売上・利益データを経営層や事業部長が日々確認してマネジメントに生かしているという例が記載されています。
たとえば「有益な情報のみを入力する」「情報入力の締切を設定する」など、全従業員が活用するしくみを、自社に合わせて設定しましょう。
ナレッジの共有をいきなり全社一斉に開始するのではなく、一部の部署やセクションから試しに始めるというスモールスタートを切ることが、全社への浸透に効果的です。石川秀人氏の書籍には、いきなり全社一斉に広げたり、難しい挑戦目標を掲げてもたいていうまくいかないとあります。
まずはモデルとなる部署、セクションを選定して、なかでも取り組みやすいテーマから取りかかります。それがうまく進んでいくようになったら横展開をしていきます。
ナレッジの共有を進める際にはリーダーは誰か、リーダーは何をするのかなど体制と役割を明確にしておき、改善の基盤を構築しながら少しずつ改良を重ねてステップアップしていくことが、うまくいく方法だとしています。
ひとつ成功事例ができれば、社内のナレッジの蓄積・共有・活用へのモチベーションも上がるでしょう。
「ナレッジ」の言葉の意味について、ナレッジの蓄積の目的や方法、ポイントについて解説してきました。
業務を通して従業員が個々に改善しながら蓄積してきたナレッジは、企業が効率的に業務を進める上で重要な財産となるものです。このナレッジを蓄積し共有し、従業員が活用できるようにするためには企業によるナレッジマネジメントが不可欠となってきます。
自分の持つナレッジを共有したくないという従業員もいるかもしれません。しかし社内の財産になるかもしれない有益な知識が共有されなければ、業務が属人化してしまい企業にとって将来的な損失となるかもしれません。
そのためにはナレッジを積極的に社内で蓄積し活用することの重要性について、従業員の理解を促していくことが大切です。
また、必要なナレッジが簡単に検索できてかつようできるナレッジマネジメント用のツールを導入することを検討することも、ナレッジの活用に有効な手法だろうと思います。
自社の目的に合った機能を持つツールを導入することによってナレッジが活用され、それがさらにあらたなナレッジを蓄積していけば、業務の効率化や生産性のさらなる向上が期待できるでしょう。