会社やチームが成長するためには、社員一人ひとりの力を引き出していく必要があります。社員の成長を図る人材育成には、効果的なフィードバックが欠かせません。
今、部下のやる気を引き出し結果を出すために「ネガティブ・フィードバック」の活用が注目されています。
今回はネガティブ・フィードバックについて、特徴や期待される効果、行う上での注意点やコツについて解説します。
ネガティブ・フィードバックとは、相手の問題点、悪いところを指摘し、改善を促進するためのフィードバックです。
相手の悪い点を指摘することを「ダメ出し」といいますが、ダメ出しとはもともと演劇界で使われてきた言葉だといいます。演者は演出家からダメな点を指摘されやり直しを命じられながら、自分が何をすべきかを考え、ダメ出しに応えながら芝居を作り上げていきます。
舞台の上にいる演者は、観客からどう見えているのかがわかりません。客席にいる演出家の言葉を受けて演者はより良い演技を探して改善していくので、芝居はダメ出しによって作り上げられているといえます。
ネガティブ・フィードバックはまさにダメ出しのことです。
ネガティブ(消極的・否定的)と聞くとゆううつなイメージですが、ネガティブ・フィードバックは決して悪いコミュニケーションではありません。
社会心理学者である青山学院大学准教授の繁桝江里氏の著書『「ダメ出しコミュニケーションの社会心理」誠信書房』によると、ネガティブ・フィードバックは相手の考えや行動に対し得て適切な評価を示すことだといいます。ネガティブで厳しいアドバイスは一見悪いコミュニケーションの取り方のように感じますが、ネガティブ・フィードバックによって良くないことを伝えることが相手へのサポートになりえるのだと言及しています。
ポジティブフィードバックもネガティブ・フィードバックも、フィードバックを受ける相手の成長のために行う振り返りの場です。両者にはアドバイスのスタンスやアプローチに大きな違いがあります。
ポジティブフィードバックとは、相手の出来ていることや良いところにフォーカスし、相手を認めて肯定し、さらなる成長を期待して指導するものです。受ける側にとっては承認されている、評価されていると感じられ、取り組んできたことに自信がつき、いっそう力を発揮しようと前向きに仕事に取り組むようになります。
ポジティブフィードバックは相手を褒めて伸ばすことを目的にしたものですが、褒められたことで「これで良いのだ」「自分は出来ている」と現状に満足して、成長意欲を摘み取ってしまわないように、伝え方には工夫が必要です。
ネガティブ・フィードバックは、相手の出来ていないところ、欠点にフォーカスし、改善を促していくものです。
フィードバックの相手との関係性によっては、フィードバックで与えるアドバイスの聞こえ方や受け止め方に注意が必要になるのがネガティブ・フィードバックです。
ネガティブ・フィードバックを受けて自信をなくす、やる気を失うなど悪い方向に受け取られてしまう可能性もあります。
ネガティブ・フィードバックの特徴とはどのようなものなのでしょうか。ネガティブ・フィードバックの4つの特徴について見ていきましょう。
人は自分自身について、案外正しく理解できていない、という考え方があります。
ジョゼフとハリーの窓(ジョハリの窓)は自分が認識している自分と他人が認識している自分を組み合わせてマトリックス表で整理したものです。
自分も他人も知っている領域(解放領域)が大きいと人間関係が促進される部分です。また自分も他人も知らない領域(未知領域)は、新たな経験を得ることで開拓される部分です。自分だけが知っている領域(隠ぺい領域)は、自己開示をすることで小さくすることができるとされます。
他人が知っていて自分が知らない領域を「盲点領域」といいますが、これは誰にでもあるといわれています。
誰かに自分が認識していなかった部分にダメ出し、ネガティブ・フィードバックをしてもらうことで、改善すべき必要があることに気づくことができます。
前述の書籍で著者の繁枡氏は、「ネガティブ・フィードバックは相手のより良い自分、より良い行動を引き出すきっかけになる」と記しています。
職場は課題を解決し目標を達成させることを期待されている場所です。自分の職務に対して目標をしっかり定めて自走することのできる人に対しては、モチベーションを維持、向上させることでより良い方向に進むことができますが、そのような人ばかりがいるわけではありません。
やるべき方向がわからないひと、間違った解釈をするひと、考えることをしないひとなどに対しては、周りの人たち、特に上長は適切な叱りを与えることが必要です。
繫桝氏の書籍によると、ネガティブ・フィードバックを行うことで、相手が何をすべきか、それには何が足りないのかを示すことができ、課題に対して行動を起こすきっかけを与えることができるといいます。
ネガティブ・フィードバックを行うことは、受ける側と与える側の人間関係にも影響を与えます。
自分の言動を相手が見ていてくれる、気にかけてくれていて、伝えてもらえることはとても貴重な体験です。
前述の書籍ではネガティブ・フィードバックを行ってくれる人のことを、より良い自分へと導いてくれる人だと感じられ、より良い関係につながると言及しています。
ネガティブ・フィードバックは相手との関係性に良い影響を与えるといえますが、つねにネガティブ・フィードバックが良い関係性の構築に効果的であるとは言い切れない側面もあります。
ネガティブな意見は心理的に負担を与えることもあります。自分に否定的な意見を持つ人を、人はこころよく思わないものです。コミュニケーションの難しさを抱えていることもネガティブ・フィードバックの特徴といえます。
ネガティブ・フィードバックを行うには、どのような伝え方をすればよいのでしょうか。例文を4つ挙げましたので参考にしてください。
「提出してもらった資料を確認しました。既知の情報を羅列したもので内容が薄く、期待していたレベルの資料とは違い、残念だった。もっと深堀りした情報の提示と、そこから考えられる施策の提案を加えて欲しい。不足している部分を自分で考えて改善したものを月曜までに提出してください」
内容が薄かったと、劣っている点を指摘しています。どのようなレベルの資料を期待されていたのかを伝え、再提出を指示しています。いつまでにという期限も伝えておくことも大切です。
「今日の商談で、取引先の担当者の質問に対して結論から回答していなかった。そのため相手の理解が得られず何度も質問が続いた。どのように回答すれば、相手は理解しやすいかを考えて説明することが大事だ」
具体的にどこが良くなかったのかを指摘し、どうすることで良くなるのか、改善点を提示します。
「不慣れなスタッフが対応に困っているときのフォローが遅く、結果としてお客様をお待たせし迷惑をかけてしまった。周りのスタッフがスムーズに仕事ができるように気を配ってほしい。今後は店全体の動きを見て、どう動くとよいのか自分なりのアイディアを出して、行動するようにして欲しい」
自分の仕事が一通りできるようになったスタッフに、自分の仕事以外に新人スタッフへの目配りをするなど、ひとつ上の目線で取り組んで欲しいと、期待する行動を示しています。
「依頼した仕事を、報告もしないまま期日の昨日までに終えることができていないのはどうしてなのでしょうか。仕事はチームで進めていくもので、あなたが期日を守らなかったことで全体の進捗が遅れ、スケジュールをまき直すことになります。次回、報告なしに期日を守れないということがあれば、チームから抜けてもらいます」
なにが問題でどのような迷惑をかけることになるのかを伝えて、次回から与えられた職務、役割をやり遂げるよう徹底させることが大事です。
ネガティブ・フィードバックでの厳しい伝え方になりますが、問題点をはっきりと指摘することで、次回以降の改善を促します。
ネガティブ・フィードバックを行うことによって得られる効果とはどのようなものなのでしょうか。
ネガティブ・フィードバックによって部下の成長を促すことが期待されています。
課題点、改善したほうが良い点を指摘することで、ネガティブ・フィードバックを受けた相手は、成長の方向性を認識することができます。
ヴィランティ牧野祝子氏の著書『「国際エグゼィティブコーチが教える人、組織が劇的に変わるポジティブフィードバック」あさ出版』には、フィードバックで大事なことは叱ることではなく、解決策を見つけて前に進むきっかけを与えて相手の成長を促すことだと書かれています。
正しいネガティブ・フィードバックは人材育成に効果的で、部下の能力の向上につながり、ひいては組織力の向上の一端を担うでしょう。
ネガティブ・フィードバックによって、受け手である部下はさまざまな気づきを得ることができます。自分がつまづいている問題はどのようなものなのか、またどのように解決していくのかといった目標達成までの考え方や方針、方法などについて、ネガティブ・フィードバックを通して自分のなかで整理することができます。
解決への道筋が見えたことで部下は自分の行動を変えていくことで、得られる結果も良い方向へ変化していきます。自分の成長を感じられることで仕事への意欲が高まっていきます。
社会に出ると友人関係以外の社会で生きるという意味合いが強くなりますが、社会人は「業績を残す」「成果を出す」ことが求められます。繫桝氏は書籍において、職場において成果を高めるためには周りからのフィードバックが有効であり、特に部下にとって上司からのフィードバックが重要であると述べています。
課題を達成できていない部下へのネガティブ・フィードバックによって、なぜ現状は上手くいかないのか、目標に向けて取った行動のなにがいけなかったのか、未達成の原因を提示することができれば、部下は軌道修正をかけることができます。ネガティブ・フィードバックによって目標までの最短の道へと導くことができます。
エンゲージメントとは個人の意欲が仕事や組織にどれほど向かっているのか、その熱意や活力を示したものです。エンゲージメントは自己の成長につながっているか、やりがいはあるか、事業方針に納得、同意できているかなど、仕事やチームや会社などの組織に対して感じている状態を指しています。
より自分を成長させたいという社員は「スキルアップしたい」「必要な経験を積みたい」「何が足りないのかを知りたい」と考えている傾向がみられます。ネガティブ・フィードバックで課題点を指摘してもらうことで、自己実現のきっかけをつかめる職場であると組織への評価が高まる可能性があります。
新居佳英氏と松林博文氏の共著『「組織の未来はエンゲージメントで決まる」英治出版』によると、エンゲージメントの向上は、すなわち仕事上のパフォーマンスの向上に大きく影響を及ぼしていると言及しています。
ネガティブ・フィードバックは部下の成長を促す効果的な手法であることがわかりました。ここではネガティブ・フィードバックを行う際の注意点を4つにまとめました。
フィードバックは、事実に基づいて、客観的に伝えることが大切です。
事実に基づく、ということは、主観で推測したことを並べるのではなく「実際に行った行動」「行動による結果」など、感情ではなく実際に起こったことをもとに評価するということです。
ネガティブ・フィードバックを主観で伝えるということは、相手に対するイメージや想像から生まれる文句や悪口のような内容になりがちです。
本来のネガティブ・フィードバックの効果を得るために、事実のみを客観的に評価するようにします。
ネガティブ・フィードバックは、相手の出来なかった点、課題点を指摘することで、改善への気づきを与えて、より良いパフォーマンスへと導くものですが、課題点の指摘には耳に痛い言葉が含まれることもあります。
このため、ネガティブ・フィードバックにおいては伝える内容や言い方に気を配る必要があります。
・悪い点を指摘するのではなく、すべての行動を否定する
・人格を否定する
・プレッシャーをかける
このようなフィードバックは、相手を追い詰めることになりかねません。
そもそも追い詰められて心理的に委縮した状態で、実力を発揮して良いパフォーマンスを見せることは難しいでしょう。
厳しい言葉で相手を追い詰めることでパワハラ問題に発展するようなことになってはネガティブ・フィードバックの目的を大きく外れてしまいます。相手のためのフィードバックであることを認識して伝えましょう。
問題が発生した場合、フィードバックは、できるだけ早いタイミングで伝えることが大切です。
自分も部下も起きた事象に対する記憶が新しいタイミングでフィードバックを行うことで、アドバイスが事象とともに深く印象に残り、効果が発揮されます。
時間が経過してからフィードバックを行うと、記憶が薄くあいまいな状況で指摘やアドバイスを受けることになり、実感が伴わないためフィードバックを行っても効果が薄くなると考えられます。
ネガティブ・フィードバックを行う場合にも、できるだけ早いタイミングで行うことで、早期に軌道修正ができ、目標達成に近づけることができます。記憶が鮮明なうちに時間をとって伝え、相手に指摘やアドバイスの内容を深く印象づけることが大切です。
厚生労働省の雇用環境・均等局が平成30年10月17日に発表した「パワーハラスメントの定義について」によると、「大勢の前で叱責する」ことはパワーハラスメントとして疑われるケースとして挙げられています。
同僚や後輩など周囲のひとたちに自分の欠点や失敗を聞かれる、叱責されることは、大きなストレスを感じるものです。
このように不特定多数の人がいる前でネガティブ・フィードバックを行うと受け手の自尊心を深く傷つけてしまう可能性があります。
ネガティブ・フィードバックは、相手の問題点を指摘するというステップがありますので、1対1で伝えられる場所で行いましょう。
ネガティブ・フィードバックは、部下のやる気をぐんぐん引き上げてチームの結果を導く手法です。効果的に部下のやる気を引き出すネガティブ・フィードバックにはコツ・ポイントがあります。ここでは5つのポイントを見ていきましょう。
ネガティブ・フィードバックを効果的に行うポイントのひとつは、具体的に話すことです。
抽象的なネガティブ・フィードバックは、問題点が定まらずどの点を修正すれば良いのかが伝わりません。 大切なのは具体的に伝えることです。
・問題点、課題はなにか
・どのように改善すればよいか
を明確に提示しましょう。
「全体的に説得力が感じられなかった。改善の余地がある」という指摘は、いったいなにについて問題があったのかが相手に伝わりにくく、ただ批判を受けたと捉えられてしまいます。
具体的なネガティブ・フィードバックにするために数値を用いることも有効です。
売上や客数、達成率など数値を含めて目標に対しての進捗を提示しながら差異を認識させたうえで、アドバイスすると、相手は納得して受け取ることができます。
効果的なネガティブ・フィードバックを行うためには、自分の持つ主観や感想、イメージなど事実と認められない情報をもとに話すことは避けなければいけません。
フィードバックは相手の成長を願って行うものです。 ネガティブ・フィードバックで指摘する課題点において、相手の人格に触れるようなことはあってはいけません。
・いつになったらできるようになるんだ
・だから君はダメなんだ
・どうしてそんなにルーズな性格なんだ
このように、仕事上の状況に直接関係のない指摘は、相手にとっては人格を傷つけられたと受け取られてしまいます。そのためには、指摘する対象は起こった事象に基づくということがポイントになります。ネガティブ・フィードバックを行う側は相手の成長のために行うのだとしっかり認識する必要があります。
ネガティブ・フィードバックを効果的に行うにはタイミングも大切なポイントです。 問題点、課題が見えたときにはすぐに行いましょう。
ネガティブ・フィードバックは問題点、課題点を指摘するという特徴があります。
このため時間が経過して問題点に対する記憶が遠のいてから行った場合、ネガティブ・フィードバックの効果は限定的になります。
問題が発生してから半年経過した時点で、上司から「あの時の行動には問題があった」と指摘を受けても、記憶が薄れてしまっているため部下にとっては気づきや学びを得ることは難しいでしょう。
ネガティブ・フィードバックは部下の記憶が新しい間に行うことで、なにが問題だったのか、または課題をどう改善するかなど理解しやすく、効果が発揮されます。
ネガティブ・フィードバックが部下の成長に効果的であるとはいえ、人間の心情はネガティブなメッセージにいい気持ではいられないものです。
そこでネガティブ・フィードバックを成功させるポイントとして「サンドイッチ型」のフィードバックが挙げられます。
パンで具材をはさむサンドイッチのように、ネガティブ・フィードバックをポジティブフィードバックで包むことで、ネガティブな印象を和らげることができます。
以下にフィードバックのサンドイッチ型の例を挙げます。
(ポジティブフィードバック)
「今日提出してもらった資料のことだけど、指示された内容以外にもデータやグラフを自発的に追加するなど工夫してくれてありがとう。」
↓
(ネガティブフィードバック)
「ただ、1つ気になる点がある。資料に入れるデータは信憑性の高いものでなければいけない。今回は、別のデータを使ったほうがよいと判断できるものがあった。何をもって結論づけるのかデータの扱いは慎重におこなうべきだ」
↓
(ポジティブフィードバック)
「最適なデータの選び方に不備があると感じられたが他は構成も整っていて見やすく分かりやすい資料だった」
このように、サンドイッチ型のフィードバックは、伝える側・伝えられる側ともに心理的負担が軽減されます。
ただし、サンドイッチ型のフィードバックは最後のコメントをポジティブな内容で終えることで、本来の目的であるネガティブな部分の指摘が薄れて、これで良かったと褒められたと受け取られてしまう可能性があることです。
ネガティブ・フィードバックを行う場合には、最後に「先ほど指摘した点を修正して資料を再提出するように」などと、ネガティブフィードバックの指摘部分を再度伝え直すとよいでしょう。
ネガティブ・フィードバックは、相手の問題点を指摘することから相手を導くものなので、マイナス点や課題を面と向かって指摘された相手は少なからず嫌な気持ちになるものです。
繫桝氏の書籍には、ネガティブ・フィードバックで重要なのがフィードバックを受ける相手が、送り手から「好かれている、認められている」と思えていることです。
ネガティブ・フィードバックはある程度の信頼関係のある良い関係性を土台にして効果を発揮すると書かれています。
フィードバックのときにだけコミュニケーションを取るようでは、信頼関係を構築することは難しいでしょう。日頃から部下に対して声をかける、相談に乗る、また部下が話しかけやすいような状況をつくることなど、工夫することは大切です。
ネガティブ・フィードバックは、部下にとってポジティブフィードバックだけでは得られない気づきややる気をもたらすもので、人材育成に効果的な手法です。
部下の成長のためには厳しい内容のメッセージを伝えなければいけない場面もあります。ネガティブ・フィードバックを行うことは、上司としての責務です。部下との信頼関係を構築した上で、愛情を持って行い、部下を成長へ導きましょう。