新型コロナウイルス感染症の影響、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の波など、小売業が大きく変わりつつある現在。店舗運営も変革のときがきています。こうした背景を踏まえたうえで、当記事では店舗のマネジメント、多店舗経営における業務改善ポイントを解説しました。
店舗運営とは何かといった基礎的な部分も含めて触れていますが、既に課題をお持ちで対策案をお探しの場合は、ページ中ほどの「店舗運営におけるよくある課題」からお読みください。
小売業における店舗は、お客様が商品と直接触れあえる唯一の場であり、会社にとって非常に重要な役割を担っています。
株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏が座右の銘としているという名言「店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる(倉本長治氏)」をご存じの方も多いでしょう。つまり店舗はお客様のためにあるということです。
その店舗全体の運営を指し示す言葉が「店舗運営」です。店舗運営は、店舗の規模により本社、スーパーバイザー(以下SV)、店長、従業員が分担して行っています。
詳細は後述しますが、具体的には、次のような業務があります。
現在、店舗運営が見直されている背景には、EC市場規模の拡大と消費者の価値観の変化があげられます。
新型コロナウイルス感染症の拡大により生活様式が変化する中、ネットスーパーやデリバリーなどの宅配事業が成長しています。経済産業省がまとめた「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」によると、物販系分野のEC市場規模が2019年は10兆515億円だったのに対して、2020年は12兆2,333億円と大幅に伸びているのです。
(参照元:経済産業省「令和2年度産業経済研究委託事業(電子商取引に関する市場調査)」)
また現在は「モノが売れない時代」と言われ、「モノを売るのではなく、サービスを売る時代」へと消費者の価値観が変化しています。サブスクリプション型のビジネスモデルが増えているのも周知のとおりです。
消費者庁が実施した「平成28年度 消費生活に関する意識調査結果報告書」の結果からもこの点は明らかで、「できるだけモノを持たない暮らしに憧れる」という質問に対して「かなり当てはまる」「ある程度当てはまる」と回答した人は、51.9%と半数を越えています。
(参照元:消費者庁「平成28年度 消費生活に関する意識調査結果報告書」)
つまり現在は、モノは店で購入するという従来の常識から、モノは通信販売で購入する、モノは持たずにシェアリングサービスなどを利用するといった形に変わってきているのです。それにあわせて店舗の存在価値が変わってきており、小売業を営む事業者は、消費者のニーズをくみ取りながら、店舗運営の再構築を行う必要が出てきています。
店舗運営には、どのような職種があるのか具体的に見ていきましょう。規模が大きいほど、職種が細かく分かれていますが、ここでは多店舗運営を行っている小売業を想定し、代表的な4職種をご紹介します。
店舗運営に欠かせないのが「人材」ですね。この人材の採用と育成といった人事に関わる業務は、店舗運営において重要な仕事のひとつです。
採用は大きく分けると、本部採用と店舗採用の2つに分けられます。
本部採用の中には、経理や人事といったバックオフィス業務もあれば、店長やSV、販売員として店舗運営に直接関わったり、ECサイトの運営を行ったり、ブランド全体のビジネスモデルを策定したり、販促やマーケティングに関わったりと業務内容は多岐にわたります。
店舗採用は、販売員の採用が中心で雇用形態は正社員からアルバイト、パートまでさまざま。店長が中心になり採用活動を行うのが特徴です。
こうした多岐にわたる人材を採用し、戦力として働いてもらうためには教育が必要ですね。店舗採用の販売員であっても、個別に店舗ごとに教育を行うのは効率が悪いため、本部で教育プログラムを定めている企業も出てきています。
また研修を行うだけでなく、職種を越えた異動が可能になる社内公募制度や表彰制度を整えるなど、従業員がモチベーション高く活躍できる仕組みを作るのも人事の大事な役割です。
顧客や市場の動向などを調査し、商品開発から販売計画立案までかかわるのが「販促・マーケティング職」です。商品開発であれば企画職の担当者、情報の発信であればPR・広報の担当者など、多くの部署と横断的に関わることが多い職種でもあります。
消費者が目にすることが多い、キャンペーンの企画&実施や、ポスター、POP、チラシなどの販促物の作成なども販促・マーケティング職が関わっていることが多いです。
また店舗運営という視点だと、店舗ごとの特徴を把握したうえで、現在どのような商品が売れていて、今後は何が売れそうか、さらに売上を伸ばすために必要なことは何かといった分析を行っています。
店舗で実際に働く職としては、店長や販売員があげられます。雇用形態は、正社員からアルバイト、パートまでさまざまで、勤務時間も違うためシフトを組んで働くケースが多いです。
店長は店舗の責任者であり、売上管理、スタッフ管理、在庫管理、発注管理などを行い、販売員として店舗に立つこともあります。販売員は接客業務が中心で、経験年数などに応じて店長の業務の一部を担当するケースが多いでしょう。
多店舗経営の小売業の場合、複数店舗の経営管理を担うエリアマネージャーやSVと呼ばれる人たちがいます。管轄している店舗の売上管理に加えて、店舗で困ったことがあったときに店長の相談にのったり、本社と各店舗の間に入り、必要な情報を伝えたりしています。
エリアマネージャーやSVと店長の間で良好なコミュニケーションが築かれていると、本社の意向が各店舗に反映されやすくなったり、各店舗での事例やノウハウなどの共有がうまくいったりと、会社全体の生産性の向上につながります。
ここではイチ店舗にフォーカスした店舗運営の業務内容と、多店舗展開の場合に発生する業務内容を解説します。
まずはイチ店舗にフォーカスした店舗運営の業務内容について解説します。
一日の始まりはお客様を迎えるための開店業務から。具体的には、セキュリティの解除や看板などの設置、業務用パソコンの起動、レジへの釣銭の準備、店内清掃、商品の陳列などがあげられます。開店業務は、遅刻が許されず、金銭管理も必要なことから、強い責任感と自己管理能力を持ち合わせた信頼のおけるスタッフが担当することが多いです。
ルーティンワークに近い業務もありますが、天候に合わせて売れそうな商品を入口近くに配置するなど、経験と工夫が生かせる面もあります。
店舗運営といったときに真っ先に思い浮かぶのが接客ですね。「いらっしゃいませ」といった挨拶から始まり、お客様の要望をくみ取り、時に見守り、時に必要としている情報を提供します。お客様に応じて、臨機応変に対応することが求められ、お買い上げの際は会計を行います。
またアパレルなどの場合は、店内の洋服を畳みなおしたり、コーディネートを考えマネキンを着せ替えたりといった業務もあるでしょう。美容業界などの場合は、施術が終わるまでの時間、楽しんでもらえるようなコミュニケーションも大事になってきます。中には、コンビニなどのようにスピーディーな会計が求められるケースもありますね。
店長を中心に、正社員や経験年数の長いスタッフが担当することが多い重要な業務が人材管理です。シフト作成のほか、必要に応じて人材の採用や教育なども行います。
どの時間帯、曜日に、どの程度の人員が不足しているのか確認し、必要に応じて、アルバイト等を募集します。小売業は世間が休みになる盆正月や土日祝日に繁忙期となることが多く、この時期にどの程度働けるかなども見越して採用活動を行う必要があるのが特徴です。
店舗に並べる商品の在庫・仕入れ管理も店舗運営に欠かせない業務のひとつです。何をどれくらい仕入れるかは、過去の実績などから算出した売上予測をもとに決定します。1日の売上が100万円であれば、100万円以上の在庫が必要ですね。
品切れが起こると販売機会が損失しますし、逆に仕入れすぎると余剰在庫を抱えることになりロスが発生します。多すぎても少なすぎてもダメというわけです。
また、売れない商品については在庫消化が必要です。いつまでに売り切る必要があるか試算し、それに合わせて売価変更を行います。
多くの店舗では、1日、1週間、1カ月、1年単位で計画を立て、実行し、改善を繰り返しながら売上管理を行っています。
全体の売上だけでなく、どの商品がどれぐらい売れているのかカテゴリごとの売上を算出し、客数なども把握したうえで、分析し、次の計画を練る……、といったことを繰り返します。
そして、ここで立てた計画にもとづき、仕入れを行ったり、強化アイテムを決めたり、必要に応じてシフト調整や接客内容を見直したりしています。
翌日の営業をスムーズに開始するために欠かせないのが閉店業務です。当日の売上を計算し、売上金を金庫に入れ、補充用の釣銭の準備など金銭管理が主な仕事になります。加えて、看板等の片付けや清掃、戸締りなどを行います。
金銭管理が必要な閉店業務は、信頼が何より大事なため、オープンして間もない時期などは店長が行うことも少なくありません。
多店舗展開を行っている企業における、本社が担う店舗運営の役割について解説します。
本社が担う店舗運営の主な役割は、各店舗のバックアップです。店長から提出された売上などのデータをもとに経営管理を行い、検討した販売戦略を現場の店舗に反映させ、集客を増やし、売上拡大を狙います。またトラブル時や困りごとがあったときに相談などに乗ります。
各店舗が同じレベルでサービスを提供できるよう接客マニュアルなどの作成を行うのも本社の仕事です。その他、飲食店の場合は、料理の盛り付けや味が同じになるよう業務マニュアルとしてまとめるなど、業種に応じて作成します。
また店長向けのマニュアルの用意も必要です。心構え的な内容から、クレーム対応、労務管理、人材育成の方法などを記載します。
人材育成は、本社と各店舗が協力して行っているケースが多いです。基本的な知識はマニュアルやe-ラーニングの教材を本社が用意したり、研修を行ったりすることで習得。OJTのみ各店舗で実施するケースなどがあります。
本社が研修の一部を担うことで、各店舗における教育担当者の負担が軽減され、スキルの平準化を実現しやすくなります。
近年は、小売業でもITの活用が進み、店舗DX、サプライチェーンの最適化や需要予測への期待が高まっています。生産性の向上を目指し、こうした新たな取り組みを実施するのも本社の重要な業務のひとつです。
商品や店舗のPRに携わりつつ、ブランドのファンを作るような取り組みも本社で行っています。ブランドのイメージを固め、それに沿ったWebサイトやSNSでの発信、メディアでのPRなど、その活動は多岐にわたります。
本社の中で直接顧客とのやり取りがあるのがカスタマーサポートを行う部署です。企業の窓口として、商品や店舗、サービスへの顧客からの問い合わせなどに対応します。
問い合わせの内容はデータベースなどにまとめ、必要なスタッフが確認できるようにしたり、分析したりして次へ活かします。またクレームが届けば必要に応じて、必要な部署、店舗と連携し改善を行います。
店舗運営、マネジメントにかかわる本社、SV、店長。それぞれの立場で必要なスキルについて解説します。
店舗をサポートするために本社があるというマインドを持つことが非常に重要です。特にフランチャイズ展開の場合は、自社が開発した技術や仕組み、ノウハウなどを加盟店に提供することから、力関係が本社のほうが強くなりがちなので注意しましょう。
店舗スタッフの声を真摯に聞けているかは、常に振り返りたいポイントです。
複数の店舗を管轄するSVに欠かせないのがマネジメントスキルです。目標とする売上を達成できるよう、円滑に店舗運営ができるよう、課題解決能力も必要になってきます。また、本社と店舗とをつなぐ役割を担っていますので、高いコミュニケーション能力も求められます。
店長の業務は多岐にわたっていますが、中でも欠かせないスキルのひとつがコミュニケーション能力です。本社のスタッフやSV、店舗で働くスタッフ、そして顧客と円滑なコミュニケーションをとったうえで、リーダーシップを取ることが求められています。
また売上目標を達成するためには、マーケティングスキルも必要ですし、コスト管理も含めた数字を意識した店舗運営が重要になってきます。
店舗運営におけるよくある課題を3つご紹介します。
小売業界は慢性的な人手不足が起きており、店長が接客など現場の作業に追われているのが現状です。またシフトの作成や本社への報告資料の作成など、多くの事務作業があります。
このため本来、店長がすべき売上データの分析や販促施策の検討、スタッフとのコミュニケーションといった管理業務が後回しになり滞りがちです。
多店舗経営において、本社と各店舗との連携は必要不可欠。しかしコミュニケーションがうまくいっていないと、本社で検討した販売戦略が各店舗で実施されなかったり、適切に伝わっていないことが理由で思うような成果が出なかったりといったことが起きます。
また逆に各店舗からの報告が不十分で、状況を本社が適切に把握できないといったことも起きています。
平成30年の大学新卒入社の小売業における3年以内の離職率は、下記のグラフから分かるように37.4%です。
(参照元:厚生労働省「新規学卒の産業別離職状況」)
小売業はアルバイトやパートといった非正規で働く人も多く、学生の卒業に伴う離職などもあり、人手不足が起きています。
その結果、常に人材を採用し教育を行っている店舗も多く、店舗運営において大きな負担となっています。
前述した課題を解決するために、行いたいのが店舗運営業務の効率化です。店舗DXといった言葉も生まれていますが、ITを活用することで効率化できる業務がありますので、ポイントをご紹介します。
なお、ITを導入する際は、一気に進めるのではなく、まずは一部の部署から実験的に始め、課題を解決しながら、少しずつ対象範囲を広げていくとスムーズでしょう。
DXの機運がたかまっているのが在庫管理や需要予測、発注業務。現在、売上報告や在庫管理、仕入れ発注などを一元化できる店舗管理システムが各社から販売されています。こうしたシステムを導入することで、データ管理の工数を減らせるだけでなく、ミスが起きにくくなったり、データの活用が進み次の販売戦略を立てやすくなったりします。
国のポイント還元事業などにより日本でも広まりつつあるキャッシュレス決済。キャッシュレス決済にすることで、閉店後に現金を数えて売上を出したり、銀行に入金したりといった現金管理業務が効率化できます。
現金管理業務がなくなれば、閉店作業を比較的新しいスタッフにも任せやすくなりますね。
頻繁に人材の入退社が発生する店舗運営は、人事労務管理の負荷が大きいですね。入退社の書類手続きを紙で行っている場合は、デジタル化し一元管理をするのがおすすめです。
クラウド型の人事労務ソフトなどを導入することで、入退社の手続きを本社で一貫して行えるようになります。書類の作成はクラウド上ででき、書類の書き方の説明等は、Web会議システムを使えば行えますし、不備があった際にも書類を何度も郵送することなく、クラウド上で修正、更新が可能です。
本社としても従業員データがデジタル化されているため、採用計画や人事評価の管理も行いやすくなるでしょう。
本社から店舗への指示、連絡頻度が多すぎたり、連絡手段が統一されておらず、時に電話、時にメール、時には対面といった形だったりすると、店舗では内容の理解、スタッフへの共有に時間が掛かります。
共有するためにまとめ直すなどの作業が発生したり、連絡の共有そのものが抜けたり、作業が漏れたりといったことも起きやすくなるのは想像に難くないでしょう。
こうした場合は、コミュニケーションツールを導入し、本社と店舗がリアルタイムに情報を共有できる仕組みを作るといいでしょう。そして自社にあった運用ルールも同時に整備することが大事です。
日々の業務に追われると店長や各店舗のスタッフは、自店舗のことで精一杯になりがちですが、店舗間の横のつながりを構築することで課題が解決することも少なくありません。また連携することで多店舗展開の相乗効果も生まれます。
例えば、自店舗で起きている課題は、他店舗でも起きている可能性が高く、情報共有することで早期解決が可能に。また近隣に複数店舗ある場合は、単独で勤務シフトを作成するのではなく、共通のシフト表を作成することで人材不足の影響を軽減できることもあります。シフト表の作成を持ち回りにすることで作成する負担自体も減りますし、スタッフの勤務希望の要望を受けやすくなるでしょう。
売上などのデータを店舗間で共有すると、自店舗の特徴を把握できたり、課題を見つけやすくなったりといった効果も期待できますね。
店舗運営では、業務を属人化すると非効率になります。常に平準化できないか考え、ナレッジを共有し、マニュアル化するといいでしょう。テキスト中心のマニュアルだけでなく、内容によっては動画にするのもおすすめです。
最近は誰もがスマートフォンを持っていますので、マニュアルをアクセスしやすい場所に保存すると気軽に閲覧でき、活用しやすくなりますね。
現場で負担が大きいのが新人スタッフの教育。店舗で長く働いているベテランのアルバイトや社員が教えることが一般的ですが、そうしたスタッフは忙しいことも多く、空き時間にしか教えられなかったり、新人が質問をしにくかったり、十分なOJTができないケースも少なくありません。
そこでポイントになるのがOJTの効率化です。新人が入るたびに毎回教えているような定型化されている内容をコンテンツ化。e-ラーニングで新人スタッフが自ら学べる仕組みを整えるのです。全てのスタッフが同じクオリティで学べるようになる良さもあります。
そうすることで現場でしか教えられない「実践」「フィードバック」といった部分にOJTで時間を掛けられるようになりますし、教育する側の負担を減らせるでしょう。OJTやeラーニングに関しては以下の記事が参考になります。
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