日本では少子高齢化・労働人口の減少が見込まれている中で、企業は人材不足に悩まされています。雇用形態も多様化しており、労働市場の流動化が進んでいます。
人材確保が容易ではない環境において、企業は限られた人員で目標や目的を達成するための人材マネジメントが求められるようになりました。
タレントマネジメントは、1990年代にアメリカで注目され導入が始まった人材マネジメント手法です。近年、人的資本経営が重要視されるようになっていることからも、ますます注目されるようになりました。
今回はタレントマネジメントについて、どのような意味か、導入する目的やメリット・デメリット、導入ステップなどを中心に解説いたします。
大野順也著「タレントマネジメント概論」によると、タレントとは人材の持つ才能や技術・経験・業績・資格のことを指しています。
タレントマネジメントは、1990年代に米国大手コンサルティング会社であるマッキンゼー&カンパニー社が発信した「War for talent(人材育成競争)」というキーワードを機に生まれました。
2000年以降になると欧米企業を中心に「優秀な人材の早期発掘、適正配置、育成支援までの一連のプロセスを統合的に捉える人材マネジメント」という概念が広まりました。
タレントマネジメントについての定義は一つに限定されていません。ここでは、広く知られている2つを紹介します。
ASTDでのタレントマネジメントの定義は、企業の経営目標と整合性を取り、従業員を採用し、人材開発や配置を通して人的リソースを最適化しながら目標達成を目指す統合的な取り組みです。
SHRMではタレントマネジメントを、企業の経営目標を実現するために人材を採用・育成した上で活用するという一連のプロセスを改善させ、人材の意欲を増進させながら、生産性を向上させる戦略を推進する取り組みのこと、と定義しています。
タレントマネジメントは人事戦略に欠かせないといわれています。タレントマネジメントの目的とはどのようなものがあるのでしょうか。
タレントマネジメントの目的のひとつに、経営目標の達成、実現が挙げられます。
人材のマネジメントは経営戦略と連動しています。このため、どの企業にも共通する、どの企業にとっても普遍的なタレントというものは存在しません。各社の経営戦略に沿ったタレントの定義の内容も異なります。
企業が成果や利益を生み出し、経営目標を達成していくためには、自社の経営理念が全従業員へ浸透していることや企業が目指す姿・目標に沿った目標設定が各部署に落とされていることが前提となります。
たとえば人事部門は、自社の目標に根差した適切な人材配置や必要な人材の確保が求められています。会社の経営目標の実現のために、タレントマネジメントを進め、人事戦略を実施していきます。
採用から人材育成、選抜まで人事のあらゆる領域に関わる「タレントマネジメント」は人事戦略のひとつです。たとえば企業の戦略に対して必要な人材を育成するために、従業員に必要な研修を実施するなどによって組織力の底上げを狙うこともできます。
企業の生産性を向上させることもタレントマネジメントを実施することの目的です。
タレントマネジメントの実施によって、従業員一人ひとりが持っている力を発揮してこれまで以上に優れたパフォーマンスが発揮されるようになれば、組織・企業全体の生産性の向上を目指すことができます。従業員の対象は、役職のある人や正社員だけに絞らず、パートやアルバイトのような働き方で勤務する人も含めてタレントマネジメントを進めていくと、それぞれの希望やスキル・適正に合った場所でいっそう成果をあげていくことが期待できます。
タレントマネジメントで蓄積したデータがあると、求める人材像も明確になるため、採用の効率化のほか、採用ミスマッチも防げるでしょう。
書籍『タレントマネジメント概論』によると、タレントマネジメントの目的を考えるときに、2つの視点があるといいます。
一つ目の視点は短期の目線でタレントマネジメントの目的を定義する場合です。従業員の能力を最大限に発揮したい、人材の適材配置を実現したいという、適正配置に関する課題をおそらくどの企業も持っていると思います。タレントマネジメントを推進することで従業員個々のスキルや経験・キャリアビジョンやキャリアプランを可視化し、人材を適正に配置することができます。
社内で部署の枠を超えてプロジェクトをスタートさせたい場合にも、タレントマネジメントによって個々のタレントが可視化できれば、社内コラボレーションを進めていくことができます。
引用:大野順也著『タレントマネジメント概論』
二つ目の視点はタレントマネジメントを中長期の目線で見る場合ですが、この場合のタレントマネジメントの目的は、キャリアプランニングの支援やサクセッションプランなど戦略的な人材育成になるとあります。
従業員個々のキャリアをどのようにデザインしていくのか、数年後どのような分野でどのような役職に就いていたいのか、そのためにはどのような知識を得て、経験を積んでおくべきなのかを、一人ひとりのキャリアプランに沿って育成や配置をしていくことは、中長期でみるタレントマネジメントの目的となります。
優秀な人材を選定し、数年かけてそのポジションにふさわしい研修プランを受講させて育成し、数年後あるいは次世代の経営者やリーダーを育成することも、中長期視点で見たときのタレントマネジメントの目的です。
タレントマネジメントに取り組むとどのようなメリットがあるのでしょうか。ここではタレントマネジメントに取り組むメリットを4つ取り上げます。
タレントマネジメントのメリットのひとつには、人材の適正配置が可能となり、全従業員のタレントを生かすことで活性化できることです。
従業員のもつタレント(スキルや経験・能力など)を管理することで、人材の適正配置が可能となれば、従業員ひとりひとりが高いパフォーマンスを上げることが期待できます。
書籍によると、もともとアメリカで始まっているタレントマネジメントでは、タレントを「マネジメント人材」を指していて、マネジメントの対象を会社の上層部の人材という意味合いがあるといいます。
しかし日本は今後いっそう労働人口が減少していくことが予想されていて、人口増加が見込まれるアメリカとは労働市場の状況が異なります。優秀な人材はもちろん、従業員全員、パート・アルバイトまでも対象にタレントマネジメントを考えていく必要がある、と書籍では言及しています。
書籍は、これからは従業員一人ひとりに応じて才能を見出して、伸ばし、育成することが企業にとっていっそう求められていく、と述べています。"
タレントマネジメントのメリットには人材の適正配置が可能となることで、不要な採用やリストラを抑制できることが挙げられます。
人材のタレントに着目するタレントマネジメントを実現することで、従業員それぞれがどの部署でどのような業務にあたることで力が発揮できるのかを明確にすることができます。また、従業員全員のタレントを把握していることで、企業全体の横断的な人材活用ができるようになります。
これによって、これまでの部署では豊富なタレントを持ちながらも発揮できず、低評価を受けている人も、他部署でのチャンスを得ることができ、大きな成果をあげることはあり得ることです。
タレントマネジメントを推進していくと、ポジションに必要な人材を外から募集する前に、内部の人材から見つけていこうという動きになります。現時点では最適な人材が見つからない場合も、遂行能力の高いタレントを持つ従業員を選び、育成していくことも可能となります。
5年後、10年後といった中長期的な視点で企業における将来の人材マネジメント戦略を構想できるようになることも、タレントマネジメントのメリットです。
タレントマネジメントを推進することは、個々の従業員のタレントを生涯にわたって育成計画をし、実施していくことを意味します。従業員の成長には数年がかり、数十年がかりになります。
企業には、5年、10年のスパンで事業が今後どのようにあるべきか、戦略があります。それを実現するためにはどのような人材が必要となるか、その人材の育成についても中長期の視点から行う必要があります。企業の戦略に合わせて人材を育成する、戦略に合わせて人材を配置できることがタレントマネジメントのメリットです。
タレントマネジメントを進めていれば、新規プロジェクトをスタートする場合にも、従業員のタレントをベースにメンバーを選定し、中長期にわたって成長させるという戦略を打つこともできます。
タレントマネジメントのメリットには従業員エンゲージメントが高まることが挙げられます。タレントマネジメントを推進し、従業員個々のマネジメントのベースとしている会社は、従業員一人ひとりのキャリアデザインを手助けしていることになります。
タレントマネジメントによって従業員の持っているタレントが見出され、育成されていきます。このことで従業員の企業への信頼度も高まります。
書籍によると、従業員一人ひとりが経験を積んで、キャリアを重ねていくことで、企業との結びつきは強まっていくと言及しています。
自分でキャリアを切り開いていきたい意識の強い従業員にとっては、よりタレントマネジメントを推進している企業で働き続けることを望ましいと思うことでしょう。
タレントマネジメントを行うデメリットはあるのでしょうか。
タレントマネジメントを実行するには、効率的に推進するためのタレントマネジメント専用のシステムを導入するケースが多いと思います。
「導入・運用コスト」がかかることがデメリットではありますが、十分に活用されていれば問題はありません。なぜタレントマネジメントの実施がデメリットとなってしまうか、タレントマネジメントが活用されない要因を2つ挙げました。
タレントマネジメントを進めるためには、従業員のタレントデータを取得し続けなければいけません。初回に一度データを集めて満足して更新しないため、いつまでも過去のデータを活用し続けているケースも実際に起こっています。
これには、従業員データの集約には従業員の工数の負荷もかかってきてしまいます。従業員の協力が十分に得られない場合には最新のデータ更新をし続けることが難しいといえます。
タレントマネジメントは企業の成長にとって重要な施策ですが、従業員一人ひとりにとっても、より適切な配置が可能となることは力を十分に発揮できるチャンスがつかめるというメリットを十分に説明し、タレントマネジメントを実施する意義を理解してもらうことが必要です
従業員の中に優れたタレントを持った人材がいても、組織内で情報の共有ができなければ、せっかくの情報を活用することもできません。
従業員の社内の経歴や給与などの人事部のデータだけが共有されているのでは、これまでと変わりません。従業員のスキルや行動特性、将来のキャリアビジョン、人柄などの情報を含めて、各部門のマネジメント層と人事、関連部署が必要な人材データをいつでも取り出せるように共有していることが重要です。
定期的に情報を更新して、整理し、探しやすくしておけば、タレントマネジメントシステムのスムーズな運用が可能となります。
タレントマネジメントを自社で取り組むにあたって、どのように進めていけば良いのでしょうか。タレントマネジメントを効率的に進めるステップをご紹介します。
まずは従業員の人事に関するデータを収集し、整理して見える化することから始めます。
集めた従業員のタレント情報はデータ化し、必要なときに検索したり分析できるようにします。タレントマネジメントシステムなどを活用して部署を超えて組織全体で共有できる状態にしておきましょう。
個々の従業員のデータについては、目標や実績、評価などは時間の経過によって変化していきますので、常にアップデートしデータを蓄積していくフローの構築が必要です。
また、自社の将来にとって有望な人材をリストアップしたデータベースであるタレントプールを作成しておくのも良いでしょう。
従業員の持つスキルや経験、資格などを把握したら、自社の人事戦略を実現するために必要なタレントとのギャップを確認することが大切です。
不足部分を取り組むべき課題として、従業員の人材タレント情報をベースにタレントの育成と採用計画を立てていきます。事業の目的達成にあたって、必要な人材がどの程度不足しているかを課題を抽出して、どのように補てんするかを判断します。
補てんの方法としては、優秀な人材を選定して育成することが考えられます。
人材育成では、研修やマニュアルを通じて知識をつけるものと、現場での実務を通じて経験をさせながら成長を促すものがあります。
たとえば経営者の後継を育てるサクセッションプランもタレントマネジメントのひとつですが、現在の経営者が次の経営者候補に経験を通して一人前になるように育成します。収集したデータを生かして効率的な育成計画を練りましょう。
次のステップでは、従業員のもつタレントを最大限に活用できるように適正な部門で、適正なポジションに配置し、活用していきます。
集めた人材情報や育成・採用計画について、現場担当者と事前に共有し、現状とのギャップをすり合わせておきましょう。その職場で生じている課題を軸に、従業員のタレントを生かすことを考えることで、その職場の生産性向上やタレントの能力開発がスムーズに進みます。
配置が完了したあとにも、現場の管理者の役割が大きくなります。
従業員のタレントが、想定通りに能力を発揮できているか、また能力の向上ができているか、従業員の業務に対するモチベーションはどう変化しているか、などを細かく観察しチェックします。
これらにおいて、現場の管理者との連携が欠かせません。タレントの配置の事前情報の共有がなければ、配置後とのギャップがどれほどあるのかに気づくことが難しいでしょう。
また、配置前後の情報については、この先の従業員タレントの特性の判断材料にもなりますので、データベースに蓄積させていくことも大切です。
ステップ4では、人事評価やレビューなどを実施し、計画に対するモニタリングを行います。このとき目標と実績に紐付け、定量的な評価を実施すると、従業員のモチベーションも向上するでしょう。
当初、想定していたレベルと従業員の実績や成長を比較して、必要に応じて育成・採用計画の修正を行います。PDCAサイクルを回しながら、行動を評価し改善を行い、個々のタレントが成長できる環境を構築していきます。
人事評価や計画に対するモニタリングを実施する手法として、目標管理制度に基づいた振り返りや、上司と1対1で行う「1on1ミーティング」の実施などがあります。
ステップ5においては、リテンションを行います。リテンションとは、人材の確保と継続的な活躍を目的にしたさまざまな施策を指します。
たとえばモチベーションなどの従業員の個人的なコンディションにかかわる情報も、集積することで適切なサポートを適切なタイミングで与えることができるようになり、ひいてはやる気の低下に起因する離職を防ぐことができます。
また、実績、成果に応じて、今後の課題を抽出して、さらに成長していくための改善施策を考えていくことで、従業員のモチベーションの向上を促しながら、高みを目指したタレントマネジメントの運用ができるでしょう。
タレントマネジメントを実現するための具体的な手法として挙げられるのがタレントマネジメントシステムの導入です。
タレントマネジメントは、タレントマネジメントを実現するために開発されたソフトで、日本でも近年多くの企業に利用されるようになってきました。
タレントマネジメントシステムを利用することで、自社の従業員に関するデータを集約・蓄積して、必要な人材開発や適切な人材配置、キャリア支援等に役立てることができますので、タレントマネジメントの導入と運用が容易になります。
タレントマネジメントの運用を支援するタレントマネジメントシステムの基本機能は、従業員の経歴・適正・評価などの基本情報や目標、育成計画の管理機能などの検索機能や、人員配置機能などで、人事戦略に有効な管理・検索・配置の機能が備わっています。
以下に主な機能を挙げました。
従業員ひとりひとりのタレント情報を一元管理する、人材データベース機能があります。データベースには、経歴、配属、目標、資格、評価結果などの項目があり、従業員全員の人材データを簡単に検索し確認できます。たとえばスキルや資格、役職など探したい条件で人材を検索することができます。
人材データは随時最新情報に更新し、時系列で蓄積して活躍を見えるようにします。
また、蓄積された人材データをもとに個々の従業員のデータを分析し、組織のスキルの平均値やモデルとなるキャリアプランとの比較をしたり、育成プランの進捗確認ができます。これによって適切な部署への異動検討などについて、データに基づいた客観的で戦略的な人事異動や組織構成を実現につなげることができます。
タレントマネジメントシステムの主な機能には、従業員の人材情報を元にしたタレント育成計画の管理機能があります。
スキルマップを作成し、自己評価・上司評価により社員のスキルレベルを見える化し、個々の従業員が何を得意とするかを確認します。また蓄積したスキル結果を振り返り、成長変化や育成計画の起動修正が可能になります。
成長が停滞している従業員を見つけやすくなることで、必要な研修を受講させることができますし、今後成長が見込まれる社員を発見することで、戦略的配置や大きな責務のポジションに抜擢することにつながるかもしれません。
タレントマネジメントで抽出したデータをもとに、現在所属する人材の最大活用する効率的な育成計画を立てることができます。
従業員のタレントの一元管理ができていることで、従業員の異動、配置換えを画面上でドラッグ&ドロップで簡単にシミュレーションすることができます。
従業員を仮に異動させたときに、部署ごとに変化する人件費も見えるので、異動実施によって部署間の人件費バランスが崩れないように配置を取ることができます。
タレントマネジメントシステムには多彩な機能があり、効果的にタレントマネジメントの実施を進めていくために活用していくことも有益だといえます。
このタレントマネジメントシステムを導入するにあたっては失敗とならないようにしたいです。タレントマネジメントシステム導入におけるよくある失敗や注意点にはどのようなものが考えられるでしょうか。
システムに頼りすぎて、システムを導入したことがゴールになってしまうと、タレントマネジメントはいっこうに進まず、導入したシステムは宝の持ち腐れとなってしまいます。
現在、タレントマネジメントシステムは専業のベンダーをはじめERPシステム(企業の持つ資金、設備・資材・情報等の資源を一元的に管理し、企業活動の全体最適を図るためのしくみ)を提供している企業まで多くの企業が参入しています。アメリカではすでに盛んに導入されていますが、いまでは日本においても大手企業を中心に導入が進んでいます。
形ばかりの導入にならないようにするには、タレントマネジメントを推進する明確な目的を持つこと、自社内での人材マネジメントの仕組みを構築して運用することが不可欠となります。
タレントマネジメントを効率良く運用するために導入するシステムが、操作方法の手順が煩雑であると、せっかくコストをかけて購入したのにもかかわらず、だんだんと使われなくなって形骸化していく恐れがあります。
タレントマネジメントをもとにした人事戦略は、経営戦略と密接に関連しているものですから、経営戦略に活かしていくためには、経営層にまで使いこなせなければいけません。
システム導入検討の際には、操作性に優れた使いやすいシステムを選ぶことが大事です。
人事が事業戦略を理解する必要があるのと同様に、事業サイドも人材戦略を理解し、人事の行うマネジメントに柔軟に対応できる組織風土が必要です。
組織や上層部に限らず、全従業員がシステム導入の目的、タレントマネジメントの目的を認識することが重要になります。タレントマネジメントによって従業員個々の適正な配置やキャリアアップのチャンスにつながることを自覚し、積極的にタレントマネジメントに関わっていく意識が必要になるでしょう。
タレントマネジメントの実施には、全社にわたる目的意識の浸透と協力が欠かせません。
人事戦略の一つであるタレントマネジメントは、従業員の適性を活かしパフォーマンスを最大化させることから、企業成長を後押しする有効な手段だといえます。
今後、日本の労働力不足はいっそう深刻化することが想定されていて、従来のままの人材マネジメントでは、企業の成長や目標達成が難しくなっています。
企業には、外国人労働者の採用や優秀人材に対する時短勤務などの勤務形態の多様化など、柔軟な対応が求められています。
タレントマネジメントの導入によって人材を資源と考えて最適化することで、社員のモチベーションが向上していくと、定着率の向上も見込めるようになっていきます。
企業の継続的な成長には優秀な人材が欠かせません。従業員の能力を最大化するタレントマネジメントは今後ますます導入され、活用されていくでしょう。