企業におけるキャリア開発支援の重要性が増している昨今。会社が求める人材像のニーズを考慮しつつ、従業員「個人」が望むキャリア形成の支援も必要となってきています。
そこで近年注目が集まっているのが、従業員の中長期的な能力開発システム・プログラム体系である、「キャリアデベロップメントプログラム(CDP)」です。
当記事では、CDPとは何か、企業が導入するメリット・効果、CDPの限界を解説した後に、CDPの導入方法、導入時に注意したいポイントなどを解説しました。最後に企業事例も紹介していますので、あわせてお読みください。
キャリアデベロップメントプログラムとは、従業員の能力を中長期的な計画にもとづいて開発するシステム・プログラム体系のことをさします。英語では、Career Development Programと記載することから、その頭文字をとり「CDP」と略して呼ばれることも多いです。
CDPは企業ごとに取り組みが異なるものの、大きな流れとしては以下のようになります。
本人が希望するキャリアプランと企業が求めるニーズをすり合わせて、従業員のキャリア開発の内容を具体化します。「求められる能力はどの程度なのか」「積んでおくべき経験は何か」「必要な資格は何か」などを洗い出すのが最初のステップです。そのうえで、会社が求めるニーズも考慮して、OJTやOFF-JTでの必要な研修内容を検討したり、配属先を検討したりします。
CDPは中長期的な計画なので、定期的な見直しが欠かせません。従業員と定期的に面談などを行い、動機づけをしたり、進捗を確認し軌道修正したりすることが大事です。当然、従業員の希望するキャリア自体が変わることもありますし、時代のニーズに合わせて企業が求める人材像が変わることもあり得ます。
キャリアデベロップメントプログラム(CDP)とよく似た言葉に「キャリアデザイン」があります。キャリアデザインとは、自分が将来なりたい姿をイメージし、その実現のために、自分のキャリア、職業人生を主体的にデザイン(設計)し、実現していくことを意味します。キャリアデザインは、主体的に、自ら設計するというのがポイントです。
一方でCDPは、「企業が求める人材を育成する」という側面と、「従業員個人が目指すキャリアを支える」という側面の両方があります。
つまり企業が関連しているのがCDPで、企業が関連していないのがキャリアデザインであり、この点が大きな違いです。
従業員のキャリア開発は、個人だけでは成し遂げるのが難しいですし、会社だけが熱心に支援しても定着しにくく、両者がうまくかみ合ってこそ効果があります。
企業がキャリアデベロップメントプログラム(CDP)を導入することは、従業員個人の成長以外にも、次のようなメリット・効果があります。
それぞれ詳細を見ていきましょう。
CDPの導入は、従業員がその職場や組織に対して貢献しようとする意欲である「従業員エンゲージメント」の向上が見込めます。
従業員は、CDPが導入されると、会社が自分のキャリアを計画的に応援してくれているうえで配属先が決まるため、仕事内容への納得感があるでしょう。そして仕事を通じて達成感が得られ、能力やスキルを高められていると感じれば、自己成長への満足度が上がり、会社へ貢献したいという意欲も向上します。
ビジネスのグローバル化やDX化(デジタルトランスフォーメーション)、AIの導入などが進むことによる劇的な環境変化が起きている昨今。従業員個人は、自分が従事していた業務が海外化されたり、自動化されたりすることで、自分の主たるスキルが企業から必要とされなくなるなど、キャリアに対する不安を抱えています。
こうした従業員の不安に対して、個人の将来的なキャリアを会社が一緒に考えサポートしてくれるのがCDPですから、企業への帰属意識が高まり、離職率の低下が期待できるというわけです。
CDPは、従業員が自ら将来のキャリアを真剣に考えることが求められます。自分はどうありたいのか、自分はどのような仕事をしたいのかといったキャリアの自己理解が欠かせません。
このためCDPを導入することで、自分が必要だと思うからやるという強い意志である「自発性」や、自分を主体として考えて動く「主体性」が育ちやすくなります。
CDPを設計する際には、職位や職務に就くための道筋である「キャリアパス」を設定します。上位レベルに上がるために必要な経験やスキルなどを明確化し、計画的に能力開発を行います。
こうした取り組みを行うためには、社員の現時点での能力やキャリアが把握できていなければいけないため、自ずとこれらが可視化されるというわけです。従業員の能力が可視化されると、人材育成を効果的に実施できるだけでなく、マネジメントしやすくなったり、公平な人事評価を行いやすくなったりといったメリットがあります。
環境の変化に対応する中で、必要性が増したキャリアデベロップメントプログラム(CDP)ですが、近年の急激な変化には対応しきれなくなるケースが出てきています。ここでは、CDPの制度としての限界と企業にとってのデメリットについて解説します。
CDPは中長期的な計画にもとづいて能力を開発するシステム・プログラム体系であり、ある程度先の見通しが立ってこそ成り立つものです。
しかしここ最近のビジネスのグローバル化やDX化、不況を起因とした急激な事業構造の変化は、予想していた人材像やキャリアパスを大きく外れてしまうケースが出てきています。
企業が求める人材像が頻繁に変わると、従業員は何を目指したらいいかわからない状況に陥ってしまう可能性もあるのです。
また日本では終身雇用制度が崩れつつあり、雇用の流動化が起きています。従業員が長期間、自社に所属するとは限らず、その点も踏まえた形でCDPの制度設計を行わなければならず、難しさが増しているのです。
CDPの設計・運営は、従業員に寄り添い、企業側のニーズとも照らし合わせて進めていかなければいけないため、運営側の負担は決して少なくありません。従業員からのヒアリングや面談は一定の時間がかかりますし、希望通りにいかなかった社員へのケアも必要です。
キャリアデベロップメントプログラム(CDP)でしっかりと効果を出すためには、準備が非常に大事です。気軽に始められるものではないため、大変ですが、入念に準備をすることで企業にとっても従業員にとっても納得感のある制度になるでしょう。
ここではCDPの導入方法の一例をご紹介します。
最初にCDPを導入する際は、導入目的から整理しましょう。従業員本人のキャリアを中長期的に支援することで、企業として何を得たいのか考えます。前述した通り、CDPを導入する企業メリット・効果には「従業員エンゲージメントの向上」「離職率の低下」「社員の自発性・主体性が育つ」「社員の能力やキャリアの見える化ができる」などがあり、目的を考える際の参考にされてください。
CDPの導入には、従業員の理解が欠かせません。人事部だけで導入を進めるのではなく、従業員からもヒアリングを行い意見を取り入れるなどすることで、会社一体となり進めることが大事でしょう。
CDP導入の目的を整理したら、企業が求める人材像の定義をレベル段階も含めて決めていきます。「顧客営業」「商品営業」「コンサルタント」などの人材タイプごとに、それぞれ「アソシエイト」「シニア」「エグゼクティブ」など認定レベルを設定していくイメージです。
ステップ3として、職位や職務に就くための道筋である「キャリアパス」を設定します。上位レベルに上がるために必要な経験やスキルなどを明確化しましょう。このキャリアパスが、配属先の決定や研修計画のもとになります。既に活躍している人材の経験などを参考に作成するといいでしょう。
ステップ4では、キャリアパスをもとに上位レベルに上がるために必要な経験やスキルをどのように身に付けていくか、人材育成のための施策を準備します。ここで注意したいのが、単に知識を身に付ける研修を用意するだけでは不十分だということです。配置転換や昇進・昇格・出向など経験や行動変容を促すような施策も検討しましょう。
ステップ4までの準備が整ったら、CDPの運用方法を決めましょう。人事部だけが頑張ってもうまく機能しないのがCDPです。従業員個人、上司との連携が欠かせません。
キャリアデベロップメントプログラム(CDP)は、大きなメリットがある一方で、制度の限界があり、制度設計を行う際、運用を行う際には以下の3点にご注意ください。
それぞれ詳細を見ていきますので、自社でCDPを導入する際はどうするか考えてみてください。
CDPは、「従業員のキャリア自律(個人が主体的にキャリア形成に取り組む)」と「組織の支援」が相まったときに効果を発揮します。どちらかが欠けたり、不十分だったりすると、有効に機能しないため、こちらの両面から考えることが大事です。
書籍「人材マネジメント用語図鑑」によると、キャリア自律を促す上では、経験から学ぶこと、キャリアの自己理解、目標設定などが有効だと言います。つまり日常的な仕事の中で促されるケースも多いのです。もし自社の従業員が目標設定に課題があると感じたら、書籍『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン 限界を突破する4つのステップ』は分かりやすく参考になるでしょう。また実在する社員をロールモデルとして提示するのも有効です。憧れが動機づけのきっかけになることがあります。
CDPを通して、専門性の高い従業員を育成するには、従業員がキャリアを高めやすい環境が必要です。
そのためには、従業員の意欲や能力を適切に評価できる「人事評価制度」が欠かせません。人事評価は、今後どう成長すべきかを検討し、人事配置や仕事のアサインなども含めて会社として必要なサポートをともに考えるベースになるものです。
人事配置は、適材適所、人材開発、幹部育成などを目的に行われます。近年は会社都合の一方的な配置転換は好まれず、従業員が納得できるかどうかが重要になってきており、CDPを導入する場合はより一層この納得感が大事になってきます。異動がうまくいっていない場合は、人事配置制度の見直しも行ったほうがいいでしょう。
雇用の流動性が起きている昨今の日本では、長期にわたり従業員が所属してくれるとは限りません。優秀な人材として育っていく過程で離職してしまうことも往々にあります。したがって、こうした雇用の流動性を考慮し、従業員の帰属意識を育てながらCDPを運用できるよう、最初の段階からCDPの設計を行うことが重要でしょう。
キャリアデベロップメントプログラム(CDP)の効果をあげるために、一緒に導入したい人事制度をご紹介します。
自己申告制度とは、従業員が自ら企業側に異動や転籍、将来的なキャリアの希望を申告する制度です。従業員にとっては、自分の中長期的なキャリアを考えるきっかけにもなります。
ここまでの説明でもCDP制度と自己申告制度は相性が良さそうだと感じるかと思いますが、当然自己申告制度にもデメリットがあります。それは、企業の意向と従業員の意向が対立しやすい点です。このズレを解消できないと、最悪の場合、離職へつながる可能性もありますので、自己申告制度を導入する際は注意しましょう。
社内FA制度(フリーエージェント)は、一定の条件を満たした社員が、自らを積極的にアピールすることで、異動や転籍を可能にする制度です。必要な人材が不足している部署が社内で人員募集を行う「社内公募制度」とは異なり、ポジションがなくてもPRできる可能性があります。
社内FA制度を導入する際は、受け入れ側の理解があって初めて成り立つものなので、受け入れ側の負担が大きくなりすぎないこと、会社の文化として定着させることが大事でしょう。
最後にキャリアデベロップメントプログラム(CDP)を導入している企業の事例をご紹介します。
引用:明治安田生命保険相互会社
従業員に対して目指してほしい人材像を「自律したプロ人材」と明確に打ち出し、その育成・強化を目的にキャリアデベロップメントプログラム(CDP)を2007年度から導入しているのが明治安田生命保険相互会社です。キャリアビジョンは、本人と所属長、会社の間で面接などを通じて共有され、会社は申告されたキャリアビジョンをもとに、計画的な人材育成を推進しています。
具体的には、各業務に求められる人材要件(スキルセット)などを明示するとともに、職務適性検査や演習評価等の研修で行なうアセスメント等を実施。その結果を従業員本人にフィードバックすることで、各自が現状を分析する機会を提供しています。
また自主的な能力開発を支援するために、各種研修や資格取得時の奨励金、通信教育講座などの自己啓発制度を用意。キャリア開発支援策としては、公募留学・派遣制度、チャレンジ・ポスト制度などがあります。
その他、全従業員を対象に、CDPのコンセプトや自発的な能力・キャリア開発の支援策の内容などを記載した「CDP BOOK」を作成するなど、会社として積極的に取り組みつつ、
自主性を重んじた制度設計になっているのが明治安田生命のCDPの特徴です。
「イノベーションを実現する人材の育成と組織能力の強化」を経営方針の一つとするJVCケンウッドグループでは、自らの経験を生かしながら「将来のありたい姿」の実現を支援するためにCDPを導入しています。
JVCケンウッドグループのCDPは、次の3つから構成されています。
上司と自身のキャリアビジョンやキャリア開発テーマについて話し合い、個人の進みたい方向性と会社の期待をすり合わせる
従業員自らがキャリアビジョンを描き、実現のために必要な行動が何かを考える。研修参加者同士がお互いのキャリアビジョンを話し合う中で、「将来の目標に向けた自己啓発」「家庭生活や地域とのつながり」といったワーク・ライフ・バランスを総合的に考える機会となっている
2022年度から研修対象者の年齢制限を撤回。全社員が毎年1回、一定メニューの中から個々人の目指すキャリアに即した研修受講が可能
キャリアデベロップメントプログラム(CDP)とは、従業員の能力を中長期的な計画にもとづいて開発するシステム・プログラム体系のことをさします。CDPを導入することで得られる企業メリットは主に「従業員エンゲージメントの向上」「離職率の低下」「社員の自発性・主体性が育つ」「社員の能力やキャリアの見える化ができる」の4つです。
CDPは、「従業員のキャリア自律(個人が主体的にキャリア形成に取り組む)」と「組織の支援」が相まったときに効果を発揮します。CDPを導入する際は、両面から考えることが大事です。
CDPは中長期的な施策のため、即時的な効果を求めるものではありませんが、個人にとっても企業にとってもメリットがあります。気になった人事担当者の方は、まずは企業事例などを調べるところから始めてみてはいかがでしょうか。