人事評価で低く査定されると、自分は認めてもらえていないと感じたり、人事評価に不満を持ったりすることがあります。低い評価を受けたことに起因して、会社を辞める人が出てしまうこともあります。人事評価の結果が低かったという理由で離職者が出てしまうことは、企業にとって不本意な人材流出であり大きな損失だといえます。
人事評価が低いことが原因で大切な社員が離職することを未然に防ぐには、なんらかの対策が必要です。
今回は人事評価が低い社員が辞めてしまう理由はなにか、その原因となる人事評価の行い方はどのようなものがあるか、また部下のモチベーションを上げるための対処法や、働きがいのある人事評価制度のポイントについて解説します。
なお、人事評価についてより詳しく知りたい方は以下も参考にしてください。
人事評価とは企業においてどのような役割を持っているのでしょうか。
できる社員とできない社員の報酬に差をつけるための評価制度なのでしょうか。実際に人事評価を給与やボーナスへ反映させる企業もあります。しかし企業における人事評価の目的は報酬を決定することではありません。
人事制度の真の目的は、社員の成長を後押しし、経営成果と業績向上を実現することです。中小企業の人事評価について書かれた書籍「宮川淳也著:『中小企業のための人事評価の教科書 制度構築から運用まで』総合法令出版」によると、人事制度の真の目的は「目標管理・評価制度というマネジメントツールを活用してマネジメント活動を推進し、社員の成長を後押しし、経営成果と業績向上につなげること」であると言及しています。
人事評価制度によって上記のサイクルが実行されることが、まさに人事評価の役割だといえます。
■参考記事はこちら
人事評価制度とは?目標設定するための項目や基準の作り方を事例を交えてわかりやすく解説!
人事評価が低いことと、離職にはどのような因果関係があるのでしょうか。ここでは人事評価結果が離職の原因となる理由を4つ取り上げます。
参照元:識学「人事評価のモヤモヤに関する調査」
経営コンサルティング事業を手掛ける識学の行った「人事評価の“モヤモヤ”に関する調査」によると、会社の人事評価制度自体に不満があると答えた人の不満に感じることは。評価基準が不明確」が1位となっています。
ほかにも
など人事評価制度についての不満が挙げられています。
評価制度への不満は、どう頑張れば、何を達成すれば評価されるのかが見えないまま解決できず、モチベーションが下がってしまい、離職に繋がっていると考えられます。
厚生労働省の調査結果「第6回21世紀成年者縦断調査(国民の生活に関する継続調査)結果の概況」の「仕事をやめた者の退職理由」によると、仕事を辞めた人の退職理由には「給与・報酬が少なかったから」が男女ともに最も多く、次いで「事業又は会社の将来に不安を感じたから」が挙げられています。人事評価が低く、給与が上がらないと感じることで、離職につながるリスクが高まります。
また、「正当に評価されなかった」と正規社員の男女ともに20%が答えています。人事評価に不満がある、評価結果に納得がいかないと感じることも離職リスクがあるといえます。
努力が報われないと感じたときにもモチベーションは下がってしまいます。これは人事評価制度において成果主義を打ち出している会社に起こり得る事象だといえます。
難易度の高い目標を高く掲げたチャレンジ目標に対して、成果を重視すると達成度が下がり、評価が下がってしまいます。
結果の数値のみではなく、どれほどの高い目標にチャレンジしたのか、どのような計画を立てて、どのように行動し、進めてきたのかという工程、道のりを評価されないと、部下は努力したことが報われず、やる気をなくしてしまいます。
識学の行った「人事評価の“モヤモヤ”に関する調査」によると、人事評価の不満には評価者への不満が挙げられています。
このように自分を評価する人を信用できない場合に、部下はモチベーションをなくしてしまい、離職につながってしまうと考えられます。
人事評価は本来、人材育成に結び付けられるもので、自分の努力すべき点など気づきを得られる機会であり、より一層成果に近づく行動を取るきっかけになるものです。しかし人事評価によって社員が離職してしまうことがあるといいます。
評価者には仕事で経験を積んでいる上司があたることが多いですが、上司といえども人間です。公平を意識していてもどうしても主観が入ったり、バイアスがかかってしまうことがあります。
評価の際に社員が辞めてしまう「やってはいけない」人事評価エラーがあります。ここでは以下の5つを紹介します。
「ハロー」とは仏像などにまとう後光や光背を指していて、ハロー効果とは、評価対象者の印象、または一部の印象によって、他の面、要素についても同じように評価してしまう傾向のことをいいます。
日本賃金研究センター主席アドバイザーの野原茂氏の著書「人事考課ハンドブック(経営書院)」によると、部下の一面において評価する上司が特に重視している特定のものが優れていると、他の見えていない部分においても優れていると評価してしまうことがハロー効果の特徴だといいます。実際にある部分において優れた部下が、他の特性においても優れているということはあり得ることです。
しかし評価者が積極性を重要視している場合、積極性のある部下について他の面まで良い評価を与えたとした場合、積極性は優れているけれど、協調性や慎重さまで優れているとは言い切れないと、野原氏は著書において指摘しています。
ハロー効果によって、判断を誤らないようにするには、以下のようなことに気をつけることが効果的です。
評価考課において、全般的に評価が甘くなる傾向を「寛大化傾向」と言います。野原氏の書籍によると、寛大化傾向が起こる要因として、評価者の性格によるところも大きいといいますが、一方で部下への個人的な感情や 評価者自身の業務への自信のなさ、部下の行動や意識を把握しきれていないという評価者としての未熟さによって、評価自体を甘くしてしまうと言及しています。
この寛大化傾向が評価に取り込まれてしまうことを事前に意識して、逆に低めに評価する傾向もあります。
このように人は人を評価する際に、実際の姿よりも高く評価したり低く評価する傾向が一般的に見られています。
このような寛大化傾向(もしくは逆の傾向も含めて)を解消するための具体的行動には、
などがあります。
中心化傾向とは、評価を優劣の真ん中に寄せていき、優劣の差があるのにもかかわらず差をはっきりと付けない傾向を指します。
これは評価者が優劣を極端につけることをためらってしまう、評価に自信がない、また十分に観察や分析をしていないため、優劣をつけることができないときに起きやすいエラーだといわれています。
逆に、中心化傾向を避けようとして評価に差をつけようとする傾向がみられることもあります。これを極端化といいます。
評価が、中心化あるいは極端化傾向に陥らないようにするには
などを心がけることが大切だと、野原氏の書籍には書かれています。
論理的誤差とは、関連する要素同士に対して同じような評価をつける傾向のことをいいます。このエラーは評価者の考えすぎや逆に短絡的に判断してことによって起きるといわれています。
例えば自己啓発を意識している部下を評価した際に、きっと判断力も優れているだろうと、事実で判断するのではなく、推測で評価結果を出していくなどがあります。自己啓発を積極的に行っていても、判断力は測れません。判断を上司や先輩に仰ぐことで、能力以上の成果を出すことができるでしょう。
論理的誤差を生じさせないためには、それぞれの項目、要素について行動事実をみて評価することが大切です。
などが必要になります。
本来評価は、部下本人の行動事実を評価基準に則して結論を出すものですが、基準を過去の自分と比較して評価結論を出してしまうようなエラーを「対比誤差」といいます。
評価するものが、判断基準を自分勝手に、自分の主観的な価値判断や固定観念によって評価する場合に生じやすいと野原氏は書籍に記しています。
自分が規律の遵守について従順だと意識している評価者は、すこし規律に対してルーズな面をみると部下の規律性を低く評価してしまう傾向があります。またこの反対の場合もあるでしょう。
対比誤差を起こさないようにするには、
などを心がけると良いでしょう。
低い評価を受けた社員がやる気をなくさないようにするためには、マネージメントの立場からどのようなフォローができるのでしょうか。ここでは、部下のモチベーションダウンを防ぐための対処法を4つ紹介します。
リクルートマネジメントソリューションズの機関紙「人事評価制度に対する意識調査ビジネスパーソンの声からみる、働きがいを高める人事評価とコミュニケーションの鍵とは?」に記載されたサイバーエージェントの事例によると、サイバーエージェントでは部下との対話を増やすことが大切だと指摘しています。
優秀な上司の行動を紐解いていくと、「対話の量」にあることが分かったことから、サイバーエージェントでは、上司に部下と1対1で対話する「月イチ面談」を推奨しています。
これは場所や所要時間などは問わないので、すきま時間やランチタイムを利用するなど、自由な方法で行うことができ、実施を強制はしないとしています。
部下との「月イチ面談」を推奨したことで、上司と部下の評価に対するギャップが減り、評価への不満がつもって突然離職するケースが減ったといいます。
部下との対話の機会を増やして、意見を引き出し、アドバイスすることによって、評価の低い部下のやる気を引き出していくことにつながるといえます。
リクルートマネジメントソリューションズが発行している機関紙の、オリエンタルランドの事例によると、人材の活かし方について書かれています。
企業には企業ごとに求める人材像が違います。オリエンタルランドでは 開園以来、キャストに対しては「4つの鍵=SCSE」と呼ばれる行動基準があります。
Safety(安全)、Courtesy(礼儀正しさ)、Show(ショー)、Efficiency(効率)を示し、お客様に最高のおもてなしを提供するための判断や行動指針となっています。オリエンタルランドでは、この4つの鍵を実践するため、人材要件を設定したといいます。2022年12月現在では、そこに「Inclusion(さまざまな考え方や多様な人たちを歓迎し、尊重すること)」を加えたSCISEの5つの鍵で構成されています。(参考:行動規準「The Five Keys~5つの鍵~」)
具体的な人材要件とは、一般社員向けの「より良く・やり切る・一丸となっ て」と、管理職一歩手前のリーダー層から上の社員 に向けた「掘り下げる・決め切る・引っ張る・育てる」 の2つです。社員にとって「とにかく記憶しやすい、分かりやすい」言葉にしたことで、社内にかなり浸透したといいます。
易しい、わかりやすい言葉で求められる人材像を提示されていることで、社員が目指すものと企業が求めるものにギャップが少なくなります。
これを自社、部署に置き換えると、評価期間のスタート時に、部下それぞれに求められている姿を提示し共有することが、上司と部下の意見のズレの解消に効果的だといえます。部下に求める人物像を共有できていると、評価結果に対する不満が減り、部下のモチベーションダウンを避けることにつながります。
リクルートマネジメントソリューションズが発行している機関紙によると、人は取り組む仕事に「意義や意味、価値」を意識することによって達成感や承認、成長観に対する芽を膨らませることができるといいます。
自分の取り組む仕事が職場や自社、また顧客や社会にとって、そして自分自身にとっても意義があり、価値をもたらすものだと感じられれば、誰もがその仕事にやりがいを感じることができます。
仕事の意義の意識化がしっかりとでき、どう取り組むか、どう成果を出すかということについて、上司による問いかけやコーチングが重要になると機関紙では言及されています。
部下のやりがい、モチベーションアップにとって、上司のひとこと、アドバイスが有効であるといえます。
野原氏の書籍では、上司と部下の関係は、同じ仕事を分与させた関係だといいます。仕事を上司と部下はそれぞれの立場において分担してお互いに理解し確認し、それに基づいてそれぞれの立場で役割を進めていく関係です。
部下は上司からの命令で業務を遂行するのではありません。上司と部下の力を合わせてそれぞれが自分の仕事を遂行していくのです。
部下の仕事が行き詰った場合には、上司は助言したり、状況によっては正しい方法を指導したり、解決策を一緒に考えたりすることで、部下はともに仕事をしている仲間として承認されていると感じ、やる気が芽生えるとしています。
働きがいのある人事評価を行っていくために評価制度をどのように構築していけば良いのでしょうか。ここでは5つのポイントを解説します。
書籍「高原暢恭著:人事評価の教科書 悩みを抱えるすべての評価者のために(労務行政)」によると、人事評価制度は、「人が人をマネジメントするための手段のひとつ」であるといいます。
自社の人事評価制度が形骸化していて、社員のモチベーション向上や働きがいに結びついていないのならば、制度の見直しや運用の改善に取り組むことも検討すべきです。
評価制度の見直しとなると工程が多く大がかりなものになりますが、運用の改善には、行動に移しやすいものもあります。
評価についてのフィードバックの場を設けることは、部下のモチベーション向上には欠かすことができません。今、フィードバックは行っているという場合は、回数を増やすことを検討します。
半期に一度の評価フィードバックを行っているならば、月一度の進捗確認面談を行うなどで、部下と認識が違う点があれば修正できますし、つまづいているならばヒントを出すこともできます。
書籍「人事評価の教科書」では、日頃から気づいたときに声をかけることの重要性も指摘していますが、スケジュールに入れておけば、面談のし忘れや漏れることがありません。
業務に対してどのように取り組み、成果を出せば評価されるのかといった人事評価の項目・基準は、社員に対して明示しておく必要があります。
掲げた自社の目標やミッションから、目指すべき方向性や成果を明示して、社員がそれぞれの役割においてどのような実績を達成することが求められているのかを明確にしておく必要があります。
これは評価期間に入る前に、上司と部下で確認の場を持ち、共有しておくことが大切です。
与えられた仕事に対して、どのような成果を期待されているのかを各自が認識していれば、人事評価の際に上司との認識の相違は大きくなることはなく、人事評価の結果によってやる気や働きがいが失われることは避けられます。
書籍「人事考課ハンドブック」によると、結果重視の成果主義で業績だけを重要視する評価の考え方から過程(プロセス)重視型へと移行しているといいます。
営業が同じ売上げだったとき、評価は同じとなります。しかし片方では競合が少なく楽に売り上げが達成できた地域を担当していて、一方ではライバル店が多い中で努力して工夫を重ねてやっと作った売上げだった場合、同じ評価になるのでしょうか。
どんな行動を取ったのか、取り組み姿勢を見て判断する評価制度であれば、やりがいやチャレンジ精神が生まれ、働きがいのある会社になるといえます。
評価者も評価するスキルを磨く必要があります。社員がいだく人事評価への不満についての調査において、原因のひとつに「評価者の評価能力への不信感」が挙げられていました。
他の評価者よりも査定が厳しすぎるのではないか、あるいは自分の仕事ぶりを知らないのではないか、と不満に感じることでやる気がなくなることに繋がってしまいます。
高原氏の書籍では、評価する者は、自社の人事評価基準について再度認識し、人事評価におけるヒューマンエラーがあることを認識し、判断軸がぶれないように訓練する必要があると書かれています。
人事評価の研修に参加するなど、評価者として判断能力に不足がないようにしておくことも有効です。
部下とのコミュニケーションを積極的にとることも、働きがいのある人事評価を進めていくには有効です。これは部下とプライベートで付き合う友だちのように仲良くなれ、ということではありません。
気分によって態度にムラのあるような上司はもってのほかですが、部下にとって話しかけやすい、質問をしやすい環境を整えることも重要です。
特に日頃の積極的な声がけは有効です。「頑張っているね」「よくやっているね」と声をかけられれば、部下は「気にかけてもらえている」「見てもらえている」と感じ、期待に応えるように頑張ろうと自分の仕事を前向きに捉えることができます。
人事評価が低いことで離職が起こらないようにするには、人事制度設計の見直しや評価項目や査定軸について公開、共有するなど制度運用の改善も有効です。評価を行う上司の立場であるなら、日頃から部下とのコミュニケーションを積極的に取っていくなどマネジメントの改善を心がけることも大切です。
人事評価制度が低い評価を受けた社員にとって、来期に向けて成果を出していくための気づきを得る機会となるようにしましょう。
人事評価の手順や書き方を小冊子で詳しく解説しています。業種別の人事評価シート例もございますので、ぜひ参考にしてください。