社員の育成は、企業の存続および繁栄に欠かせないもの。しかし、人材育成がうまくいかず悩んでいる人事部の方、管理部の方も多いでしょう。
そこで有効なのが「人材育成マニュアル」です。効率的かつ効果的な教育方法をマニュアル化することで、人材育成の成功率アップを図ります。
本記事では、人材育成を作成する方法や具体的な手順、運用のポイントなどを詳しく解説しています。「教育担当者から指導に悩む声が上がっている」「会社からスピーディーな人材育成を求められている」「人材育成マニュアルを作りたいが、何から始めれば良いかわからない」という方はぜひお役立てください。
人材育成とは、従業員に知識やスキルを習得させ、成長させることを意味します。目的は状況によって異なりますが、主に以下のような目的で行われます。
人事育成は、集合研修、On-the-Job Training(以下OJT)、オンライン研修などさまざまなスタイルで行われます。育成の対象者は、目的によって変わります。
「人材開発」と似ていますが、人材開発の目的は「従業員の潜在能力を開花させること」「従業員が既に持っている能力を最大限伸ばすこと」です。また、対象者を限定せず、全社員に向けて実施するという点も人材育成とは異なります。
人材育成とほぼ同意義の言葉と捉られることも多いですが、厳密には目的と対象者に違いがあります。
人材育成マニュアルは主に2種類あり、それぞれ使用目的も活用方法も異なります。
「学習者用マニュアル」とは、人材育成で学ぶ内容を記した学習者向けのマニュアルのこと。主に、研修の流れ、研修で学ぶ内容の詳細、覚えておくべき重要なポイントなどを記載します。
研修前後の予習・復習や、研修中の教材として活用されるもので、研修内容の理解度向上が目的です。また、教育をスムーズに進めるのに役立つことから、教育担当者の負担を減らす役割も担っています。
「教育担当者/指導者用マニュアル」は、人材育成での指導方法や教育の流れ、教えておくべき重要なポイントなどを記した物です。人材育成の効率化や、教育担当者の負担軽減などを目的として活用されます。
なお、本記事では②教育担当者/指導者用マニュアルを想定して解説していきます。
人材育成は、マニュアルがなくても実施可能です。実際に、教育は行っているもののマニュアルは設置していない、という企業も多いことでしょう。
では、なぜ作成すべきなのでしょうか。主な5つの理由について解説していきます。
人材育成の多くは、通常業務と並行して行われます。人員不足により、教育担当者を明確に決めていない場合も多いです。なかでも小売店や飲食店などでは、店長がレギュラー業務、店長業務、人材育成を1人でこなすこともあります。
そのような状況では指導時間を十分に確保できず、教育が疎かになりがち。反対に、教育を優先したところ、店長業務が進まず毎日残業を強いられている……なんてケースもあります。
「労働政策研究・研修機構」が行った調査でも、人材育成の課題として、指導時間が足りないことが多く挙げられています。
引用:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(企業調査)」
上記のグラフを見てみると、当調査で「人材育成を行う時間がない」と答えた企業は、全体の30.2%を占めています。「指導する人材が不足している」という回答も多かったことから、人員不足や、指導ができる人材の不足が原因に関係していると推測できます。
そこで、対策となるのが人材育成マニュアルです。
人材育成の効率的な進め方や教え方を記載することで、教育で迷う時間を短縮します。また指導者が、教えるコツや重要なポイントを理解した状態で教育すると、学習者の成長スピードも早まります。
マニュアルを作成するのには時間がかかりますが、結果的に人材育成を効率化できるため、多忙な職場こそ作成すべきなのです。
最近では、リモートワーク制度を導入することが当たり前になってきています。その影響を受けて、従業員同士が直接顔を合わせる機会が減っており、教育時間不足の問題はさらに深刻化しています。
なかでも、実務経験を通してスキル・知識を身につけるOJTは、リモートワークで実施しにくい研修手法です。厚生労働省発行の資料でも、以下のように言及されています。
近年の企業における働き方をみると、組織・人員構成の変化や、リモートワークの急速な浸透による働く時間・場所を始めとした働き方の自由度の高まりといった働き方の個別化がみられる。このような職場環境の変化は、上司や先輩の仕事を見て新しい能力・スキルを身に付ける機会の減少につながり、OJTによる人材開発機能の低下をもたらしている可能性がある。
引用:厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」
このような限られた時間でOJT研修を行うには、効率化が必要です。よって、人材育成マニュアルの作成が必要だと言えます。
教育担当者用マニュアルに加え、学習者用マニュアルも作成しておくと、よりスピーディーかつ効果的な人材育成を実現できます。学習者にもOJTの内容を把握しておいてもらうことで、教育がスムーズに進むからです。
働き方が多様化している現代において、効率的な教育の実現に役立つ人材育成マニュアルは、もはや必須アイテムと言えるでしょう。
目まぐるしい経済環境の変化も、人材育成マニュアルが必要とされる理由のひとつ。厚生労働省の資料でも以下のように言及されています。
企業を取り巻く経済・社会環境をみると、生産、販売、営業、管理などビジネスに関わるあらゆる場面でデジタル技術の活用が求められると言った技術革新の進展や、経済活動のグローバル化による企業間競争の激化など、急速かつ広範な変化に直面している。
引用:厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」
環境の変化に企業が適応するには、経営方針やビジネスモデルの変革が必要です。そして、会社の変革に伴い、従業員に新しい知識・スキルを身に付けてもらう必要があります。つまりスピーディーな人材育成が求められるのです。
本来、企業の基盤となる人材育成には、じっくりと時間をかけたいもの。しかし、今の環境ではそのような余裕はありません。よって、効率的かつ効果的な人材育成を実現するマニュアルが重宝するのです。
OJTは、教育担当者と学習者が1対1で行うものです。個人に合わせた細やかな教育ができるメリットがある一方で、教育内容がバラつきやすいという側面もあります。
HR総研が行った調査でも、OJTの課題として「指導のバラツキ」が挙げられています。
“OJTの課題をフリーコメントで聞いたところ、悩みのほとんどはOJT指導員のばらつき。新入社員は指導員を選べないが、人事のコメントによれば「指導員のレベルが異なりすぎている」という趣旨のコメントが大多数を占めている。”
引用:HR総研「『新入社員教育に関するアンケート調査』結果報告」
人材育成マニュアルの導入は、このような課題の解消にもつながります。各教育担当者がマニュアルに沿って行動することで、同じレベルで教育できるのです。また、担当者のスキルレベルやポテンシャルに関係なく、最適な教え方で指導できる点もメリットと言えます。
特に、シフト制勤務の店舗型事業では、複数人が交代で教育することもあります。そのような場合でも、マニュアルがあれば教育の質を保ったまま教育できるため、なお一層作成すべきだと考えられるでしょう。
引用:株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「【調査発表】新入社員意識調査2022」
株式会社リクルートマネジメントソリューションズが新入社員に向けて行ったアンケートによると、「仕事についていけるか」が不安と答えた人は、2022年度で全体の63.8%。このことから、新入社員への充実した教育は、不安解消につながると推測できます。
そのために必要となるのが人材育成マニュアルです。マニュアルを活用し、計画的かつ効果的な教育を実現できれば、社員は安心して働くことができます。結果的に、人材の流出を防止できるのです。
また、マニュアルを用いて教育すること自体、社員に安心感を与えます。教育体制が整っていることが、「きちんと教えてもらえる」という安心につながり、さらなる人材の定着を促すでしょう。
人材育成マニュアルは、オフラインとオンラインの両方で作成することが可能です。適切な手段を選べるよう、それぞれのメリット・デメリットを確認しておきましょう。
オフラインのマニュアルを作成する際は、紙に印刷するのが一般的。内容のボリュームによっては冊子にまとめ、配布・設置します。
オフラインで作成する方法には、主に以下のメリット・デメリットがあります。
使用者がマニュアルに直接メモを書き込めるのは、印刷するタイプの大きなメリット。また、業務中もしくは教育中、すぐに手に取って確認できるのも利点です。自社で作成することができるため、費用も比較的安く済みます。
ただし、紛失したり、破れたりする恐れがあります。さらに、紛失時は情報が外部に漏れる可能性もあり、セキュリティ管理が難しいです。かといって、持ち出し禁止にすると、確認できる場所が限られ、教育担当者が不便を感じることがあります。
また、読み手が理解しやすいマニュアルを作成するには、スキルが必要です。場合によっては、アプリケーションを扱える人材の育成や採用が必要になります。
人材育成マニュアルには、スマートフォンやパソコン、タブレットなどを使って閲覧するタイプもあります。例えば、動画マニュアルやデジタルコンテンツを作成し、発信する方法です。
オンラインで作成する方法には、以下のようなメリット・デメリットがあります。
オンラインで作成した人材育成マニュアルは、いつでもどこでも確認できるのがメリット。教育担当者・指導者は、移動中などの隙間時間に気軽にチェックでき、教育をスムーズに進めることができます。
印刷するタイプとは違って、紛失の心配もありません。パスワードを設定するなど、セキュリティ管理も可能です。
ツールのタイプによっては、チェック機能を活用して、人材育成の進捗を管理することもできます。そのほか検索機能やカテゴライズ機能など、教育に役立つツールを選べば、教育担当者の負担をさらに減らせるでしょう。
しかし、動画マニュアルの作成を外部に依頼したり、デジタルコンテンツを利用したりするのには費用がかかります。経営部や経理部との、予算の相談・交渉が必要です。
また、店舗型企業のなかには、店内でスマートフォンの操作を禁止していることもあります。その場合は教育中の閲覧が難しくなりますが、業務用タブレットを使用したり、閲覧したい部分のみ印刷したりと工夫することでカバーできるでしょう。
人材育成マニュアルを作成する際は、段取りが重要。マニュアル使用者にとって活用しやすいものにするため、計画的に作成しましょう。
では、準備から運用までの9つの手順について見ていきましょう。
人材育成マニュアルは、教育担当者の悩み・不安を解消し、従業員の成長を促すことができなければ意味がありません。そのため、まずは現場調査を行い、教育担当者および学習者が何を求めているか知る必要があります。
具体的には、以下のような項目を調査・分析します。
教育担当者だけでなく、学習者にもインタビューを行うのがポイント。学び足りない部分、理解しにくい部分などをヒアリングし、マニュアルに反映させることで、より充実した人材育成の実現に近づくことができます。
人材育成マニュアルの最終ゴールは「人材育成の効率化」と「従業員の成長促進」ですが、具体的な目的は、人材育成のテーマによって毎回違います。
例えば、新入社員に向けた人材育成と、管理職社員を育てる人材育成とでは、内容も目的も違います。そのため、マニュアルのゴールも変わってくるのです。
などを明確にすることで、マニュアルの目指すべき方向が見えてきます。
目的・ゴールを定めないと、マニュアルの内容が的外れになる可能性があります。作成にかけたコストが無駄になる恐れがあるため、慎重に設定しましょう。
人材育成のすべてをマニュアル化する必要はありません。ボリュームがありすぎて、かえってわかりにくくなるからです。マニュアル通りの教育ばかりになり、臨機応変な対応が出来なくなる恐れもあります。
よって、どこまでの範囲をマニュアルにするのか決める必要があります。新人教育の何カ月分をマニュアル化するのか、OJTの部分のみをマニュアル化するのかなど、範囲を決めましょう。
また、レベルの設定も必要です。マニュアルを使って、どのレベルにまで育てるのかを決めます。人材育成計画と照らし合わせながら設定しましょう。
範囲が決まったら、マニュアルに掲載する具体的な内容を洗い出します。
などを細かく書き出します。その際は、教育担当者に協力を仰ぐのがおすすめです。
人材育成でよくあるミスや、教え漏れが起きやすいポイントなどを重点的に聞き出すのがポイント。マニュアルに記載されている内容に沿って行動すれば、最適な人材育成が実現する、という流れをつくるのが理想です。
内容の洗い出しが完了したら、次に整理を行います。何をどの順番で掲載するのか、人材育成の流れを意識して構成を考えましょう。
また、内容を盛り込みすぎると複雑になってしまうため、取捨選択も必要です。重要なポイントを引き立たせるためにも、無駄は省きましょう。
その際、マニュアル作成の担当者以外にも見てもらうのがポイントです。第三者目線で無駄な部分、不足している部分を指摘してもらうことで、実用的なマニュアルへと仕上がります。
内容のボリュームやマニュアルの使用目的、使用シーンを考慮し、利用するフォーマット・ツールを決めます。
オフラインで作成する場合は、どのアプリケーションを使用するのか、どのサイズでつくるのかなどを決めます。マニュアルの見栄えを統一化させるため、書き方のルールもここで決めておくと良いでしょう。
オンラインで作成する場合は、どのツール・サービスを使うのかを決めます。必要な機能が備わっているか、予算内に収まるかなどを考えて決めましょう。
フォーマット・ツールは、「わかりやすい」「見やすい」「使いやすい」を基準に選ぶことが重要です。自社の人材育成に合う形式を選びましょう。
内容と手段が決まったら、いよいよ作成の段階に入ります。
紙に印刷するタイプは、文字ばかりだと読みにくくなるため、適度にイラストや図を取り入れるのがおすすめです。「人材育成で判断に迷ったときの行動」というような行動パターンを書き表す際は、フローチャートで表現するとわかりやすくなります。
動画マニュアルやデジタルコンテンツで作成するときは、カテゴリー別に分けると、閲覧する際に便利です。忙しいときでもマニュアルを確認しやすいよう工夫すると、使い勝手が良くなります。
教育担当者・指導者が使用するシーンをシミュレーションし、使用者の目線に立って作成しましょう。
人材育成マニュアルは、従業員の成長という重要な役割を担っています。問題があると成長の妨げになる恐れがあるため、いきなり運用するのはリスキーです。
よって、仮運用を実施するのがおすすめです。教育担当者に利用してもらい、記載漏れや、わかりにくい部分がないか確認してもらいましょう。
仮運用では、「チェックする」ことを目的とします。マニュアルが間違っている可能性も考え、教育担当者には内容を鵜呑みしないよう注意してもらう必要があります。そのため、経験・スキルが豊富な人材にチェックを頼むのが良いでしょう。
仮運用が難しい場合でも、第三者のチェックは必須です。フィードバックをもらい、改善に役立てましょう。
仮運用でのフィードバックを受けて、改善後、本運用を開始します。開始してからも、確認・改善を繰り返すことが大切です。
人材育成は、内容や育成対象者、企業の状況によって最適方法が変わります。そのため、マニュアルもアップデートが必要です。「特に問題がないから」と放置せず、定期的にチェック・改善しましょう。
人材育成マニュアルは、作成することがゴールではありません。教育担当者の負担軽減、人材育成の効率化に役立てるには工夫が必要です。
マニュアルをうまく活用するための4つのポイントについて見ていきましょう。
企業に必要な人材を確保するため、人材育成の方針は経営方針に沿って決めるものです。よって、人材育成マニュアルにも、企業の意思を反映させるべきと言えます。
そのためには、経営陣と情報を共有しておく必要があります。教育担当者がマニュアルを活用することで、企業のビジョンを達成する人材が育つ、という仕組みをつくることが大切です。
また、使用者である教育担当者との情報共有も欠かせません。何も知らせず、意見も聞かず勝手に作成すると、疎外感を与えてしまうからです。マニュアルを使うことに抵抗を示し、無視してオリジナルのやり方で教育する人が出てくる可能性があります。
マニュアルをきちんと活用してもらうためにも、教育担当者との情報共有を徹底しましょう。
教育担当者・指導者がマニュアルを活用しない原因として、使い方がわからないことが挙げられます。
その対策となるのが研修の実施です。マニュアルの目的はもちろん、内容や活用方法、閲覧方法、使用シーンの具体例などを解説し、活用のサポートを行いましょう。
また研修は、フィードバックを得る機会にもなります。利用者本人にアンケートを取ることにより、リアルな意見を拾うことができます。より実用的なマニュアルの実現につながるでしょう。
人材育成での学習内容が記されている、学習者用マニュアル。指導者用マニュアルと併用することで、さらなる効率アップと共に、研修効果の向上が期待できます。
指導者は、指導者用マニュアルに沿って重要なポイントを教えます。そして学習者が、学習者用マニュアルにて重要ポイントを予習・復習することで、理解度が高まります。より早く、しっかりと学んでもらえるのです。
学習者用マニュアルについては、以下の記事にて詳しく解説しています。作成する際は、ぜひお役立てください。
■参考記事はこちら
新人教育に欠かせないOJTマニュアルとは?基本項目や作成方法を解説
多忙な職場では、マニュアルをじっくりと確認する時間がないこともあります。その場合、隙間時間にどこででも確認できるオンラインツールが重宝します。
さらに、「shouin+」のようなチェック機能があるツールなら、人材育成の進捗管理に便利。教え漏れの防止にもなり、より一層、教育を効率化できます。
コミュニケーション機能が備わっていると、教育担当者と人事部とのやり取りがスムーズになります。教育に迷ったときに相談できたり、人事部からアドバイスしたりといったサポートが可能になるのです。
教育担当者は、指導に迷い、不安を抱えていることも多いです。身体的な負担だけでなく、精神的な負担も減らせるツールを選びましょう。
人材育成マニュアルに正解はありません。定期的に利用者にアンケートを行い、アップデートを繰り返すことが大切です。
その点においても、オンラインで作成・修正・発信できるデジタルツールの活用がおすすめです。教育担当者とマニュアルの管理担当者、双方にとって便利なツールを選びましょう。
なかなかマニュアル作成に踏み切れないという方は、まずはツール選びや機能のチェックなどから始め、イメージを膨らませてみてはいかがでしょうか。