ECRSの原則とは?フレームワークの内容や業務改善に活用するメリットを解説
日本では、少子高齢化に歯止めがかからず労働力不足が深刻化しています。企業は業務効率化や業務改善を通じて生産性を向上させていく必要があります。
業務改善は現状の工数整理から始めますが、まず、どのようなタスクを誰がどのように進めているかを漏れることなく調査します。調査には手間と時間がかかります。面倒だからと工数を減らして調査を行えば、必要な工数の抜け漏れも発生し、やり直すことになるため、正しい工程で行う必要があります。
そこで注目されているのがECRSの原則です。ECRSの原則は製造業を中心に業務改善に用いられているフレームワークのひとつです。
今回はECRSの原則について、推進するメリットや導入のポイントについて解説します。導入企業の事例についてもご紹介します。
ECRSの原則とは
ECRSは、Eliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(交換)、Simplify(簡素化)の頭文字を取った言葉で、イクルスあるいはイー・シー・アール・エスと読みます。
ECRSとは「Eliminate(不必要な作業や手順を削除する)」「Combine(複数の業務を結合する)」「Rearrange(作業の順序や配置を入れ替える)」「Simplify(業務を簡素化し、誰でも理解できるようにする)」という意味を持つ業務改善のフレームワークであり、これを「改善の4原則」と呼びます。
本来このフレークワークは、製造業の生産管理現場で業務改善の指針として用いられてきました。しかし根幹となる考え方はさまざまな組織に適用ができ、近年はサービス業や営業などさまざまな業種・部署においても業務のムリ・ムダ・ムラの排除や業務効率化・生産性向上を目指して活用されています。
ECRSの原則の提唱者が誰かについては情報が乏しいのですが、QCD革新研究所所長の中村茂弘氏による資料『工場改善の体系的思考に学ぶ』には、作業研究の先駆者である「フランク・バンカー・ギルブレス」が開発した工程分析がベースとなって、ECRSの原則が確立されたと記載されています。
資料によると、製造現場の改善に対し、インダストリアルエンジニアリング(人間の行う仕事の生産性を高める技術)の研究者たちはグルブレス氏が開発した工程分析を基にして、 ECRS による改善方法の確立を進めてきたとあります。
4つの原則について
ECRSの原則の4つの要素は、Eliminate(排除)、Combine(結合)、Rearrange(交換)、Simplify(簡素化)です。ここでは要素について一つずつ解説します。それぞれの要素の場面で、現場の業務効率化を進めていく改善案も示しています。
Eliminate(排除)
Eliminate(排除)は、現場の効率化に不可欠です。業務の目的は何かを洗い出し、その工程は誰のためになるのか、その工程を止めると困るのかという考え方で現在の業務を見直します。不要な工程やタスクは取り除き、業務改善を図るのが排除です。
業務の無駄を排除すれば、タスクの工数や人的資源の投入量を削減できます。
たとえば、特に議題のない場合の定例会議やミーティングの開催や活用されていない報告書の作成などは、排除する業務工程と判断できます。定期の会議については議題がある時のみ開催し、報告書は作成不要とすることで、その工数をまるごと削減できます。
不要な工程やタスクを排除することは、企業のコスト削減や労働力の節約をもたらします。また、不必要な部分が取り除かれることで、業務フローがシンプルになり、全体の効率や生産性が向上します。必要な工程のみが残ることで、労働時間の短縮やミスの減少、納期の短縮など、明確なビジネス上のメリットが期待されます。
他にも、営業において受注の確率が低いエリアやターゲット層への営業をやめる、飲食店で、メニューから注文頻度が低いメニューを外すなども排除に含まれます。
このように、これまでは当たり前と思っていた業務は本当に必要なのかを見直して業務の無駄をなくすことで、業務改善の効果が期待できます。
Combine(結合と分離)
排除の次は、結合できる業務、別々に行っている業務を一つにまとめられないか、複数業務の結合(Combine)を検討します。
「Combine」は、複数の工程やタスクを統合し、一つの効率的なプロセスにまとめることを指します。このアプローチによって、業務の複雑さを緩和させてシンプルにし、作業の進行の速度を上げることを目指します。
部署をまたぐ業務においては、お互いの業務の状況が見えていない部署間で、似たような業務を行っていたというケースは少なくありません。
具体的な業務の結合には、複数の部署が実施している類似業務を一本化する、各事業部が別々に行う調査案件を共同プロジェクトにまとめる、ITシステムをひとつのプラットフォームに統合するなどがあります。
類似するタスクを結合し一本化できれば、その業務の遂行に関わる人的・物的資源を削減することが可能になります。さらに空いた資源を別の業務に充てることができ、作業の効率化や業績向上が期待できるというメリットもあります。
Rearrange(入替えと代替)
続いて、Rearrange(入替えと代替)を行います。作業の順序や場所、担当作業者の入れ替えなど、業務の代替案や順番の見直しを検討し、効率化を図るという考え方です。
業務の排除や結合が難しい業務は、代替できるやり方を探したり、優先度や手順を変えたりすることで効率が上がる場合も多く見受けられます。たとえば、資料のテンプレート化もひとつです。毎回ゼロからパワーポイントで資料を作るよりも、あらかじめテンプレートを用意しておくことで、資料作成工数は大きく削減できます。
他にも、営業ルートの見直し、作業工程の順番の入れ替え、設備機器の配置転換、担当者の入れ替え、承認フローをアナログからデジタルに置き換えるといった取り組みなどが挙げられます。アナログからデジタルへの変換は業務の見える化や効率化にも繋がるため、導入は積極的に検討ましょう。
物や情報の配置や順番を変更し最適化することで、作業がしやすくなり、作業場所へのアクセス時間が短縮され、その結果、作業ミスの減少や生産性のアップが期待できます。組織全体としても、時間の節約、労働者のストレス軽減、そして業務品質の向上といったビジネス上のメリットが生まれます。
Simplify(簡素化)
最後に、Simplify(簡素化)を検討します。Simplify(簡素化)は、業務自体や業務プロセスは変えずに複雑な業務を簡素化し、誰もが作業できる状態にすることです。「もっと業務をシンプルにできないか」など、業務の見直しを検討することは教育コストや属人化に悩む企業にとっては大きな改善に繋がる可能性があります。
長期にわたって同じ作業工程を踏襲している場合には、実は無駄な工数が発生し効率が悪くなっていることも少なくありません。このような場合は作業工程に最新のテクノロジーを活用し、自動化するなどで業務時間や量を減らすことができないか検討してみましょう。
たとえば、AIによる検品作業や設備保全の自動化、マニュアル作成による業務の標準化、IoTによる監視業務の自動化などが挙げられます。
Simplify(簡素化)を実施するメリットは、業務の属人化を防止し、人材不足の解消につながる点にあります。複雑化していた業務を簡素化することによって誰もが取り組めるようになります。また、シンプルな仕組みはスタッフのトレーニング時間の削減につながり、新しいメンバーの導入がしやすくなります。
このように、簡素化によって、より少ない人的資源で従来と同等以上の付加価値や生産の効率化ができるようになります。
【製造業】ECRSの原則の導入の目的
ECRSの原則のフレームワークは、特に製造業の現場で重要な考え方です。
ECRSの原則を活用することで、業務フローの改善による業務効率化や、ミスの削減による品質向上など、製造業の現場はさまざまなメリットを享受します。
製造業におけるECRSの原則の導入がもたらすメリットや目的には次のようなものが挙げられます。
目的1.業務改善推進の優先順位をつけやすくする
業務改善の必要に迫られているとはいえ、いざ始めようとしても累積する課題をどこから何から手を付ければよいのか、戸惑ってしまうことでしょう。
そこで活路を見出すのがECRSの活用です。ECRSは頭文字の順番に沿って、課題抽出や改善施策を進めるためのフレームワークです。業務改善施策の優先順位の整理やマイルストーンとして活用することができます。
- ①Eliminate:無駄を無くせないか?
- ②Combine:まとめられないか?分ける方がよいか?
- ③Rearrange:配置や順序や人員を変更できないか?
- ④Simplify:簡素化できないか?
基本的にこの順番に沿って施策を展開していくことで、効率のよい業務改善を実現することができます。
目的2.作業や業務分担の見直しにつながる
前任者から手順を踏襲した業務のなかには、なんとなくその方法が最適だと思い込んでいる作業があるかもしれません。
たとえば、2つの作業を同じ従業員が実施した方が効率的であるのに担当者を分けている作業や業務を分割して別の従業員に作業を割り振るほうが合理的だという業務も存在していると思われます。
ECRSのフレームワークに則して業務の棚卸しを行い、まとめるあるいは分割するほか、不要な工程を排除することで作業分担をより適切な方向へ改善することができます。
目的3.作業の属人化を防げる
作業や業務フローが複雑になると、任せられる人が限られてきます。これが担当者の固定化、業務の属人化へとつながります。
属人化が進むことは企業に大きなリスクを与えます。担当者が長期で休業する、または退職すると、作業を引き継ぐ人がおらず、業務の遅延や納期遵守ができず、企業にとって大きなリスクの発生が懸念されます。
ECRSを活用し、業務工程をマニュアル化し明らかにしたうえで、業務分担を整理することで、作業の属人化を防ぎ、全体最適を推進します。
目的4.作業ミスを削減できる
ECRSのフレームワークに沿って業務のムダを省き、簡素化した作業、単純化された業務フローへと改善を図ると、業務単位で切れ目のない連携が生まれます。業務全体の最適化、合理化が図られることで、作業ミスなども削減されるでしょう。
作業ミスの削減できれば品質向上やさらなる業務効率化などが生まれ、取引先からの信頼も高まるでしょう。
目的5.コスト削減効果が期待できる
無駄な業務の削減や業務分担の見直しを図ると、全体の業務量が軽減されます。これによって作業時間が削減され、人件費の圧縮や省力化、コスト削減が期待できます。
また、人手が不足している部門や新規プロジェクトなどへ人材を配置転換することも可能となり、限られた経営資源の有効活用を推進します。
ECRSの原則を活用するメリット
ECRSの原則を用いて、業務改善に取り組むメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは4つのメリットについて解説します。
メリット1.コストを削減できる
ECRSの4原則によって業務改善を推進すれば、不要な業務の排除や特定タスクの自動化によって、それまで費やしてきた人的資源の削減が可能になり、人件費や福利厚生費などのコストが抑えられます。
また、設備においてもコスト削減が期待できます。類似業務を結合すれば、現状利用しているITシステムや設備機器を集約することができます。総数が減少することでハードウェアの保守・運用や設備保全の管理コストを削減することが可能です。さらに削減分のリソースを新規事業やコア業務に配分することが可能になり、経営基盤強化の実現につながります。
メリット2.生産性を向上させる
ECRSの4原則である業務の排除・結合・入れ替え・簡素化によって得られるメリットが生産性の向上です。
ECRSを活用すれば、既存の業務を洗い出し、必要性を判断するため、結果として本当に必要な業務だけが残ることになります。業務量を削減しても業務量や時間を減らすことができ、企業は生産性を向上させることができます。
さらに削減した経営資源を新規プロジェクトや強化する事業に充てることができ、企業全体での生産性の向上にも繋がるでしょう。
メリット3.エラーリスクを低減できる
ECRSの活用には、人為的ミス、ヒューマンエラーを防止できるメリットもあります。簡素化を進めることで、業務の手順が明らかになり、作業ミスや意味の取り違えなどによるエラーリスクが軽減されます。
具体的には、不要なタスクの削除や重複している業務の結合、順序の入れ替えによる合理化、作業のマニュアル化や自動化などの実現によって、業務を簡素・標準化し、業務量は削減されるため、人為的なミスの低減につながります。
業務量が削減され、人為的なミスが減れば、従業員の心理的負荷も軽減されます。安心して働ける環境は、従業員エンゲージメントを向上させることが期待でき、離職率や定着率の改善にもつながります。
メリット3.属人化の解消・防止が進む
属人化とは、一般に組織内の特定の従業員が業務スキルや知識を保有しており、組織内に共有できていない状態のことです。ECRSの活用は、業務工程を調査、分析し、タスクの順番や人員、配置を入れ替えて効率化を図ったり、ITシステムの導入などで作業を簡素化することで、属人化を解消や防止に役立ちます。
とくにSimplify(簡素化)することで業務が標準化されれば、特定の人が行っていた作業を誰が行っても同じ成果を出せるようになります。これが属人化の解消や防止につながるのです。
ECRSの原則を取り入れた業務改善のポイント
ECRSの原則に則って業務改善を進めるにはどうすればよいでしょうか。ここでは4つのポイントを取り上げます。
ポイント1.目標と手段を明確にしてから行う
ECRSで業務改善を行うときは、目標と手段を明確にしてから行うようにしましょう。目的が不明確だと、IT導入などの「手段」が最終目的に置き換わってしまう可能性があります。
業務改善の目的を明確にし、具体的な行動計画を立案、策定しましょう。たとえば業務改善の目的のコスト削減なら、コスト削減に合わせた「排除」のステップから始めます。
単純に、業務改善の目標を「平均残業時間を5時間減らす」と設定すると、業務量が変化していなければ従業員は仕事を家に持ち帰ってしまいます。これでは業務改善は実現しません。目標を設定したら、その目標を達成するための適切な手段も明確にしておきましょう。
ポイント2.長期的な計画を立てる
ECRS4原則を実施する目的は、業務改善、生産性向上、コスト削減などですが、そのための具体的な施策は、実施後に即成果が出るタイプのものばかりではなく、長期的な改善を目指す手法です。
このため、従業員に生産性向上の目的をしっかりと伝え、目的を共有したうえで、数か月、もしくは数年の長期的な視点で改善を進める必要があります。
業務改善には単に施策を実践するだけでなく、企業全体で業務改善を推進していくという意識を従業員が持つ、企業文化の醸成が必要になります。
ポイント3.各部署との連携体制を整える
ECRSで業務改善を図る場合には、部署間の連携、協力体制が必要です。奥の業務は一つの部署だけでは完結しないため、関係部署全体が変わらなければ業務改善を進めることができません。
全体最適を満たす業務改善を行う際にも情報やナレッジの共有・連携は必要です。なぜなら部署間で情報やナレッジの共有・連携ができていないと、改善計画の理解が進まず、計画倒れに陥ってしまう恐れがあるからです。部署間の共有や連携の環境が整備されていない場合には、まずコミュニケーション基盤の構築、環境整備から取り組み、連携体制を整えると良いでしょう。
部署間の垣根を超えて協力体制が築けることで、他部門の持つ重要な情報やナレッジが共有でき、組織全体で横断的に同じ目的を共有しながら、業務改善を推進できます。
ポイント4.従業員からの理解を得る
部署間での協力体制と同様に重要なのが、業務改善に向けたビジョンをすべての従業員が共有することです。業務改善を行う際は、体制変更に反対する従業員がいれば業務改善の重要性について根気強く説明することも必要となります。
人間には現状維持を好む心理作用が備わっており、未知のものや変化には不安を感じる習性があります。特に長年勤めている従業員にとっては、経験や培ってきたスキルを自分だけのものにしておきたいという心理が働くことがあるため、業務改善に否定的な立場をとることが考えられます。
このような場合でも、業務改善に向けたビジョンを丁寧に説明し、属人化の解消の重要性についてベテラン従業員からの理解を得ることが大切です。
企業の成功事例
ECRSの原則を取り入れ、業務改善に取り組み成果をあげている企業があります。ここでは2社の成功事例をご紹介します。
事例1.トヨタ自動車
ECRSによる業務改善の手法として、「トヨタ生産方式」は非常に有名です。そのの基盤となるのがECRSの原則に則った「7つのムダ」の排除です。
トヨタ生産方式では、以下の2つの概念を軸にして高品質な製品を消費者へ迅速に届ける体制が構築されています。
- ニンベンのついた自「働」化:異常が発生したら機械が自動で止まり、不良品の発生を防ぐ
- ジャスト・イン・タイム:ムダを抱えずリードタイムを短縮し、必要なものを必要なときに必要なだけつくる
この2つの概念の根底にあるのは、ムリ・ムラ・ムダの3Mをなくす「徹底したムダの排除」の思想です。
トヨタ自動車では、ECRSの「Eliminate(排除)」に該当する業務におけるムダを洗い出すため、業務を7つのカテゴリーに分けて分類し、ムダを発見しています。7つのムダとは「作りすぎのムダ、手待ちのムダ、運搬のムダ、加工のムダ、在庫のムダ、動作のムダ、不良・手直しのムダ」です。
この7つの観点から定期的に業務を見直すことは、業種や部門を業種を問わず多くの企業においてECRSによる業務改善を推進していく手本となるのではないでしょうか。
事例2.株式会社良品計画
株式会社良品計画が展開する無印良品では、ECRSのフレームワークの「Simplify(簡素化)」に則して該当する業務をシンプルにし、仕組み化することで大きな業績改善を実現しています。
かつて無印良品は、38億円もの赤字を抱え、経営の存続が危ぶまれていました。このときは各店長が有するスキルや経験、ノウハウがバラバラで、店舗運営においても店舗間の差が見えてしまうという課題がありました。
そこで実施されたのが、徹底的なマニュアル化です。これによって属人化の排除や業務のレベルアップと標準化することに成功しました。
無印良品には、V字回復を実現した「仕組み」であるMUJIGRAMというマニュアルと業務基準書という2つのマニュアルが存在しています。
「MUJIGRAM(ムジグラム)」は店舗の業務マニュアルで2,000ページ、「業務基準書」は本社の業務マニュアルで6,600ページとなるボリュームです。これらのマニュアルは、現場の改善点をもとに「MUJIGRAM」は更新され続けており、従業員の業務改善に対する意識の醸成にも役立っています。
マニュアル化をもとに仕組みを整えることで業務の効率化や社員のモチベーションのキープなどが実現できた企業事例です。
まとめ
今回は、ECRSの基本的な考え方やメリット、活用するためのポイント、成功事例を解説しました。
ECRSの4原則は、4つの視点から業務改善を行う方法です。ECRSの頭文字の順番通りに施策を展開していくことで、現状の調査から課題抽出をし、業務改善を切れ目なく実行できる、具体的かつ機能的なフレームワークです。
ECRSの活用によるメリットには、コスト削減、情報共有の改善、そして属人化防止や品質向上などがあげられます。そのECRSの活用効果を十分に得るためには、組織内の情報やナレッジの共有・連携を可能にするコミュニケーション基盤の構築が欠かせません。
ECRSの4原則は、製造業に限らず多くの業界で有用な改善手法と言えるでしょう。具体的な改善事例を参考に、さらなる現場の業務改善に役立てていきましょう。