流通小売業やレジャー、飲食店などの評価を決めるひとつになるのが接客の質です。お客様に快適に過ごしてもらい、お客様の目的をかなえるためにお手伝いをする……。こうした接客にはホスピタリティだけでなく、技術も必要です。
その接客技術を高めるのが「接客マニュアル」です。当記事では接客マニュアルを作成する目的や効果、どのような項目を盛り込めばよいのか、作成時のポイント、注意点を解説しました。
接客マニュアルとは、主に実店舗を運営する企業で制作されるもので、一般的には以下のような内容を記載します。
マニュアルは、業務全体を理解し、判断が必要になったときの基準・ルールになるものです。接客マニュアルは、初めてその業務を担当することになった方が、業務全体を把握する目的で使うことが多いでしょう。
接客マニュアルを用意している店舗は多いと思います。でも、接客マニュアルの必要性を実感できている、効果を感じられている店舗はどのぐらいあるでしょうか。もしかすると、接客マニュアル自体はあるものの、内容が古くなってしまい現状に即していないという店舗もあるかもしれませんね。
ここで接客マニュアルがもしなかったら……と考えてみてください。
実店舗での接客ミスは、店全体の評判につながります。TwitterやInstagram、FacebookなどのSNSで悪評が拡散したり、口コミサイトやブログに投稿され広がったり。そうすると、常連客をはじめとした既存顧客だけでなく、新規顧客の獲得にも影響します。
接客ミスは、理解が及ばなかったり、知らなかったために起きることも少なくありません。つまり接客マニュアルとして、事前に行動指針を定めて教育しておけば防げることも多いのです。
また新人が入社するたびに業務を教えるのは、入れ替わりが多い職場では特に、教える側にとって負担が大きいもの。教える内容は同じですから、まずは接客マニュアルで理解してもらい、OJTで確認という形にできると、教える側の負担が軽くなるだけでなく、新人育成の時間短縮にもつながります。
接客マニュアルを作成し、更新し続ける負担はあるものの、ミスを回避し最悪の事態を防ぎ、効率よく新人育成を行うためにも、やはり接客マニュアルは必要と言えるでしょう。
接客マニュアルの必要性が分かったところで、改めて接客マニュアルを作成する目的を整理しておきます。
主な目的は次に解説する3つです。
店舗運営をするうえで欠かせないのが従業員のスキルの平準化(標準化)です。従業員ごとにばらつきのある接客スキルを均質化することで、サービスレベルを一定に保ちます。サービスレベルは下ブレするのも上ブレするのも好ましくありません。
サービスレベルが低いと店の評判を落としてしまうというのは容易に理解できることと思いますが、上ブレはどうでしょうか?上ブレというのは、接客レベルが高く、手厚いもてなしができているということなので、それができる人は褒められても良さそうですが、従業員によりサービスレベルにバラつきがあると、不満につながります。
例えば、接客が素晴らしいと感じた顧客は次も同じレベルのもてなしを期待します。でも次に来店したときに普通の接客だったらどうでしょうか。ガッカリしますよね。また他の人が手厚いもてなしを受けているのに、自分は違ったら、決して良い気持ちはしません。
つまり上ブレは、別の場所で不満を生み出してしまうため、好ましくないのです。顧客満足度を向上させるためにも従業員のスキルの平準化は必須と言えます。
新人スタッフの育成は、多くの店舗で負担となっていて課題のひとつです。その負担軽減となるのが接客マニュアルです。現場で全て教えようとすると、かなりの時間を要しますし、何度も繰り返し教えなければいけないケースも出てきます。でも接客マニュアルを用意しておくと、基本的な業務について自己学習でき、繰り返し確認できるため育成に掛かる負担を大幅に減らせます。そして効率よく教えられるため新人スタッフの即戦力化をうながします。
また教える人によって、少しずつ内容が変わりがちです。そうすると新人は混乱しますね。例えば、マニュアルがなく個人の判断で業務に当たっているような環境の場合、「トイレットペーパーの端は三角に折りましょう」と伝える人と伝えない人がどうしても出てきてしまいます。でも、接客マニュアルがあれば、このような問題は回避可能です。
人材育成には、教える側の人件費や研修費用など、さまざまなコストがかかります。しかし接客マニュアルがあれば、教える側の負担が減り、このような育成コストの削減も期待できるでしょう。
良い接客に欠かせないのが店の理念やビジョンへの理解です。「必要な商品を素早く見つけられ、購入できる」店と、「専門知識を持つ店員さんに相談しながら商品を選んで購入できる」店とでは、目指すべき接客の形が変わってくるのは明白ですね。
だからこそ、店が目指す方向性、顧客にどのような気持ちで過ごしてもらいたいのかなど、従業員ひとりひとりの意識に浸透させることが重要であり、それも接客マニュアルの目的のひとつです。
接客マニュアルを作成することで生まれる効果・メリットには、目的にあげたことも含めて、次の5点があります。
この中から「業務の効率化」のみ補足すると……。
接客マニュアルには、接客の一連の流れやポイントが明確に記されているため、作業の無駄やミスを減らすことができ、業務の効率化につながります。
そしてもう一点。接客マニュアルを作成したり、更新したりする際に、業務内容を見直すため、そこで無駄な作業に気付けたり、課題を解決できたりするため、業務の効率化に繋げられるのです。
「マニュアル人間」「マニュアル主義」などという言葉もあるぐらい、マニュアルに対する風当たりは強いものがあるのも事実です。特に接客におけるマニュアル化というと、おもてなしの心とは対極で非人間的で冷たいイメージを受ける人もいるでしょう。
たしかに、全てのことをマニュアルに当てはめようとすると無理がでますし、当てはめた結果、逆効果となりクレームに発展してしまうこともゼロではありません。またマニュアル化されたことを実践するとなると誰でもいい仕事のように感じられ従業員のモチベーションが下がる危険性があります。
作成することでメリットの多い接客マニュアルですから、違う見方をすると、こうしたデメリットを生まないマニュアル作りが求められているとも言えるでしょう。具体的なポイントについては、「接客マニュアル作成時のポイントと注意点3つ」の項目で解説します。
次に、あるべき接客マニュアルの形とはどのようなものか、考えていきましょう。
書籍「仕事力がアップする!マニュアルのつくり方・生かし方(小林隆一・著)」によると、あるべきマニュアル(時代が求めるマニュアル要件)として次の4つが紹介されています。
大事なポイントは、マニュアルは絶対唯一の決めごとではなく、常時見直しが必要な「約束ごと」である点です。マニュアルの位置づけを誤ると、使えない、組織に浸透しないマニュアルになりかねません。注意しましょう。
前述の書籍の著者・小林氏が、「使えるマニュアルの条件」としてあげているのが次の4つです。
それぞれについて書籍を参考にみていきます。
接客マニュアルを作成し始めると、あらゆる状況を考え、完璧を求めたくなるものですが、小林氏は80%主義でマニュアル作りに取り組むことをすすめています。できないものは、後回しでいいのです。それよりも素早く作り、必要と感じたときにタイミングよく導入することのほうが大事だと言います。
完璧なものを作ったからといって、組織に浸透するとは限りません。またマニュアルは作ったら終わりではなく、運用をする中で加筆・修正が必要不可欠です。そのため、やれる範囲でまずは作成し、導入するほうがいいでしょう。
当記事をお読みの方の中には、接客マニュアルに盛り込むべき内容が何か知りたい、見本がほしい、参考となるテンプレートがほしいという方も少なくないことと思います。何もないところから接客マニュアルを作成するのは困難なので、参考にするのはいいでしょう。
とはいえ、他社のマニュアルや書籍などで紹介されている事例を組み合わせてつくるのはおすすめしません。社会的な評価が高い企業の接客マニュアルをそのまま使用しても、使いものにならないでしょう。なぜならマニュアルは、会社や組織の思考・知識の集大成とも言えるものだからです。組織ごとに強みや特徴があり、管理水準にも違いがあります。だから自前主義を貫くことが大切です。
自社の組織・風土に合ったマニュアルづくりとその効果的な運用を考えるなら、マニュアル作成を外部へ丸投げするのは避けるべきです。
コンサルタントなどの外部の力を借りる場合は、自らのリーダーシップのもとでプロジェクトを推進することが大事でしょう。そうすることで、外部の専門家がもつ「外部の知」を取り入れつつ、ノウハウの社内蓄積を図れます。
マニュアルに記載がない内容は「できない」「やらない」となると業務の質の向上は望めません。マニュアルが全てではないという意識の醸成が必要であり、組織全体としてマニュアルへの理解が欠かせません。
「なぜマニュアルが必要なのか」といった問題意識の共有にはじまり、社員の使命感の醸成と能力開発、部門を超えた全社員間のチームワークと情報の共有化、責任・権限の明確化といった人事制度の整備、教育体制の充実が望まれます。つまり経営陣を含めた強力なリーダーシップのもとでの組織ぐるみの取り組みが必要です。
いよいよ接客マニュアルの作り方の解説に入ります。80%主義でマニュアルを作成するのがよいと前述した通り、少し肩の力を抜いて取り組んでみてください。先にスケジュールを決めて、まずはその時間にできるベストを目指すという考え方もいいでしょう。
解説するにあたって小林氏の前述した書籍、以下の関連記事を参考にしました。より詳しく知りたい場合は、あわせてお読みください。
■参考記事はこちら
マニュアルとは?活用されるマニュアルの特徴と作り方をわかりやすく解説!
<接客マニュアルの作り方>
「誰に向けて、どのような体制で、どのようなマニュアルを作るか」といったマニュアルの方針を検討するのが最初のステップです。あれもこれもと欲張らず、的を絞ることを心がけましょう。5W1Hを明確にすることを意識して、企画書の形にまとめていくと整理しやすいです。小林氏の書籍内で紹介されている企画書のテンプレートはとても参考になります。
マニュアル企画書のテンプレート・見本
参照元:「マニュアルのつくり方・生かし方」より弊社で作成
ステップ2では、接客に関連する業務をすべて書き出します。マニュアルに記載する、記載しないといったことは考えず、いったんすべて洗い出すことが大事です。
接客業務の内容を洗い出す際は、各業務にかかる時間、各業務の対応関係、優先順位なども書き出しましょう。書き出してみると、作業の重複が発生していたり、担当を変えたりしたほうがいいものが出てくることも多々あります。そうしたことが見つかったら、一つ一つ業務の見直しを行うのがおすすめです。こうした作業を行いながらマニュアルの作成を進めることで、企業の生産性向上、品質向上につながります。
ステップ2で整理した内容をもとに、接客マニュアルに盛り込む項目、外す項目を決めて、マニュアルの目次を作成しましょう。
接客マニュアルに盛り込むか、外すかの判断をする際は、ステップ1で作成した企画書が基準になります。
目次は大分類から決めて、中分類、小分類と細かくしていくと作りやすいでしょう。
目次ができたら、いよいよ中身の作成に入ります。まずは項目ごとに、どういった形式(テキスト、図解、動画など)でコンテンツを準備するのかを検討しましょう。
マニュアルに記載したいのは、業務の目的、具体的な手順、かかる時間、優先順位、評価基準、業務の対応関係などです。そして適宜、気を付けたほうがいいポイントなどを加えてマニュアルを作成します。まとめる際は、全体像から各業務へという流れにして、曖昧な表現は使ってはいけません。過去の失敗例なども掲載しておくと、再発防止に効果的です。
意外と大事なのが作業・業務の目的の記載です。「何のために行うのか」を知ることで、接客で大事になる相手をもてなす気持ち、思いやる気持ちが変わってきます。
初稿ができたら、関係者へ査読を依頼し、修正・リライトを行い、マニュアルの完成度を高めます。
接客マニュアルは作成して終わりではなく、活用されてはじめて効果を発揮できるものです。作成段階から、マニュアルが活用されるよう、工夫と仕掛けを考えておきます。
マニュアルを読んでもらうための工夫
マニュアル活用に向けての研修会を実施するなど、接客マニュアルを手に取ってもらえる機会を作るのがいいでしょう。マニュアルをもとにロールプレイングを実施してみるなどもいいですね。
同じ時間に集まるのが難しい場合は、オンライン研修のシステムなどを活用するのもひとつです。簡単なテストを行うことで、オンライン研修であっても緊張感をもってもらう工夫などが可能です。
マニュアルを業務に生かすための仕組み
日常業務でマニュアルを参照するような企業風土作りも重要です。そのカギを握るのがマネジメント層。上司が「マニュアルに記載されているような方法ではダメだ」となると、接客マニュアルは活用されなくなってしまいます。
そうならないよう実情とマニュアルの内容に剥離があるなら提案をしてもらえる関係を構築するなど、うまくマネジメント層を巻き込むのが成功の近道です。マニュアル作成のプロジェクトに最初から参加してもらうのもいいですね。
PDCAをまわし、改訂を繰り返す
改訂が行われないマニュアルは混乱のもとです。現状と異なる点が多々出てきて、判断に迷うだけでなく、マニュアルは参考にならないという空気が生まれてしまいます。マニュアルを業務に生かすために改訂を行える体制を作っておきましょう。
小林氏は、書籍の中でマニュアル批判、無用論が出る背景として以下の図で説明しています。
参照元:「マニュアルのつくり方・生かし方」より弊社で作成
どれも確かにと思うことばかりかと思います。逆をいうと、こうならないように接客マニュアルを作成しなくてはいけないということですね。ここからは接客マニュアル作成時のポイントと注意点を解説します。
接客マニュアルは、必要なときにすぐに手に取れ、見たい箇所をすぐに見つけられるような形で作成することが大事です。マニュアル用のデータベースを用意してキーワードで検索できるようにしたり、紙であれば索引をつけたり、探しやすさにも気を配りましょう。
マニュアルは現状に合うよう常にアップデートしていくことが大事です。そういった意味では、紙のマニュアルよりもデジタルのほうが印刷や製本の手間がない分、容易に改訂できるでしょう。一方で、誰もが自由に編集できてしまうと収集がつかなくなる可能性があります。編集履歴を残せるシステムを利用したり、タイミングを決めて意見を集め改訂したり、組織に合う形を考えてみましょう。
知っているだけで、わかりやすく作成できるポイントがありますのでご紹介します。
初めて作業する人にとって、多くの場合、一番分かりやすいのは他の人がやっている作業を見せてもらいながら理解することですね。それを再現しやすいのが写真やイラスト、動画です。文章よりも伝わりやすくなるケースも多いので、内容によって使い分けるといいでしょう。
また顧客目線も意識して記載すると、より理解が深まりますし、応用がききやすくなります。
会社や組織の思考・知識の集大成とも言えるマニュアル。当然、組織ごとに強みや特徴があり、管理水準にも違いがあります。ここでは、あくまでも一例として接客マニュアルの内容をご紹介します。接客マニュアルを作成する際の参考にしてください。
業務の中にはマニュアル化に向かない内容もあります。そうした内容をマニュアルに入れると、トラブルにつながったり、社員のモチベーションを下げたり、成長を妨げたりと逆効果になってしまいます。具体的には、以下のような内容があげられます。
再現性がない業務
マニュアル化に向いているのは、誰がやっても再現可能な業務です。経験や知識のうえに成り立つような業務は、避けたほうがいいでしょう。中には求める水準をあげすぎて、経験がないと対応できないような内容になっているケースもあります。求める水準をどこにするかも慎重に判断したいですね。
自分で考えて臨機応変に対応しないといけない業務
よくあるのがクレーム対応です。よくある問い合わせをマニュアルにまとめるのは有効ですが、ケースバイケースで判断が必要な内容はマニュアルには向きません。マニュアルの記載に従い無理して新人が対応すると火に油を注ぐ結果になることも……。接客マニュアルが新人向けであれば、「顧客が怒っている場合は責任者を呼ぶ。責任者が不在の場合は、○○○○○する」といった内容のほうがいい場合もあるでしょう。
店舗にあった接客マニュアルを作成し定着すると、従業員のスキルを平準化でき顧客満足度の向上につながったり、新人スタッフの育成・即戦力化・育成コストの削減につながったり、業務の効率化が進んだりと多方面での効果が期待できます。
一方で作成する負担が大きいのも事実です。だからこそ接客マニュアルは、最初から完璧を目指さず、80%を意識して作成し、改善を繰り返しながら店舗・組織にあったものに仕上げていくのがおすすめです。
マニュアルを作成する際は、弊社で作成したテンプレートも是非ご活用ください。
■参考記事はこちら
【パワポで作成】わかりやすいマニュアルの作り方(無料テンプレート付き)