人材マネジメントを成功させる上で、いま必要不可欠と言われる「エンゲージメント」。社員の定着やパフォーマンス向上など、企業や店舗に多くのメリットをもたらすとして注目を浴びています。
しかし「実際に、どうすればエンゲージメントを高められるのか?」と悩む経営者、管理者の方も少なくありません。
そこで今回は、社員エンゲージメントについて詳しく解説します。基本的な言葉の意味や取り組むべき理由、エンゲージメントを高める具体的な方法など幅広く解説しますので、社員のマネジメントにお悩みの方はぜひ参考にしてください。
社員エンゲージメントという言葉に明確な定義はありません。ですが、コンサルティング会社「ウイルス・タワーズワトソン」による以下の定義が有名です。
従業員の一人ひとりが企業の掲げる戦略・目標を適切に理解し、自発的に自分の力を発揮する貢献意欲
(引用元:「新居佳英、松林博文(2018)『組織の未来はエンゲージメントで決まる』英治出版株式会社」
もともと英語の「engagement(エンゲージメント)」には、「約束」「契約」「協約」などの意味があります。しかし、ビジネスでは「社員の会社に対する”貢献意欲”」を指すのが一般的です。
企業のビジョンを理解し、組織の一員として意欲的に取り組む社員が多い状態を、「社員エンゲージメントが高い」と表現します。その反対は「社員エンゲージメントが低い」と言います。
■参考記事はこちら
従業員エンゲージメントとは?言葉の意味、構成要素、向上策、調査方法などについてわかりやすく解説!
社員エンゲージメントと混合されがちな「モチベーション」。2つは同じ意味の言葉と捉えられやすいですが、それぞれ意味が違います。
モチベーションという単語の意味は以下のとおりです。
(引用元:「デジタル大辞泉」小学館)
モチベーションは、単純に「意欲」を意味する言葉。「貢献意欲」「愛社精神」といったニュアンスは含まれません。社員の行動が企業理念とズレていたり、企業利益につながらないことに力を注いでいたりしていても、やる気さえあれば「モチベーションが高い」と言えます。
対する「社員エンゲージメント」は、意欲を向ける対象が企業・組織であること、社員が経営・戦略に納得していることが条件。社員が意欲的であっても、そのやる気が企業の利益につながらないのであれば「社員エンゲージメントが高い」とは認められません。
そのため近年は、モチベーションよりもエンゲージメントが重視される傾向にあります。似たような意味の言葉ですが、”本当に企業の利益になるのかどうか”の違いがあるのです。
近年、多くの企業が「社員エンゲージメント」に注目しているのには、以下の2つの理由が考えられます。詳しく見ていきましょう。
以前は、1つの会社に長く勤めることが”良い”とされていました。しかし今は、自分のライフスタイルやキャリアプランに合わせて転職することが当たり前です。リストラ、定年退職後も働けるようにと、スキル習得のために転職する人もいます。
そのため企業は、以前よりもさらに、社員の定着を促す取り組みを強化しなくてはなりません。「他社ではなく、自社で働きたい」と思ってもらう必要があるのです。
デジタル技術の急発展、働き方の多様化など、社会が変化するスピードは年々加速しています。そのような環境で企業が生き残るには、従来のやり方を継続するだけでは不十分。時代に合わせたイノベーションが必要です。
新しいアイディアを生み出し、企業革命を起こすためには、社員の発想力・行動力が欠かせません。しかし、企業に愛着がなく、働きがいも感じられなければ、そのような能力は発揮されないでしょう。
よって、社員のクリエイティブな働きを促す「高いエンゲージメント」に注目が集まっているのです。
現在、多くの企業が社員エンゲージメントの向上に取り組んでいますが、なぜこれほどまでに重要視されているのでしょうか。社員エンゲージメントを高めるべき3つの理由について見ていきましょう。
転職が当たり前の現代。企業にとっては、社員が離職する可能性が高い厳しい時代です。優秀な人材を採用しても早期退職になり、育成にかかったコストが無駄になることも珍しくありません。
そのため、企業は社員エンゲージメントを高め、人材の流出を防ぐ必要があります。他社ではなく自社を選ぶ社員、自社で能力を発揮することに前向きな社員を増やすことで、生産性の低下を防ぐことができます。
社会の変化に合わせて企業イノベーションを起こすには、社員のクリエイティブ性が欠かせません。そこで鍵になるのが「社員エンゲージメント」です。
社員が意欲的・自発的に考え、行動することで、社内で新しい発想が生まれやすくなります。日々の業務を「こなす」のではなく、問題を解決しようと取り組むため、時代のいかなる変化にも対応できるでしょう。
社員エンゲージメントが高い企業では、経営陣以外の社員による発言により、会社が救われることもしばしば。企業が思わぬ危機に直面したときこそ、より多くのアイディアを必要とするため、社員のクリエイティビティ向上に貢献するエンゲージメントが重要視されているのです。
業界問わず、商品・サービスの差別化が重要視される今。小売業でも、ただモノを売るだけでは不十分で、質の高いサービスの提供が求められています。
商品やサービスのクオリティアップにも、社員エンゲージメントが必須。社員が会社に貢献しようと取り組み、能力を発揮することで、サービスクオリティが高まるからです。
質の高いサービスの提供は、顧客満足度を高め、企業利益につながります。社員が意欲的に働ける環境を提供することで、結果的には会社にとっての利益になるのです。
社員エンゲージメントの向上は、決して簡単ではありません。社員の一部が貢献意欲に満ち溢れていても、効果を発揮しないからです。全社員のエンゲージメントを高める必要があります。
ですが、もし実現した場合は企業にとって大きなメリットをもたらします。ここで、4つのメリットについて解説しましょう。
社員エンゲージメントが高まると、社員の能力がフルに発揮され、サービスクオリティが向上します。質の高い商品・サービスを提供することで、顧客満足度やリピート率が上がり、最終的に業績向上につながります。
また、社員同士が積極的にアイディアを出し合い、問題解決に取り組むことから、時代の変化にも適応可能。いかなる環境に置かれても、大幅な業績低下を防止でき、回復も早いでしょう。
(引用元:「State of the Global Workplace(GALLUP社)」を元に弊社で作成)
上記図は、米国のコンサルティング会社「GALLUP」が行った調査から、エンゲージメントスコア上位25%、下位25%の組織の中央値の差を表したもの。エンゲージメントが高いチームの「収益性」は、低いチームに比べて22%上回っています。
エンゲージメントの高さが、収益向上に貢献することは、事実として証明されているのです。
社員エンゲージメントの向上は、離職率低下につながります。自社への貢献意欲が高まれば、「自社で働き続けたい」という気持ちが強くなるからです。エンゲージメントの高い社員が多ければ多いほど、離職率は低くなるでしょう。
先ほどの「GALLUP」の調査結果によると、エンゲージメントが低い組織の離職率は-65%なのに対し、高い組織の離職率は-25%。エンゲージメントが高い組織は、離職率が低くなる傾向にあることがわかります。
また、書籍『組織の未来はエンゲージメントで決まる』には、以下のような調査結果も記されています。
離職率との関係については、アメリカの経営・人事管理コンサルティング会社CEB社も調査結果を発表しています。(中略)それによると、エンゲージメントの高い従業員が1年以内に離職する可能性は1.2%、低い従業員は9.2%と大きな差が見られます。
(引用元:「新居佳英、松林博文(2018)『組織の未来はエンゲージメントで決まる』英治出版株式会社」)
社員の採用や育成には、多大なコストがかかるもの。早期退職は、それらがすべて無駄になり、新たに雇用するためにさらなるコストがかかります。そのため、離職防止対策となる社員エンゲージメントの向上は、企業にとっての大きなメリットです。
また近年は、企業の離職率が外部に公表されることも珍しくありません。離職率の低さは「働きやすい会社」と判断され、採用において有利に立つことができます。将来に向けて優秀な人材を集めるためにも、エンゲージメントの向上に取り組むべきと言えるでしょう。
商品・サービスの質は、従業員の能力次第。エンゲージメントが高いと、社員は自身の能力を最大限発揮するため、サービスクオリティが向上します。
質の高い商品・サービスの提供は、結果的に顧客満足度の向上に。むしろ、顧客満足度を上げるには、サービスクオリティの改善、そして社員エンゲージメントの向上が欠かせないと言えます。
これは、サービスプロフィットチェーンという考えに基づきます。
(参考情報:Putting the service-profit chain to work を参考に弊社で図を作成)
サービスプロフィットチェーンとは、企業が従業員満足度を向上させることで、サービスクオリティが上がり、結果的に企業利益になるというサイクルを表したもの。「会社の利益を得るには、従業員への貢献が重要」という考え方です。
社員エンゲージメントを高める取り組みとは、社員にとって快適で働きがいのある環境を作ること。つまり「従業員への貢献」です。
顧客満足度を向上させる際は、つい商品・サービスの内容や、経営戦略ばかりに目が行きがち。しかし、継続的な利益の循環を生み出すためには、まず社員エンゲージメントを高めることに注力すべきなのです。
ビジネスでは、ピンチが必ず訪れるもの。消費行動の変化、市場の縮小、ライバル社の出現など、ありとあらゆる境地に立たされます。
社員エンゲージメントが高い組織は、そのようなピンチを乗り越えることができます。社員の貢献意欲、主体性がアイディアの発案を促し、解決案の早期発見へとつながるからです。
これは、部門や部署などの小規模なチームにおいても、共通して言えること。チームのエンゲージメントが高ければ、メンバーは互いにアイディアを出し合い、問題を解決へと導いてくれます。「ピンチに揺るがない強い組織」を構築できるでしょう。
社員エンゲージメントを向上させる方法は、1つではありません。企業の状況に合わせて、「いま何をすべきなのか」を見極めることが大切です。
とはいえ、基本的な対策はいくつか存在します。主な7つの方法をご紹介しますので、社員エンゲージメント向上に取り組みたいと考えている方は、ぜひお役立てください。
効率よく社員エンゲージメントを高めるには、まず現状の把握が必要です。そして、具体的かつ正確に把握するためには「可視化」が重要になります。
可視化する際は、アンケートをとるのが一般的。エンゲージメントに関するチェックリストを用意し、項目ごとに点数を設けることで、数値化することが可能です。
アンケートに用いるチェックリストには、『組織の未来はエンゲージメントで決まる』の著者の1人、新居佳英氏が展開するツール「wevox」の項目が参考になります。
(引用元:「wevox スコアの見方マニュアル オーナー編」を参考に弊社で作成)
エンゲージメントの定量化には、このようなツールを使った方法が効率的です。他部署との共有や改善後の比較のためにも、まずは数値化しましょう。
エンゲージメントは、社員が会社のビジョンに共感してこそ高まるものです。そのためには、全社員が納得するビジョンを掲げる必要があります。
また提示だけでなく、社内に浸透させることも重要。全社員が企業ビジョンを理解していること、ビジョンに向かって行動できていることが、エンゲージメントが高いと言える条件です。
このような取り組みを「インナーブランディング」と言います。『組織は「言葉」から変わる。ストーリーでわかるエンゲージメント入門』という書籍にて、著者の黒田天兵氏(以下黒田氏)はインナーブランディングについて以下のように述べています。
従業員向けにその企業らしさを認識させ体現してもらうためのコミュニケーション活動全般が、『インナーブランディング』だ。
(引用元:「黒田天兵(2020)『組織は「言葉」から変わる。ストーリーでわかるエンゲージメント入門』朝日新聞出版)
インナーブランディングの実現には、具体的に以下のような取り組みが求められます。
ほぼすべての企業が掲げている「理念」。企業が向くべき方向を示す重要なものですが、社員が内容を理解できなければ意味がありません。そのため、ビジョンはわかりやすくすることが大切です。
また、ワクワクするような言葉を選ぶのもポイント。社員が「もし実現したらきっと素晴らしいだろう」と希望を抱けるビジョンが、社員の行動を促します。
現在のビジョンがわかりやすいか、インパクトがあるかどうか、改めて見直してみましょう。
ビジョンを提示するだけでは効果が発揮されません。社員が内容を100%理解し、かつ納得・共感してこそ、社員エンゲージメントは高まるものです。
ビジョンを浸透させるには、具体的に以下のような方法があります。
以上2つの方法がビジョンの浸透に役立つと、黒田氏は著書の『組織は「言葉」から変わる。ストーリーでわかるエンゲージメント入門』にて断言しています。
このファンクショナルな施策とエモーショナルな施策の両輪を揃えることによって、経営メッセージの浸透スピードや浸透度が格段に高まります。
従来の評価システムや研修にビジョンが絡んでいるか、今一度見直してみましょう。加えて、経営者・リーダーがビジョンについて話す機会を設けることで、さらなるエンゲージメントの向上が期待できます。
「心理的安全性」とは、職場の全員が不安を抱えることなく、発言・行動・提案できる状態のこと。社員エンゲージメントを高めるには、心理的安全性の確保が必須です。
心理的安全性が低いと、社員が安心して発言・行動できないため、貢献意欲が低下します。自発性が失われるだけでなく、ストレスが原因で離職する恐れもあるでしょう。
安心感があってこそ、意欲は湧くもの。貢献意欲を高めるには、まず「安心して働ける職場」という基盤を作ることが大切です。
「wevox」の調査リストにもある「支援」には、1on1ミーティングの実施が効果的です。1対1で話す機会を定期的に設けることで、社員の不安を解消できます。
また、定期的に目標と進捗を確認することにより、さらなる意欲向上に。企業ビジョンを絡めて話し合えば、社員が常にビジョンを意識して行動する「社員エンゲージメントの高い職場」を実現できるでしょう。
ただし、上司が一方的に話すミーティングは、部下のやる気を失います。自主性を持たせるため、部下中心で進めるミーディングの仕組みを作りましょう。
社員は、自分の成果や成長を実感し、評価されたときに貢献意欲が湧きます。会社から適切に評価されることで、「この会社のために頑張ろう」と思えるものです。
よって、評価制度の整備も、エンゲージメント向上において重要と言えます。社員が納得できるよう、具体的かつ根拠のある評価を与えましょう。
また、全社員が公平に評価されるよう注意を払う必要があります。
ある1つの部門・部署が成果を出した際、代表者である部長・リーダーのみが評価されがちです。それでは、他のメンバーが「評価された」という実感が沸きません。
例えば、営業職や店舗販売員など、個人売上が存在する職種は各々成長を実感できます。ですが、そういった個人の成果が表に出ない職種・職場は、個々の評価が曖昧になりがちなので、システムを見直す必要があるでしょう。
そもそも劣悪な労働環境では、「会社に貢献したい」という気持ちは生まれません。それどころか、転職したいという想いが強くなり、離職者が増える可能性があります。
そのため、基本である職場環境の改善・整備も必要です。福利厚生や給与など、快適に働き続けられる環境が整っているかどうか、改めて確認しましょう。
金銭面だけでなく、精神的な健康にも配慮が必要です。ストレスケア対策や、人間関係構築のサポートなど、安心・安全な職場づくりを目指しましょう。
社員のエンゲージメント向上には、企業のトップや人事の取り組みだけでは不十分。社員を身近で管理し、サポートする管理者の働きが必要不可欠です。
管理者には、エンゲージメントを高めるマネジメントが求められます。具体的には以下のようなスキル、行動が必要です。
これらのスキルがなければ、社員エンゲージメントの向上は見込めません。よって、管理者を育成する必要があります。スキル研修に加え、企業ビジョンについて解説する研修などを実施し、エンゲージメント向上の成功率を高めましょう。
さまざまな年齢、能力、価値観を持つ社員の考え方を変えるには時間がかかるもの。全社員のエンゲージメントを高めるとなれば、かなりの時間を要します。
どのような方法で向上に取り組むのかは企業・店舗・部署によってそれぞれですが、いずれにしても早く取り掛かるに越したことはありません。大切な人材を失わないため、できることから対策し始めましょう。