企業ビジョンの実現に向けて従業員を着実に成長させるためには、教育体制を整えることが重要です。いつ、誰が、どのような知識・スキルを習得すべきかを把握し、計画的に研修を実施することで、スムーズに人材を育成することができます。
そこで必要となるのが、本記事にて解説する「研修体系」の構築です。研修体系を構築する目的や方法、研修体系図の作成方法まで幅広くご紹介していますので、企業研修に携わる人事部の方、人材開発部の方はぜひ最後までご覧ください。
研修体系とは
研修体系とは、従業員に向けて行われるさまざまな研修をまとめ、一覧できるように整理したもののこと。業務に必要な知識・スキルを習得するための学習「研修」と、個々のものが一定の原理に従って整理されたシステムを指す「体系」の2つの単語から成る言葉です。研修プログラムや研修カリキュラムなどと呼ばれることもあります。
新人研修やスキルアップ研修など、企業で行われるさまざまな研修を整理し、一覧にすることで、誰が・いつ・何を学ぶべきなのかがわかりやすくなります。学習者は、今後自分がどのようなことを学んでいくのかを把握でき、教育担当者や管理者は、どのようなステップで従業員を指導していけば良いのか把握できます。そうすることで、人材育成の効率化や学習効果の向上が期待できます。
近年は、教育体制が整っているかどうかで企業価値を判断する動きもあり、研修体系を構築している企業は、従業員および社会に良い印象を与えます。よって、社内外に研修体系を公開することを前提に「研修体系図」として図式化することが多いです。
教育体系との違い

教育体系とは、組織が取り組む従業員教育の全体像のこと。仕組みや方針、目的など、人材育成に関する要素すべてを体系化したものを指します。
研修体系は、その一部です。教育体系に含まれる「研修」にスポットを当てて、構造をわかりやすく示したものです。
企業がどのような教育を行っているのかを表すのが「教育体系」。その教育で、どのような研修を実施しているのかを表すのが「研修体系」です。言葉の響きは似ていますが、意味は異なるので注意しましょう。
研修体系を構築する目的
企業で行われる研修にはルールがあったり、統一された取り組み方があったりと、ある程度、型が決まっていることが多いです。そのままでも研修を実施することは可能ですが、わざわざ体系化するのはなぜなのでしょうか。
主な目的を5つ挙げていきます。

目的①ゴールと全体像を把握するため
研修は、企業に必要な人材を育てるため、そして経営戦略を実現するために実施するもの。しかし、いざ取り組んでみると研修を成功させることばかりに捉われ、本来の目的を忘れてしまうことがあります。
研修体系の構築は、それを防止する役割を担っています。カリキュラムのゴールと道なりを可視化することで、最終目標と目的を意識しやすくなるのです。
また、全体像が見渡せるようになることで、教育の偏りを防ぐこともできます。知識・スキルを身につけるための「Off-JT」、知識・スキルを定着させるための「OJT(On the Job Training)」、研修テーマの種類など、全体のバランスを見ながら効率的な人材育成を実現できるでしょう。
目的②研修の効果を高めるため
研修は、ただ実施するだけでは求める結果は得られません。必要な人材を着実に育てるためには、入念な計画と準備が必要です。
そこで役立つのが研修体系です。研修のゴールと道筋を予め明確にしておくことで、何を準備すれば良いのか、どのように進めれば良いのかを把握した状態で始められます。運用期間中も、研修体系を基準に育成が上手くいっているのか、軌道修正すべきか判断しやすくなります。
また、体系化することにより、それらの情報を複数人で共有できるのも利点です。受講者、教育担当者、管理者、現場のマネージャーと全員の認識が統一され、効率よく学習効果の高い研修プログラムを実施できるでしょう。
目的③経営戦略を実現するため
育てた人材が企業の求める人材像と異なる場合、足りないスキルを補うため、再び教育に時間がかかります。人材育成に遅れが生じ、経営戦略に必要な人材を確保できないといったことになりかねないでしょう。
特に近年は経済環境の変化が激しく、環境に合わせて即座に戦略を練り、スピーディーに実現することが求められています。改革に向けた人材育成の時間は多くありません。
限られた時間で必要な人材を確保するには、戦略的な人材育成が必須です。よって、研修体系を構築し、明確なゴールとプロセスを描くことが重要なのです。
目的④中長期的な人材育成を実現するため
従業員が所有する知識・スキルが重要視される現代。時間をかけて人材を育て、知識財産を増やすことが企業価値を高めるとされる時代です。
研修体系は、そのような中長期的な人材育成の実現をサポートする役割も担っています。研修体系を構築する過程で「どのような人材を育てたいのか」「いつ、誰に向けて、どのような研修を実施すれば良いのか」が明らかになり、人材を育てる仕組みが強化されるのです。
モノやアイデアのように奪われることのない”人財”を育むことは、市場競争の激しい現代における強みとなります。継続的な経営の実現へと一歩近づけるでしょう。
目的⑤教育体制に対する信頼度を高めるため
教育体制は、従業員が就職先に求める重要な要素のひとつです。必要な教育を受けられない、成長の機会が与えられないなどといった環境は、従業員が離れる原因となります。
このことから、教育体系および研修体系の構築は、企業の信頼度向上に繋がると言えるでしょう。情報をオープンにし、計画的に研修を実施する環境があると示すことが、従業員に安心感を与えます。提示した研修体系をもとに人材育成を行い、成功すれば、離職率の低下も期待できるでしょう。
研修体系を見直すタイミング
既存の研修体系が適切か見直すタイミングに正解はありません。企業の状況に合わせて実施して問題ないですが、経営戦略の策定後、細かく言えば人事戦略策定後に行うのがおすすめです。
経営戦略を策定する際は、企業が目指すゴールに向けて「どのような人材が必要になるのか」を考えます。そして、そのような人材をどのように確保するか、人事戦略を練ります。
その人事戦略をもとに、いつ・誰を・どのように育てるかを考えます。このタイミングこそが、研修体系を見直す時期として最適と言えるでしょう。
現状の研修体系を構築する際のチェックポイント
研修体系は、これから行う人材育成の基盤となるものです。以下の5つのポイントを意識し、多角的な視点で考えることが大切です。詳しく見ていきましょう。

ポイント①経営・人事戦略との一貫性
研修体系の構築において最も重要なのは、経営戦略、人事戦略との一貫性です。研修体系が戦略に沿っているか、カリキュラムのゴールに経営・人事戦略の実現があるか、確認しながら作り上げましょう。
具体的には、以下のようなチェックを行いながら進めます。
- そのカリキュラムを実施することで、経営戦略に必要な人材を育成できるか
- 既存の研修カリキュラムで必要な人材を育成できているか
- 既存のカリキュラムでは、なぜ求める人材を育成できていないのか
- 求める人材を育成するにはどうすれば良いのか など
研修体系構築を企画する際、研修テーマを決める際など、常に経営・人事戦略を確認して一貫性を保つことが大切です。また、研修終了時も上記の項目をチェックし、研修体系の結果が戦略実現に繋がったか振り返りましょう。
ポイント②等級・評価制度との整合性
研修体系の構築では、どの階級でどのような学習が必要か考え、組み立てていくのが基本です。従業員に割り当てられた「等級」が軸となります。
そのため、等級制度と整合性がとれているかチェックする必要があります。等級制度における定義を基準にカリキュラムを組むことで、各階級の役割に応じた人材育成を実現することができます。
加えて、評価制度との矛盾がないかもチェックします。研修体系と評価制度に矛盾があると、成長に見合う適切な評価を下すことができないからです。
場合によっては、等級・評価制度そのものの見直しが必要な場合もあります。しかし、適切な研修体系を構築し、機能させるためには環境をきちんと整備しておくことが重要です。
ポイント③研修テーマの優先順位とタイミング
研修体系構築にて研修テーマを決める際は、優先順位をつけることが大切です。時間と予算には限度があり、すべての人材を平等に育てることは不可能だからです。
経営・人事戦略をもとに、どのような教育に力を入れるべきか、より早く習得すべき知識・スキルは何か見定めます。優先度によっては、研修を実施するタイミングが変わることもあるでしょう。例えば、従来は管理職3年目に行っていた研修内容を、企業改革実現のため1年目に変更するといった具合です。
早い段階で学ばせるべきか、ほかの学習を優先するため後回しにすべきかなど、優先順位をつけてベストなタイミングを見極めましょう。
ポイント④現状の研修における課題
研修体系は、構築することがゴールではありません。従業員にとって有用な研修カリキュラムを提供できてこそ、良い研修体系であると言えます。
そのため、現場の意見を取り入れることも大切です。多忙で研修になかなか参加できない、研修内容を実務に活かせない、成長を実感できないなど、現在行われている研修に問題があれば、それらを改善するカリキュラムを組む必要があります。
研修体系を構築する際は、人事部や人材開発部のメンバーのみで決めるのではなく、実際に研修に参加する従業員と協力して取り組みましょう。
ポイント⑤Off-JTとOJTのバランス
従業員を育成する際は、知識・スキルをインプットする「Off-JT」と、アウトプットしながら知識・スキルを定着させる「OJT」の両方が必要です。それらのバランスを見ながら研修体系を構築することで、効率的に従業員の成長を促せます。
Off-JTとOJTのバランスについて『図解でわかる! 形骸化させない研修体系とスキルマップの作りかた』という書籍に以下のような記述があります。
人の成長の70%は、実際にその人が業務の中で経験した成功や失敗などの「直接経験」の影響により、また、20%がその経験に対する上司などからのアドバイスやフィードバックの影響により決まるとされています。これらはまとめてOJTなので、OJTで90%が決まるのです。
引用:小林傑、山田博之、野崎洸太朗(2024)『図解でわかる! 形骸化させない研修体系とスキルマップの作りかた』株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン
このことから、10%、90%の割合を目安にOff-JT、OJT研修を設定すると良いことがわかります。
全体像を見渡せるという研修体系のメリットを活かし、バランスのとれたカリキュラムを設計しましょう。
研修体系を構築する際のステップ
人材育成の効率性を上げるために研修体系を構築するのと同じく、研修体系の構築も、計画的に取り組むことが大切です。どのようなステップで行うのか、大まかな流れを掴んでおきましょう。

ステップ①人事戦略の明確化
はじめに、研修体系の軸となる人事戦略を明確にします。何のために人材育成を行うのか、どのような人材を育てたいのかなど、求める人材像と目的を改めて確認しましょう。
また、研修体系の目的とゴールの設定も必要です。何のために研修を行うのか、研修体系を構築して誰に何を伝えたいのかなど、人事戦略をベースにビジョンを考えます。設定後は、研修体系構築に関わるすべての人に共有することも忘れないようにしましょう。
ステップ②課題の抽出
次に、どのような研修体系を構築すべきか方向性を定めるため、課題の調査を行います。注目すべき課題は、主に「人事の課題」と「研修の課題」の2種類です。
人事の課題は、経営戦略の実現に向けて強化すべき課題のこと。優先的に教育すべき知識やスキル、優先的に育てるべき人材を明確にし、研修体系構築の際の判断基準とします。
研修の課題は、いま行われている研修における課題のこと。人事の課題と現状を比較しながら、追加すべき研修はないか、内容を変えるべき研修はないか考えます。
人事戦略を実現するためには何が必要か、人事の課題を達成するにはどうすれば良いか、現状をどう変えればゴールへと辿り着くのかを分析することが、研修体系構築における基本の考え方です。
ステップ③研修体系の設計
目標と課題が見えたら、いよいよ研修体系を設計する段階に入ります。求める人材像をもとに必要なスキルを洗い出し、課題達成を目指してカリキュラムを組みます。
設計する際は「ターゲット」「目的」「手法」を意識するのがポイントです。誰を、何のために、どのように育成するのかを考えることで、実施すべき研修内容が絞られます。
手法はOff-JT、OJTのバランスを見つつ、各階層の業務の状況を考えながら選びましょう。従業員を1箇所に集めて研修を実施するのが難しい場合は、eラーニングやオンライン研修などを活用するのもひとつの手です。
ステップ④研修スケジュールの計画
研修体系の構築が完了したら、それぞれの研修を「いつ」行うのか決めます。研修体系を実際のスケジュールに落とし込む作業です。いつまでに育成を完了すべきか、ゴールから逆算し設定すると良いでしょう。
スケジュールの設定も、現場の意見を取り入れながら行います。業務で忙しい時期に研修の予定を入れてしまうと、従業員が参加できなくなるからです。現場の状況と経営戦略を確認しながら、スケジュールを調整しましょう。
研修体系図の作り方
研修体系は、図式化することで他者との共有が可能になります。そこで活用されるのが「研修体系図」です。
研修体系図の作り方について大まかな流れをご紹介しますので、取り組む際はぜひ参考にしてみてください。

作り方①ターゲットの区分
誰が、いつ、どの研修を受けるのかをわかりやすくするため、まずターゲットを区分します。
一般的には、新人層、中堅層、管理職層などと等級で区分します。また、若手と新人は分けるのか、同じ管理職でも初級・中級・上級と分けるのかなど、どこまで細かく区切るのかも決めます。細かく区切る理由は、同じ階層の従業員でも受講する研修の種類が異なる場合があるためです。
後に変更する場合もありますが、従業員の役割に合わせて研修を設定できるよう、先にターゲットを決めておくと良いでしょう。
作り方②期間の設定
次に、いつからいつまでの研修プランを図式化するのか決めます。
新人研修や中堅社員研修などは1年で終わることが多いですが、次期幹部候補の育成には数年かかる場合もあります。いまから3年後までの研修プランを図式化したいのか、1人の従業員が幹部になるまでの育成プランを図式化したいのかなど、どれほどの規模の研修体系図を作成するのか決めましょう。
作り方③研修テーマの洗い出し
次に、研修体系図に記載する研修テーマの洗い出しを行います。階層ごとに必要なスキルを明確にし、必要な研修テーマを書き出しましょう。
階層ごとの研修のほかにも、コミュニケーションスキル研修などのような全社共通の研修や、技術研修などといった職種別の研修もあります。階層別、職種別、部門別、共通……と仕分けしながら、図に記載する研修の内容を洗い出しましょう。
作り方④縦軸と横軸の設定
内容が決まったら、研修体系図の「軸」を決めます。
縦軸と横軸に何を設定するか決まりはないですが、どちらかには階層を、もう一方には研修テーマを当てはめるのが一般的です。研修テーマの洗い出しにて仕分けしたカテゴリーを軸に設定すると良いでしょう。
また、研修テーマが「全社共通」「部門別」などとカテゴライズされている場合は、軸もいくつかの層に分けることでわかりやすくなります。書籍『図解でわかる! 形骸化させない研修体系とスキルマップの作りかた』に記載されている図を参考に設定してみましょう。

引用:小林傑、山田博之、野崎洸太朗(2024)『図解でわかる! 形骸化させない研修体系とスキルマップの作りかた』株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン
作り方⑤研修実施計画と図の作成
最後に、作成したフレームにそれぞれの研修を当てはめていきます。いつ、何を、どのタイミングで教えるのか、縦軸と横軸に沿って研修計画を立てて図を完成させます。
研修体系図は、誰が見てもわかりやすいように作ることが大切です。階層別、研修テーマ別に色を使い分けるなど、見やすさを意識して図を作成しましょう。
まとめ
計画通りに従業員を育成できない、研修を実施しても効果が感じられないなど、人材育成に関する悩みは尽きません。そのようなときは一度立ち止まり、全体像を眺めてみることで、意外な課題が見えてくるものです。
研修体系の構築は、自社の教育体制を客観視できる有効な手段のひとつです。人材が育つ仕組みをつくり、環境の変化に揺るがない強い組織を構築しましょう。