ストレッチアサインメントとは?メリットや実施する際のポイントを解説
ストレッチアサインメントは、人材育成を促すマネジメント手法のひとつです。本人の実力を超える業務や目標にチャレンジさせることでポテンシャルを引き出し、能力を大きく開花させたり劇的な成長につなげたりするための施策です。
ストレッチアサインメントを実施することで多くのメリットが得られる一方で、不適切な課題設定をしてしまうと、従業員の主体性やモチベーションはマイナスに働いてしまう恐れもあります。
今回は、ストレッチアサインメントとはなにか、いまストレッチアサインメントが注目されている背景はなにか、メリットやデメリット、ストレッチアサインメントを取り入れるための実践ポイントについて解説します。
ストレッチアサインメントとは
ストレッチアサインメントとは、意図的に本人の実力よりも困難で挑戦的な仕事を任せることで、成長を促す人材育成手法です。達成が困難と思われる仕事をあえて任せることで、その人の潜在能力を呼び起こし、急激な成長を促進することが可能になります。
よく「立場が人を成長させる」といわれますが、今の実力ではできないかもしれない、実力不相応なレベルの課題を与え、解決に向けて取り組ませる中で、その人の問題解決能力やチャレンジ精神が一層磨かれる、というのがこの育成法の意図するところです。
そもそも、アサインメントとはなにか
アサインメント【assignment】 を辞書で引くと、「割り当て、割り当てられた仕事、課題」とあります。
ビジネスシーンでは、「(役職等を)任命する」「仕事を人に割り当てる」などの意味で用います。
アサインには、目上の立場の人が下の人に対し、命じる、申し付けるという意味を含んでいます。そのため、ビジネスシーンにおけるアサインメントは、上司から部下に対して使うのが一般的です。例えば部下を新しいプロジェクトに加える際に「君を新プロジェクトにアサインすることにした」のように使われます。
アサインメントの対義語としては「開放する(リリースする)」という言葉が該当します。「プロジェクト、役職から開放される」という意味合いを持っています。
類似する言葉との違い
ストレッチアサインメントと類似する言葉との違いを見ていきましょう。
ダブルアサインメント
ダブルアサインメントとは、業務の属人化を防ぐしくみのことで、「一業務二人担当制」を指しています。
業務の属人化は、業務の遂行を担当者に依存することになります。担当者が不在の場合には「担当者しかわからない」、担当者が退職してしまうと「担当者が存在しない」という業務が発生し、業務が停滞する恐れがあります。
業務が滞ると、納期に遅れてしまい、取引先に迷惑をかける、また信用を失い取引が消失してしまうなど、企業にとって大きな損失につながりかねませんので注意が必要です。
また、業務の属人化によって起こり得るリスクには品質が不安定になることがあります。
営業や顧客対応の部署において属人化が起こっていると、サービスの質が担当者のスキルによって差が出てしまいます。担当者だけが知っている解決方法がある状態では、対応する従業員のスキルによってサービス内容が変わってしまい、品質にバラツキが生じる恐れがあります。これによって品質の信用を失い、大きな損失につながる可能性があります。
そこでダブルアサインメントにて、「代わりの人がいる」「みんなが業務を理解している」状況を作ります。「担当者を二人配置する」「ペアを組んで業務を遂行する」などの方法があります
タフアサインメント
タフアサインメントとは、困難な課題を割り当てられることです。ビジネススキルやリーダーシップを開発する場合、実務において、困難な課題を割り当てること(タフアサインメント)が、最も効果が高いとされています。
能力の向上を図るには、現在の実力よりも少し高いレベルの課題が必要だと言われています。現在の能力で比較的簡単に対処できる範囲は「コンフォートゾーン」と呼ばれており、ミスなく安定してこなせる業務などが該当します。
このコンフォートゾーンを超えて、背伸び(ストレッチ)をしなければ対処できない範囲が「ストレッチゾーン」です。ストレッチアサインメントという名称は、ストレッチゾーンの課題を割り当てることを意味しています。
タフアサインメントもストレッチアサインメントも、育成対象の従業員の成長を効果的に促し、難易度の高いストレッチゾーンの課題を与えて解決に向けて取り組む必要があります。この点で、両者は同じ意味をあらわしていると捉えられています。
ストレッチアサインメントが注目される背景
いま、ストレッチアサインメントが注目される背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
「人的資本経営」が注目されている
ストレッチアサインメントが注目されている背景には「人的資本経営」への注目が高まっているということも見逃せません。
経済産業省が2022年5月に取りまとめた「人材版伊藤レポート2.0」の中で、社員エンゲージメントを高めるための取組みの1つとして挙げられるなど、企業のエンゲージメント向上施策として注目され始めています。
伊藤レポートには、「経営戦略の実現に向けて、社員が能力を十分に発揮するためには、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことができる環境の整備が重要」とあります。
現職とのミスマッチがあり、従業員がやりがいや向上心が持てないという場合は、他の職務へ配置転換する、またはストレッチアサインメントすることによって、より高いレベルの職務への挑戦を促すことで、エンゲージメント向上につながる可能性があります。
ただしストレッチアサインメントする場合、単純に負荷の高い業務を与えるだけでは、従業員は目標に向かってがむしゃらに働いて、その先に燃え尽きてしまう恐れがあります。
ストレッチアサインメントでエンゲージメント向上を目指す場合には、本人のキャリア志向に沿ったアサインメントであることが前提です。対象の従業員が高い目標を達成しようと課題に取り組むにあたって、その業務の進め方に対しては、「フィードバックをしっかり行う」「上司や同僚からのサポートがある状態で行う」などの環境を整えておく必要があります。
労働人口の不足を補うため
少子高齢化による労働人口の不足により、人材は非常に重要な資産のひとつとなっています。少子高齢化で労働人口が減少し、仕事内容の高度化が進むなかで、企業は質のよい人材を確保しなければいけません。
また企業が生き残るためには、新たに人材を確保するだけではなく、確保した人材の質をさらに高めていく必要性があります。
ストレッチアサインメントは、企業が求めるスキルや能力を持つ人材を増やすための効果的なマネジメント手法です。
近年、「グローバル人材の育成」や「人間力の向上」など、企業の活動の中でも特に「人」の育成が重要視されています。人材は企業・組織にとって最大の資産であり、いかに優れた人材を育て確保するかがその企業の価値に直結するという考え方です。
次世代リーダー育成ニーズの高まり
いまは技術の進化のスピードが速く、企業を取り巻く環境の変化は年々激しくなってきており、経営者やリーダーに求められる資質が、今まで以上に多岐にわたるようになっています。これを深刻視し、次の経営を担う次世代リーダーの育成に対して早期から取り組みたいと考え、ストレッチアサインメントで従業員の育成を加速させようとする企業が増えています。
さらに、ストレッチアサインメントによって能力開発、人材育成を進めるという本来の意味合いに加えて、企業の将来を担う後継者候補を計画的に育成するリーダーの早期抜擢を進めるという意味合いも含めて考えられていることが多いようです。
企業は、後継者が育成されていなければ持続的に成長し続けることができません。後継者として適切な人材が育っていない企業は、将来性を不安視されてしまうでしょう。後継者の育成が計画的に行われていることは、社員も含めステークホルダーの満足度を高めることができます。
ストレッチアサインメントによって、リーダー候補を早い段階で選抜したうえで、そこにある程度リソースを集約し、実力以上の業務やポジションを与えて成長を促すという戦略が注目されているのです。
ストレッチアサインメントのメリット
ストレッチアサインメントにはどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは3つのメリットについて解説します。
メリット1.主体性、当事者意識の向上
トレッチアサインメントでは、難易度の高い、背伸びしなければ対処できない課題が与えられます。それまでの経験に基づく知識やスキルでは不十分なため、「解決に向けてどのような知識・スキルが必要か」を調べ、実際に習得しなければなりません。育成対象者は、これを自分で見いだし、取り組むことも求められますので、自ら考えて動くという主体性や自分がやらなければならないという当事者意識が欠かせません。
課題をとおして育成対象者の主体性、当事者意識を向上させていくには、自ら取り組みを進められる環境を整備しておく必要があります。e-ラーニングや研修への参加機会など、自ら学べる仕組みづくりや相談しやすい雰囲気づくりが備わっていることが大切です。
ストレッチアサインメントによって「困難な仕事に取り組む理由」「会社の理念やビジョン」などを考えるきっかけにもなるため、課題に立ち向かう意識が育つでしょう。
メリット2.リーダーシップやスキルの向上
ストレッチアサインメントは、組織力の向上や目標達成に必要な、リーダーシップやビジネススキルの向上・開発を目指すもので、リーダーや管理職の育成につながります。これは、育成対象者である従業員だけでなく、育成担当者である上司にとっても当てはまります。
例えばプロジェクトのリーダーを育成するためにストレッチアサインメントを実施する場合、育成対象者はリーダーへの昇格に向けた成長機会を得られると同時に、指導を行う側の上司は、さらに上位の視点で指導する必要があるからです。
育成担当者である上司としては、他の社員の能力を評価し、コンフォートゾーンとストレッチゾーンを意識した課題の与え方を学ばなければならないでしょう。能力を適切に評価し、課題を与えるスキルを養うことは、より大きなプロジェクトや部署の責任者として活躍するための大切な能力の向上につながります。
ストレッチアサインメントのメリットをより引き出すには、育成担当者となる上司や人事担当者が、育成対象となる中堅社員に求められる要素をより明確に把握する必要があります。
メリット3.業務拡大の効率的な推進
ストレッチアサインメントは、経営人材の育成だけでなく、一般の従業員の育成においても効果的です。例えば、比較的シンプルな業務を安定してこなせるようになった新人を対象に、少し複雑な業務を割り当てるなどの方法です。
一般従業員の業務拡大に活用する場合も、本人にとって難しすぎない程度の課題を与えるようにしましょう。中堅従業員や管理職にとって簡単な課題であっても、育成対象となっている従業員にはパニックゾーンにある課題かもしれません。従業員の持つ経験や知識、スキルに合わせてストレッチゾーンの課題を適切に選び、相談に応じながら業務の習得や定着を目指すことが重要です。
目標となる業務を自分でできるようになれば、自信が高まり、次の業務習得やレベル向上へのモチベーションにもなるでしょう。
デメリットもあることを認識しておく
ストレッチアサインメントには人材育成に大きなメリットがありますが、デメリットはないのでしょうか。ストレッチアサインメントのデメリットとして以下のような点が挙げられています。
デメリット1.パニックゾーンの課題は成長を妨げやすい
ストレッチアサインメントの大きなメリットは、育成対象の従業員がそれまで十分に発揮していなかった能力などを大きく引き出せる点です。しかし、大きな伸びしろに期待して劇的な成長を求めるあまりに難しすぎる課題を与えてしまうと、困難を乗り越えるという成功体験を得られるどころか自信喪失につながり、非常に大きなストレスを抱えてしまう恐れがあります。
はじめから「できるわけがない」と見切りをつけてしまうような課題をパニックゾーンといいますが、難しすぎる課題に取り組み続けることは難しいものです。ストレスへの対処自体が困難になり、体調を崩してしまうかもしれません。無理に取り組み続けて重大なトラブルが発生する可能性もあります。
パニックゾーンの課題を与えることは、たとえ優秀な人材を対象としていても、その成長を妨げてしまうことにつながります。
デメリット2.ストレスに弱い場合には過度な負担となる
ストレッチアサインメントでストレッチゾーンにあると思われる課題を設定した場合においても、本人の特性によっては、そうしたやり方自体が合わないというケースもあります。例えば育成対象者がそもそもストレス耐性が低い従業員である、新しいことを覚えたりチャレンジしたりすることが苦手な従業員であるケースでは、ストレッチアサインメント自体が過度な負荷となることがあります。
従業員の中には、新しいアイデアや手法を生み出すより、定型業務をより効率的にこなすほうが得意な人もいます。そうしたタイプは、ストレッチアサインメントで新しい分野の課題に挑戦させるより、定型業務をより速く処理したり、精度を上げたりするようなトレーニングや工夫を与えるほうが、モチベーションが上がりやすい場合があります。
適性の低い従業員に対して、無理にストレッチアサインメントを行おうとすれば、心身の健康に支障をきたし、離職につながってしまうなどのリスクがあるでしょう。ストレッチアサインメントの目的や求める人材像を明確にした上で、それに合った育成対象者を選定することが重要です。
デメリット3.課題を与える時期や、課題そのものの難易度を見極める
育成対象となる従業員が担っている業務が多忙すぎる状況では、難易度の高い課題を与えても、そもそも課題に取り組む時間的あるいは体力的な余裕がないというケースがあります。多忙な状況では、本来、育成対象者にとってはストレッチゾーンに入る課題が、パニックゾーンに該当してしまうかもしれません。
ストレッチアサインメントを行う際は、育成対象者の状況をヒアリングするなどして確認しておくことが大切です。課題に対応できないような状況の場合は、ストレッチアサインメントを行う時期を変更する、あるいは現状の業務量を調整するなどを行い、ストレッチアサインメントを実施できるように環境を整えておく必要があります。
ストレッチアサインメントを行う際の注意点やポイント
ストレッチアサインメントを行う際の注意点やポイントには、どのようなものがあるのでしょうか。4つのポイントについて解説します。
適切なストレッチゾーンを見極める
ストレッチアサインメントをおこなうにあたり、適切なストレッチゾーンを見極めることが大切です。業務環境には以下の3つのゾーンがあります。
- コンフォートゾーン:一切ストレスが無い領域
- ストレッチゾーン:不安やストレスを感じる領域
- パニックゾーン :ストレスや不安が過多な領域
コンフォートゾーンは難易度が低い、慣れた得意な業務であるなどで一切ストレスが無いのに対し、パニックゾーンは未知の業務であり、取り組むにはストレスや不安が過多である状態を指します。ストレッチゾーンはコンフォートゾーンとパニックゾーンの間にあり、不安やストレスを感じながらも、人が最も成長できる領域です。
従業員をストレッチゾーンに導くためには、上司が部下の能力をしっかり把握し、与える仕事内容や時期を適切に判断しなければいけません。日頃から部下とコミュニケーションを取り、部下の向上心や資質について把握しておく必要があります。知りもしないで勝手な思い込みから、部下の能力や性格を判断しないようにしましょう。
従業員に対して事前説明をする
ストレッチアサインメントを実施する際には、従業員に対して事前に説明をしておく必要があります。具体的には、以下の点を明確にするようにしてください。
- ストレッチアサインメントをおこなう理由と目的
- ストレッチアサインメントをとおして期待する効果
- 本人の成長課題
- 仕事や課題を達成するための手段や方法
従業員の理解が得られなければ、ストレッチアサインメントをスムーズに進めるのは難しいでしょう。事前説明の際に従業員からの質問には丁寧に適切な回答をし、十分に理解してもらったうえで取り組みをスタートするようにしましょう。
課題の途中で積極的な手助けはしない
困難な状況を自らの行動によって克服して劇的な成長を遂げるのが、ストレッチアサインメントです。
育成担当者として見守る上司としては、自分の部下が、今まで経験したことのない環境やジャンルの中で必死になって打開策を導き出そうとしている光景を見ると、先回りして手助けしようとしてあげたくなってしまうかもしれません。
しかし、この困難は直面している育成対象者本人の力で乗り越えなければ意味がありません。「課題の期限が迫っている」や「このままでは失敗する可能性が高い」などの理由から、上司が助け舟を出したりしてはいけません。ストレッチアサインメントの人材育成法の趣旨から逸れてしまいます。
育成対象者への手助けは、一見、部下のことを考えた行動のように捉えられるかもしれませんが、これでは本人が「解決に導くために悩み、大変な苦労をしたが、結果として問題解決能力を身につけることにならなかった」とストレッチアサインメントの効果が半減してしまいかねません。上司は、冷静に部下の行動を見守ることが重要です。
フィードバックする
ストレッチアサインメントでは、フィードバックも重要なプロセスのひとつと考えられています。高いレベルで設定した目標の達成に向けて取り組んだ結果について、適切な時期を設定し育成対象者の従業員にフィードバックを行います。
対象者が成果を上げられた場合には、良かった点はしっかり褒めることで、従業員の自己肯定感が高まります。このときに、さらなるステップアップを目指して、新たな課題点を伝えることが必要です。
期待した成果を上げられなかった場合、叱責やダメだし、批判ばかりのフィードバックをすると、従業員は自己肯定感を下げることになり、今後の成長にはつながりません。具体的な改善点など、次の仕事に活かせるようなアドバイスをしましょう。
ストレッチアサインメントでは課題を与えて放置するのではなく、フィードバックをとおして部下の行動や判断に対し、反省や次回の改善につなげるようにします。適切なフィードバックによって従業員をサポートするのもストレッチアサインメントを行うポイントといえます。
まとめ
ストレッチアサインメントとは、従業員のポテンシャルに注目し、あえて達成困難な課題に取り組ませることで、対象の従業員の急激な成長を促す人材育成法です。まさに「立場が人を成長させる」を実践する育成法といえるでしょう。
ストレッチアサインメントは部下や組織の急激な成長が期待できる一方で、どういった人材に効果的なのか、育成において上司が心がけるべきことは何なのか、といった点を十分に理解しておく必要があります。
育成対象者の能力を正確に判断するのはもちろん、日頃から十分なコミュニケ―ションを取ることが重要です。適切なストレッチアサインメントを進めていくことで、人材育成を図りましょう。