目標管理の手法として、日本の多くの企業で取り入れられている「MBO」。
MBOをはじめとする目標管理は実際に日本の約7割の企業で運用されていますが、実際にその運用上でうまくいっていない場合が多いものです。
そこでこの記事では、MBOの現状からその運用方法、成功に導くためのポイントなどをくわしく解説していきます。実際にMBOの運用で悩んでいる方や、MBOの導入を検討されている方はぜひ参考にご覧ください。
MBO(Management by Objectives)は、日本語で「目標管理」を意味する言葉です。個人または組織の目標管理(達成度の可視化など)を行うことで、人材育成や企業の目標達成につなげる目的があります。
MBOという考え方が生まれたのは1954年。経営哲学者のP.F.ドラッカーが、自身の著書『現代の経営』内で提唱したのが始まりです。
彼はその中で「目標管理の最大の利点は、支配によるマネジメントを自己管理によるマネジメントに置き換えることにあり、自己管理によって最善を尽くしたという強い動機がもたらされる」と解説しています。
2010年に労務行政研究所が実施した「人事労務諸制度実施状況調査」によると、目標管理制度を導入している企業は全体の約74%であると報告されており、多くの企業で取り入れられていることが分かります。
しかし、2021年にパーソル総合研究所が実施した「目標管理制度の課題」に関する調査では、目標管理制度を導入している企業のうち半数以上の企業が「従業員の仕事へのモチベーションを引き出せていない」、「従業員の成長・能力開発につながっていない」などといった課題を感じているとの報告も。
MBOそのものは多くの企業で導入されている一方、その運用方法に大きく課題を感じている企業が多いのも事実なのです。
(参照:パーソル総合研究所「人事評価制度と目標管理の実態調査」)
MBOのコンセプトは、企業の目標達成に向けた、個人や組織の目標を管理するプロセスにあります。プロセスの流れは、下記4つのステップをご覧ください。
MBOの運用では、はじめに組織・個人それぞれの目標および達成要件を決めてから、その後は実行→評価・改善のPDCAサイクルを回していくことが基本となります。
また、目標設定では、MBOの目的があくまで会社としての目標達成にあることを忘れないでください。具体的な設定方法については、見出し「MBOの目標設定の具体例」でご紹介いたします。
多くの企業で導入されているMBOですが、そこにはメリットだけでなくデメリットもあります。正しい運用を心がけ、適切にMBOを活用していきましょう。
MBO導入のメリットは、大きく次の5つです。
MBOは、設定した目標に基づき、自身で管理をしていきます。進捗管理をはじめ、目標達成のためにどう動くべきか、どんな工夫をすべきかなどを考えることにより、自然とPDCAサイクルを実行するようになります。結果、目標管理によってセルフマネジメント能力の向上につながるのです。
P.F.ドラッカーが自身の著書で「目標管理の最大の利点は、支配によるマネジメントを自己管理によるマネジメントに置き換えることにあり、自己管理によって最善を尽くしたという強い動機がもたらされる」と解説しているように、セルフマネジメント自体が「最善を尽くそう」とする動機になります。MBOによってやらされる環境ではなく「自分でやる環境」を整えることで、モチベーション維持に役立つでしょう。
MBOでは、会社の目標に基づいて部門および個人の目標設定を行います。会社の方針や目標を全員が理解し進めていく必要があるため、自然とチーム全員が同じ目標を共有し、同じベクトルで力を発揮しやすくなります。
MBOは、その管理者が部下の目標状況を見ながら、適切な指導をしていく必要があります。この、部下を育成する機会が自然に与えられることが、部下育成スキルの向上につながるMBOのメリットといえます。
MBOでは、3ヶ月毎、6ヶ月毎など定期的に達成度を確認するタイミングを設けます。振り返りを行う機会をあらかじめ設定しておくことで、自身の反省点や改善点を見出せるきっかけとなるでしょう。なお、MBOでは設定した目標の達成度に応じて評価をつけますが、この点も客観的に評価が分かりやすく振り返りがしやすいといったメリットがあります。
MBO導入のデメリットは、大きく次の3つです。
MBOでは部門および個人ごとに目標が異なること、また評価者が複数人から構成される場合はバラつきも生じることから、公平な評価を行うことが困難です。難易度の異なる目標設定および完全に平等とはいかない評価制度に対して適切な説明ができなければ、その不公平感から不満を持つ従業員がでてきてしまうでしょう。
実際にアデコ株式会社が実施した「人事評価制度の意識調査」では、評価制度に不満を持っている人は全体の約62%、なかでも評価制度に不公平感に不満を感じている人は約45%と報告されています。
(参考:Adecco Group「人事評価に関する意識調査」)
MBOは、目標達成に向けた課題を設け自己管理をさせることで、課題達成に向けたモチベーションの向上などメリットが大きいものです。しかし、時には本来の目的を忘れてしまい、課題達成自体が目的になってしまうことや単に課題をこなすだけのノルマ感覚に陥ってしまう恐れがあります。
「課題達成に執着し、周りが見えなくなる」といった行動や、「ただ課題をこなしていればいいや」といった思考にならないよう、上司は適切な指導とアドバイスを行う必要があるでしょう。
MBOのメリットとしてチーム力向上をあげましたが、一方で上司の指導能力によっては、かえってチーム力が低下する恐れもあります。
評価制度における評価のバラつきや、指導者としてのスキルや部下育成力が不十分な場合など、上司が部下のストレスになる場面は少なくありません。
ここからは、MBOの目標設定の手順とそのポイントについてご紹介いたします。
MBOの目的は、会社の目標達成につなげることです。そのためにまずは、会社の経営情報(理念、方針、戦略など)を明確にし共有することからはじめましょう。会社としての最終的な目標を見失うことなく、常に俯瞰しながらMBOを運用していくことが重要なポイントです。
また、デメリットで述べたように従業員は時に課題達成自体が目的になってしまい、課題=ノルマのような感覚に陥ることがあります。このような時にも、上司(管理者)が本来の目的を見失うことなく部下を適切に指導していくことが大切です。
経営情報の共有ができたら、次に部門目標およびチーム目標、個人の目標を設定していきましょう。
ここでは、必ず最終的には経営目標へたどり着くように、それぞれの目標設計を行うことが重要なポイントになります。目標設計がしっかりしていないと、全員が同じ目標に向かって動くことができずにチーム力が発揮できなくなる恐れがあるためです。
目標の達成要件は、客観的に分かりやすい方法で設定しましょう。明確な文言・数字で要件をまとめるのがポイントです。
また、要件は次の3つの視点から設定してください。3つの視点をクリアにすることで、課題内容と期限が明確に把握でき、セルフマネジメントも無理なく実行できるようになるでしょう。
目標設定の手順をご紹介したところで、実際の具体例を見ていきましょう。
MBOの有名な成功事例として、グリー株式会社があります。
グリー株式会社では「事業の成長に貢献する組織・人材・カルチャーの創造」というミッションのもと、2007年にMBOによる目標管理を導入しました。MBOの運用を1on1(1対1のミーティング)によって支え、その体制を維持しています。
目標設定においては、会社目標に合わせた部門目標および達成要件を作成し、個別の目標に関しては1on1面談を行いながら調整を行い、個人のプライベートや希望キャリアなどを考慮した上で決定しているといいます。
また評価段階では、達成要件に合わせて5段階の基準を設けているそうです。たとえば「今月は○○と○○のアクションを実行する」といった目標ならば、それを実行できたかどうかを5段階の達成度で測定するといいます。
社内のアンケート調査では、「1on1に満足している」と回答した社員が全体の7割と好評だそうで、グリー株式会社の1on1を活用した目標設定はまさにMBOの成功事例といえるでしょう。
大手IT企業であるヤフー株式会社の事例では、失敗事例からMBOの目標設定・管理について考えます。
ヤフー株式会社では2012年の人事制度改革によりMBOが導入され、社員にとってよりよい就労環境になるよう整備を進めました。
ところが実際は、課題達成を意識しすぎてしまったり(ノルマ化)、チャレンジなら何でも許されるだろうという雰囲気ができてしまったりなど、MBOが事業戦略につながらないという問題が生まれてしまったのです。
そこでヤフーでは、ヤフーが目指す4つの方針をもとに「バリュー評価」といったヤフー独自の評価制度を取り入れることで、この問題を解決しました。社員に経営方針を示すとともに、会社の事業戦略に貢献できたかどうかを、新しい評価の基準としたのです。
MBOはその運用次第でデメリットが生まれる場合もありますが、それをどのように乗り越えるか、いかに会社の経営目標に結びつけながら目標設定および管理ができるかが重要なカギとなることを、ヤフーの事例から理解いただけたかと思います。
ここでは、MBOにおける目標設定後の「評価および運用」についてご紹介いたします。
MBOの運用としてまず大切にしてほしいのが、習慣的な進捗確認と、上司(管理者)による適切な指導です。
MBOのメリットとしてセルフマネジメントがありますが、放任主義とは訳が違います。管理者が放任主義である場合、多くの社員は目標管理の重要性をあまり感じられないでしょう。それどころか、「社員へ興味を示さない人が社員の評価をするの?何が分かるの?」といった意見も生まれかねません。
MBOのような評価制度につながる目標管理では、評価者がいることが前提ですから、上司と部下の信頼関係が必要不可欠です。習慣的な進捗管理をコミュニケーションの場として活用し、信頼関係を築いていくとよいでしょう。
3ヶ月〜6ヶ月毎には定期的な面談を設け、管理者から設定目標に対しての達成度を評価しましょう。面談では、目標課題に対して「進捗はどれほどか」「スケジュールに問題はないか」を話し合います。
そしてこの時、スケジュール通りに業務が進んでいない場合は「どこでつまづいているのか」「解決策としてどのようなものがあげられるのか」を考えます。管理者から答えを与える形ではなく、部下やチームリーダーの意見を適切に取り入れるのがポイントです。
定期的な面談および振り返りを実施する際には、次期の目標設定の調整も合わせて行うとよいでしょう。社員によっては、プライベートな事情や社内事情によって「このままでは下半期の目標は確実に達成できない…」といった状況になる可能性も少なくありません。
設定した目標が高すぎる場合や反対に低すぎる場合などは、社員と話し合いの上目標の見直しを行ってください。
最後に、MBOを運用する上で必要不可欠であるポイントと、その対策方法についてご紹介いたします。
MBOの運用には、上司(管理者)と部下の信頼関係が必要不可欠です。実際に上記でご紹介したヤフー株式会社の事例では、上司と部下の信頼関係について次のように述べています。
人事によるサポートもあり、MBOや1on1は現場にも定着してきましたが、そもそもの前提として、上司と部下の「信頼関係」がとても大切だと思っていて。
最近、マネージャー向けの「リーダーシップ研修」に参加する機会があったのですが、研修を通じて、信頼関係を構築する上での「相互理解」の重要性を感じました。
その研修は、事前アンケートの回答をもとに、自身の強み・弱みに対する自己評価と周りの評価とのギャップを認識するというものでして。そして研修の最後に、そこで得た気付きを部署のメンバーの前で発表したんです。
そこで「自分がどういう人間なのか」といった自己開示をしたことで、今まで遠慮していた部分がなくなり、以前よりも意思疎通がしやすくなったんですよね。
信頼関係を築くためには、互いの考えや意見に理解を示す姿勢を見せること、また積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢でいることが望ましいでしょう。
前述したように、MBOの運用ではPDCAサイクルを回していくことが基本になります。とくに日本企業ではDo(実行)を重視する部分が大きく、P,C,Aが欠けてしまうことに注意が必要です。
また、このようにひと口にPDCAサイクルといっても、これを運用していくのは容易なことではありません。上司(管理者)は部下がPDCAサイクルを適切にまわせているかを合わせてチェックしていくとよいでしょう。部下のセルフマネジメント能力を育成するためにも大切な過程になります。
MBOを適切に運用するためには、社員のセルフマネジメント能力をはじめ、部下育成のためのリーダーシップ能力やマネジメント能力が非常に重要です。
実際に、書籍「最新 目標管理(MBO)の課題と解決がよ〜くわかる本」では、MBO導入の成功ポイントとして次のように解説されています。
(1)マネジメントに対する理解
成功企業は、マネジメントに対する深い理解があります。人事制度、とくに人事評価に対しては、制度全体の整合性が取れており、経営方針に立脚したものになっています。
(2)経営者、管理者のマネジメント能力のレベルが高い
成功企業では、管理者に対する育成をしっかりやっています。目標管理導入にあたって、体系的に研修を実施する企業もあります。マネジメントの仕組みができていても、それを体現して実行してゆくマネジメント能力が、経営者、管理者に求められています。
(引用:山田谷勝善、杉浦祐子、木村善昭著(2018)『最新 目標管理(MBO)の課題と解決がよ~くわかる本 』株式会社秀和システム)
MBO導入を成功に導くために、研修などといった人材の能力値向上の取り組みを並行して行っていくとよいでしょう。
目標管理の手法の一つである「MBO」。今回は、MBOの現状からその運用方法、成功に導くためのポイントなどをくわしく解説いたしました。
MBOは、その運用次第で企業の事業戦略に大きなメリットをもたらす場合もあれば、反対に大きくデメリットをもたらす可能性もある手法ですので、導入においてはあらかじめ綿密な計画を立てるとよいでしょう。
本文では、実際のMBOの成功事例などもご紹介していますので、ぜひ貴社のMBO運用にご活用ください。