多店舗ビジネスを展開する流通小売の企業にとって、人材教育としてのOJTは非常に重要な役割があります。なぜなら新人が店舗という現場で先輩社員や教育担当者(OJTトレーナー)に実践的に学ぶことは、その後の店舗勤務で戦力となるために欠かせないものだからです。
しかし無計画にOJTを行ってしまうと局所的な対応ばかりで体系的に学ぶことができないので、教育担当者にとっても、新入社員にとっても良い結果につながりません。本記事ではOJTの実施方法に悩む方に向けて、OJTを実施するメリットや注意点、必要な準備などを丁寧に解説していきます。
OJTとは「On The Job Training」の略称で、現場での実務を通して仕事を覚えてもらう人材育成方法のことです。流通小売店や飲食店では、主に新人教育に用いられる手法で、職場の先輩や上司が教育担当として新しく入った社員やアルバイトを店舗内で実務にあたりながら指導していきます。
OJTは1910年代にアメリカのチャールズ・R・アレン(Charles R. Allen)が提唱した「4-Step Learning Process」がルーツとされています。この手法では「Preparation」、「Presentation」、「Application」、「Testing」の4段階で以下のように構成されています。
引用:Training Within Industry Program: TWI Frameworksのスライド8ページ目
この「4-Step Leaning Process」をもとに、合衆国船舶連盟が、造船所の新人技術者たちの研修用に変化をさせ、「やってみせる(Show)」「説明する(Tell)」「やらせてみる(Do)」「確認・追加指導(Check)」として研修に用いられました。その後、世界大戦にて軍用艦の増産を実現するために生産要員を育成する際に、この手法が利用されOJTへと変化していったとされています。
参考:コラム〜『企業における人材育成』に関する実態調査より〜 No.4
そのため、OJTはまさに現場で指導を行うタイプの職種に特に向いており、日本では営業職や販売職などの職種で実施されることが多く、対象は正規雇用、アルバイト問わず活用されています。
OJTの対義語としてOFF-JTがあります。OFF-JTは「Off The Job Training」の略称です。OJTが現場で実務を学ぶのに対し、OFF-JTは現場から離れて行われる研修やセミナーを受けて知識を身につけるものになっています。店舗ではなく本社に集まって座学形式で人事担当から研修を受けるもの、ビジネスマナー講師を招いて行われるものなどがあります。
人事部の担当者が実施する研修や、外部講師を招いたセミナーを受けて会社のルールや業界知識、ビジネスの基礎などをインプットすることがOFF-JTの目的です。たとえば顧客情報を漏らさないという意識を徹底するために行われるコンプライアンス研修もOFF-JTのひとつです。
OFF-JTで業務に関する知識を事前にインプットした上で、OJTで実務に携わりながらスキルを身につけていくという流れが理想的です。知識は身につけることが目的ではなく、現場の業務で活用されて初めて意味のあるものです。OJTが現場で行うテストだとすると、OFF-JTはテストのための勉強のような位置づけです。
引用:『2016年マイナビ新入社員意識調査 ~3カ月後の現状~』
株式会社マイナビが新入社員を対象に行った「2016年マイナビ新入社員意識調査 ~3カ月後の現状~」によると、OJTトレーナー(人事部所属ではなく、現場の社員の教育担当)はいますか?という質問に対し、いると答えた割合は回答者の約64%で(上図)、そのうちOJTトレーナーと面談を実施していないのは約30%という結果になっています。(下図)
調査結果から、OJTを担当する現場の教育担当者の不在、そして習熟度や課題共有のための面談が十分に行われているとは言えないことがわかります。
つまり、この結果はOJTが計画的に行われていない、ということを表しています。そうならないために今すぐ実践できる、教育担当が新人に対して意識して伝えるべきことを3つご紹介します。
OJTを受ける側が新入社員の場合は、これから社会人としての意識や知識を身につけていくことになります。OJTを始める前に誰が教育担当でどのようなことを教えていくのか、教育担当がいない場合は、現場のどの人に相談すればよいのかということを明確にしておくことで、新人がスムーズに仕事に取り組めるようになります。
例えば、報連相の重要性を教えるとします。体調不良や遅刻の連絡をする際に、教育担当に電話がつながらない場合はどうしたらよいか。何度かけてもつながらないのであれば担当者が電話に出られない理由があるでしょう。その際は店舗の誰にかければよいか、もしくはメール連絡でもよしとするのか、そういったことはあらかじめ決めておくとよいです。
OJTは新入社員教育の一環とはいえ、教育担当者に任せきりにすると負担が大きく、教育担当者が不在の場合の対応策がないと、新入社員の成長スピードも落ちてしまいます。そのため現場単位で、新人に対して手厚いサポート体制を設けることが重要になります。
OJTを行う際にありがちなミスとして、新人が手持ちぶさたになってしまうというものがあります。特に繁忙期は時間を取って教育をすることが難しくなります。OJTを行う際には1つの作業だけでなくそれが終わったら何をすればよいか、手が空いたときは何をすればよいかを伝えておくことをおすすめします。繁忙期であれば忙しそうな社員を見て、質問がしづらくなります。あらかじめやるべきことを伝えておくことで教育担当側の負担も減らせます。
アパレルショップであれば、新作入荷の時期、セールやバーゲンの時期はとても店舗が忙しくなります。あまりに忙しいと新人に的確な指示が出しづらくなります。たとえば常に服を畳むのを1日の行動の基本とする、品出しを基本とするなど、手が空いたときに何をするかを伝えておけば、新人もしっかりと自分の役割を果たしながら、繁忙期の先輩たちがどのように動いているかを学ぶことができます。
その日のスタートの段階で、現場全体の当日スケジュールと新人に対するOJTの内容を伝えておきましょう。1日どのようなスケジュールで動くのかが分かれば、新人も「この時間帯に疑問点を質問しよう」などといった心構えができます。
何も知らされないまま、突発的な動きを求められるのは体力的にも精神的にも負担が大きいです。どの時間帯にいっしょに行動するかといったところまで伝えられるとベストです。
たとえ会社としてはきちんとOJTを実施していると自負していたとしても、新入社員からすれば「自分がきちんとステップアップできているか」は気になるところです。相手の習熟度の共有や課題の提示のためにも定期的な面談は行い、今は何が出来ていて、何が課題かといったところをしっかりと伝えることが望ましいです。
接客のプロであるマナーインストラクターを対象に、2017年に行われた一般社団法人日本マナーOJTインストラクター協会による「良い接客」に関する調査によると、接客をする上で重要なのは「コミュニケーション」「思いやり」「臨機応変さ」が上位に上がり、お店の印象を決定するものは良くも悪くも「表情」であるという結果が出ています。
参考:【接客のプロ・マナーインストラクターが考える「良い接客」に関する調査】 良い印象も悪い印象も“表情”で決まる!?接客時は「第一印象」が重要!
一方でポジティブさや創造性といった項目は優先度が低い結果になり、お客様と直接関わる接客においてはマインドよりもいかに相手のニーズを把握し、行動に移すことが重要なのかが分かります。
そのため、店舗を構える企業におけるOJTでは、まず技術ではなく表情や態度や言葉づかいといった、顧客に与える視覚的な印象から教えることが、新人が店舗売上に最短で貢献できるようにするために重要だと考えられます。
店舗での接客では、想定外のことが日々起こるものです。最低限のマニュアルは必要ですが、マニュアルだけに縛られると柔軟な対応ができなくなります。店舗の役割は、商品によってお客様に満足していただくことです。お客様に喜んでもらうために、どのような行動をするかをマニュアルで縛ってしまうと、スタッフの個性は発揮されづらいです。マニュアルに頼らずに臨機応変に動けるスタッフを研修で育てていくことが重要です。
OJTはどのような業務を教える際にも適しているというわけではありません。OJTには向いている業務と向いていない業務があります。
では、具体的にどのような業務がOJTでの教育に向いているのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
マニュアル化しにくい業務と言えば、やはり接客業務が代表的。日々、対面するお客さまはニーズも好みも考え方も違うため、マニュアルだけでは仕事の全容を学びきれないのです。
ベースとなる骨組みとしてマニュアルが設置されている場合もありますが、プラス@で経験が必要になります。
アパレルショップを例にすると、会計時のレジ操作や、清掃業務はマニュアルを通して教育できます。しかし、お客さまへの声掛けや質問への受け答え、商品提案のやり方などは、マニュアルだけでは学ぶことができません。
よって、OJTによる教育が適していると言えます。
接客のほかにも、OJTに適している業務があります。商品陳列やマネジメント業務、クレーム対応などのような、ルールやパターンが決めづらい業務です。
商品陳列の業務は、入荷する商品や顧客の反応、トレンドによって最適な陳列方法が変わります。また、マネジメント業務の場合、従業員と職場の状況に合わせて臨機応変な対応が求められます。
クレーム対応に関してはマニュアルが設置されていることが多いですが、マニュアル通りの対応だけでは不十分。ルールに沿って対応したがために、二次クレームが発生してしまった……というケースも少なくありません。お客さま1人1人に合わせた適切な対応が必要であり、それは実際に見て、経験してみないと学べないのです。
このように、ルールやパターンが無い業務、ルール通りの行動では不合格な業務などもOJTによる教育が必要です。研修などで知識を身につけた後、実践して学習する必要があります。
OJTを行うことで、業務を教わる側だけでなく教育担当や企業側にもさまざまなメリットがあります。
OJTは教育担当による現場での直接指導を行うタイプの研修です。そのため基本的には教育担当が新人に対して1対1で指導を行う機会が多いです。1対多数ではなく1対1の指導なので、相手の理解度に合わせたスピードや内容で指導が可能です。
新人は自分に合ったスピードで研修が進むため安心できますし、教育担当は無駄のない効率的な指導ができるというメリットがあります。
さらには、個人に合わせて実施することで、OJTが終了した時点で日々の業務がひと通りできる状態になっているので、即戦力として働いてもらうことができます。
新人にとっては業務を理解することと同様に、社内で相談ごとができる人物がいることはとても重要になります。OJTでは新人が先輩社員や上司に分からないことを質問したり、教育担当が新人に疑問点がないかを確認したりといったコミュニケーションが頻繁に行われます。
コミュニケーションを積極的にとることでお互いに信頼関係が生まれ、自然と良好な人間関係が築きやすくなります。
仕事をする上では「何を仕事とするか」より「誰と仕事をするか」を重視する人も少なくないので、信頼関係を築くきっかけとなるOJTの実施は双方にメリットがあります。
そして、研修期間できちんと信頼関係を築くことは、新人の早期離職の抑制にもつながります。
OJTは多くの場合、入社して数年の従業員が担当します。教育担当として新人の指導を行うことで指導力の向上につながりますし、将来的に行うことになる人材マネジメントの体験にもなります。
どのように話せば相手に伝わるか、相手のモチベーションを高められるかといった試行錯誤が教える側の成長につながります。入社数年の社員に新人教育という新たな業務を任せることで、会社への帰属意識の向上も期待できます。
外部講師に研修を外注する場合であればコストが発生しますが、OJTは社内の人間が担当するので、外注コストを抑えることができます。
OJTはメリットが多いものです。しかしやみくもにOJTを行ってしまうことでかえって問題が発生してしまうこともあります。ここからは実際にOJTをすすめる上で注意しておきたい点、デメリットを紹介します。
新人をどのくらいの期間で、どのような内容の研修で、どのくらいのレベルまで教育するかなど、教育担当と人事担当で指導計画を立てる必要があり、OJT導入初期は手間がかかります。
指導計画がなければ現場ごと・教育担当ごとで教える内容にズレが生まれ、各個人、各店舗で習熟度に差が出るだけでなく、学ぶべきことを学べていないといった事態にもつながります。
指導計画の作成には時間がかかりますが、綿密に打ち合わせて作成することが重要です。OJTの指導方法については以下の記事で詳しく解説しています。
OJTにおける効果的な指導方法とは?失敗例から学ぶ育成計画の立て方についても解説
実際に業務を遂行することと、他人に業務を教えることでは別のスキルが必要です。教育担当者のスキルによって教える内容にバラつきが出ないように、教える側のスキルも必要となります。
さらにOJTを行う現場の教育担当者は、通常業務に加えるかたちで新人教育を担当することが少なくありません。新人に業務を教える時間や一緒に業務をこなしていく時間を設けることで、自分の本来の仕事まで手が回らなくなることがあります。
OJTと通常業務を両立させるために、教育担当の業務量の見直しをするといったサポート体制を整えることが重要になります。仮に業務量の見直しが行われなかった場合、繁忙期には、新人に対して十分な教育ができず新人が孤独感を覚える、質問をしたいのにできないといった問題が起きやすくなります。店舗運営では、教育担当者が全体統括も行わないようにするなどといった配慮が必要です。
OJTは現場で行うという性質である以上、その日ごとに行うべき業務に合わせて内容を教えるといった流れで行われることが多いです。そのため、教わる側からすると個別の業務については理解できても業務の全体像を把握するまでに時間がかかりやすいという注意点があります。
教育担当には、1つ1つの業務が最終的に何につながっているのかが分かるように新人に伝えることが求められます。つまり、今行っている業務が何のために必要か、なぜ今行う必要があるかを研修段階でしっかりと伝えることが重要です。
OJTは新人と教育担当だけではなく、人事担当とも一丸となって行うものです。また、教育担当によって指導内容にバラつきが出ることは望ましくありません。OJTを成功させるには現場に任せきりにするのではなく事前準備を整えた上で実施することが重要になります。
引用:「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査」の7ページ目
独立行政法人労働政策研究・研修機構が2017年に行った「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査」で、OJTに対する評価(うまくいっているか)を尋ねたところ、「うまくいっている」が5.8%、「ある程度うまくいっている」が71.9%、「あまりうまくいっていない」が20.1%、「うまくいっていない」が1.2%で、程度の差はあるものの、【うまくいっている企業】が全体の 8 割近くを占める結果となっています。
この質問に回答した企業は、うまくいっているかどうかの判断基準を用意していると考えられます。研修内容を改善する際にも、現在行っている研修はどうなのかを把握できていないと改善ポイントを見つけ出すことは困難です。
まずはOJTの成功可否を判断するための指標を用意することが大切と言えます。
引用:「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査」の13ページ目
上の調査で、人材育成・能力開発における現在の課題を尋ねたところ、多くの企業が「指導する人材が不足している」が33.2%、「人材育成を行う時間がない」が32.7%と、人材と時間の不足を課題に挙げています。
新人教育は非常に重要な業務であるため、教育担当者の負担も大きくなります。そのため教育担当者の確保だけでなく、彼らが新人新人教育にさくことができる時間も同時に確保することが重要です。教育担当者の業務内容や目標を見直し、OJTにしっかりと時間をさけるような体制にすることが大切です。
引用:「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査」の5ページ目
上の図を見ると、OJTで効果的に業務を習得してもらうために、企業が実践していることがわかります。ここではその中の上位3つについて取り上げます。
前述の通り、OJTはまず教育担当者が実際の業務をやってみせることから始まり、次に新人にやらせてみるといった流れになっています。新人も一度やってみただけで完璧にこなすことは難しい場合が多いので、失敗してもとにかく実践で経験を積ませることが大切です。
また経験を積んだ社員にとっては当たり前のことであっても、新人にとっても同じであるとは限りません。現場で行う作業をOJTで指導するのなら「なぜその行動が必要なのか」「なぜその順番で作業をするのか」といった目的や理由をあわせて伝えるようにすることで、相手の理解が深まります。たとえば、商品の在庫を置くバックヤードの整理を頼む場合には、「今日は新商品の入荷があるからバックヤードを整理する必要がある」などと伝えるようにします。
手間はかかったとしても、新人が失敗した際に、すべてやってしまうのではなく、カバーするくらいの方が新人に多くの経験を積ませることができるので、成長スピードも上がると考えられます。
研修期間中に実際の所作や業務に取り組んでいる姿を見せることも、OJTにおいては重要です。新人はその姿を見て学び、実践することになるので、正確に業務を行いましょう。
たとえばアパレルショップの例であれば、服をたたむ際に普段の業務スピードで見せてしまうと、速すぎて新人が真似できない可能性があります。OJTで教える際には最初はゆっくりと動作を行い、新人の理解度に合わせて、スピードを上げていくなどの工夫が求められます。
新人は職場の雰囲気や一緒に働くメンバーに慣れるまでに時間がかかることが少なくありません。その際には研修期間で一緒に過ごす時間の多い教育担当者が、新人の心のよりどころになれるように、相談に乗ったり、アドバイスをすることが大切です。まずは相談しやすい関係性を作ることから始めましょう。
アドバイスをする際には、相手の考えを否定する、他の優秀な人と比較する、指導を超えた叱責をするといった行動は相手のやる気をそいでしまうので、避けましょう。
失敗したらその原因や改善策を伝えるなどし、相手の成長につながるように助言するようにするのが重要です。
ミスをしたときに注意するだけでなく、成果を出したときにきちんとほめることも忘れずに行うことで、新人のモチベーションも上がります。
いかがでしたでしょうか。OJTは現場で完結させるのではなく、現場の教育担当と人事担当が連携し計画を立てて実施することが重要になります。
OJTは新人をスキルアップさせ、現場で戦力となってもらうために行うものですが、OJTを通して教育担当者の成長も期待できるものです。OJTを単なる新人教育と軽視するのではなく、会社全体の人材育成プロジェクトと捉えて、OJT担当者の負担が大きくなりすぎないように指導体制の整備を行い、効果的にOJTを実施してください。貴社研修の成功を願っております。