SDGs、人的資本経営と並び、近年注目を浴びている「ウェルビーイング」。ビジネスに限らず、これからの社会に必要な考え方として、日本でも徐々に浸透してきています。
本記事は、そんなウェルビーイングについて詳しく解説。言葉の意味や使い方、ウェルーイングを高める方法、企業事例なども紹介していますので、「仕事で”ウェルビーイング”という言葉を聞いたが、内容がよくわからない」「どうすればウェルビーイングを高められるかわからない」とお悩みの方は、ぜひお役立てください。
ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に健康であること。心身ともに健康で、仕事、人間関係、経済状況など生活すべてにおいて「幸福度・満足度」が高いことをいいます。
教育や福祉など、幅広い分野で使われる言葉です。ビジネスでは一般的に、従業員が「身体も心も健康で、仕事や人間関係にも満足しており、いきいきと働いている状態」を指します。
また、このような状態を実現・維持する経営、従業員および関係者の幸せや健康を追求する経営を「ウェルビーイング経営」といいます。
英語の「well-being」には「幸福」「健康」などといった意味があります。「心身の健康」「壮健」などを意味する、イタリア語の「benessere」が語源と言われています。
はじめてウェルビーイングという言葉が使われたと言われているのは、世界保健機関(WHO)の憲章です。世界保健機関憲章は「人間の健康は人権のひとつ」とし、健康について以下のように定義しています。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。
引用:「世界保健機関(WHO)憲章とは」公益社団法人日本WHO協会
最近では、日本でも「ウェルビーイングを高める」「ウェルビーイング向上」などのような言い回しで使われています。
ちなみに、類義語のウェルネスは「肉体的な健康」という意味。また、同じく類義語のハピネスは「精神的な健康」という意味です。これらはウェルビーイングに含まれる要素であり、同義語ではないため注意しましょう。
1971年から開催されている「ダボス会議」をきっかけに注目度が上がったウェルビーイング。利益を重視する従来のスタイルに異議が唱えられ、ステークホルダーに貢献する企業が評価される世の中へとシフトしていきました。
そんな中、特に重要視されているのが「人的資本経営」です。人材を資本と捉え、持続可能な経営を目指すというものです。「会社が長く存続するには従業員への投資が必要」という考えが強まっていることから、ウェルビーイングに注目する企業が増えているのです。
また、予測不可能なことが次々と起こる現代の環境に適応するには、社員の意欲的な姿勢、自主性が欠かせません。そのような社員を確保するためには、健康かつ生き生きと働ける職場づくりが必要です。
このような背景から、ウェルビーイングの向上に取り組む企業が増えていると考えられます。世の中全体の動きに合わせて、経営に対する価値観も変わってきているのです。
■参考記事はこちら
人的資本経営とは?注目される背景や国内外動向、情報開示の内容などについてわかりやすく解説!
従業員の幸福度が高まると、企業にはどのような影響があるのでしょうか。ウェルビーイングが企業経営にもたらすメリットについて見ていきましょう。
心も身体も健康的な社員は、自分の能力を最大限に発揮することができます。持っている知識・技術をフルに活用して取り組めるため、業務の効率が上がり、生産性が高まります。
また、社員が能力を発揮し、仕事にやりがいを感じることで、商品・サービスのクオリティアップも期待できます。その結果、顧客満足度が上がり、売上げアップにつながります。
引用:株式会社PHONE APPLI出版プロジェクトチーム(2022)『ウェルビーイング経営!社員の笑顔が会社を成長に導く』
上記は、ウェルビーイング経営に役立つアプリ・サービスを提供する「株式会社PHONE APPLI」の変化を表した図。高ストレス率・社員の平均健康年齢が下がるにつれて、売上高が上がっていることがわかります。
これは一例ではありますが、従業員がいきいきと働ける職場をつくることは、最終的に企業の利益につながります。従業員への投資が利益としてかえり、その利益をまた投資にまわすというポジティブな循環を生み出すことができるのです。
心身の健康を害する職場・働き方は、従業員の離職を招きます。
引用:人事のミカタ「退職理由のホンネと建前[2022年版]」
「人事のミカタ」が行った調査の結果からも、「人間関係が悪い」「給与の低い」などといった労働環境は離職の原因になることがわかります。
逆にいえば、ウェルビーイングを高めることは離職防止対策になるのです。定着率が高まり、人手不足・人材不足などの問題解消につながるでしょう。
インターネットを通じて、あらゆる情報が広く拡散される現代。企業の取り組み・姿勢は、社会からの評価に大きな影響を与えます。
ウェルビーイングを目指して取り組む企業は、従業員を大切にする会社として、世間から良い印象を持たれます。顧客や取引先だけでなく、求職者、投資家からの評価アップにもつながるでしょう。
企業価値が高まると、資金確保、新規顧客獲得、入社希望者増加による人材確保など、さまざまな良い効果を得られます。従業員のために環境を整えることは、巡り巡って企業に多くのメリットをもたらすのです。
心身ともに健康で、幸福を実感している社員は、心の余裕から柔軟な思考回路を持つことができます。予想外のことが起きても、クリエイティブな発想でアイデアを生み出し、切り抜けることができるのです。
そのうえ、心理的安全性が確保されているため、自分のアイデアを抵抗なく発言できます。その結果、チーム・企業全体のクリエイティブ性が高まり、変化に強い組織へと成長できるでしょう。
予測不可能なことが頻繁に発生する現代。過去の事例がまったく役に立たない、なんてことも珍しくありません。
そのような環境で企業が生き残り続けるには、社員の「発想力」が必要です。ウェルビーイングの向上は、イノベーションを行う際の支えとなるでしょう。
ウェルビーイングという概念には複数の解釈がありますが、代表的なのは米国のGallup社の定義です。ウェルビーイングを構成する要素として当社が挙げている、5つの「健康」「幸福」について見ていきましょう。
まず1つ目の要素は、キャリアや働き方における満足度。「仕事が好きか」「働き方に満足しているか」といった内容です。
仕事は生活の基盤であり、人生に対する幸福度に大きく関わります。近年は、稼ぎや役職だけを重視するのではなく、どのような仕事をして、どのように働き、仕事を通して社会にどのように貢献するかなども大切にされる傾向にあります。
また、仕事以外の時間を十分に確保できているかどうかも、ウェルビーイングを実感するうえで重要です。これらが満たされることで、社員の幸福度が高まります。
2つ目は「社会的な幸福度」です。社会との関わり方、人間関係などを指します。
例えば、職場で良い人間関係を築けている社員は、そうでない社員と比べてウェルビーイングを実感しやすいです。また、プライベートの時間を十分に確保できていると、仕事以外での人間関係を構築しやすく、社会的な幸福度が高まります。
新型コロナウイルス発生によりリモートワークを強いられた際、多くの人々が人間関係の構築に苦戦しました。職場の人とコミュニケーションをとる機会が減り、社会から切り離された感覚に陥った人もいるでしょう。
そのような環境では、精神的な健康を保つことが難しくなります。社員のウェルビーイングを高めるには、人とのつながりを実感できる職場づくりが重要と考えられます。
3つ目の要素は、経済的な満足度です。働き方や仕事内容に満足していても、収入に満足できていなければ、ウェルビーイングが高いとはいえないでしょう。
生活するのに十分な報酬、仕事の責任・難易度に適した報酬を得ることで、経済的な満足度が高まります。また、「自分の心を満たすお金の使い方ができているか」「将来に金銭的な不安はないか」なども指標になります。
4つ目は「肉体的・精神的な健康」です。日常生活および仕事に必要なエネルギーが十分にあることを意味します。
具体的には、十分な睡眠・運動がとれていること、病気や怪我がないこと、ストレスを発散できていることなどです。企業は、従業員がこのような状態を維持できるよう、環境を整えることが求められます。
なお、フィジカルウェルビーイングは、先の「経済面でのウェルビーイング」「社会的なウェルビーイング」がベースにあります。経済的な幸福度、社会的な幸福度を実感することが、肉体的・精神的な健康につながるのです。
最後に、5つ目の要素は「コミュニティウェルビーイング」です。地域の人と関わったり、地域行事に参加したりすることで得られる幸福感・安心感を指します。
Gallup社は、本人や家族が地域社会とつながり、良い関係を築くこともウェルビーイングに必要だと説いてます。仕事以外の時間を確保できていないと実現できないため、コミュニティウェルビーイングはキャリアウェルビーイングに関係しているといえるでしょう。
■参考:「The Five Essential Elements of Well-Being」Gallup
職場の人間関係、給与、労働時間……どれか少しでも不満・不安を抱えているなら、それはウェルビーイングとはいえません。そのため、企業はさまざまな視点で社員の状況を観察し、改善する必要があります。とはいえ、何から手をつければ良いか迷ってしまうものです。
そこでここからは、ウェルビーイングを高める方法を4つご紹介します。施策を練る際は、ぜひ参考にしてみてください。
労働環境は、心身の健康に大きな影響を及ぼします。従業員が健康的にいきいきと働けるようにするには、職場環境を良好に保つことが大切です。
例えば、長時間労働は肉体的にも精神的にもストレスを与えます。プライベートの時間を確保できず、社会的・コミュニティーウェルビーイングを損なうこととなるでしょう。
また、暑すぎる・寒すぎる・不衛生な職場も、従業員の健康を害します。基本的なことではありますが、改めて環境を見直し、問題があれば改善しましょう。
勤務時間、休暇、賃金など、労働条件もウェルビーイングを高めるうえで重要です。従業員のライフスタイルを尊重した働き方か、心と身体の健康を保つための休暇が十分にあるかなど、改めて見直しましょう。
また、賃金が適切かどうかもチェックする必要があります。従業員の誰もがウェルビーイングを実感するには、雇用形態や性別、国籍の違いに関係なく、公平に評価することが大切です。
我が国の労働市場における格差を解消し、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる待遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにするためには、我が国の実情も踏まえた同一労働同一賃金を実現し、同一企業における正社員と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差を解消することが重要である。
引用:「雇用政策研究会報告書(案)」厚生労働省
同一労働同一賃金の重要性に関しては、上記のとおり、厚生労働省発行の資料でも言及されています。「同一労働同一賃金ガイドライン」を参考に、公平かつ合理的な待遇を実現しましょう。
どれほど労働環境が良くても、全社員ストレスがゼロになるということはほぼありません。しかし、ストレスをきちんとケアできる環境があれば、健康を維持できます。また、身体の健康を維持する環境づくりも、病気の予防につながります。
具体的には、定期的なストレスチェックや健康診断、ストレスケアができる機関とのネットワーク構築などが施策として挙げられます。社員が運動できる時間・場所を確保するのも、健康維持のサポートとなるでしょう。
どのような環境が理想的かは、企業によって異なります。社員のニーズを拾い、適切な対策を講じましょう。
従業員同士の人間関係を良好に保つには、円滑なコミュニケーションが欠かせません。働き方、業務内容、職場の環境に適したコミュニケーションシステムを構築する必要があります。
1on1ミーティングの実施は、代表的な施策のひとつです。「上司が部下の話を聞く」機会をを設けることで、信頼関係が結ばれ、日常でもスムーズに会話しやすくなります。部下が安心して発言できる職場へと一歩近づくでしょう。
またウェルビーイングを実感するには、従業員だけでなく、顧客や取引先とのコミュニケーションも円滑である必要があります。関わるすべての人と良好な関係を築けるよう、企業側からサポートしましょう。
すべての社員の健康を保ち、すべての社員が幸せを実感できるようにするのは簡単ではありません。では、より着実にウェルビーイングを高めるには、どうすれば良いのでしょうか。
以下の3つの注意点・ポイントについて確認しておきましょう。
組織全体のウェルビーイング向上に取り組む際は、企業の制度、ルール、環境、教育システムなどさまざまな点を変えていくこととなります。全社員一丸となって取り組む必要があり、そのためには共通の目的・目標が必要です。
よって、施策を講じる前に、明確なビジョンを掲げることが大切です。何のための施策なのか、何故変える必要があるのか、何を目指しているのかを明確にすることで、社員の行動を促せます。
ウェルビーイングという概念は抽象的なので、具体化し、「自社が目指すウェルビーイング」を明らかにするのがポイント。キャッチコピーや、企業独自のキャンペーン名をつくるのも良いでしょう。
手あたり次第に取り組んでも、ウェルビーイングはなかなか実現されないものです。そのため、予め「何を変えるべきか」を調査し、見極める必要があります。
健康診断やストレスチェックは、現状を把握する手段として一般的です。フリーコメントでアンケートに回答してもらい、社員のリアルな声を調査するのも良いでしょう。
アンケートを行う際は、先にご紹介した5つの要素をもとに質問項目を作成するのがおすすめです。そして、満足度・幸福度が低い結果となった要素から優先的に改善します。そうすることで、組織全体のウェルビーイングが底上げされます。
何において幸福を感じるかは、社員1人1人違います。それでも多くの社員がウェルビーイングを実感できるようにするには、5つのウェルビーイング要素を満遍なく高めるのがポイントです。広い視野を持ち、バランスを見ながら取り組みましょう。
労働条件が良くても、職場の人間関係が悪いと社員はウェルビーイングを実感できません。そのため、従業員と直接かかわる管理者・教育担当者への教育も必要です。社員が健康的に働ける関わり方を学んでもらうことで、社会的ウェルビーイングの向上を図ります。
具体的には、ウェルビーイングに関する知識、社員が安心してやりがいを持って働けるマネジメントスキル、心理的安全性を高めるコミュニケーションスキルなどの習得を促します。ウェルビーイングを高め、そして維持するには、日々の積み重ねが大切なのです。
現在、多くの企業が労働環境の改善に取り組み、ウェルビーイングの向上を目指しています。具体的にどのような施策を行っているのか、3つの企業事例を見ていきましょう。
総合スーパー「イオン」の経営など、多くの事業を営むイオン株式会社。当社は、ウェルビーイングの実現に向けて、独自の取り組みである「イオン健康経営」を行っています。
「イオン健康経営宣言」を掲げ、以下のような項目を重点課題として取り組んでいます。
健康チェックに役立つツールの提供や、生活習慣改善キャンペーンを行うなど、セルフケアの促進にも積極的。その結果、従業員の”やりがい”を示す「ワークエンゲイジメント」が、2017年時点で5点満点中3.56点だったのが、2022年時点で3.66点に向上しています。
■参考:イオンの健康経営 従業員のためにウエルネス経営の推進
食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」を全国に展開する株式会社スープストックトーキョー。
当社は、従業員のウェルビーイングを高めるため、休暇を充実させる施策を実施。2018年より「生活価値拡充休暇」を導入し、季節休暇を年6日から12日に増やしました。
店舗型ビジネスでは、休日を増やすと人手不足になることが多いです。その対策として、当社は店長経験者を集めて「拡充隊」を編成し、人員不足の店舗にヘルプを入れる仕組みをつくりました。その結果、休暇の増加に成功したのだそうです。
そのほか、働き方が選べる「セレクト勤務制度」や、副業を認める「ピボットワーク制度」なども、従業員から好評とのこと。「勤務できる時間帯に制限があって罪悪感を感じる」「ほかの仕事も経験したい」など、社員のリアルな声を拾い、着実にニーズに応える施策を講じたのが高評価につながったと考えられるでしょう。
■参考:『社員の声を聞き進めた「働き方開拓』厚生労働省
沖縄県宜野湾市にある飲食店「よこづな」は、新人の時給がベテランアルバイトの時給を超えるという自体が発生したことをきっかけに、賃金の見直しを行いました。
当店は以前、賃金の基準を明確に決めていませんでした。そのような状態で、新しく雇ったアルバイトの時給を相場に合わせたところ、不合理な待遇差が発生してしまったのです。
そこで、厚生労働省発行の「パートタイム・有期雇用労働法対応のための取組手順書」や「同一労働同一賃金ガイドライン」を活用し、賃金の見直しを実施。職務の質と量を基準に方針を決め、待遇の差をなくしました。結果、ほぼすべての従業員の待遇を改善することに成功しました。
注目すべきは、方針や基準を従業員にきちんと説明した点です。待遇の公平性を明確に示すことで、従業員の納得感を高めました。実際に、「待遇に納得でき、モチベーションが上がった」という従業員の声も上がっているようです。
ウェルビーイングの施策を実施する際は、従業員にきちんと納得してもらうことが大切。企業側の”独りよがり”にならないよう注意が必要です。
■参考:「企業も働く人も成長できる公正・公平な待遇の実現」厚生労働省
賃金や福利厚生をすぐに変えるのは難しい場合もあるでしょう。しかし、ほかにもウェルビーイングを高めるためにできることは多々あります。社員がいきいきと働けるようになれば、生産性・利益が上がり、最終的に報酬を上げることも可能です。
まずは現在の状況を調査し、「いま何ができるか」「従業員が何を求めているのか」を把握するところから始めてみましょう。