日本では昨今、労働人口の減少により人材の採用難と離職率に課題をかかえる企業が少なくありません。
人材が辞めることは採用活動の成果を無駄にしてしまうだけでなく、企業の成長をうながすうえでもマイナス要素になります。
「人材流出を防ぐには、どうすればよいのだろうか?」「入社してくれた社員には長くいてもらいたいが、このままで大丈夫だろうか?」とお悩みの人事担当者の方もいらっしゃることでしょう。
そこで本記事では、人材流出の原因と対策、企業ができる取り組みをご紹介します。ぜひ参考にしてください。
人材流出とは、社員が他社に転職したり、独立したりして離職することを指します。人材が流れ出ていってしまう会社視点の言葉で、ネガティブな意味合いを含んでいます。
かつて経済が高度成長をとげた日本では、企業の年功賃金と終身雇用が一般的でした。しかし経済が成熟期に入り、1990年代のバブル崩壊が起きた後は、長い低迷期へ。経営が危ぶまれた企業は、人員整理(リストラ)と人材の実力主義制度に移行を迫られました。
加えて1995年以降は、日本では労働力となる15~64歳の人口が減少し、人材が確保できない企業が相次ぐことに。実際に、日本商工会議所のアンケート調査(2022年)では、中小企業の約6割で人手不足という結果があります。
■参考:総務省「令和4年版 情報通信白書|生産年齢人口の減少」
一方で、総務省統計局によると、転職者が前職を辞めた理由のうち「条件のよい仕事を探すため」と答えた人が全体の約4割。このようにして、現代の日本では慢性的な人材不足が起きており、人材流出を防ぐ対策が必要となっています。
■参考:総務省「労働力調査(2023年1~3月期平均)」
人材流出に課題を感じている企業は少なくありません。ここでは、人材流出の実態をみてみましょう。
企業からの人材流出については離職率をみることで把握できますが、令和2年(2020年)以降の入職率に対する離職率の割合は回復傾向にあります。
厚生労働省が発表した「令和5年上半期雇用動向調査結果の概況」によると、令和5年(2023年)1月~6月の間、全体の離職率は8.7%、入職率は9.7%でした。それに比べて令和2年の同調査では、離職率が14.2%、入職率が13.9%となり、会社を辞める人が入る人よりも多い状況でした。
ところが業界ごとの数字をみると、違う実態がみえてきます。
引用:厚生労働省「令和5年上半期雇用動向調査結果の概況」
たとえば、「学術研究、専門・技術サービス業」「複合サービス業」のようなサービス業では、入職率よりも離職率が高く、人材が離れやすい現状があります。同様に、顧客へのサービス業務が含まれる不動産業・物品賃貸業も入職率よりも離職率が高くなっています。
離職後は転職したり独立起業したりとさまざまな人がいますが、なかには人材が海外に流出することもあります。外務省の令和5年(2023年)の「海外在留邦人数調査統計」によると、日本人の海外永住者数は57万4,727人と前年比3.2%増加しました。
その背景には、日本と海外の待遇の差があります。よりよい待遇を求めて転職を繰り返すジョブホッパー視点でみると、日本の賃金は高いとは言えないからです。実際に経済協力開発機構(OECD)の2021年「平均賃金 (Average wage)」によると、日本の平均賃金は先進国38か国中24位となっています。
引用:経済協力開発機構(OECD)「平均賃金 (Average wage)」
たとえば、ITエンジニアの年収を日米で比較してみると、日本での平均年収が38,337ドルであるのに対し、アメリカでは89,161ドルで、2倍以上の差があるのが現状です。
■参考:ヒューマンリソシア調査「2022年度版データで見る世界のITエンジニアレポートvol.6」
優秀な人材が日本よりも賃金の高い国家の企業に流れていくのは自然な流れと言えるでしょう。
日本労働調査組合が実施した「退職動機に関する労働調査」(2021年4月)によると、離職や転職を望む会社員の割合は35.8%でした。これは3人に1人が離職願望があることを示しますが、その背景には何があるのでしょうか?ここでは、人材流出の原因について以下のとおりみていきます。
■参考:日本労働調査組合「退職動機に関する労働調査」
ひとつ目の原因は、職場の人間関係での不満です。会社組織では同僚や上司との相性に関係なく、担当した仕事を全うしなければなりません。そのため一緒に仕事をする社員のなかに苦手な人がいても避けられず、精神的な負担になってしまうことがあります。
たとえば上司と部下の相性が合わない場合、業務指示を出す上司と従う部下の間でコミュニケーションがうまくとれず、ストレスを感じることはよくあります。
ほかにも、社員同士の挨拶が少なかったり、陰口や噂話を好む社員がいたりすると職場の雰囲気に影響してしまい、風通しのよい職場とはかけ離れてしまうでしょう。信頼できるリーダーや上司がいない場合も同様です。これらのことに疲れた社員は、離職を検討するようになってしまいます。
2つ目の原因は、評価や給与待遇についての不満です。たとえば、勤務年数は長くても給与があまり上がらず、仕事内容は管理職以上の責任があるとした場合「労働の負荷と待遇が合っていないので、他の会社に転職したい」と思わせてしまいます。
また仕事でやりがいを感じていても、会社からは評価されず、給与も変わらない場合も同様です。ほかにもスキルを認められて入社しても、希望の仕事をさせてもらえず、会社からも尊重されない場合、人材は意欲を失いかねません。
3つ目の原因は、業務が多すぎるなどの労働環境です。職場の非対面化が進められたコロナ禍を経て、働き方はますます多様化しています。リモートワークや時短勤務が珍しくない昨今、働きやすい環境を提供できないと、社員の不満を招きやすくなります。
たとえば残業が減らない状況や、非効率な業務手順を見直さずに続けている職場では、社員に負担を与えてしまいがちです。離職を防ぐためにもよりよい労働環境をつくるのは、優先事項と言えるでしょう。
まず、人材流出が企業に与える影響として、人材の採用コストが増加することがあります。人材流出で離職した社員にかけたコストが無駄になり、再び人材採用に費やさなければならなくなるからです。
株式会社マイナビ「2023年卒マイナビ企業新卒内定状況調査」によると、企業の採用活動の費用の平均額は、1社につき約298.7万円で、入社予定者1人につき約45万円です。企業規模によって幅はあるものの、採用コストは大きな負担になりえることがわかるでしょう。
■参考:株式会社マイナビ「2023年卒マイナビ企業新卒内定状況調査」
さらに入社後間もないうちは、基礎研修や実務教育、スキル向上プログラムなどでひとりひとりに教育費用をかけることがよくあります。その意味で、離職した社員の在籍期間が短いほど費やしたコストは無駄になりやすいものです。
しかしながら、厚生労働省によると、新卒入社後3年以内の離職率は大卒で31.2%、高卒で36.9%という数字を記録しています。このことからも、採用コストの増加は無視できない影響と言えるでしょう。
■参考:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況を公表します」
次に企業からの人材流出と共に、人材のノウハウが流出してしまうことも大きな影響です。離職した社員は、それまで業務に従事しながら得た知見とスキルを持っているものです。なかには社外秘となる機密情報や、会社の財産となる重要なスキルが含まれていることもあるでしょう。
しかしながら離職によって会社がその社員を手放すと、必然的にそれらの重要な情報も外に漏れてしまう恐れが出てきます。特に専門的なスキルを持つ人材の場合、同業他社から高待遇でオファーがくることもあり、他社に自社の強みが流れてしまうかもしれません。
企業から人材が流出することで顧客の減少を招く恐れがあります。たとえば、営業社員が同業種で独立起業する場合、会社員時代に担当していた顧客にも営業をかけることで自社との取引を辞め、離れてしまうかもしれません。
特に成績優秀な社員ほど社外で信頼されているもので、引き続き取引を望む顧客もいるでしょう。人材の流出とともに顧客も離れてしまうと、会社にとっての損失が大きくなってしまいます。このような悪循環を避けるためにも、できるだけ離職させない工夫を施すことが大切です。
最後に、企業から人材が流出する大きな影響として、組織力の低下が挙げられます。企業が組織力をなくすと将来的な成長が望めなくなるため、大きな弊害と言えます。
特に重要なポストにいる人材や実力のある人材の場合、離職によって彼らが持つスキルや知見を社内に広める機会を失いがちです。その結果、スキルの底上げだけでなく組織として成長させる土台を固めにくくなるでしょう。
前章では、人材流出が企業にとって大きな損失になることがわかりました。人材の流出を防ぐためには、給与等の待遇改善が考えられますが、残念ながら職場や仕事に馴染めずに離職してしまうケースもあります。
そのような事態を防ぐために、企業が取り組むべき対策についてご紹介します。
人材流出を防ぐ1つ目の取り組みとしては、社内コミュニケーションの仕組み化が挙げられます。社内のコミュニケーションを円滑にし定期的な連絡や必要に応じた情報共有と意見の行き来をしやすくすることで、働きやすい職場づくりを行い人材流出を防ぎます。
具体的に、社内コミュニケーションの仕組み化の例としては、以下のようなものがあります。
上記のような仕組みがあると、業務連絡だけでなく社員同士の相談や意見交換もしやすくなります。同じ目的に向かって動くことで同じ部署やチームメンバーに協調性をもたらし、会社への帰属意識を育てることもできるでしょう。
また会社の上層部からのメッセージや、反対に現場の意見を通わせることも可能です。決定権のある上層部と縦のコミュニケーションがとれると、迅速な業務改善がしやすくなります。
なお、社員研修や教育を通した1on1のメンター制度や、日報などで社員の悩みや意見をヒアリングし、業務に反映していくことも、コミュニケーションの仕組み化と言えます。
参考までに日報の効果的な作成方法を知りたい場合は、こちらより配布の無料の日報テンプレートをご利用ください。
■参考記事はこちら
【例文&テンプレートあり】成長につながる日報とその書き方とは
人材流出対策の2つ目は、人事評価制度を見直すことです。他の社員と比べて正当に評価されていないと感じてしまうと、その社員のやる気を削ぎ、離職を招きやすくなります。その防止策として、公平感のある人事評価制度を作ることが大切です。
人事評価制度には、一般的に以下の要素があります。
これらの評価基準は、論理的な判断基準で説明できるようにすることが大切です。そして、評価の高い社員には、昇進や昇給というわかりやすい形で社員の意欲を高め、モチベーションを刺激できるでしょう。
なお、社員のやる気を削ぐ人事評価のNG例から押さえて気を付けたい方は、詳しく解説した以下の記事をご参照ください。
■参考記事はこちら
やる気をなくす人事評価の特徴とは?辞める原因、モチベーションを高める方法など、わかりやすく解説!
また、人事評価の基本的な方法を復習したい方は、こちらからご確認いただけます。
■参考記事はこちら
人事評価の基本的な手順とは?評価制度設計から評価シートの例文までわかりやすく解説!
人材流出を防ぐ3つ目の取り組みとして、労働環境の改善もあります。主に社員の心理的、物理的な労働環境の2つの側面からアプローチを行います。
まずは心理的な側面から見た労働環境について見てみましょう。人手不足で社員の業務負荷が高い場合、会社から長時間労働を頼まれたり急な残業や休日出勤などもあると、社員が休まらなくなってしまいます。会社から受ける心理的なストレスになりやすい例です。
一方で、物理的な側面から見てみましょう。職場の空気清浄が行き届いていない場合や、振動・騒音問題などがある職場では体調を崩したり、仕事に集中できず業務ミスが頻発することにもつながります。
このような心理的、物理的な環境はそれぞれが離職原因になるため、業務負荷を集中させない対策が必要です。加えて、職場の空調設備や防音対策などの環境を見直すことも重要になります。
人材流出を防ぐ4つ目の取り組みは、会社の勤務体系を見直し、柔軟な働き方を制度面からサポートすることです。
柔軟な働き方を進めるには、以下のような制度があります。
これらは、日本政府が働き方改革推進支援助成金などによって推進しているものでもあります。
「働き方改革」は、働く方々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で「選択」できるようにするための改革です。
■参考:厚生労働省「働き方改革のポイントをチェック!」
このような流れから、人材はより働きやすい環境を選べるようになりました。したがって企業は人材の流出を防ぐためにも、働きやすい環境整備が求められています。
5つ目の人材流出対策としては、福利厚生を改善することです。福利厚生とは、社員やその扶養家族に向けて会社が提供するサービスを指しています。
たとえば各種手当や補助金制度、休暇制度がある場合、住宅手当や交通費の上限アップや扶養家族の出産・入学お祝い金、リフレッシュ休暇などで福利厚生を改善できます。これらの会社独自に設けたサービスが手厚いほど、社員にとって魅力的にうつるでしょう。
人材流出を防ぐ6つ目の取り組みは、キャリア・スキルアップのサポートです。社員は将来のキャリアを描き、成長したいと思っているものです。今の会社で成長できないと判断すると長く会社にいるメリットが薄れ、早々に退職を考えるのは自然の流れでしょう。
そこで、社員に社内でキャリア構築やスキルアップが望めることを知らせることで、人材維持のサポートができるでしょう。具体的なサポート方法としては、以下のようなものがあります。
方法 |
概要 |
キャリア自己申告 |
将来の展望や社内異動などの希望を会社に伝える |
社内FA |
社員が移動したい他部署にスキルなどをアピールする |
社内公募 |
社内で採用募集を出し、他部署から社員が応募する |
また、スキルアップの例としては、社員に向けて教育サポートを行う方法があります。
方法 |
概要 |
社員教育制度 |
成長工程をステップ式に設定し、スキルアップを促す 例:各種研修制度、マニュアル完備、1on1メンター制度 |
資格試験・資格手当の付与 |
業務関連の資格試験費用を補助し、合格者に資格手当を支給する |
なお、社員教育においては「shouin+」のようなマニュアルツールを活用するのも役立ちます。上司とのコミュニケーションがしやすく、蓄積したナレッジやマニュアルにアクセスしやすいため、いち早く一人前に成長する手助けができるでしょう。
人材流出を防ぐ7つ目の取り組みは、採用基準を見直すことです。募集をかけても人が集まらないと、次第に基準がゆるくなり、最終的にミスマッチにつながる恐れがあります。
また入社後の研修でスキル不足をカバーするとしても、社員にとっては難易度の高い仕事が求められてミスマッチとなり、早期退職を招くことにもなりかねません。その結果、さらに採用コストがかかる悪循環を招きます。
そのような事態を防ぐためには、求める人材像を明確にした基準を設けることが大切です。そして、候補者が来るのを待つのではなく、採用基準にあった人材を直接スカウトする方法も検討しましょう。
また、ミスマッチによる早期退職の防止策としては、若手のインターン生に来てもらう方法があります。インターンシップ制度によって自社について十分に理解・納得したうえで、入社してもらうことで、入社後のギャップを防ぎ、早期離職防止になるでしょう。
それでは最後に、ツールを活用した実際の取り組み事例を3件ご紹介します。ぜひ参考にご覧ください。
美容脱毛事業を展開する株式会社ミュゼプラチナムでは、研修期間中の新人スタッフに対するケアに課題を感じていました。とくに女性の多い職場では日々の気持ちの変化に対するケアが重要になるものの、うまく可視化できておらずフォローが遅れてしまうのが大きな課題でした。
フォローが遅れる原因となっていたのは「日報の仕組み」です。日報の習慣はあるものの「紙」でやり取りをしていたため、現場以外の人間からは新人スタッフの様子が確認できなかったり、そもそもスタッフが日報を自宅に忘れてくるなど、仕組み自体に課題があったのです。
そこでミュゼプラチナムでは、人材育成クラウドサービスの『shouin+』の導入を決定。日報は紙から「電子」になり、オンラインで一元管理ができるようになりました。また新人スタッフの様子を会社全体で把握しやすくなり、適切なフォローができるようになったといいます。
さらに、『shouin+』の導入後は心境を記入する新人スタッフが増え、適切なタイミングでのメンタルケアが可能になったといいます。「フォローしてもらえている」という実感がモチベーションにも繋がっているようです。
■事例詳細はこちら
研修期間中の新人スタッフの様子を日報で把握!モチベーションアップやメンタルフォローを実現。
フィットネスクラブ「フィットネス&スパ ココカラ」を展開するココカラ本厚木店(人の森株式会社)は、ジムトレーナーの育成による残業時間の増大に悩みを抱えていました。1~3月はスタッフの入れ替わりが激しく、とくにジムトレーナーの育成担当者に大きな負担がかかっていたのです。
そこでココカラ本厚木店(人の森株式会社)では、残業時間の短縮を図るため、人材育成のやり方を見直すことに。「研修生一人ずつに行っているトレーナー研修を動画に置き換えることができれば、大幅に研修時間を削減できるのでは」と考え、動画マニュアル作成プラットフォーム『shouin+』の導入を決定しました。
すると、育成担当者の残業時間は当初の80時間から25時間にまで減少し、なんと55時間もの残業時間の削減に成功しました。とくに研修担当者は 「一人ずつ何度も同じことを説明しないといけない」というストレスからも解放されたようで、メンタル的にも良い作用が働いているそうです。
■事例詳細はこちら
ジムトレーナー研修を動画に置き換えて、育成担当者の残業時間を70%削減!
そこで全サロンスタッフがいつでも好きな時に学習できるツールとして、クラウド型eラーニングサービスの『shouin+』の導入を決定。これにより、既存の動画マニュアルや各種資料の移行・整備を進め、オンライン環境で時間や場所にとらわれず学習ができる環境を整えることができました。
なお、現在は新入社員と店長の人材教育に活用しているものを、今後はその他の役職者(店長候補の主任など)や中堅社員にもフォーカスし、会社全体での知識の底上げ・向上を狙っていくと
■事例詳細はこちら
従業員が自由に学べる環境を!美容脱毛サロンが取り組む教育DXとは?
今回は、人材流出を防ぐ方法についてみてきました。ようやく採用できた人材が退職することは、企業成長が止まってしまう可能性のある、避けるべき事態です。
しかしながら昨今の人材市場は人手不足の現状があり、国策としても働き方改革が進められています。そこで企業は人材流出を阻止するためにも、人材から選ばれ、居続けたいと思われる魅力的な企業であり続ける努力が必要不可欠です。
今回ご紹介した取り組みを参考に、自社にあった改善策をみつけてみてください。