戦略的な人材育成、まず何から始めるべき?設計方法とポイント、役立つフレームワークを紹介
いつの時代も、人材育成における悩みが尽きることはありません。特に、近年は企業を取り巻く環境が変わるスピードが速く、「育成が追いつかない」「研修を実施しても必要なスキルが身につかない」「必要な人材がいつも不足している」といった問題がさまざまなところで発生しています。
そこで重要となるのが、経営戦略と連動した「戦略的な」人材育成です。本記事では、人材育成戦略の立て方やポイントについて詳しく解説しています。具体例や、戦略の考案に役立つフレームワークなどもご紹介していますので、人材育成にお悩みの経営者の方、人事部の方、教育担当者の方はぜひ最後までご覧ください。
戦略的人材育成が注目される背景
人材育成は、企業の存続・発展に欠かせない重要な取り組みです。年々その重要性は高まっており、今は「仕事を一通り教えるだけ」では不十分。教育体制を整え、戦略を練り、管理・サポートすることが求められています。
それには「働き方の変化」「労働人口減少」「業務の複雑化」が関係していると考えられます。
転職や独立へのハードルが低くなった今、人々が企業に求めるのは、働きやすさと将来性。「このままここにいても自分は成長できない」と感じたら離職する、ということが珍しくなくなりました。
従業員が離職した際、企業は新たに雇用しなければなりません。しかし、近年は人手不足、労働力不足と言われる時代。理想の人材が見つかるとは限りません。
さらに、社会の変化に伴い、業務内容は一段と複雑に。少ない人数で業務を遂行できる高いスキルと、柔軟な思考力を兼ね備えた人材が必要不可欠です。
人材が定着する仕組みの構築、ハイレベルな人材のスピーディーな育成……と、人事には高い難易度のミッションが数多く課せられています。よって、場当たり的ではない「戦略的な人材育成」が欠かせないのです。
戦略を立てずに人材育成を行うリスク
人材育成は、戦略を立てずに行うことも可能です。しかし、無計画な人材育成にはさまざまなリスクがあります。具体的にどのようなことが起こり得るのか、主な3つのリスクについて見ていきましょう。
リスク1.事業を継続させることが難しくなる
従業員の成長には時間がかかるものです。経営者や幹部の育成となれば、多くの時間が必要になります。
長期的な視点で人材育成を行わなければ、次期リーダー・次期幹部を確保するのは難しいでしょう。その結果、事業を継続させることができなくなる可能性があります。
また、近年の社会のハイスピードな変化に適応するためにも、戦略的な人材育成が必要です。何も計画せずに行った場合、企業戦略に間に合わなくなる可能性があります。ライバル企業に出し抜かれ、遠い未来どころか、数年後に存続することさえ難しくなる恐れがあります。
持続的な経営を目指すうえで、人材育成戦略は欠かせないと言えるでしょう。
リスク2.生産性が低下する
人材育成を行っていると、「時間をかけて教えたのに、必要な知識・スキルが身についていない」なんてことがよくあります。
人材育成の本来の狙いは、スキルを高めて生産性を上げることです。しかし、戦略を立てずに行うと、研修を行っても知識・スキルが十分に身につかない可能性があります。学習者、教育担当者、管理者が費やした時間が無駄となり、組織全体の生産性が下がってしまうのです。
また、教育制度が整っていない企業は、従業員に不安・不満を与えます。帰属意識の低下による生産性低下も考えられるため、人材を育てる「仕組み」を構築する必要があるのです。
リスク3.企業価値が下がる
計画性のない人材育成を行っている企業は、従業員だけでなく、社会からも評価されません。人を育てる気がない、従業員を大切にしない企業だとみなされ、世間に良くない印象を与えてしまうのです。
企業価値が下がると、定着率が下がるうえに、入社希望者も減る恐れがあります。顧客や株主が離れていく可能性もあります。
業績低下、人手不足、企業存続の危機……といった悪循環を生む恐れがあるため、人材育成では戦略と仕組みづくりが重要と言えるでしょう。
人材育成戦略の立て方とは?立案から実行までの流れ
人材育成は計画的に行うべき、とわかっていても、戦略の立て方がわからずつまずくこともあるでしょう。
そこで、ここからは人材育成戦略の立案から実行までの流れをご紹介します。
ステップ1.経営・人事戦略の明確化
人材育成のゴールは「経営戦略の実現に必要な人材を確保すること」です。その目標の達成に向けて戦略を立てるため、まずは経営戦略を明確にする必要があります。
企業がこれから先、何を成し遂げたいのか、どうなりたいのか。そのミッションを果たすためには、どのような人材が必要か。その人材を確保するには、どのような教育が必要か。経営戦略と人事戦略が、人材育成戦略のベースとなります。
ステップ2.求める人材像と目標の設定
次に、企業・人事戦略をもとに人材育成のゴールを明確にします。
- どのような人材が必要か
- どのような知識・スキルの習得が必要か
- どのようなマインドを持つべきか
- 誰に何をしてほしいのか、どのような役割を与えたいのか
などを考え、目標と理想の人物像をハッキリさせます。
また、そのような人材を「いつまでに」「どのレベルまで」育てるのかも決めます。最終ゴールから逆算し、小さな目標を立ててプロセスを明確にしていきましょう。
ステップ3.現状調査・分析
ゴールが決まったら、どのような教育が必要かを見極めるための「現状調査」を行います。
スキル管理システムがある場合は、それを参考に、無い場合はテストやアンケート、インタビューを行って「誰がどのような知識・スキルを持っているか」「どのような点においてスキル不足を感じているか」「職場でどのような問題が発生しているか」などを調査します。
その後、調査をもとに分析を行います。ステップ2で決めたゴールと現状を比較し、課題点を挙げることで、人材育成で何をすべきかが見えてくるでしょう。
ステップ4.人材育成方針の策定
人材育成は1人で行うものではありません。育成対象者、教育担当者、現場の管理者、経営陣、人事部……と多くの人々の協力が必要です。
組織が一丸となって取り組むため、人材育成の方針を決めます。例えば、以下のような内容です。
- 誰をどのように育てるか
- 成長させるにはどのような経験が必要か
- 教育において何を重要視するか
- どうなることで「成長した」と判断するか
- 学習内容をどのように業務に活用させるか など
従業員を成長させるのは研修だけではありません。部署異動や新たなコミュニティでの関わりなども、従業員にとっての成長の機会となります。広い視野で「どうすれば求める人材を育てられるか」を考えることが大切です。
方針が定まったら、可視化して関係者全員に共有しましょう。
ステップ5.教育プログラムの設計
次に、具体的な育成計画を立てます。
- 教育内容
- 教育手法
- 教育担当者、管理責任者
- 育成対象者
- スケジュール
- 育成に必要なサポートと手段
など、戦略的人材育成の実現に向けて「やるべきこと」を洗い出し、整理します。誰もがプログラムを正しく理解できるよう、わかりやすく具体的に決めておくことが大切です。
教育担当者や管理者、学習者の相談先、学習するための時間・場所など、教育プログラムを実施するための「環境整備」も必要です。eラーニングを行う場合は、デバイスやデータ管理システムも用意する必要があります。
どうすればスムーズかつ充実した教育を実施できるかシミュレーションしましょう。なお、教育計画の立て方については以下の記事にて解説していますので、より詳しく知りたい方はぜひご覧ください。
▪️参考記事はこちら
ステップ6.教育プログラムの実施・モニタリング
人材育成戦略は「戦略を立てること」がゴールではありません。実行し、企業に必要な人材を育ててこそ成功したと言えます。
そのため、教育プログラム実施中は、問題なく進んでいるかモニタリングする必要があります。トラブルが発生していないか、戦略通りにプログラムが行われているかチェックし、問題があった場合は迅速に対処します。ときには、戦略を立て直し、軌道修正することも必要です。
最終目標を目指して組織を導くことが、人事部および人材育成推進チームの役目です。
ステップ7.振り返り・改善
プログラム完了後は、振り返りを行います。戦略に沿って行動できたか、目標未達成となったのはなぜか、戦略に問題がなかったかなどを分析し、改善点を見つけ出します。
人事部や人材育成推進チームだけで判断するのではなく、実際に教育を受けた従業員、教育担当者、現場の管理者にもヒアリングを行うことが大切です。また、成功・失敗を正しく見極められるよう、予め判断基準を決めておくのもポイントです。
【種類・ケース別】人材育成戦略の例
人材戦略の立て方について解説したところで、具体的な4つの例をご紹介します。
階層別、職種別、個人、組織改革と、種類別・ケース別にご紹介しますので、戦略のイメージが湧かないという方はぜひ参考にしてみてください。
例1.階層別の人材育成戦略
従業員の役割と習得すべきスキルは、階層ごとに異なります。組織規模の人材育成戦略を立てる際は、階層で分けて設計すると良いでしょう。
それぞれの役職に求められる役割、習得スキルと教育手法をマップにすることで、「誰を」育てるために「何を」教えれば良いのかがわかるようになります。教えられる側も自身の学習プロセスが明確になり、学習意欲の向上が期待できるでしょう。
例2.職種別の人材育成戦略
もうひとつの代表例として挙げられるのが、職種別に人材育成戦略を立てる方法です。特定の職種の人材を育成したいときや、職務等級制度を導入したいときなどに活用できます。
最終ゴールにたどり着くまでのステップとして、複数のレベルに分け、それぞれの段階での目標を立てるのがおすすめです。成長の様子を具体的にイメージでき、学習者のモチベーションアップに繋がります。教育プログラム実施中の進捗確認、軌道修正にも役立つでしょう。
例3.個人の人材育成戦略
新入社員教育など、個人の人材育成戦略を立てるケースもあります。そのような場合は時期で区切るのがおすすめです。月ごと、もしくは四半期ごとに区切って戦略を立てることで「いつまでに」「何を」「どこまで」教えるべきかが明確になります。
人材育成がスムーズに進むよう、習得スキルや内容に加え、教育手法、育成管理の方法まで考えておくと良いでしょう。
例4.組織改革に向けた人材育成戦略
経済環境の変化が激しい現代は、イレギュラーの人材育成が必要とされるシーンが多々あります。そのようなときこそ戦略を立てることが重要です。
ほかのケースと同様、いくつかのフェーズに分け、それぞれの段階で必要なスキルと目標を明確にすることで、育成のプロセスが明確になります。改革に必要な人材を明確にし、その人材をいつまでに育てるべきかを考え、逆算して組み立てていくのがコツです。
戦略実現に向けて押さえておきたいポイント
人材育成戦略の考案には時間がかかります。コストを無駄にしないため、可能な限り失敗のリスクは減らしたいものです。
では、実際にどのようなことを意識して取り組めば良いのでしょうか。以下の6つのポイントについて解説していきます。
ポイント1.経営陣や現場との連携強化
人材育成の戦略を実現するには、組織全体の協力が必要です。費用や場所、労働力の確保には、経営層の協力が欠かせません。
また、研修受講者が学んだことを業務に活かすには、現場の協力が必要です。受講者の成長を観察・サポートするのも、そもそも学習の時間を確保するのも、現場の協力があってこそ実現するものです。
よって、戦略を立案・実行する際は、関係者との連携を強めておくことが大切だと言えます。経営陣や現場を巻き込むことが、成功させるポイントです。
ポイント2.人材評価制度との連動
従業員は会社に対し、自分の成長や能力に見合った評価を期待します。スキルを身につけても評価されないのであれば、学びに対するモチベーションが下がるものです。戦略を立てても成長できない可能性があります。
そのため、人材育成戦略を立てる際は評価制度の見直しも必要です。評価基準や評価方法、報酬の内容などがきちんと戦略に連動しているか確認しましょう。
ポイント3.人材育成戦略の可視化
経営陣、現場との連携を強化するには、円滑なコミュニケーションが必須です。戦略に関する情報共有を徹底することで、組織全体が同じ方向を向き、団結力を高めることができます。
そして、戦略を正しく共有するためには「可視化」が重要です。マップとして図式化することで、認識のズレを防止できます。
情報整理、ゴールの明確化と、戦略を立てる側にもメリットがあるので、立案する際は可視化するようにしましょう。
ポイント4.進捗管理と軌道修正
はじめから完璧な戦略を立てるのは不可能です。戦略実行中に、予想外のトラブルが起きることも多々あります。
そのようなときに迅速かつ柔軟に対応できるよう、進捗管理を徹底することが大切です。組織が戦略に沿って行動できているか、プラン通りに育成が進んでいるかチェックしましょう。
問題があった場合は、新たに戦略を立てるのもひとつの策です。「プランAがダメなときは、プランBを」と予め選択肢を用意しておくのも良いでしょう。本来の目的から外れないよう注意する必要がありますが、柔軟な思考を持つことが重要です。
ポイント5.労働環境の整備
良い戦略を立てても、それを実行する人がいなければ意味がありません。育成対象の従業員、教育する従業員が離職してしまえば、すべて水の泡となってしまいます。
よって、戦略を成功させる土台作りとして、労働環境の整備も必要だと言えます。従業員が学習するための体力と気力を確保するためにも、働きやすい環境、学びやすい環境を整えましょう。
ポイント6.適切な教育手法の選択
人材育成戦略を考えるうえで、ゴールはもちろんのこと「プロセス」も重要です。教え方が不適切だと、必要な知識・スキルが身につかない可能性があります。
そのため、教育手法の選び方にも注意が必要です。
- 内容がわかりやすく、正しく伝わるか
- 学習者が大きな負担を抱えることなく学べるか
- 経営戦略に間に合うよう効率よく学べるか
などをチェックし、適切な教育手法を選びましょう。受講者および教育担当者の負担軽減につながるオンライン研修やeラーニングを導入するのも、スムーズに戦略を進めるポイントです。
人材育成戦略の考案に役立つフレームワーク
人材育成戦略を一から考えるのは簡単ではありません。何をどのように考えれば良いかわからず、迷うこともあるでしょう。
そのようなときに役立つのがフレームワークです。人材育成の戦略考案に役立つ3つのフレームワークをご紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
カッツモデル
ロバート・L・カッツ氏が提唱した「カッツモデル」。従業員に必要なスキルを階層ごとに分類した理論で、人材育成や人材評価に多く用いられています。
カッツモデルでは、従業員を3つの階層に分けて考えます。経営層などの「トップマネジメント」、管理職層を指す「ミドルマネジメント」、一般職層の「ローワーマネジメント」の3種類です。そして、従業員が身につけるべきスキルとして「コンセプチュアルスキル」「ヒューマンスキル」「テクニカルスキル」の3つを挙げています。
どれも必要不可欠なスキルですが、階層で優先度が変わります。人材育成の目標設定や、カリキュラムを設定する際の参考にしてみましょう。
カークパトリックモデル
2つ目にご紹介するのは「カークパトリックモデル」です。アメリカの経済学者、ドナルド・カークパトリック氏が提唱した理論で、研修・教育プログラムの効果を評価するフレームワークとして活用されています。
カークパトリックモデルでは、人材育成を4段階で評価します。「Reactions(反応)」は受講者の満足度、「Learning(学習)」は内容の理解度、「Behavior(行動)」は行動への影響度を、「Results(成果)」は定量的な成果や業績を意味します。
こちらのフレームワークを活用することで、教育プログラムを多角的に分析できるようになります。戦略を立てる前の現状分析に役立つでしょう。
氷山モデル
最後にご紹介するのは「氷山モデル」です。人材のスキルには「外から見える部分」と「外から見えない部分」があることを説いた理論です。目に見えるスキルとは、技能や知識のことです。一方、思考力や関心・意欲、完成・経験は目に見えません。
従業員の成長を促すには、そのような”見えない”部分にもアプローチする必要があります。戦略の方向性を決める際や施策を考える際、活用してみましょう。
個人の人材育成戦略考案に役立つ「人材育成計画書」
人材育成戦略を成功させるポイントとして、情報共有の徹底を挙げました。しかし、従業員に戦略をそのまま伝えても、ピンとこないことがあります。経営幹部や部長クラスなら問題ないですが、一般職の従業員は、組織の戦略を伝えられても他人事のように思えてしまうでしょう。
そのようなときに役立つのが「人材育成計画書」です。組織の戦略を個人の戦略に落とし込み、育成計画として提示することで、具体的にイメージしやすくなります。
計画書をテンプレート化しておくと標準化でき、効率的です。以下の記事にて無料テンプレートをご紹介していますので、ぜひご活用ください。
▪️参考記事はこちら
人材育成計画書とは?基本の立て方や計画書のテンプレート例を紹介
まとめ
環境の変化に揺るがない「強い組織」を構築するには、自ら考えて行動する、スキルの高い人材が欠かせません。しかし、今はあらゆる市場で人手不足と言われる時代。そのような人材が巡ってくる可能性は低いと考えて良いでしょう。
人材育成は戦略通りにいかないことも多いですが、課題点が明確になるだけでも大きな収穫になります。ご紹介した戦略の立て方やポイント、フレームワークなどを参考に、自社にとって最適な「人が育つ仕組み」作りに取り組んでみましょう。