暗黙知と形式知の違いとは?変換方法やナレッジとしての活用についても解説
「言葉で伝えにくい業務を教える効果的な方法が知りたい」このような課題をかかえていませんか?
「暗黙知」とは、言語や図で表しにくい知識のことです。経験と勘で培ってきた職人技のように、言葉で説明が難しい内容を指します。そしてその反対となるのが「形式知」で、マニュアルのように、言語や図などで可視化されている知識のことです。
実際のところ、職場には言語化されていないノウハウが少なくありません。たとえば販売職の接客ひとつをとっても、お客様に寄り添いながら満足のいく購入体験をしてもらうには、接客マニュアルの読み込みだけでは難しいものです。
従業員のスキルを向上させて一定の業務品質を保つには、形式知だけでなく暗黙知をナレッジ(知識)に取り入れていくことが大切です。そこで今回は、暗黙知と形式知についての基礎知識を押さえたうえで、暗黙知をナレッジに変換する方法をご紹介します。
暗黙知と形式知とは
暗黙知とは、ハンガリー出身の学者、マイケル・ポランニー氏が著書『暗黙知の次元』にて提唱した、図解や言語によって表すことが難しい知識を指します。
暗黙知は人間の経験と直感によるところが多く、言語や図などで表すことが難しいという特徴があり、それゆえに「経験知」と呼ばれることもあります。
一方、暗黙知の反対として、図解や言語によって表わされた知識である「形式知」があります。マニュアルや説明書などで見える化されていることから、形式知は「明示知(明示的知識)」とも呼ばれます。
少しかみ砕いて説明すると、以下のとおりです。
- 暗黙知(経験値):個人の経験と勘に基づく知識
- 形式知(明示知):文章による言語化、図解、計算式などで表せる知識
ちなみに暗黙知と形式知は、日本の経営学者であり知識経営の生みの親でもある野中郁次郎氏と竹内弘高氏の著書『知識創造企業』で触れられています。知識を企業の経営戦略に活かしていく「知識経営」を考えるうえで、この2つは重要なキーワードとなっています。
それでは、暗黙知と形式知には具体的な例を見てみましょう。
暗黙知の具体例
暗黙知には、自然に覚えた業務ノウハウやコツ、アイデア、また長年の経験と勘に基づく技術などがあります。
暗黙知のわかりやすい具体例をご紹介します。
- 家庭の味:「調味料を計量せずに作った煮物」「勘で焼き具合が決まる玉子焼き」
- 身体で覚える技術:「スポーツの方法」「自転車の乗り方」
- 経験と勘による技術:「工務店のリフォーム技術」「老舗の職人技」
- 業務成果をあげる技術:「商談で成約を獲得するコツ」「入社後貢献してくれる人材を選ぶコツ」
暗黙知を習得するには、スキルのある人材が仕事に取り組む様子を見よう見まねで覚えるなど、感覚的な方法に頼るしかないのがほとんどです。
形式知の具体例
形式知は文字や図解、計算式などで記された知識のことで、工程をくわしく記した作業手順書や、業務の流れを記した業務マニュアルなどがあります。
参考までに、形式知の具体例をご紹介します。
- 料理手順書:「煮物の作り方」「ふんわりとした玉子焼きの作り方」
- 方法・規則:「バドミントンのゲーム方法」「自転車も適用される交通規則」
- 業務マニュアル:「建設現場の足場の作り方」「重機や工具の使用方法」「部品製造の指南書」「商談における交渉マニュアル」「入社面接における選抜基準」
これらの形式知は、ほかにも社内規定や社内Wikiなど幅広くあります。「客観的に示しやすい知識が形式知」と覚えておくとわかりやすいでしょう。
暗黙知と形式知の違い
暗黙知と形式知の具体例をご紹介しましたが、まだまだわかりにくい部分もあると思います。そこで両者の違いを、もう少しくわしく解説していきましょう。
両者の大きな違いは、知識を言語や絵、図解などで説明できるかどうかにあります。暗黙知と形式知の違いを簡単にまとめてみました。
暗黙知と形式知の違い
種類 |
言語化(可視化) |
元になるもの |
暗黙知 |
NO |
経験・勘・アイデア(主観) |
形式知 |
YES |
情報・データ(客観的事実) |
ここで重要なのは、この両者が互いに作用するということです。
野中郁次郎氏は、論文『知識管理から知識経営へーナレッジマネジメントの最新動向ー』において、暗黙知と形式知を活用することについて触れています。
人間の創造的活動において、両者は互いに作用し合い、形式知は暗黙知へ、暗黙知は形式知へ互いに成り変わる。
補足すると、暗黙知を形式知に、形式知を暗黙知に変えながら、新たな知識を創り出すことができるということです。以下の絵のように、人間の知識構造において暗黙知と形式知はそれぞれ関わりあっており、切り離すことはできません。
実際のところ、知識にはいまだ説明できていない暗黙知が多くあり、これらを形式知にすることで多くのメリットが得られると考えられています。そこで、次に暗黙知を形式知に変えるメリットについて見てみましょう。
暗黙知を形式知に変える4つのメリット
前章では、暗黙知と形式知の違いについて触れてきました。ここからは、形式知を効果的に活用していくためにも、そのメリットについて見ていきましょう。暗黙知を形式知化するメリットは、大きく4つあります。
それぞれをくわしく見てみましょう。
メリット1.属人化の防止
まず暗黙知を形式知に変える大きなメリットとして、業務の属人化の防止があります。
暗黙知は他の人にノウハウの共有がしにくく、特定の人にしかできなくなるものです。これでは担当者の不在時に仕事が正常に回らなくなる恐れがあるほか、対応できる一部の人に仕事が集中し、新しく配属された人に業務を割り振れないということにもなりかねません。
そのため、暗黙知のスキルをマニュアルなどに取り入れて形式知化することで、誰にでも対応できる業務に変えることが重要なのです。
なお、属人化を解消する方法について知りたい方は、以下の記事もあわせてご一読ください。
■参考記事はこちら
業務の属人化を解消する方法とは?属人化が起こる原因から課題、解消するメリット、企業事例まで紹介
メリット2.業務の効率化
2つ目のメリットは、暗黙知を形式知に変えるだけで業務の効率化につながるということです。暗黙知であるスキルを教える際には、現場で見よう見まねで覚えてもらうことが多く、対面で教えなければなりません。
社員が自身の作業時間を削って直接教えなければならず、学ぶ側も前提となる知識がない状態で取り組むため、双方にとって負担になると言えるでしょう。そのような暗黙知をマニュアルなどで形式知に切り替えることで、学ぶ側の社員が予習してから臨むことが可能です。
仕事を早く覚えられるだけでなく、決められた手順を正しく習得できるため、無駄や間違いがなく業務を遂行できるようになるでしょう。その結果、業務の効率化が期待できます。
メリット3.品質の向上
3つ目のメリットは、暗黙知が形式知化されるにつれて業務の品質向上も期待できるということです。メリット2「業務の効率化」の延長線上で、製品・サービス、および業務品質の向上が実現できます。
また、経験知とも呼ばれる暗黙知は、言葉や図で説明が難しい特徴がありますが、形にしていくことにより、社員ひとりひとりが同じ考え方や手順を習得できるようになります。同じように取り組んだ結果、人によらない均一の業務品質を実現することができるでしょう。
なお、以下の記事では品質向上を実践するためのヒントをご紹介していますので、ぜひご参照ください。
■参考記事はこちら
メリット4.人材育成の効率化
4つ目のメリットとして、人材育成の効率化があります。
たとえば「営業成績を維持するコツ」や「クレームに発展させない方法」というスキルについて見てみましょう。どちらも経験や勘が重要となるスキルであるため基礎的な教育だけでまかなうのは難しく、また言葉で説明しにくい暗黙知であるがゆえ、マニュアルが整っていない場合も多くあります。
だからこそ、このような説明が難しいスキルをマニュアルで形にすることで(形式知化)、社員がひとりでも予習や復習に取り組みやすい環境を整えることができます。
また、形になったスキルはツールなどで全社員に共有できるため、特定のスキルを個別ではなく全員に同じように伝えることも可能です。
そしてその結果、伝えにくかったスキルの継承の難易度が下がり、情報共有によって現場研修や業務での活用がしやすくなるでしょう。
このように暗黙知を形式知に変えることは、人材育成においても効率化が期待できます。
暗黙知を「ナレッジ」として形式知化する
前章では暗黙知を形式知に変えることのメリットについて見てきましたが、「そもそも経験から培うような内容を、形式知にするにはどうしたらいいの?」と感じた方もいるのではないでしょうか?
結論からお伝えすると、その答えは個人の知識を「ナレッジ」にして明示し、情報共有をすることです。経営学者の野中郁次郎氏は、ナレッジマネジメント(知識管理・経営)の実践について、自身の著書『知識経営のすすめ』のなかで以下のように記しています。
ナレッジマネジメントとは、簡単に言えば、個々人の知識や企業の知識資産(Knowledge Asset)を組織的に集結・共有することで効率を高めたり価値を生み出すこと。そして、そのための仕組みづくりや技術の活用を行なうことです。
それでは、同氏が提唱するナレッジマネジメントでは、どのように暗黙知を形式知に変えるのでしょうか?次の章でくわしく見ていきましょう。
なお、以下の記事では「ナレッジ」についてくわしく触れていますので、あわせてご参照ください。
■参考記事はこちら
ナレッジマネジメントのSECIモデル
ナレッジマネジメントの手法として「SECI(セキ)モデル」があります。SECIモデルとは暗黙知から形式知に変換するなどして、組織全体で知識を活用する4つのプロセスを表したものです。
SECIモデル
ここでわかりやすく補足するため、SECIモデルの4つのプロセスと例をまとめてみました。
SECIモデルの概念
SECIモデルのプロセス |
すること |
例 |
共同化(Socialization) |
暗黙知→暗黙知 |
ベテラン(職人)の仕事(暗黙知)を見て覚える |
表出化(Externalization) |
暗黙知→形式知 |
仕事(暗黙知)の方法を説明文や図解などでマニュアル化し、共有する |
連結化(Combination) |
形式知→新しい形式知 |
マニュアルに他の社員の知識を取り入れる |
内面化(Internalization) |
形式知→暗黙知 |
マニュアルで仕事を覚えて熟練化し、そこから新たな工夫(暗黙知)が生まれる |
上記の「共同化」から「内面化」までの各プロセスは、繰り返されます。暗黙知が形式知化されながら各プロセスを経て熟成され、更なる暗黙知を創り出すという流れです。
実際にSECIモデル提唱の第一人者、野中郁次郎氏は、以下のように言及しています。
SECIで示される知識創造プロセスは、 スパイラルの形を取り、単なるサイクルではない。(中略)この「知識スパイラル」において、暗黙知と形式知の相互作用は、知識変換の四つのモード を通じて増幅されていく。
そして、個人の知識やスキルが他の社員にも引き継がれ、最終的に全社の知識資産になります。
SECIモデル~プロセスを実施する4つの場~
またSECIモデルでは、各工程を円滑に進めるために、それぞれ4つのプロセス遂行に適した「場」をそれぞれ以下のとおり示しています。
SECIモデルの場 |
すること |
場所の例 |
1.創発場(共同化する場所) |
雑談やフラットな意見交換で共感・理解する |
休憩所・会食の場・通りがかり |
2.対話場(表出化する場所) |
建設的な対話で、知識をまとめる |
ミーティング・全社の定例会議 |
3.システム場(連結化する場所) |
各社員が説明文や図解で情報を共有し、知識を組み合わせる |
オンラインミーティング・社内チャット・メール |
4.実践場(内面化する場所) |
仕事を繰り返し実践し、知識を習得する |
職場・個人のスペース |
決められた場所でプロセスを進めなければならないということではありませんが、いずれもナレッジマネジメントを円滑に行うために覚えておくとよいでしょう。
たとえば「社員同士のコミュニケーションを活性化し、暗黙知を共有したい」とした場合、対話場にあたる定例会議では当事者が意識してしまうことが多く、共同化がしにくいでしょう。休憩室などの話しやすい雰囲気の場(創発場)が適切と言えます。
一方、暗黙知を形式知に変えてマニュアル作りをする際には、休憩室(創発場)などで雑談を交えていると話が進みにくくなることが予想されます。言語化が難しい知識をマニュアルにするには、明確化するための分析が必要になるため、定例会議など(対話場)が適切です。
ここまでナレッジマネジメントのSECIモデルについて見てきましたが、「実践する方法がわからない」と感じた方もいるのではないでしょうか?そのような方に向けて、続けてナレッジマネジメントを実践する方法をご紹介していきます。
ナレッジマネジメントの実践方法
ここでは、ナレッジマネジメントの実践方法を以下のステップ方式でご紹介します。
ステップ1.目的の明確化
まずは、目的の明確化を行います。最初の段階でどの業務をどのように改善すべきか目的を絞り、具体的な目標を設定することが大切です。
SECIモデルの特徴として、「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」の4つのプロセスを巡りながらナレッジを蓄積していくということがあります。目的が曖昧なまま巡ると、どこまでナレッジ化すればよいか迷ってしまう可能性も…。必ず目標を設定して取り組みましょう。
そこで、ナレッジ化でどこまで追求するのかを具体的な目標に定めておくと安心です。
たとえばチェーン展開で運営している小売店では、店舗運営がマネージャーに委ねられていましたが、顧客満足度の向上を目的に店舗運営マニュアルの導入に踏み切りました。目標として、顧客満足度調査にて高評価を獲得することを定めました。
ナレッジ化の内容は、それまで経験知に支えられていた店舗運営の各工程を可視化すること。具体的に棚卸しに関しては、単に「きれいに並べる」ではなく、具体的に「商品の向きや置く間隔を揃える」といった具合に写真付きで記しました。
このように目的を明確化し、目標設定して取り組むことが大切です。
ステップ2.ツールの選定
続いてステップ2では、ナレッジをまとめて共有するツールを選定します。このとき目標達成にあわせてツールを選ぶと、実践しやすくなるでしょう。
以下、ナレッジマネジメントに役立つツールをご紹介します。
- 社内SNS・メール
- 社内Wiki
- プロジェクト管理ツール
- オンラインストレージ
- チャットツール
- eラーニングツール
これらの共通点は、ナレッジに変えた内容をオンラインツールで素早く全社に伝えられることです。もちろん、朝礼や定例会議などのオフラインでも情報共有をすることはできますが、情報の見直しや更新が頻繁に行われると、間に合わないこともあります。
そのような場合に備えて、新しい知識財産を迅速に共有することが求められます。それが知識経営を円滑にすることにもつながるでしょう。
ちなみに、先ほどご紹介したツールのうちの「eラーニングツール」は、暗黙知の形式知化と情報共有に長けたツールです。たとえば動画マニュアル作成ツール「shouin+」では、言葉で説明するのが難しい業務を動画マニュアルとして収めることで、感覚的にわかりやすく伝えることができます。
また、社員は都合の良い時間にひとりで動画学習が可能なうえ、場所にとらわれずに取り組めるため復習も手軽にできます。暗黙知の業務が多く、マニュアル化にお悩みの方はぜひこちらからツールの詳細をご覧ください。
ステップ3.ナレッジの言語化
ナレッジ化で使用するツールを決定したら、ステップ3ではナレッジを言語化(可視化)していきましょう。
まずは、形式知化したい暗黙知の棚卸しをしていきます。たとえば、販売数トップの社員の営業手法をマニュアル化する場合、その人の日頃の営業方法を観察し、最初に顧客に向けてどのようなことを話し、何が成約の決め手になったのかについて細かく分析をします。そしてどの部分をマニュアル化できるかを見極めましょう。
とくに営業トークについては再現性の高い方法としてトークスクリプトを作成することが可能ですが、一方で対顧客のアイコンタクトや話し方などについては言葉で説明するのが難しい場合もあります。
その際には、営業手法を実演できる動画マニュアルを活用するとよいでしょう。言葉で伝えにくい内容は、視覚的に伝えられる図解や動画などで働きかけるとわかりやすくなります。
なお以下の記事では動画を含め、見やすいマニュアルの作り方を紹介していますので、ぜひ参考にご覧ください。
■参考記事はこちら
見やすいマニュアルの作り方とは?レイアウトなどのコツを7カ条にまとめてわかりやすく解説!
ステップ4.ナレッジ共有の環境整備
ナレッジが言語化できたら、ステップ4ではナレッジを共有する環境整備を行います。
共有方法としてオンラインツールを使用する場合は、職場で使用するインターネット回線の整備や、ツールのダウンロードなどが必要となります。ツールには有料・無料のサービスがありますので、契約する際に、使用環境や操作感を確認することを欠かさずに行いましょう。
一方、オンラインツールを使わない場合は、定例会議や社内報などを活用しながら露出を増やし、社員への周知に努めることが大切です。せっかく言語化したナレッジが無駄にならないよう、積極的に取り組んでいきましょう。
ステップ5.効果測定・改善提案
ナレッジを共有する環境を整えたら、ステップ5では暗黙知を形式知に変換しその効果測定を行います。結果として目標達成に届いていない場合は、改善策を検討して提案していく流れです。
また効果測定の方法はいくつかありますが、共有するナレッジの種類によって適切な方法を選択していくとよいでしょう。
よくある効果測定の例としては、次のようなものがあります。
- 月の営業成績
- 顧客満足度調査の結果(カスタマーサクセス)
- 新人研修のオンボーディング評価
- 時間単価換算
なお、どの指標も正確性を求めるには数か月以上の継続が必要です。また、目標達成が目に見える場合もあれば芳しくない場合もあるかと思いますが、その際は改善策を練り、取り入れていくことが重要となるでしょう。知識経営にも役立つはずです。
まとめ
今回は、暗黙知と形式知の違いとナレッジマネジメントの考え方、ナレッジの活用方法について見てきました。暗黙知を形式知に変える価値と、人材育成の観点からもナレッジの意義を感じていただけたのではないでしょうか。
また、本文でもご紹介しましたが、ナレッジ化に役立つツールとしてeラーニングツールがあります。eラーニングツールでは、言葉や図解で表しにくい暗黙知を動画マニュアルとして質の高い形式知にできるなど、そのメリットは大きいものです。
他にも、コミュニケ―ションに役立つ機能が豊富なツールもありますので、ナレッジマネジメントの実施を計画している方は一度eラーニングツールを検討してみてはいかがでしょうか。